本心
好美は露骨に警戒した。
「同じ事を何度も言わせるな」
高浜は二の句が継げず、ビクビクして見せる好美を冷たく睨み付けながら、好美の返答など興味なさ気に上履きを歩の下駄箱に戻し立去った。
「・・・・・・どうしろって言うの」
モヤモヤした気持ちを抱えながら帰路についていると、前方から、同じくモヤモヤした何かを抱えた顔で悠太が、トボトボと歩いてきた。
一瞬、目が合ったがお互いに、どうでも良さそうに目線を逸らし、すれ違い離れていった。
翌日。
先に部活で登校していた真希と玄関で鉢合わせた。
「おはよう真希ちゃん、部活お疲れ」
「おはよう、ヨッシー、私、また1つ歩の事、嫌いになりそう」
「どうしたの?」
「・・・・・・こんな気持ち抱えたまま授業なんて受けても頭に入ってこない!ねぇ、ヨッシーの教室、行って良い?」
「もちろん、授業始まる前に吐き出していきな」
まだ、登校している生徒が疎らな教室で、空いている好美の前の席に腰掛け、真希が打ち明けた。
「実はさ同じ部の後輩が歩と翔君がデートしてる所を見たって話しててさ、結局さ、歩が言いがかりつけて色々と放棄するのって陸上より何より恋愛を最優先にしたいだけなのかなって、そんな自分勝手な歩が何の苦労もしないで何でも手に入れるのが赦せないんだよね」
見苦しさを自覚しながらも真希は心の内を吐き出した。
「なのに「私、別に何も欲しくないけど」みたいな、何なら欲しかったら譲るけど?的なオーラを漂わせてるでしょう、意図的なのか無意識なのか知らないけど」
「あー、確かに鏑木さんから執着心みたいなのって感じた事が無いかも、何でも簡単に手に入れて、簡単に手に入れられるから手放す時も簡単に手放しそう」
「つまり歩は全てに於いて恵まれ過ぎてるんだよね、なのに、その事実に気付いてないって言うか、その自覚が有っても何も大事に出来ない人っていうか、もう絶交した人の事なんてスルーしたら良いだけなんだけどね、何か、そういうのが、どうしても鼻につくっていうか・・・・・・・それで心穏やかに居れなくなるっていうか」
盛大に溜息をつきながら、バツが悪そうに謝った。
「まぁ、こんなの、結局は、ただの嫉妬だよね、でも話したらスッキリした、そろそろ教室に戻るね、またね」
「うん」
立去ろうとする真希の後姿を自分の席から見送っていると、真希と歩が鉢合わせた所を目撃した。
真希は歩に体当たりして階段を駆け下りた。
懸命にその後を追う歩が、教室に戻ってきたのはホームルームが始まる数十秒前だった。
(後でそれとなく真希ちゃんに聞いてみよう)
順調に2時限目まで授業を消化し、3時限目は調理実習の時間だった。
雑談に花を咲かせる好美たちと違って歩は手際よく調理を進めていった。
歩が最後の味付けに入ろうとしていた時、悠太が、そのフライパンに横から多量の調味料を入れていった。
周りからクスクスと不快になる笑いが聞こえた。
好美は思わず不快になりながら自分の分の調理に集中して焼きソバを完成させた。
とりあえず皿に盛り付け、ふと顔を上げたら、気付けば歩が、また反撃に出ていた。
マークが甘かった悠太の焼きそばの材料も、そのフライパンの中に入れて一緒に仕上げた。
程なく迎えた「試食」の時間。
好美たちが可も無く不可もなくの味に仕上がった焼きソバに舌鼓を打っている一方で歩と悠太は殆ど食べれずに焼きそばを見下ろしていた。
箸を動かそうとしない2人に気付いた家庭科担当の教師が注意しながら、訝しげに2人に近づいた。
そして恐々と試食して水を飲み干し、直ぐに解散の指示が出された。
まだ完食してない生徒達は急いで完食して調理実習室を後にした。
4時限目が始まる直前、慌てた様子で悠太は戻ってきたが、歩は戻ってこなかった。
「・・・・・・・?」
出席の確認時、教師は歩の不在に気付いたが、特に所在など深く追求する事も無く授業を始めた。
あまりに無関心な教師に好美は思わず溜息が漏れそうになった。
教師には何も期待できないと改めて痛感した。
痛感しつつ平凡に4時限目をやり過ごし、給食の時間を迎える頃、歩が心なしか少しスッキリした表情で教室に戻ってきた。
戻ってきた歩を見て安堵してる自分に気付いた。
安堵しつつ、3時限目に完食した焼きそばの影響を全く受けず給食も完食した。
歩も他の生徒も、しっかりと完食して午後の授業に備えていた。
その後も好美たちは順調にスケジュールを消化して下校した。
一人帰路についてると、部活を終えた真希が遠くで好美に手を振っていた。
「ヨッシー、待ってー、一緒に帰ろう」
遠くで好美を呼び止めつつ、あっという間に好美のもとに駆けて来た。
「今朝は愚痴聞いてくれてありがとう、今日も一日お疲れ様、歩の事で、ずっとイライラしてたけど、さっき嬉しい事が有ったんだ」
「嬉しい事?良かったね、って言うか、真希ちゃん、足早くなったよね?」
駆けて来たのに、息1つ乱さず直ぐに嬉しそうに語りだした真希に思わず確認した。
「ホント?ありがとう!実は嬉しい事って、その事なんだよね、さっき先生が褒めてくれたの!正しいフォームが身についてタイムも早くなったって!ちゃんと大会にも通用するレベルになってきたって」
「凄いじゃん!真希ちゃん、ずっと頑張ってきたもんね!」
「うん!このまま力を伸ばせたら今度の大会、私にも可能性があるって!!」
「やったね!もし出るなら私、応援に行くよ!」
「ありがとう!!」
「・・・・・そういえばさ、今朝、鏑木さんから逃げ切れた?」
真希は一瞬、思い出しムカつきした後、首を振って、また愚痴を零していた。
「私も全力疾走したつもりだったんだけど、結局あの後、歩に追いつかれて先生はドーピングしているから信じるな!とか的外れな筋違いな話を力説されて、頭に来たから、こっちも言いたい事、全部言ってやった!そして歩を置いて自分は教室に戻ったんだけどね」
「だけど不思議だよね、何か先生と馬が合わないっていう次元を越えちゃってない?嫌い方が異常だよね」
「うん、何か、歩の言葉を素直に信じると、どうも、お兄さんが色々吹きこんでるみたいだったけど」
そんな話をしながら歩いていると、背後から急いでいる様子の翔が走ってきて、あっという間に2人を追い越していって角を曲がっていった。
「坂口君、何か急いでたね」
「きっと歩と待ち合わせなんじゃない?」
「何か・・・・・去年も、こんな光景を見た気がする」
「そういえば、あの2人、同じ小学校の出身って言ってたよね、実は既に小学校の時から付き合ってたのかな、だったら私に入り込める余地が無いね」
真希が寂しそうに呟いた。
「告っても玉砕決定だね・・・・・そういえばヨッシーは、好きな人とか居ないの?」
「うん、今のところ誰も、それより真希ちゃんと、こうして一緒に帰ったりラインしてる方が楽しい」
「そっか・・・・・・・ねぇ、私の決意表明、聞いてくれる?」
「うん」
「私ね、もしも、今度の大会に私も選ばれたら、その時は思い切って翔君に告白しようと思うんだ、正直、胸に秘めたまま卒業しよう!って思った時期もあったけど、翔君は迷惑かもしれないけど、思いを伝える権利、私にもあるよね」
決意表明してみせる真希が妙にキレイに見え、好美は思わず見惚れながら、背を押した。
「勿論有るよ!だって真希ちゃん凄く頑張ってるし!」
積み重ねてきた努力を高く評価され真希は嬉しそうに笑って見せた。
平和に2人で、別れ道までの遠くは無い距離を歩いていると妙に嬉しそうな楽しそうな悠太と、すれ違った。
学校では見せない表情だった。
「甲本じゃん、あいつも、あんな顔出来るんだ」
好美は思わず、振り返り、すれ違い離れていく、その後姿を見えなくるまで見ていた。
「本当だ、歩への新手の嫌がらせでも思いついたのかな」
「それで、あの笑顔だったら相当クレイジーだよ、ねぇ、ちょっとさ、後つけてみない?」
「いいね!」
2人、気付かれないように距離を設けつつ、尾行した。
「ねぇ、何か恐そうな人たちと楽しそうに話してるけど、まさか、あの人たちに歩を襲わせよう!とか企んでたりするのかな・・・・・・私達も気をつけないと巻き込まれるかもね、気付かれる前に帰ろう」
「うん」
2人、足早に、その場を立去って周囲を気にしながら、別れ道まで戻ってきた。
「そういえばさ、そろそろ始まるね、水泳の授業・・・・・・・・それまでに少しダイエットしたいな」
好美は二の腕やウエストを気にしつつ、日頃、陸上部で身体を絞り込んでいる真希をチラリと見た。
「よく見ると真希ちゃんもスタイル良いよね」
「えー、よく見なくてもスタイル良いでしょう、っていうかヨッシーだって別にスタイル悪くないよ」
「ありがとう」
午前中から容赦なく上がる気温。
炎天下の、茹だるような暑さはプールに浸かっていても誤魔化せなかった。
「暑いね、ヨッシー」
真希が優雅に水を掻き分け、好美に近づいた。
好美は真希と適当に泳ぎながら、プールサイドで酷い顔色で見学している歩を盗み見た。
そんな歩に両角が近づいた。
そして水泳中の生徒達の監視は二の次で歩とのバトルを繰り広げた。
「あ、先生が歩に近づいた、何か、また、ひと悶着有りそうだね」
「うん、って言うか今日の鏑木さんの顔色、流石に危険だよね、絶対に水泳なんて出来る状況じゃないよね」
「うん・・・・・・見学してるだけでも辛そう、何なら今すぐ早退したほうが良い気がするけど、そんな頑張りは微塵も評価せず、容赦なく、そんな歩とバトルするんだ、本当に相性悪いよね、仮に私達が見学しても、絶対にあそこまで拗れないよね」
「うん、拗れない、ちょっと小言を言われて終るよね、まぁ鏑木さんがイチイチ反発するのが悪いのかもしれないけど」
2人で見守ってると、両角の「天敵」の高浜の登場で歩に軍配が上がった。
そして、歩は授業終了を待つ事無く立去った。
「歩・・・・・・帰ったのかな」
「そうかもね」
遠ざかる歩の背を2人で見送った後、時間が赦す限り水と戯れて「涼」を堪能した。
その後、若干の「だるさ」を覚えながら、真希は社会の授業を、好美は数学の授業を受けたが、頭の片隅で歩の事が気になっていて、余り集中出来なかった。
「今日も歩、休みなのかな、昨日も休みだったんでしょう?」
「うん、この間、凄く調子悪そうだったし、拗らせちゃったのかな、何だかんだ言っても、やっぱ心配になるよね、っていうか、何、この人だかり」
「何だろうね」
とりあえず、それぞれ上履きに履き替えて、人だかりが出来ている掲示板に吸い寄せられた。
そして、そこに貼りだされた悪意ある「ネタ」に2人、思わず顔を見合わせた。
よりにもよって、両角と歩のツーショットという、ありえない組み合わせの合成写真が貼り出されていた。
「絶対ありえないよね、でも他の皆は信じちゃうのかな・・・・・・・・こんなの翔君が見たら絶対に心穏やかじゃなくなるよね」
「あ、噂をすれば・・・・・・坂口君」
「私、翔君が傷つく所なんて見たくない、行こう!ヨッシー」
「・・・・・・・うん」
好美は、真希と共に足早に、その場を離れた。
教室に入ると、皆、思い思いの場所で掲示板に貼り出されていた「ネタ」について盛り上がっていた。
「鏑木さんが最近学校に来ないのって実は、本当に懐妊したからなのかな」
「意外な組み合わせだよね」
「実は犬猿の仲に見せたのは演技で相思相愛だったのかな」
そんな全く根拠の無い噂話に内心、盛大に突っ込みながら席に着いた。
「ねぇ、為末さんも見た?掲示板、どう思う?」
「うん、見た!でもアレは流石にフェイクだと思うよ」
「えー、そうかな」
自分達の憶測と異なる意見に相手が不満を抱いた事に気付いて好美は即座に取り繕った。
「絶対、両角先生も迷惑してると思うよ、仮に鏑木さんが本当に産婦人科から出てきたとしても、先生が鏑木さんを孕ませた!なんて事は絶対に無いと思う、私は両角先生の事、信じるけどね、先生は絶対に、そんな非常識な事しないと思う」
「んー、そう言われると、そんな気もする、鏑木さんの事は、よくわからないけど鏑木さんの妊娠と先生は全く関係ない気がしてきた」
程なくホームルームの時間になり、岸本が掲示板に貼られていた写真を手に入ってきた。
「・・・・・・あら、鏑木さんは今日も休み?昨日まで休むとは聞いていたけど誰か何か聞いてる?写真の事、直接説明して欲しかったのに」
盛大に溜息をついた後、写真を黒板に貼って無駄な聞き取りを始めた。
「まぁ良いわ、この写真を撮った人は、どういう状況だったのか私に説明してくれない?」
極めて無駄な時間が流れる事に耐え兼ねた悠太が発言した。
「状況も何も、撮られた事が真実なのではないでしょうか、事情は本人が登校したら確認するようにして、とりあえず授業を始めて下さい、その写真だって、他のクラスの誰かが撮った可能性だって、ゼロではないですよね、ハッキリ言って、この聞き取りは余り意味が無い気がします」
悠太の発言に複数人が同調して頷いた。
「そうです、俺達、鏑木を尾行して、そんな写真を撮ってる程、暇じゃないです、授業を始めて下さい」
パラパラとあがる不満の声に岸本も不満を全面に出しながらも授業を始めた。
程なく、全く楽しくない岸本の授業が終って迎えた短い休み時間。
トイレに行こうと教室を出ると翔に呼び止められた。
「あ、為末、歩呼んで?」
「今日も休みだけど」
「え?」
怪訝そうに教室を覗いた後、礼を述べて立去った。
『じゃあ結局、歩、今日も休みだったんだ?』
「うん、付き合ってる割りに相手が登校してるかどうかも把握してないんだって意外だった」
『え・・・・・じゃあ、もしかして実は2人は本当は付き合ってないとか?』
その発言に思わず返答に困って見せる好美の様子を画面越しに目撃した真希はバツが悪そうに話題を変えた。
『今度の土曜日、一緒に期末試験の勉強しよう!試験前の最後の追い上げ、また家においでよ?』
「うん!行く」
「お邪魔します」
真希に案内されるまま部屋に入ると姉の咲希が居た。
「あ・・・・・こんにちは、静かに勉強しますので」
「あ、お気になさらず、私これからバイト行くから・・・・・って、あれ?鏑木の妹は?」
聞かれて思わず顔を見合わせた後、真希が面倒臭そうに答えた。
「ああ・・・・・・私達、歩とは絶交したから」
「え、何が有ったの?」
「もう・・・・・関係無いでしょう、お姉ちゃんには!バイト、早く行きなよ」
真希は姉を追い出した後、盛大に溜息をついた。
「さて、気持を切り替えて・・・・・・勉強しよう」
「うん」
好美はノートを開きながら去年、一緒に歩と真希と勉強した事を妙に懐かしく思い出していた。
勉強しながら、お互い口にしなかったが、歩が此処に居ない事が妙に心に引っかかっていた。
「歩、来なくなっちゃったね・・・・・・」
「うん・・・・・・」
そうさせてしまった要因は自分達に有る事を2人、切々と自覚して、階段を登りきって、それでも気持ちを切り替えるように。
「でも、歩の事を考えるのは後にして、とにかく今は試験に集中しよう!お互い、中間より良い点数取れるように頑張ろう!」
「うん」
期末試験初日。
好美達が最後の追い上げで教科書と睨めっこしていると、程なく岸本が教室に入ってきた。
「結局、今日も来てないのね、鏑木さん・・・・・まぁ、良いわ!皆シャーペンと消しゴム以外の物を机にしまって」
全員に筆記具以外の物をしまわせ問題用紙と解答用紙を配っていった。
「じゃ、始めてください」
好美は憂鬱な気分でシャーペンを手に取り、チラリと、空いたままの歩の席を見た後、1問ずつ解いていった。
対して悠太は好美の右斜め前で妙に殺気立って解答用紙を埋めていった。
相変わらず可もなく不可も無くの出来で期末試験初日を終えて真希と下校した。
「真希ちゃん試験の出来、どうだった?」
「至って普通、ヨッシーは?」
「うん、中間の時と、きっと、それほど良くもなってないし悪くもなってないと思う」
「そっか・・・・・・そう言えば、そろそろ誕生日だね、歩」
不意に去年の歩の誕生日の事を思い出した。
懐かしげに寂しげに呟く真希に好美は思い切って提案した。
「・・・・・プレゼント、探しに行く?試験終わったら」
「え?」
「仲直り、したいと思ってるんでしょう、鏑木さんと」
ズバリ言い当てられ、しばし目を泳がせた後、小さくうなずいた。
「じゃあ、絶対仲直りしな!」
「ヨッシーも素直になりなよ」
「え?」
「友達に戻りたいんでしょ、歩と」




