消えない過ち
美音子の勇気に全力で応えるべく、宮原は慎重に言葉を探した。
「正直、恋愛とか、まだよく判らない、今の俺の美音子を想う気持ちと美音子が俺を想う気持ちは、きっと違うんだと思う、男として美音子が好きとか嫌いとか、俺、そういう風に考えた事が無くて・・・・・・でも美音子には本当に感謝しているんだ、あの時から・・・・・・」
「だって・・・・・あの時の責任なら絶対に私にも有ったから・・・・・・汐里ちゃんにも本当に申し訳ないって思ってる」
自分の思いを告げながら、2人の脳裏に必然的に葬り去りたい過去が鮮明に蘇った。
夏休みの真っ只中。
宿題もそこそこに、隼人を誘いに来た美音子。
「遊ぼう!隼人」
「あー・・・・・・今日は無理」
「え、宿題、今日の分、終ってないの?手伝おうか?」
「そうじゃないんだ、今日は汐里が風邪引いて保育園休んでて、子守してろって言われてるんだ」
「えー、そうなんだ・・・・・・じゃあ仕方ないね」
ガッカリして帰ろうとしている美音子を見て、妹の汐里が隼人を見上げて退屈さをアピールした。
「えー、あそぼう、しおり、おねつさがったもん、なにしてあそぶ?」
美音子は人懐こい隼人の妹を何かと可愛がっていた。
汐里と同じ目線になってリクエストを聞いてみた。
「汐里ちゃん、何して遊びたい?」
「しおり、うみであそびたい」
キラキラの眼差しで言われ、顔を見合わせ、暫し悩んだが・・・・・・。
「じゃあ遊びに行こうか、汐里ちゃん、支度しておいで」
「うん!」
汐里が子供部屋に駆けていくのを見送った後、耳打ちした。
「おい、良いのかよ、校長先生にも言われただろう・・・・・・子供だけで川や海で遊ぶなって」
「大人が居ない時に深い所まで行って泳ごうとしたり、危ない事しなければ大丈夫だよ、ちょっと波打ち際で遊べば汐里ちゃんも満足するよ、きっと」
炎天下の中、耳障りな蝉の鳴き声を聞きながら海岸通りを歩く美音子達。
「先生に見つかったら怒られるな・・・・・・」
心配そうに隼人が周囲を見回した。
「大丈夫だよ、見つからないから堂々としてなよ」
忠告しつつ、美音子も周囲を警戒していた。
2人、校長の言いつけを破ろうとしている罪悪感を抱えながらも汐里と一緒に海に向かっていた。
しばし上機嫌で歩いていた汐里の足取りが、途中から極端に遅くなった。
「どうした汐里、あとちょっとで着くから頑張れ」
美音子が、しっかり繋いでいた汐里の手が格段に熱くなってる事に気付いた。
「あれ?ねぇ、何か汐里ちゃん、熱くない?」
「あ・・・・・・本当だ」
隼人は顔を紅潮させている汐里の額に手をあてた。
「やっぱ、また熱出てきちゃったな・・・・・・帰ろう」
「・・・・・・うん」
力なく頷きながら引返したのだが、汐里の足取りはどんどん重くなり、遂には座り込んでしまった。
「後でジュース買ってやるから頑張れ」
「おにいちゃん・・・・・・・・・・しおり、きもちわるい・・・・・・」
「えー、もう、本当に仕方ないな、ホラ」
とにかく暑いので3人で涼しい所に移動したくて、隼人は身を屈めて汐里を自分の背に促した。
汐里は、その身体を力なく隼人の背に委ねた。
隼人は、汐里の小さな身体を、しっかり支えながら、汗を拭いながら、来た道を引返した。
家まで帰ってくると、丁度、パート先のお昼休憩で一時帰宅していた隼人たちの母親が玄関先に居た。
「もう、何処に行ってたのよ、ちゃんと汐里の子守りしてるように頼んだでしょう」
「汐里が海に遊びに行きたいって言ったから・・・・・・・」
「子供だけで海なんて行ったら駄目って学校でも言われてるでしょう!本当にもう・・・・・・頼まれた事ちゃんとやって頂戴!」
隼人なりに子守を頑張ったつもりだったのに小言しか言われず、露骨に不満を滲ませながら、背中の汐里を軽く揺さぶった。
「ほら汐里、着いたぞ」
汐里の返事はなかったが、特に深く考えずに汐里をそっと地面に降ろすと、汐里は、そのまま後ろに倒れた。
「「・・・・・・汐里?!」」
「汐里ちゃん!!」
意識を消失させ、目は力なく閉じられ、奇妙な音を喉もとから響かせたのと同時に口の端から吐寫物を溢れさせた。
明らかに普通の状態ではなかった。
騒ぎを聞きつけた近所の住人が出てきて直ぐに救急車を要請した。
汐里は直ぐに搬送されたが、手は尽くされたが、小さな身体は照り返しの影響を著しく受けてしまい、また隼人に「おんぶ」された事で結果的に熱を逃がす事も一層困難な状況に陥り、初期に適切な処置が出来なかった為に重度の熱中症で幼い命は失われた。
炎天下の中、海を目指した隼人たちも若干、熱中症になりかけたが医療機関に掛かるレベルの程度ではなかった。
適度な水分補給・塩分補給、風通しの良い場所での休息で程なく回復したが・・・・・・・。
言いつけさえ守っていたら失われる事もなかった、かけがえのない尊い命が失われた事で隼人は両親から散々責められた。
何故言われたとおり、大人しく家で子守りをしていなかったのかと半狂乱で責められ、言い訳も赦されず、隼人が異様な追い詰められ方をしているのを目の当たりにした美音子が責任は自分にも有ると必死に隼人を庇った。
涙ながらに懸命に自分を庇う美音子を見て幼心に隼人は本当に助けられたと感じていた。
心底、そう感じる一方で、けれど汐里の死から数年、最悪な親子関係は続いた。
運動会も授業参観も両親は一切不参加だった。
けれど、お互いに心身の不調が激しく、周囲に説得され適切なカウンセリングを受けたりする中で少しずつ雪融けして行き、小学校卒業を迎える頃には随分と関係は修復されていた。
そこまで宮原親子の関係を拗れさせたのは紛れもなく自分の所為だと負い目を感じ続けていた美音子は卒業式で穏やかに隼人を見守る両親の姿を見かけ本当に安堵したのだ。
「隼人だったら、そう言うと思ってた、好きとか言ってゴメン、困らせてるよね、隼人の事」
先に苦い記憶から抜け出したのは美音子だった。
「・・・・・・困るわけ無いだろう、馬鹿だな、こう見えて喜んでいるんだぞ、美音子の本音が聞けて」
程なく隼人も辛い記憶から抜け出す事に成功した。
「ありがとう、でも、ごめん・・・・・やっぱ今の、忘れて?」
若干の後悔を滲ませ、乱暴に涙を拭いながら、妙なテンションと妙な強がりで引きつった笑顔を見せた。
宮原は小さく溜息をついて自分の率直な思いを丁寧に伝えた。
「駄目なのか?美音子の気持ちが聞けて嬉しい気持ちは嘘じゃないのに、今の事、忘れないと駄目なのか?」
「嬉しい?」
「ああ、さっきから、そう言ってるだろう、今の事を俺が忘れる必要も、美音子が後悔する必要も全然無いぞ」
「ありがとう」
美音子から思いの丈をぶつけられた宮原は真剣に自分の気持ちを見つめた。
「・・・・・なんて言うか、美音子は気まずいかもしれないけど、今まで通りで良いんだよな、俺達」
「もちろんだよ」
とりあえず今後の方向性を確認しあって、しばし気まずい時間を共有していた。
お互い、何となく解散したい気持ちになりながらも守に会える可能性も捨てたくなくて公園に留まり続けた。
それでも他愛ない話題も底を尽き会話も無くなり、いよいよ気まずくなった美音子はブランコから腰を上げた。
「何か、喉乾いたね」
唐突に振られ、長く沈黙してしまった事に気付いて慌てて調子を合わせた。
「ああ、そうだな」
「おなかも空いたね」
「ああ」
実はお互い、喉の渇きも空腹も感じていなかったが物理的に距離を設けたくて話をあわせた。
「じゃあ、今日は解散にしよう」
「そうだな、また何か有ったら知らせるよ」
「うん」
公園を出て行く美音子を見送った後、宮原は目的もなく近くのショッピングモールに立ち寄った。
一人で明確な目的も無く何となくウインドーショッピングをしていると、トイレで守と鉢合わせた。
お互いに気まずそうにしながらも、守が先に立去った。
もどかしそうにしながらも、宮原も慌てて後を追った。
雑踏に紛れ見つけ出すのに苦労したが何とか再び見つけて距離を取りながら直ぐに美音子にも知らせた。
『ありがとう、直ぐに行く!可能な限り見失わないで!』
『了解』
素早く返信して守の動向を見張り続けた。
ジッと、その動向に目を光らせていると、連れが居る様子は無かった。
現時点では一人のようであったが、誰かと待ち合わせしているのか、そこは定かではなかったが頻繁にスマホを触っているのが確認できた。
『着いた、今どこ?』
『フードコート』
『了解』
美音子はエスカレーターを駆け上がりフードコートに急いだ。
息を切らせながらも目立たないように宮原にそっと近づいて合流して2人で守を見張った。
暫し2人で見張り続けて、目立った動きが無い事を確認して美音子は意を決した。
スマホを弄り続ける守に気配を消して徐に近づいた。
「・・・・・・やっと会えた」
「?!」
守は思わずスマホを取り落としながら美音子を見上げた。
「美音子?!」
微かに震える手でスマホを拾い上げ、スマホの液晶と美音子を交互に見て、やがてスマホを傍らの鞄の中にしまって美音子と対峙した。
「どうして美音子が此処に?」
「・・・・・何でそんな困ったような顔するの?」
「人と待ち合わせ中なんだ」
「・・・・まさか、やっぱ、あの時のオバサン?パパには本当に色々聞きたい事があるけど、どうして、去年の冬、約束を破ったの?何の連絡もせず、ねぇ、どうして?」
普通の親子の間には、まず生じないような不穏な空気が漂い、異変に気付いた周囲の利用客が遠巻きに2人を見た。
多くの利用客が2人から離れる中、いつでも援護出来るようにと宮原が美音子に近づいた。
近くに宮原が居てくれるというだけで美音子は強気になれた。
「私が納得できる理由を聞かせてくれたら、邪魔しないよ」
「・・・・・納得しないだろう、お前、いつだってそうだ」
「そんなの、パパが悪いんでしょう、その場しのぎで適当な事ばかり言うから、だから何も信じられなくなる、携帯の番号だって、何でそんなにコロコロ変るの?偉そうに生活費やるって言って、そのまま約束すっぽかして、守れない約束なら安易にしないでよ!!私あのバス停でずっと待ってたんだよ!」
不満をぶつけながら美音子は涙が止められなかった。
そこに訝しげに首をかしげながら近づいてきたのは・・・・・・・岸本だった。
派手にローファーを鳴らして大きめなイヤリングを揺らし、自分たちの方に近づいてくる女性に、美音子は、本能的に自分とはソリが合わないだろうと直感した。
「10分ほど、遅れちゃったわね、待たせたかしら」
言いながら遅刻を詫びる事もなく腕時計に視線を落とした。
美音子は、ふてぶてしい態度の岸本の登場に思わず涙が止まっていた。
「ああ、待ったぞ、お陰で大変な目に遭ったぞ、たまには約束の時間守れよ」
「「?」」
相手が遅刻してきたという事実を差し引いても、時子の時とは違って随分と雑な接し方という印象を受けた。
「大変な目?」
「・・・・・何、このオバサン、次から次へと!っていうか趣味悪すぎ」
「オバサン・・・・・って、失礼な子ね、ちょっと何なの貴女?」
「そういう自分は何なの?!」
「おい、こんな所で恥ずかしいから止めろ、とにかく行くぞ・・・・・・」
言いながら守は岸本の腕を取って腰を上げかけた。
美音子は咄嗟にその腕にしがみついた。
「ねぇ、ちゃんと答えてよ!!」
「何?その子達、本当に」
「娘だよ・・・・・・・娘と、その幼馴染」
強めに美音子の手を振りほどきながら素っ気なく応えた。
「娘?そんなはず・・・・・・だって貴方」
「ああ・・・・・・血は繋がってない」
「「は?!」」




