選択~とある男の裁かれぬ罪~
『年末に言ってた事だけど、小学校の時、実は何度か試みたんだけど、私の場合は上手くいかなかったんだけど、好美ちゃんが上手く出来るなら、嫌がらせでゴミ屑を机とかに入れるフリして、そのゴミくずに隠し場所を書くみたいな方法は?』
『なるほど!!それ、かなり良い方法だよ!ありがとう、その方法、試してみるよ』
『少しでもお役に立てたなら光栄だよ』
『ところでさ、話は変るんだけど、去年のクリスマスの日、美音子たちと一緒に居たよね?駅で偶然見かけたんだよね、私は、もう電車に乗っていたから声を掛けようが無かったんだけど、妙な組み合わせだなって思ったんだけど』
届いたラインに由美は直ぐに返信できなかった。
直ぐに既読になった後、10分経過しても20分経過しても返信が無かった事で好美は、迷いながらも再度ラインを送った。
『ゴメン、何か聞いたら駄目だった?』
『そんな事ないよ、既読スルーになっちゃってゴメンね、クリスマスの少し前、フリースクールの帰りに偶然にも、あの2人にバス停で会って、無理矢理協力させられて』
不意にスポーツ公園で2人に鉢合わせた、あの日、バス停で誰かを待っていたようだったと思い出した。
『協力?』
『ゴメン、詳しく話せない、少なくとも好美ちゃんに迷惑をかける事案ではないから心配しないで、そして、もう済んだ事だから、今はまた、あの2人と関らない穏やかな生活を送っているから安心して』
この話題を早く打ち切りたい思惑をメッセージから感じ取って好美は追及を止めた。
『何かよく判らないけど済んだ事なんだね、しつこく聞いちゃってゴメンね』
由美とのやり取りを完了させてから真希にも、その作戦を教えた。
『なるほど!悪くない作戦だね!この作戦、日記で歩に教えておくよ』
『うん、コレで少なくとも隠し物の時の対処法は決まったね、甲本の奴、もうこれ以上強要してこなければ良いんだけど』
『そうだね、とにかく早く2年生になりたいね』
程なく、短い冬休みが明けて3学期が始まった。
真希は部室でこっそり日記を渡し、「作戦」を伝えた。
けれど首謀者本人が動く事が、しばしばで歩は執拗に持ち物を隠されたり教科書を塗りつぶされたりといった嫌がらせを受け続けた。
そんな日々が続いた、ある日の放課後。
歩は体育の授業の後から無くなっていた生徒手帳を探していた。
たまたま教室の掃除当番だった歩はゴミ捨ての際、注意してゴミ袋の中をチェックしたが見つからなかった。
「歩、そろそろ行こう」
教室に誰も居ないのを確認して真希が声を掛けた。
「うん・・・・・・でも、もう少し探したい、どこに隠されたんだろう」
「今日は何を隠されたの?」
「生徒手帳」
「大事な物じゃん、一緒に探すよ」
「ありがとう」
誰の目も無い事を入念に確認した後、真希は一緒に生徒手帳を探し始めた。
「無いな・・・・・・どこに隠したんだろう、あいつ、とりあえずグラウンド行こう!遅刻すると怒られるから」
「うん」
グラウンドで活動している運動部員達を横目に、好美は写真部でのミーティングを終えて、こっそり歩と真希の様子を確認しながら一人歩いていた。
ドン!
前をちゃんと見ていなかった好美は、仁王立ちしていた高浜にぶつかった。
「ごめんなさい!!」
「・・・・・・おい、お前」
抑揚の無い声音に恐怖心が増して我武者羅に謝っていた。
「あの、つい、よそ見をしていて、本当にスミマセンでした!!」
「そんな事は、どうでも良い!これ、本人に返しておいてやれ」
思わず青ざめる好美に、汚れた生徒手帳を突きつけた。
「え・・・・・」
直ぐに歩の探し物と気付いて力強く返事をしながら受け取った。
「・・・・・はい!」
直ぐに教室に引返したが、そのまま歩の机の中に戻してやっても、また隠される可能性があったので、ハンカチに包んだ上で、真希の机に忍ばせた。
急いで帰宅すると、その旨をラインで真希に送った。
『歩ちゃんの探し物って生徒手帳で間違いないかな?生徒手帳なら用務の高浜さんが見つけてくれた、歩ちゃんの机だと狙われていると思うから一度、真希ちゃんの机の中に忍ばせた(相談も無く勝手にゴメンネ)隙を見て歩ちゃんに返してあげて』
部活動を終え下校した真希は直ぐにラインに気付いた。
好美に簡潔にラインを返すと急いで歩にもメールを送った。
『ヨッシーからラインが来た、歩の生徒手帳は高浜さんが見つけてくれたみたい、高浜さんから受け取ったヨッシーが私の机に忍ばせておいてくれたみたいだから、部活の時にコッソリ返すね』
『ありがとう、好美ちゃんにも、ありがとうって伝えておいて』
『解った!』
真希は歩に簡潔に返した後、好美とライン電話で話し込んだ。
『ヨッシー、ナイスな判断だよ、歩がヨッシーにありがとう!って・・・・・・明日、部活の後、私が責任持って歩に返すよ』
「うん!ところで、ちょっと思ったんだけど、高浜さんって実は良い人なのかな・・・・・・勝手に、見た目で私達が怖がっているけど」
『そうだね、そのつもりだったかは別にして、2回続けて歩を救ったよね、イジメとか、くだらない事を一蹴してくれる良い人なのかもね』
「でも前方不注意で思い切りぶつかって、冷たい目で見下ろされた時は生きた心地がしなかったけど」
汗を拭う仕草を見せながら、その瞬間の恐怖を打ち明ける好美に真希が思わず失笑した。
『災難だったね、お姉ちゃんも、よく言ってた、高浜さんは、どの教師より怖いって、すれ違うだけでも異様に緊張しちゃうって』
「甲本の奴、そんな怖い高浜さんに歩ちゃんの物とか隠してる所を目撃されて、大目玉喰らえば良いのにね、そうして改心してくれたら良いね」
しばし、高浜のエピソードで盛り上がっていると、不意に咲希がカメラに写りこんだ。
『ただいま、何か声がすると思ったらライン電話してたんだ』
『おかえり』
一瞬目線を咲希に流して頷いて、素っ気なく返事をして見せ、直ぐに好美に目線を合わせ、また話し始めた。
『ゴメン中断しちゃって、お姉ちゃん帰ってきちゃって・・・・・・』
真希は背後に立つ咲希を振り返り素っ気なく告げた。
『どうでも良いけどカメラに入っちゃうから後ろに立たないで』
『ちょっと、まだ話す気?話なら学校で好きなだけしなよ、それより、夕飯作るよ、お母さんからラインが来て帰りが遅くなるから夕飯作っておいてって』
真希は再び咲希に視線を長し不満の声を挙げた。
『えー今、用務の高浜さんの話で盛り上がってたところなのに、直ぐ行くから先に行って作っておいてよ』
『ああ、懐かしい・・・・・・』
言いながら写りこまない所で着替えを済ませ、写りこまない場所から真希と好美の会話に加わった。
『そういえば、その高浜さんなんだけど、この間さ、バイトに行く時に見かけたんだよね、病院で』
『病院で?!』
真希が思わず咲希を振り返った。
『正確に言うと医大の敷地内から出てきて病院前のバス停からバスに乗るのを見かけたんだよね、高浜さんほど病院が似合わない人は居ないよね、だから凄く印象に残っていてさ・・・・・・・・・』
衝撃の情報に思わず見つめ合った2人。
『まぁ、誰かのお見舞いとかだったのかもしれないけど、特に体調が悪そうにも見えなかったし、とりあえず今は高浜さんの事より我が家の夕飯の方が大事だから!』
咲希に促され真希は溜息をついて見せた。
『ごめん、そういう事だから夕飯作ってくるね』
「判った、いってらっしゃい、また明日ね」
2人で手を振り合って電話を終えた。
ショッキングな情報を耳にして数日が経った週末、真希と好美は学校の外で高浜と会った。
映画を観賞した帰り道だった。
好美たちの乗っているバスに医大前のバス停から乗り込んできたのだ。
何もしてないのに妙に気まずかったが、知らん顔は出来ず、好美と真希が思い切って会釈すると、素っ気なく、だけど高浜も会釈を返した。
高浜は2人の脇を通って一番後ろの座席に腰を下ろし車窓を眺めた。
目的のバス停を知らせる車内アナウンスが流れ、真希がボタンに手を伸ばしかけた時。
後方でボタンが押された。
振り返って確認すると、押したのは高浜だった。
思わず顔を見合わせつつ、好美たちは、そそくさと席を立った。
3人を降ろした後、バスは次の停留所へと走り去った。
自分達が行く方向とは反対方向へ歩き始めた高浜に、真希が思い切って声を掛けた。
好美が慌てて止めたが遅かった。
「あの!高浜さん、さっき病院から出てきましたよね?どなたかの、お見舞いですか?」
立ち止まり、だけど前を向いたまま、関りたくないオーラを滲ませながら冷たく告げた。
「・・・・・・・・だったら何だ?」
何ともメンタルに響く塩対応を受け、助けを求めるように真希に見られたが好美も上手なフォローが出来ず、2人を交互に見た。
露骨に戸惑う2人に更に冷たく迫った。
「だったら何だと聞いているんだ」
返答に困って押し黙る真希を振り返って冷たく告げた。
「知る必要が無い事を興味本位で聞くな!」
「・・・・・・はい」
後悔を滲ませる真希を見て盛大に溜息をつきながら質問に答えた。
「・・・・・・・入院した女房に会ってきたところだ、他に何が聞きたい?」
「大変失礼しました!!」
微かに震えながら深く頭を下げる真希を冷たい目で一瞥して高浜は立ち去った。
目線を動かし、高浜の姿が路地に消えていくのを確認してから真希は漸く顔を上げた。
「ヨッシー!怖かったよ!!まだ膝の震えが止まらない」
真希にきつく抱きしめられ、好美も微かに震えながら抱きしめ返した。
「私も怖かったよ!!」
一方、高浜は自宅に戻ってきていた。
上着を脱いで仏間に入ると、若い女性の遺影に静かに手を合わせた。
そして一心に祈り続けた。
何の効力も無い事を知りつつ、高浜は手を合わさずに居られなかった。
遺影を抱きしめ苦い記憶に捕らわれ、座り込んで涙を浮かべた。
「お父さんに紹介するのは初めてだよね、お母さんには何回か会わせているけど、彼が高校から付き合ってる、網浜栄汰君」
客間で、緊張の面持ちで交際相手を紹介してくる娘の顔を鮮明に思い出していた。
「初めまして、高校時代から、あかねさんと付き合っています網浜栄汰です」
娘同様、緊張を孕んだ声音で自己紹介されたが、素直に受け止める気になれず冷たくあしらってしまった。
それでも臆さず、交際相手は決意を打ち明けた。
「僕は、あかねさんを、とても大事に思っています、だから、そろそろ、結婚というケジメを付けたいと思っています」
その後も、如何に自分が娘を思っているか延々と語られ、深く考えず自分が口走ってしまった事に高浜は今も苦しんでいた。
「君は、あかねを幸せに出来る程、良い仕事に就いているのか」
「・・・・・良い仕事の基準が判りかねますが、仕事は勿論しています、情熱とプライドを持って」
「娘と結婚したいなら公務員になれ」
「・・・・・公務員ですか」
困った顔を見せる栄汰にすかさず娘が助け舟を出した。
「何で?公務員じゃないと幸せになれないの?彼、今の仕事すごく頑張っているのに」
「そういえば聞いてなかったな、君の仕事って何だ?」
「バーテンダーです、アルコールが駄目でなかったら今度是非、僕のカクテルを・・・・」
身を乗り出し自信有り気に猛烈にアピールするのを途中で制し鼻で笑って見せた。
「酒は弱いから遠慮しておく、それより本気で娘と結婚したいなら、娘の人生を背負う覚悟があるなら、公務員になって俺を安心させてみろ、話はそれからだ」
自分の冷たい、残酷な声音が鮮明に耳の奥で蘇った。
あかねが偏った父親の意見に反発して見せたが、最終的には栄汰は日本一のバーテンダーになる夢を捨て、結婚の許しを得て、あかねを幸せにするために公務員になった。
けれど、結果として誰も幸せにならなかった・・・・・・・。
自分がバーテンダーと言う仕事を柔軟に認めていたら或いは結果も違ったはずだと、高浜は激しい自己嫌悪に苛まれた。
処理しきれない、自己嫌悪に苦しんでいると、唐突に携帯が鳴り始めた。
液晶に表示されたのは医大の番号だった。
一抹の不安が過って震える手で通話ボタンをタップして電話に出た。
「・・・・・・もしもし」




