共闘
「昨日の事?」
真希は心当たりが無い様子で聞き返してきた。
「ライン、急に途絶えたから」
「あ・・・・・・そうだよね、ゴメンね、既読スルーみたいになっちゃって、丁度さ、小学校の時の友達からもラインが来ちゃって、彼女とのラインが結構久し振りで、そっちに夢中になってた、ちゃんと説明するべきだったね」
「そうだったんだ・・・・・」
バツが悪そうに説明する真希に、自分が何か気に障るような事を送って真希を怒らせたわけではないと知ってホッとした。
「それにしても結局また歩とケンカしちゃったから部活で気まずいよ・・・・・・違うクラスで良かったんだか悪かったんだか・・・・・・・・なんで歩と、こんな上手くいかないのかな」
好美は内心、複雑な気持ちで真希の嘆きを聞き流した。
歩とケンカできる関係を維持できている真希が羨ましかった。
自分は歩とケンカできるような関係ではなくなってしまっているのだと・・・・・・そうなってしまった原因は他でもない、自分にあることは重々承知していた。
好美は改めて保身の代償の大きさと、自分の過ちを後悔して漏れそうになる溜息を抑えた。
そしてポーカーフェイスで励ました。
「まぁ、そう落ち込まないで!今日、何となく歩ちゃんも元気なかった、歩ちゃんも本当は真希ちゃんと仲直りしたいと思ってるんじゃないかな・・・・・・・早く仲直り出来ると良いね」
「歩、元気なかったんだ?」
「うん」
「そっか・・・・・・でも・・・・・・・」
暫し考え込んだ後、真希は強引に気持ちを切り替えて見せて、好美に、どこか、ぎこちない笑顔を向けた。
「いい情報をありがとう!問題解決を諦めずに頑張るよ」
「うん!そうだ、気分転換にさ、放課後、待ってるから、アイスでも食べてから帰ろう」
「ありがとう!でもゴメン、今日は、ちょっと、お姉ちゃんと買い物の約束があって」
「そうなんだ?」
「うん、スポーツ用品店にね・・・・・・・そこで、今月のお小遣いが早くも飛んでく予定」
真希が少々大袈裟に肩を落として見せた。
「あらら」
「来月お小遣い貰ったらクレープでも食べて帰ろう」
「うん」
放課後、好美は、グラウンドで歩と組んで黙々と柔軟体操をしている真希を目撃した。
急ぐ用事も無いので暫し見守っていると、不意に後ろから衝撃が加わった。
「邪魔なんだよ!」
悪意のある言葉を吐きながら故意に武川がぶつかってきた。
思わず体勢を崩しながら好美は抗議の声を挙げた。
「ちょっと!邪魔なんだよ!じゃないでしょう、謝ってよ!」
「は?何で?ボーっと突っ立ってる方が悪いんだろう、お前が謝れよ」
すかさず乾も加勢した。
「わざわざ、ぶつからなくても通れるでしょう!別に邪魔じゃないでしょう!痛かったんだから謝ってよ!」
「イヤだ、お前が謝れ、ほら、邪魔って言ってるだろう!」
言いながら乾も、わざと好美にぶつかっていった。
「おい」
好美が不快感を滲ませていると、背後から大きな手で肩を掴まれ脇に押された。
けれど絶妙に手加減されていたのでバランスを崩す事はなかった。
「あ・・・・・・」
思わず見上げると大きな身体で高浜が故意に乾と武川に体当たりしていった。
「どけ!邪魔だ!邪魔、謝れ」
「・・・・・・すみません」
2人、思わず体勢を崩した後、逆らえずに顔を見合わせ声を揃えて謝った。
そして逃げるように立ち去った。
「あの・・・・・・ありがとうございました」
高浜は一瞬、好美に視線を流した後、答えずに立ち去った。
夜、好美は曜子が入浴中に真希とライン電話をしていた。
「今日、歩ちゃんと柔軟体操してたね」
『うん、してた!滅茶苦茶気まずかったよー、今日も良いことがあまり無い日だったなぁ、店員の態度は悪かったし歩とは全然うまくいかないし』
「私も嫌な事が多い一日だったよ、放課後に真希ちゃん達の事を見てたら武川と乾に一瞬絡まれてさ」
『うそ!最悪じゃん、あいつら隙あらば直ぐに人が嫌がる事を平気でしてくるよね!!』
「ね、最悪でしょう、でもね、意外な救世主が現れて助かったんだ」
『意外な救世主?誰?』
「用務の高浜さん」
『え、ホント意外だね!』
「お礼は伝えたんだけどガン無視された、実は良い人なのかもって一瞬思ったんだけどね・・・・・・ガン無視された」
『二度言った』
真希が好美から二度伝えられた「ガン無視」のキーワードに失笑してみせた。
「うん、大事な事だから2回言ってみた」
平和に愚痴をこぼし合っているとパジャマ姿の咲希が不意にバックに映り込んだ。
『真希、そろそろタイムリミット来るよ』
濡れた髪を拭きながら通話終了を促した。
『あと5分あるでしょう、あと5分愚痴らせてよ』
『何をそんな愚痴ることがあるの?』
『色々あるの!もう!お姉ちゃんが邪魔してる間に後4分になっちゃったじゃん』
『はいはい、邪魔しちゃってゴメンなさい!まぁ良いや、後4分だし・・・・・・』
言いながら咲希は満面の笑みを浮かべ、何やらスマホを弄りだした。
自分たちのタイムリミットが後4分だと、咲希に、どんなメリットがあるのか疑問だったが、2人は大事な4分という時間をガールズトークに充てて、程なく通話を終えた。
耀子は好美から差し出されたスマホを受け取りながら。
「どう?学校の方は」
「うん・・・・・・担任には何も期待できないけど、学生らしく、ちゃんと授業受けれてるよ」
「そう」
安心したように笑みを浮かべて扉を閉めようとした燿子に好美は咄嗟に口走っていた。
「でもね」
「え?」
一旦閉めた扉を燿子は直ぐに開けた。
「でも・・・・何?」
言いかけたくせに、なぜか、やはり打ち明ける事を躊躇している自分がいた。
「どうしたの?」
「・・・・・実は今度は違う子がイジメられてて」
再度確認された好美は思い切ってクラスで起きている問題を打ち明けた。
「信じられない!あんな大きな事があったのに、未だ無くならないの?ターゲットが変っただけで何も解決してないの?そんな中に居て大丈夫?」
心配そうに見下ろす燿子にすぐに取り繕った。
「残念だけどね、うちのクラスのイジメ問題は解決してない・・・・・・・でも、私にまだ影響はない、被害者にも加害者にも巻き込まれてない」
耀子に心配させたくなくて発した言葉に、けれど直ぐに違和感を覚えた。
「傍観」という行為も立派な「加害」だと直ぐに理解できた。
理解が出来たが、耀子が失望を覚えるほうが早かった。
好美は耀子が失望した瞬間をヒシヒシと感じ取ったが、取り繕う事は避けた。
「・・・・・・とりあえず、もう寝ちゃいなさい、おやすみ」
「おやすみ」
好美が苦しい思いを抱え布団に入っている頃、悠太は塗りつぶされた教科書で、それでも何とか勉強しようと頑張っていた。
絶対に乾たちに負けたくなかった悠太は授業中に何とか書き留めたノートと塗りつぶされて非常に読みにくい教科書と睨めっこしながら、胃腸の不快感と戦いながら復習に励んだ。
酷い顔色でシャーペンを握る悠太に胸が締め付けられるような思いを抱え、悠子は声を掛けた。
「調子悪いの?無理しても効率が悪いから一回、お風呂入ってスッキリしてきたら?」
「・・・・・・うん」
正直、体調の悪さに入浴さえ億劫に感じていたが悠太は必死に自分を奮い立たせ入浴の準備に取り掛かった。
フラフラと脱衣所に入っていった息子を見送った後、悠子は塗りつぶされた教科書を見下ろし涙が止まらなかった。
溢れる涙を何度も拭いながら、証拠を残す為に、使い物にならない数学の教科書を携帯の写真に撮った。
・・・・・・前日に撮った科学と地理の教科書も似たような状態だった。
英語の教科書にも手を伸ばし、適当に開いてみると、これから習うであろう箇所は殆どが塗りつぶされていた。
その傍らに置いてあった英語と国語の辞書も同様の被害を被っていた。
怒りで震える手で写真を撮って、そっと元の場所に戻して、触った痕跡を消すと悠太の部屋を出てキッチンに立った。
そして無理するなと言っても絶対に無理してしまうであろう悠太の為にホットミルクを作った。
程なく飲みやすい温度になった頃、悠太が疲労困憊の様子で出てきた。
「・・・・・まだ勉強するの?」
「うん」
「今ホットミルク作ったから、飲んで?」
「ありがとう」
食卓に置かれたマグカップを手にとって悠太は一口啜った。
安眠の為のホットミルクを悠太が口にするのを見届けると、悠子は自室に入った。
「じゃあ、おやすみなさい、あまり根詰めないで適当な時間に、ちゃんと寝るのよ?」
「うん・・・・・・」
悠子は隣の部屋で、それでも勉強する事を諦めない悠太の気配を感じつつ英語と国語の辞書を引っ張り出した。
「・・・・・悠太、ちょっと入っていい?」
外から聞こえた悠子の声に教科書とノートを閉じてシャーペンを置いてドアを開けた。
「何?」
「これ、予習復習の時にでも使って?」
差し出された辞書を訝し気にしながら受け取った。
「お母さんが学生の頃に使ってたんだけど、さすがに、この年になると使わないから・・・・・・」
ちゃんとした、調べたい事を何の障害もなく調べられる、ずっしり重い2冊の辞書を大切に受け取った。
「ありがとう・・・・・・・母さん、俺、今度のテストでも頑張って絶対に良い点取るから」
「良い成績」を敢えて口にする事で悠太は自分を奮い立たせた。
「私も、週明けからの就職活動頑張るわ」
悠子も息子に誓うことで自分を奮い立たせた。
2学期が始まって暫く、悠太が置かれた状況は変わらず劣悪のものだった。
私物を頻繁に壊され、隠され、暴行を加えられ物を投げつけられ・・・・・・・。
顔色が悪く、最近、少し痩せたように見えた。
それでも誰も手を差し伸べる事ができなかった。
自分の身は自分で守るしかないクラスメイト達は、絶対に自分がターゲットになりたくなくて乾達が作り出す空気を壊す勇気が出せずに加担した。
乾と武川の監視下に置かれ逆らえず、2人が悠太に物を投げつければ気が進まなくても真似して投げつけた。
誰もが、自分ではない「誰か」がアクションを起こしてくれることを待ちながら息苦しい学校生活を送った。
そんな重く圧し掛かるストレスを好美は今日も真希と話すことで逃がしていた。
『本当に最悪だね、ヨッシーのクラス』
「結局、現状としては甲本の闘志に賭けるしかないって感じなんだけど、まずは本人の立ち向かう力が必要なんだけどね、全然戦おうとしないんだもん」
『え?そうかなぁ?時々甲本がやられてる所を目にするけど、甲本さ、やられたら即行でやり返してるよ』
「うん、傍から見たらパッと見は闘志溢れて見えるけど、それって絶対に方向性を間違っているよね」
『そうなの?やられたらやり返すって、そんなに間違ってない気がするんだけど、ヨッシーは何が正解だと思うの?』
「んー、うまく言えないけど、なんか現状を安易に受け入れて楽な方に流されようとしてるように見えちゃってモヤモヤしちゃうんだよね」
『なかなかジャッジが厳しいね、まぁ、あいつの肩を持つ必要なんて無いし、その気も無いけどさ』
「厳しい事言うようだけどさ、結局、まぁ今は傍観者だから簡単に言えちゃうのかもしれないけど、低レベルに、やられたらやり返すだけじゃ何も解決しないでしょう、どうしたらイジメられなくなるのか模索することから逃げてるように見えちゃって」
『そっかー、傍から見てるヨッシーがそう感じちゃうなら、本人は戦ってるつもりでも、実際そうなのかもね』
「甲本がもっと、そういう模索を頑張ってしてくれたら、助けて欲しいって、ちゃんと声を挙げてくれたら加担させられてる私たちにも何か策が練れるかもしれないのに、今の私に出来る事って言ったら、隠されたものを見つけ出せた時はコッソリ戻してやる位しか出来ないから、本当にもどかしいんだよね」
『理想は当人が模索を頑張って、そして正しい行動に移してくれるのが理想だけど、誰かを頼るって結構な勇気が要るもんね、しかも散々周りを巻き込んで迷惑をかけたっていう自覚があるとすれば尚更だよね』
散々悠太を非難した後、自分も大した行動を起してないのに非難ばかりしている事に気付いて自己嫌悪を覚えた。
「まあ偉そうに言っちゃったけど外野が、こうして彼是非難するのは簡単だよね」
画面越しに何となく落ち込んで見えた好美を真希は直ぐにフォローした。
そのフォローを受けながら好美は気を取り直して更に自分の考えを打ち明けた。
「偉そうに言ってる私も、イジメに遭っていた当時は耐えるだけで必死だったし、甲本には甲本の考えや越え方が有るのかもしれないし、でもやっぱり頭の良い甲本には賢く動いて欲しい、本当にもう歩ちゃんの時のような後悔は二度としたくないからね」
『そうだよね、去年の今頃は本当に辛かったもんね、私たち』
「辛かった!あんな経験は二度とゴメン!と思ったのに・・・・・・夏休み、やっとトンネルから抜けれたと思ったのに乾と武川が・・・・・・って、もうタイムリミット迫ってる!今日も結局愚痴になっちゃってゴメンね」
『気にしないで!私の方こそ全然力になれなくてゴメンね』
翌日の掃除の時間。
好美たちは掃除の為に体育館の裏へ移動した。
けれど、そこに違う班の乾と武川も付いてきて2人で悠太を暴行した。
心底止めて欲しいと思った時、動いたのは歩だった。
「もう、やめなよ!いい加減に」
「あ?邪魔するな!」
「何で、そう卑怯な事しかできないの、2対1で暴行を加えるなんて卑怯だと思わないの?!」
また、そうして「誰か」が動くのを待ってしまった自分に嫌悪しながら、このチャンスを逃したら自分は結局また戦えないまま、他人に任せて終わってしまう事が目に見えていたので好美は意を決して歩に加勢した。
「そうだよ!卑怯だよ!っていうか、あんた達は違う班でしょう!こんな所で油売ってないで掃除しておいでよ、邪魔だからどこか行って!」
震えそうになる四肢と声音に懸命に力を籠めて2人を追い払った。
「あーうるせぇな!2匹で吠えるな!」
言って2人、大げさに耳をふさぐ仕草を見せながら、最後にもう一度悠太を蹴飛ばし立ち去った。
悠太は礼も言わず腰を押さえて蹲っていた。
そんな悠太を冷たく見下ろし好美は敢えて非難する言葉をぶつけた。
「ねぇ、何で鏑木さんに、そこまでしてもらって、そんな平気な顔で受け身で居られるの?戦おうって思わないわけ?」
「俺は充分、戦っているけどな」
投げやり気味に返しながら、汚れた制服を叩きながら立ち上がり箒を拾い上げた。
「悪いけど、全然そう見えない!私、もうイジメなんてしたくないの、だからさ、戦ってくれない?」
言いたくても、なかなか言えなかった胸に秘めた思いをぶつけた刹那、不意に視線を感じた。
感じた方向に視線を流すと歩が好美を心配そうに見守っていた。
やっとの思いでぶつけた思いの丈を歩に見守れらながら最後までぶつけた。
「あんたが戦うなら私、あんたに協力するから、あいつらの言う事に逆らい続けるから、でも、あんたが、そんな調子じゃ私たち何もできない、乾達に結局従い続けるしかなくなるの!」
好美の言葉は悠太に重く圧し掛かった。
悠太は好美と目を合わせる事なく、思いつめた表情で箒を動かし続けた。
答えようとしない悠太に、好美は、それでも構わず続けた。
「なんかさ、頭が良いあんたにしては珍しく履き違えているみたいだから忠告するけど、戦い方、間違ってるよ!」
一瞬手を止めて顔を挙げたが直ぐに地面を見つめて手を動かし始めた。
悠太は溢れそうになる涙を何とか止めるために一瞬きつく唇を噛み締めた後、好美に特に反論することなく、手を動かしながら歩に問いかけた。
「・・・・何で今、俺を庇ったんだよ?」
「庇う?誰が誰を?」
歩が醸し出すピリついたオーラに悠太が思わず、たじろいで見せ押し黙った。
悠太が露骨に、たじろぐ傍で好美も密かにピリついた空気に息苦しさを感じながら聞かなかったフリで掃除を続けた。
放課後、生徒玄関を出ようとした時。
「おい!」
武川が乱暴に好美の腕をつかんだ睨みつけてきた。
「何?」
周りに味方は一人もいなかったが力いっぱい振りほどきながら隙を与えまいと睨み返した。
「良い子ぶってるとロクな事無いぞ」




