暗雲の入り口
「そういうわけじゃないんだけどね・・・・・」
言いよどむ好美を訝しげに見ながらも真希は楽しげに話し始めた。
「実は今日、短距離走を何本も走ったりグラウンドを何周もしたりハードルとかも体験したんだけど、グラウンド走ってる時にさ、偶然サッカー部に仮入部中の男子と3周位一緒になったんだけど、違うクラスの子だったんだけど、私の靴紐が解けてるのを見て、優しく教えてくれて、結びなおす時に一緒に止まってくれたり励ましてくれたりしてさ、ちょっと、そんな素敵な出会いがあったものだから、でも初めて見る子だったんだよね、だから為末さんが彼の事知ってたら色々聞いてみたいなって思って、ジャージに「坂口」って入ってた」
「そうなんだ、そんな優しい男子も居るんだ、でも私、中学進学に合わせて隣の街から引越してきたんだ、だから知り合いとか居なくて」
「そうなんだ、じゃあ判らないか」
「うん、お役に立てなくてゴメンね」
「ううん、じゃ、私、こっちの方向だから」
T字路で別れ、2人は帰路についた。
翌日以降も好美は色んな部に仮入部して一通り体験した。
そして迎えた入部申し込み締切日。
休み時間、入部届けに記入していると、真希が話しかけてきた。
「ヨッシー、写真部にしたんだ」
「うん、パソコン部と最後まで迷ったけど、真希ちゃんは予定通り陸上部?」
「うん、歩も何だかんだ言ってたけど陸上部に決めたって」
「何だかんだ?」
真希は歩が職員室に行っていて近くに居ないのを確認しつつも思わず声を潜めて話した。
「ヨッシーも気づいたかも知れないけど、両角先生と歩って馬が合わないみたいで」
こっそり教えられ思わず納得して見せた。
「そうだ!話変るけどさ、ヨッシー、私とLINEやらない?」
そのキーワードを真希の口から聞いた刹那、ブロック事件の苦い記憶が蘇った。
「LINE・・・・っていうかスマホの使用に関しては親との約束事が多くて・・・・・快適に出来ないかもだけど良い?」
「スマホの利用に関して厳しいのは家も一緒だから平気、ヨッシーの家では例えばどんな約束があるの?」
「夜9時以降は絶対にラインしないとか食事中にスマホを触らないとか、オンラインゲーム禁止とか色々」
「私も9時までだよ!家も似たような感じ、今年高校に進学したお姉ちゃんは10時半までの使用権利を勝ち取っていたけど、どちらかが約束を破ったら連帯責任で問答無用でスマホ解約してガラケーにするって」
「スマホの便利さを知った後のガラケーは厳しいね、迂闊なこと出来ないね」
そんな話をしていると満足げな表情で大学ノートを手に歩が戻ってきて2人の間に入った。
「盛り上がってるね、何の話?」
「部活の話、あとスマホの話、ヨッシーにも言ったんだけど歩もLINEしよう!」
「あー・・・・ごめん、私まだガラケーなんだよね」
刹那、別に誰が悪いわけでもないのに、気まずい空気が流れたが、すぐに次の授業が始まるチャイムが鳴ってくれたので個々に安堵した。
一年の面々が提出した入部届けは滞りなく受理され、歩と真希は陸上部の部員になり、好美は写真部の部員になった。
無事に初日の部活動を終え、好美が下校していると、後ろから急いでる様子で走ってきた男子が追い抜き様に接触してきた。
「痛っ!」
「あ、ごめん!急いでたから、平気?」
急いでいたと言いつつも、しっかり立ち止まり、よろけた好美に謝った。
「・・・・大丈夫」
「ほんとゴメン」
「大丈夫・・・・」
重ねて告げると安心したように、小さく手を上げ前に向き直り、再び急いだ様子で駆けていった。
その男子の鞄に「坂口」と記されていた。
「・・・・坂口って確か」
先日、真希が、その名を口にしていた事を思い出した。
「あ、ヨッシー一緒に帰ろう」
真希が後ろから追いかけてきた。
「うん!っていうか、歩ちゃんは?」
「先に帰った、買い物あるからって」
「そうなんだ・・・・ところでさ、この間、真希ちゃんが言っていた坂口っていう男子」
「坂口君がどうした?」
「さっき初めて、お目にかかったんだけど、何か優しそうだね」
「そうでしょう!グラウンド走ってると、時々一緒になるんだけど、何か気になっちゃって、部活中も目で追っちゃうんだよね!って、これ、ヨッシーだから話すんだからね、誰にも言わないで!歩にも、勿論坂口君にも」
「大丈夫!言わないよ」
「良かった!あ、そうそう、話は変るけど、さっき歩とも話したんだけど、今度の土曜日、中間試験の勉強、家で一緒にやらない?」
「良いね!やろう、中学の試験、ちょっとドキドキするよね!やっぱ難しいのかな」
「まぁ、勉強していれば、それなりに何とかなるでしょう、そうなれるように一緒に頑張ろう」
「うん!ところで、今日、帰ったら早速LINE送るね!食事中はスマホ触れないし、9時までしか出来ないけど」
「うん!ありがとう、色々話そう!」
「歩ちゃんも出来たら良かったんだけどね・・・・・」
「うん・・・・・まあ仕方ないよ」
その日、久しぶりに家族以外とのLINEを愉しむ好美を見て、耀子も安心した。
「学校、楽しい?」
「うん」
「良かった!でも、念のため、友だちは連れて来ないで、友達の家に遊びに行くのは良いけど」
「・・・・・うん」
LINEを愉しみながらも、そこは大事な約束なので今一度肝に銘じた。
「ところでさ、そろそろ中学で初めての試験があるから、土曜日、友だちと3人で勉強する約束があるんだけど、だから早速、友だちの家に行って来て良い?」
「そう、行ってらっしゃい、解らない所は教えてもらっておいで、でも日曜日は、寛子たちの所に行くから、予定入れちゃ駄目よ」
「うん」
好美はスマホに表示されてる時間を確認して、真希とのLINEを修了した。
「え?交換日記?」
休み時間、好美と真希の困惑気味の声音がハモった。
「うん、私ガラケーでLINE出来ないから、交換日記用にノート買ってきたからさ!そして早速書いてきたから」
言って2人に動物をモチーフにした可愛いデザインのノートを差し出した。
思わず顔を見合わせ、とりあえず真希が受け取っていた。
2人で確認すると、1ページ目にぎっしり書かれていた。
「昨日の買い物って、これだったの?こんなに書く事があるって、凄いね」
真希がサッと目を通してノートをソッと閉じた。
「じゃあ、とりあえず2番手で私が書いてくるって事で良い?」
真希に確認され好美は了承した。
「でも、先に断っておくけど、日記なんて書いた経験が無いから歩みたいに、こんなに書けないよ、部活や勉強に追われて順調に回す約束も出来ないけど」
「ごめん、私も日記をつけた経験が無いから、結構自分の所で止めちゃう可能性があるけど、それで構わないなら交換日記しよう」
「大丈夫!堅苦しく考えずに自由に、ゆっくり書いてきて」
その日の夜も真希と好美はLINEをやり取りしていた。
『今日、あれから結構、意識して過ごしたんだけど、日記にできる良いネタが浮かばない、助けてヨッシー』
『そうだよね、授業受けて部活して帰って、普通に学校生活を送って、特に書くことも無い平凡な1日でした!って書いて回したら歩ちゃん怒るかな』
『何で私こんな地味な苦行に身を投じているんだろう、授業と部活で結構疲れているのに、別に悪口ってわけじゃないけど、最近気づいたんだけど、歩って何か変ってるよね』
『確かに・・・・正直言うと交換日記は想像の斜め上を行っていて、ちょっと戸惑った、とりあえず、歩ちゃんの書き方を真似してみては?』
好美のアドバイスを受け、真希は歩が書いてきた日記に真剣に目を通してみた。
そして歩の日記の構成に添って、とりあえず書いてみた。
歩の日記は、まず自己紹介から始まっていた。
『ありがとう、とりあえず書き始める事が出来たよ、そろそろ時間だから終わりにしよう、じゃあ、明日10時に、いつものT字路でね』
『はーい』
よく晴れた土曜日の朝。
「ヨッシー、歩、おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
3人、ほぼ同着で時間通り集合した。
「じゃ、早速案内するね!こっちだよ」
2人、真希の後について行った。
自転車で数分走って着いたのは閑静な住宅街に建つ戸建て住宅だった。
「今日は、お姉ちゃんも両親も出かけてるから少しぐらい、煩くしても大丈夫だよ」
言いながら真希は2階の子供部屋に好美と歩を案内した。
「先に、適当に始めてて!」
言いながら真希は階下に降りていった。
言われたとおり、2人は勉強を始めた。
「歩ちゃん、どの教科からやる?」
「私は英語からやる、好美ちゃんは?」
「じゃあ私も英語から・・・・・」
言いながら英語の勉強の用意をしながら、ふと歩のノートを見て、思わず自分との差を感じた。
まさに秀才のノートという印象を受けた。
「すごい!私のノートと全然違う!それ、絶対頭良い人のノートだ」
興奮気味に自分のノートを覗く好美に歩は若干引いて見せた。
「ありがと・・・・さ、始めよう!」
好美は自分のノートを何となく見られたくなくて教科書で隠しながら勉強を始めた。
そこに真希がトレイを手に戻ってきた。
「2人とも英語から?じゃあ私も英語からやろう」
2人にオレンジジュースとスナック菓子を勧めながら自分もノートを広げた。
そして2人を遠慮させないように早速、スナック菓子を食べて見せでシャーペンを手に取った。
「っていうか、歩のノート凄いね!スタイル良くて足が速いだけじゃなく、更に秀才だったりする?」
「だから2人とも褒めすぎ、私だって授業についていくのに毎日必死だよ、授業中の説明だけじゃよく理解できなくて、ちょくちょく先生に質問に行っているし」
「でも、それ、絶対、秀才のノートだよ、今度のテストで歩がクラスで一番とかになってたら私、思わず嫉妬するかも」
冗談っぽい真希の口調に2人で失笑した後、好美が気合を入れた。
「・・・・・よし!歩ちゃんに嫉妬なんてしなくて済むように3人で高得点目指して頑張ろう!」
「うん!」
翌週、好美たちは相応に準備を整えた後、中間試験、第1日目に臨んだ。
それなりに勉強して臨んだ筈だったが苦戦した。
所々、空欄の解答用紙を提出してしまい、しかも回答できた部分もあまり自信が無く、何となくブルーな気持で掃除とホームルームのスケジュールを消化して帰宅した。
いつもの通学路で歩と別れた後、真希と好美は、肩を落としていた。
「やっぱり難しかったね、でも歩は出来たんだろうね・・・・・」
歩が去っていった方を何となく2人で見つめた。
「やっぱ凄いよね歩ちゃん、私、理科が難しすぎて空欄で出しちゃった、数学も時間が足りなくて最後まで出来なかったし」
「私も、数学、最後まで出来なかった!問題多かったよね!理科も難しかったね、唯一国語だけは、それなりに、まともな点数取れそうだけど」
「うん、国語は私も、ちょっと自信ある、でも問題数多くて見直す時間が無かったから、そこが心配だな」
「私も、それ思った!中学の試験って問題数多いよね!見直しの時間、確保できないよね、明日の英語と社会もきっと問題数多いんだろうね、まぁ終っちゃった今日の試験は、もうどうにもならないし明日の英語と社会を頑張ろう!」
迎えた中間試験2日目も問題数の多さに四苦八苦しながら無事に終えて、その週の週末には各クラスの上位者発表と学年毎の上位者発表が行われた。
職員室前に貼り出された上位者発表を全く自信が持てない大半の生徒が素通りした。
好美も自分に縁の無い事と、素通りしかけたが、同じクラスの甲本悠太が悔しげにリストを見上げていた。
さり気なく立ち止まり、リストを見ると、一番上に歩の名前が載っていた。
そして2番目に甲本悠太と記されていた。
「びっくり!堂々の2番じゃん!甲本って頭良いんだね」
思わず好美が話しかけたが、悠太は苛立ちを滲ませた眼差しで一瞥して立去った。