美音子の目論見
言われて、とりあえず時子の前に座った。
「ゴメンね、変な時間に・・・・・・」
「いえ・・・・・お構いなく」
「実は、好美ちゃんが会いたくないって言っていた例の中学生2人組について少し話したい事があるの」
「あの・・・・・・あいつ等と犬飼さんに、どんな接点があるんですか?」
「なかなか好美ちゃんに話せない部分が多いんだけど、前のアパートに居た時から2人から嫌がらせに遭っていて引越すしかない状況に追い込まれて、このアパートに来たんだけど」
本当に最低な2人に思わず憤った後、確認した。
「でも、何で、あの2人と加害者・被害者の関係になったんですか?本来、全く接点なんて生れなさそうだけど・・・・・・・・」
「ゴメンね、それも話せないんだけど、好美ちゃんにお願いがあるの」
「お願い?」
「あの2人の目的は間違いなく私だと思うんだけど、もしも運悪く好美ちゃんが、このアパートで、あの2人に遭遇して、仮に私の事について聞かれても、そんな人は知らないって言って欲しいの、決定打を与えてしまえば、また嫌がらせに・・・・・・」
真剣に頼み込まれ好美は快諾した。
「判りました!まぁ、遭遇しないに越した事はないけど・・・・・犬飼さんの事は、あの2人には勿論、他の人にも絶対に話しませんので安心してください」
「ありがとう・・・・・・」
時子は安心して2階の部屋に戻った。
その後、合唱コンクールやマラソン大会が滞りなく行われ、共に、まずまずの結果を残す事に成功した。
程なく迎えた2学期の終業式の朝、好美は運悪く生徒玄関で悠太と鉢合わせた。
悠太は靴も上履きも無い歩の下駄箱を一瞥したあと、好美に近づき耳打ちした。
「お前らの班、掃除分担、玄関だったよな?」
「だから何?」
「鏑木の靴、捨てておけ!」
歩を無視するだけで精一杯の好美に、唐突に残酷な「ノルマ」が突きつけられた。
何としてでも断ろうと口を開きかけた時、真希も登校してきた。
「ヨッシー、おはよう」
救世主の登場に思わず安堵した。
「おはよう」
「・・・・・・どうしたの?履き替えないの?」
対峙してる2人を訝しげに見ながら真希は上履きに履き替えた。
「丁度良い・・・・・お前にも、やらせてやる」
「は?別に何もやらせて貰わなくて結構なんですけど、何か頼みたい事が有るなら、ちゃんと頭下げなよ」
「鏑木の靴を、あいつが見つけられない所に捨てておけ、右側でも左側でも、なんなら両方でも良い」
「馬鹿らしい!何ソレ、テストもずっと一番キープして優秀なくせに、何をそんなビクビクしてるの?歩が嫌いなら関らなければ良いのに!行こう、ヨッシー、こんな面倒臭い奴の言う事なんて聞く必要ないよ」
促され慌てて上履きに履き替え駆け出した。
「ありがとう、真希ちゃん」
申し訳無さそうに思いつめた顔で告げる親友に、静かに首を振って見せた。
悠太は立去る2人を舌打ちして見送りながら、陰に隠れて歩が登校してくるのを待った。
程なく、冴えない顔色で歩が登校してきた。
通学靴を下駄箱に押し込んで持参していた袋から上履きを取り出し、履き替えると悠太に気付く事無く教室に向かった。
「使えない意気地なしが・・・・・・」
目の前にはいない、自分を無視した真希と好美に思わず毒づきながら誰の目も無い事を確認した上で悠太は素早く歩の下駄箱から通学靴を取り出し、ゴミ箱に捨てて他のゴミで隠し、何食わぬ顔で教室に向かった。
終業式の後、それぞれの掃除分担場所へと散っていった生徒達。
好美は玄関の掃除をしながら、歩の通学靴が消えている事に気付いた。
思わず歩の靴を探していると、同じ班の女子に呼ばれた。
「為末さん、ゴミ出しジャンケンするよ」
「うん」
好美は同じ班の女子2人と輪になってジャンケンをした。
「あいこ」無しで一度で決まった。
「負けた・・・・・・」
「じゃ、為末さん、ゴミ出しお願いね」
「はい、じゃあ、掃除用具、お願いね」
「うん」
好美はゴミ箱からゴミ袋を抜いた。
その時、歩の靴が捨てられている事に気付いた。
それでもクラスメイトの目があるので、妙なアクションは起せなかったので何食わぬ顔でゴミ捨て場を目指した。
とりあえずゴミ捨て場まで持っていき不燃物と可燃と分別しながら、靴を安全に誰にも見つからず戻す方法を探した。
色々と作戦を練りながらゴミの分別をしていると、用務の高浜が近づいてきた。
校内一の強面の高浜の登場に思わず身構えていると、横からゴミ袋を奪われた。
「え・・・・・あの・・・・・・」
思わず戸惑う好美を冷たい眼差しで見下ろし、直ぐに興味無さそうに前に向き直って、無造作に袋の中に手を入れ、歩の靴を取り出すと袋を突き返した。
「・・・・・・・・くだらない事するな!させるな!!」
・・・・・・・・・。
返事も出来ず押し黙っていると間合いを詰められ見下ろされた。
「?!」
「おい!判ったのか?!返事は、どうした!」
たまらず身を竦ませた後、姿勢を正し返事をした。
「はい!!」
「よし」
冷たく響く声音に生きた心地がしなかった好美は、それでも背後で高浜に監視されながら、おどおどしながら、何とかゴミを分別して正しく捨てて、足早にゴミ捨て場を立去った。
何となく、まだドキドキしながら自分の席に着いた好美。
「あ、戻ってきた!何か遅かったね、為末さん、顔色も冴えないけど何か有ったの?」
「うん、用務の高浜さんにゴミ捨て場で分別を監視されてた、分別するだけなのに妙な神経使っちゃった」
「災難だったね、あのおじさん怖いよね」
そんな好美達の会話を盗み聞きしていた悠太。
・・・・・・。
そんな悠太の脇を通り過ぎ、歩も掃除場所から戻ってきて席に着いた。
程なく真希も戻ってきて、続々と教室に生徒が戻ってきた。
全員が教室に戻った直後、担任も入ってきて簡単なホームルームが行われた。
大半の生徒が個々に真剣に話を聞いている中、悠太は歩の靴の行方が気になっていた。
ホームルームは滞りなく進み、程なく解散の流れになって続々と教室を出ていく生徒たち。
悠太が、さり気なく歩の下駄箱を確認するとゴミ箱に隠したはずの靴が問題なく戻っていた。
歩は心なしか朝履いてきた時より少し汚れて見える自分の靴に思わず首を傾げたが、履き変えて上履きを持って一人で下校した。
足早に立ち去る歩より少し遅れて真希と好美も校舎を後にした。
いつもの道を歩きながら、誰も周りに居ないのを確認して好美は切り出した。
「今日さ、ゴミ捨てに行ったんだけど、歩ちゃんの靴が捨てられてて・・・・・」
「え?!」
「きっと甲本が、あの後、自分でやったんだと思うんだけど、分別の時に用務の高浜さんと鉢合わせて、高浜さんが歩ちゃんの靴に気付いたみたいで、歩ちゃんの靴を拾い上げながら、くだらない事するな!って怖い顔で迫ってきて」
「災難だったね、やったのはヨッシーじゃないのに」
「でね、ゴミ箱に捨てられた靴を見て思ったんだけど・・・・・・今度から、あいつに隠せって言われたり、隠そうとしていたら黙って加担した方が良いのかも」
「どういう事?!保身の為に、あんな奴の言いなりになる気?」
問い詰める真希の語気に怒りが滲んでいた。
「違うよ、誤解しないで、私たちが歩ちゃんが見つけやすそうな所に隠す方が傷は浅くて済みそうだと個人的に思っただけ、何か他に良い方法があったら聞かせて?」
好美の冷静な声音に真希は一度気持を落ち着かせて言葉を選んだ。
「んー・・・・・・甲本に、くだらない事止めろって言っても響かないし、確かに一理あるけど、例えば何処に隠す気?」
「・・・・・・浮かばない、どこなら安全且つ探しやすいかな」
暫し思考を巡らせ、思わず2人で沈黙した。
「まあ今此処で急いで決めなくても良いか、冬休み中に考えておこう・・・・・・・とにもかくにも、今年は大変お世話になりました、良いお年を」
「いえいえ、こちらこそ大変お世話になりました!良いお年を、また3学期にね!バイバイ」
いつもの分かれ道で笑顔で手を振る好美を真希が思い切って呼び止めた。
「待って!もうひとつ言いたい事があるの」
「なに?」
「話を最後まで聞かずに怒ってゴメン・・・・・・・来年の一番の抱負は短気を直す・・・・・かな、ヨッシーの抱負は?」
「もっと良い成績を取れるように頑張るってところかな」
「お互いに頑張ろう」
一瞬、ケンカになりかけたが、何とか笑顔で別れる事に成功し、それぞれ帰路についた。
2学期最終日も色々あったが無事に終える事が出来ホッとしていた。
何となく精神的な疲れを感じていたが、今日は実家で寛子たちとクリスマスを堪能する約束だったので気持ちを切り替えた。
荷物を置いて着替えと簡単な昼食を済ませ最寄り駅に向かった。
事前の打ち合わせで、半日で学校が終わる好美は一足先に電車で実家に向かう事になっていた。
ホームで電車を待っていると、程なく目的の電車が入ってきた。
アナウンスに従い、黄色い線の内側まで下がってドアが開くのを待っていると、程なくドアが開いて多くの学生が降りて来た。
続々と下車してくる利用客。
下車予定の利用客が全て降りたのを確認して好美は他の乗客と共に電車に乗り込んだ。
数分の待機時間の間、ふとホームを見ると美音子たちが、由美と会っているショッキングな光景を目撃した。
「・・・・・え?」
3人がどんな話をしているのか全く判らない状況だったが、遠目でも由美が迷惑そうにしているのが判った。
美音子の手には、何故かクリスマスケーキの箱・・・・・。
思わず座席から腰を浮かせたが、動揺を隠せない好美を乗せ、良くも悪くも、電車はダイヤ通り発車した。
色々な心配が脳裏を過ったが、この状況では何もできないので目的の駅まで電車に揺られた。
先ほどまで、浮かれていた気持ちがすっかり沈んでいたが、改札口を通り駅を出ると、後ろから寛子が駆け寄って来た。
「好美!」
「あれ、お姉ちゃん、同じ電車だったんだ?」
「みたいだね」
「じゃあさ、さっきホームで見た?由美ちゃんが美音子たちと一緒に居た所」
「嘘!気付かなかった、お父さんとメールしてて・・・・・・何で由美ちゃん、今更あいつ等と?」
「どういう経緯か判らないんだけど・・・・・由美ちゃん、何か弱味でも握られたのかな、でも何か様子が変だったんっだよね・・・・・美音子、クリスマスケーキの箱を持ってたんだけど」
寛子は好美から飛び出す情報を加味してみたが状況の把握が出来ず首を捻った。
「LINEで相談とかは・・・・・?」
好美は首を振って見せた。
「LINEでは変わった様子はなかったんだけどね」
2人、思わず胸騒ぎを感じながら、とりあえず、家に向かった。
「ただいま!久しぶりの我が家!」
好美がリビングで休息を堪能している脇で寛子は昼食の準備を始めた。
耐熱容器に入った昨日の夕飯の残りのカレーを電子レンジの中に入れ加熱している間に2階に上がっていき着替えを済ませた。
「好美、お昼ご飯どうした?」
「済ませたよ、お茶漬けで・・・・・」
「そう、じゃあ・・・・・頂きます」
リビングに漂うカレーの匂いに何となく食欲を刺激されながら、寛子のランチタイムが終わるのを待った。
「お待たせ・・・・・じゃ、ケーキの材料買いに行こう!」
「うん」
2人、ケーキ作りに奮闘している頃。
陽も傾き始めた寒空の下、由美は美音子たちと共に好美のアパートに来ていた。
由美は、いつ好美や燿子と鉢合わせてしまうかと、気が気ではなかった。
美音子たちに気付かれないように、好美の部屋を見ないように意識した。
「気合入れて私の役に立ちな、働き次第で、また友達になってあげるから」
完全に勘違いしている人間の発言に内心ウンザリした。
「・・・・・私、あまり遅い時間まで居れないんだけど、何時に帰ってくるの?」
「もうすぐだよ」
ウンザリして見せながら暖確保の為のホットのお茶を飲みながら自転車置き場で待機した。
「おい・・・・・帰ってきたぞ」
「うん!じゃあ打ち合わせ通りやりな」
言いながら美音子がクリスマスケーキの箱を押し付け、宮原と共に身を隠した。
箱の中は空だった。
美音子の魂胆は全く読めなかったが黙って空の箱を受け取った。
由美は気が重かったが嫌な事は早く終わらせたくて、言われた通り「ターゲット」の動きを注視して行動に移した。
部屋にパッと明りがついたのを確認してチャイムを押した。
来客の予定が無い「部屋の住人」は魚眼レンズで外を確認し、玄関前に佇む少女に首を傾げながらドアを開けた。
「メリークリスマス」
「え?何・・・・・?あなた、部屋間違えて無い?」
「・・・・・えっと、おばさん誰?お父さんは?」
「何言ってるの?」
2人、困惑を滲ませ見つめ合っていると、身を潜めていた美音子と宮原がドアをガッチリ抑えた。
「やっと見つけた・・・・・・」




