反撃
好美にはまるで心当たりがなかった。
「実は、あなたに鏑木さんと甲本君の事について聞きたいの」
流れ的に悠太の事について聞かれるのは、まだ何となく解るが、なぜそこで歩の名が出たのか、好美には岸本が何を聞き出したいのか理解できなかった。
「・・・・・・何から話すべきかしら、校長先生のお話だとね、甲本君が教科書を誰かに悪戯された!って話していたみないなのよ」
「はい」
「でも校長先生がね、それは甲本君の自作自演の可能性は無いのかって仰るんだけど」
何故そんな推測がされたのか一ミリも理解できず思わず放心した。
「そんな・・・・・何のメリットがあって、そんな馬鹿な事するんですか!甲本君、授業中も凄く勉強し難そうでした!とても困っている様子でした、あれは絶対に誰かにされたんだと思います!」
「そうよね、私も、流石に自作自演の可能性は低いと思うんだけど、もう1つ、これは私の推測なんだけど」
校長の馬鹿げた推測を岸本も否定したので、幾分、ましな推測が聞けるのかと、岸本の言葉を待った。
しかし岸本の口を突いて出た推測は、更に馬鹿げたものだった。
「鏑木さんが甲本君に、これまでの仕返しで、そういう事をしている可能性もゼロでは無いと思うのよね、私も今後、あの子の動向に気を付けるつもりだけど、どんな些細な事でも良いのよ、あなた2人と同じ班でしょう、他の子たちより、そういう変化に気付きやすいんじゃない?」
好美は余りに馬鹿げた推測を聞かされて腸が煮えくり返りそうになりながら、感情のコントロールが出来ず思わず怒鳴っていた。
「鏑木さんは絶対にそんな事しません!!」
「何よ、そんな声を荒げて!どうして言い切れるの?!」
「1年の時から同じクラスで鏑木さんの事、傍で見てきたからです!」
「でもあの子が一番可能性が高いと思わない?!だったら誰がやったの?!校長先生に報告しないとならないんだから、知ってることがあるなら、ちゃんと話してくれないかしら」
「知りません!!私なんかに聞いても何も解決しません!!お話しすることは何もないので帰ります!さようなら!!」
『え、何それ、もう無能とかの域を大きく超えちゃってるよ!!だからヨッシーあんなに怒ってたんだ?』
部活動の最中、真希は激しい怒りのオーラを纏って下校する好美を遠目で見ていた。
普通ではない様子の好美が心配で真希は帰宅後、即行で好美にライン電話を掛けていた。
一連の流れを聞かされた真希が好美と共に腸が煮えくり返りそうな怒りに苦しんだ。
「ねぇ真希ちゃん、どうしたら良いかな、腹が立ちすぎて気が狂いそうなんだけど!!」
『私もだよ!腹が立ちすぎて気が狂いそうで何かもう涙出てきた』
画面の向こう側で真希が服の袖で涙を拭っていた。
その涙に好美も涙が止まらなくなり、一頻り2人で泣いた後、真希が部活動での様子を話し始めた。
『そんなくだらないアンケートに答えるために歩は今日、部活に遅れてきたんだ、そしてその罰で今日も両角先生にペナルティーを科せられたんだ、流石に同情せずに居られないわ』
「え?今日の遅刻は歩ちゃんの所為じゃないのにペナルティー課せられるの?」
『うん、今日もひたすら走らされていたよ、まぁグラウンド5周は日々のメニューに入ってて、それは私たちも走ってるんだけど、歩の場合は、そこに遅刻のペナルティー分が加わったから、少なくとも10周以上は走らされたんじゃないかな、どんどん顔色悪くなっていくのに、それでも凄く頑張っているのに、少しでもフォームが乱れると容赦なく叱責されてフォームが乱れたペナルティーで、その場で腕立て50回、もうさ、思わず仲直りしてあげて大丈夫?って無理しないで!って言ってあげたくなっちゃったよ』
「そうだよ、もう仲直りしちゃいなよ!っていうか両角先生も酷いね!鬼じゃん!指導って言えばそれまでだけど」
『うん、指導って言えば、それで終わりなんだけど、今日は特に無能な岸本のシワ寄せの被害を受けた歩に同情した、でも両角先生も決して無闇に厳しくしてる訳じゃないと思うんだよね』
真希が冷静に分析を始めた。
『別に先生のファンだから庇うとかって事じゃなくて、先生のスパルタ指導の賜物が功を奏してか、歩、少しずつ体力が戻ってきている気がするんだよね』
「そうなんだ?良い変化が現れているんだ?」
『最終的には、やっぱ、まだ酷い顔色になっちゃうんだけど、そのタイミングって言うのかな、前は3~4周位で、もう危険な顔色になっていたんだけど、今は5周位なら、まともな顔色でこなせるようになってきてるんだよね』
「なるほど!それは両角先生の適度な指導の賜物かもね!まぁ歩ちゃんからしたら決して楽なことじゃないと思うけど、でも来週からテスト勉強週間に入るから、部活がなくなる分、少し歩ちゃんも体、楽になるかもね」
『うん』
2人、話すことで、どうにか爆発寸前の怒りを逃がすことに成功した。
「それより明日、甲本、大丈夫かな、絶対あの2人報復すると思うんだけど・・・・・・流石に刃物は持ってこないと思うけど」
『そうだね、流石に刃物はないと思うけど、あの2人の暴走は心配だね』
正直、休むという選択肢が頭の中に無かったわけではなかったが、憂鬱な気持ちと不安を抱えながらも好美は登校した。
教室の扉を開けると、気を重くする2人の姿があった。
武川と乾は既に登校していたが悠太はまだ来ていなかった。
好美はとりあえず、いつものように教室の後ろの黒板の前に退避して、部活動を終えて教室に入ってきた歩と共に緊張感を高めた。
「あの野郎、土下座でもさせないと気が済まない!お前らもそう思うだろう!無意味なアンケートやらされて」
教室を見回し怒って見せながら、悠太の机を蹴飛ばした。
誰も何も答えられず目を逸らせていると、死んだ魚のような眼差しの悠太が入ってきた。
そんな悠太に武川が容赦なく掴みかかった。
「何ノコノコ出てきてるんだよ!しかも校長室に乗り込んだだろう!」
喚きながら掴みかかる武川に、悠太も負けじと掴みかかって取っ組み合った。
「ああ、別に口止めなんてされてなかったから校長にイジメに遭っている事を報告した!でも、別にお前らの名前は口にしてない!その気になれば言い逃れは出来ただろう!」
「言い逃れなんてする必要ないんだよ!バレてないんだからな!俺達が怒っているのはお前が余計なことをした所為で無意味なアンケートをやらされた事だ!おかげで、もっと有意義に使えるはずだった俺たちの時間は無駄になったんだよ!土下座しろ!」
乾に後ろから膝裏を蹴飛ばされ悠太が思わず体勢を崩した。
一瞬、土下座のような体勢になったが、立て直し乾を蹴飛ばし返した。
互いに押し倒され、上になり下になり、殴り合い床を転がりながら取っ組み合っていると、始業時間を少し遅れて岸本が入ってきた。
「何してるの!チャイムとっくに鳴ったでしょう!座りなさい!」
岸本が3人を引き剥がし席に着かせようとしたが、当然ながら岸本では騒動を解決できず、最終的には隣のクラスの担任まで巻き込んで、ようやく何とか収束した。
騒動の収束後に迷惑そうに去っていく隣のクラスの担任に平謝りして程なく自分の授業をスタートさせた。
騒動の所為で10分近くスタートが遅れていたので、授業は、いつも以上に雑で独り善がりで質の悪いものだった。
書き写す価値すら無いような黒板を写す気にもなれずノートを閉じて立ち上がる好美の横で、悠太は、それでもノートをきっちり取っていた。
短いトイレ休憩の時間、好美はタイミングが合って流しで真希と会った。
「あー、ヨッシー、大丈夫?ヨッシーのクラス朝から大変だったようだね」
「うん!!」
力いっぱい頷いて、真希に抱きついて思わず本音を漏らした。
「もう帰りたい」
「よしよし・・・・・・」
何となくじゃれ合っていると、不意に冷ややかな声で非難された。
「気持ち悪りぃ、お前らレズか」
2人、瞬時に身体を離し同時に振り返ると乾が引いた目で2人を見ていた。
そこにトイレから出てきた武川も加わった。
「どうした?」
「いや、こいつらが堂々と抱き合ってるから、実はレズなのかなぁって」
「マジ?気持ち悪い!!」
一番絡まれたくない2人に、しょうもない所を目撃され、2人は思わず臍を噛んだ。
好美が頭を抱えたくなっている横で真希が直ぐに反撃した。
「は?あんた等って意外と暇なんだね、そんな所まで見守ってるなんて、って言うかさ、別に私たちの見守りなんか頼んでないし、うち等がレズなら、あんたたちはホモだね」
「あ?見守ってねぇし!堂々とこ、んな所で見せ付けるから、イヤでも目に入っただけだし、何で俺達がホモだ!お前らみたいに抱き合ってねぇし」
「へぇ?何、親友同志で抱き合ったらいけないの?あんたたちは何かを分かち合って抱き合ったりしないの?」
好美も舐められまいと、見せ付けるように真希と腕を組んで必死に真希に続いた。
好美に腕を組まれると援護するように、見せ付けるように、しっかり組み返した。
「駄目だよヨッシー、こいつら親友同志じゃないんだよ、私たちは親友だから腕も組むし、さっきみたいに分かち合う何かがあれば迷わず抱き合うけど、あんたたちって、ホモじゃないけど実は友達ですら無いとか?自分たちは友達同士って言うなら腕ぐらい組んで見せて証明しなよ」
「馬鹿じゃねぇの、くだらない!別にお前らに俺たちの関係を認めてもらわなくても良いんですけど!」
2人に関わる事に飽きた様子で武川が教室に戻ると乾も戻っていった。
「何とか追い払えたね」
真希も思わず疲れた様子を見せ、2年A組の教室の扉を見た。
「ゴメン、迂闊な事した所為で真希ちゃんまで・・・・・・・・・」
「大丈夫!それより、ヨッシーあいつ等相手に頑張ったね」
「うん!」
「その調子でお互い放課後まで頑張ろう」
意図した事ではなかったが結果的に2人を長く引き止めた事で少しだけ悠太に穏やかな休み時間が流れた。
地獄のような時間をやり過ごし生徒玄関を幾分、清々しい表情で出ていく悠太は駐輪場で高浜を見かけた。
「あ、おじさん、さようなら」
「おう」
掃除の時間中に、また靴にゴミを詰め込み隠す嫌がらせを施していた2人は、期待を大きく裏切る展開に狐に摘ままれた気分になりながら顔を見合わせた。
「え、何あいつ、颯爽と帰ってるけど、どういう事?」
悠太が困って靴を探しまわる所を見物するために図書室から眺めていたのだが、そんな素振りを微塵も見せず下校する悠太の姿は想定外だった。
武川が不満を露わにしながら一瞬、時間を気にして提案した。
「とりあえず帰るか・・・・・・」
「そうだな」
2人図書室を後にして生徒玄関まで下りてきた。
深く考えず開けた下駄箱の扉の向こう側を目にした2人は衝撃を受け思わず立ち尽くしていた。
「は?え・・・・・何、誰の仕業?コレ」
思わず立ち尽くしながら、首を伸ばし互いの下駄箱を確認し合った。
2人で悠太の靴に詰め込んだはずのゴミが、きれいに2人の靴の中に詰め替えられていた。




