表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
標~進むべき道~  作者: 渋谷幸芽
1/31

とある家族の選択

 4月上旬。

西浜(にしはま)中では、その年も滞りなく入学式が執り行われた。

まだまだ小学生っぽさが抜けない面々は、それでも真新しい制服に身を包み背筋を伸ばして入学式に臨んだ。

校長等の歓迎や来賓(らいひん)の祝いの言葉を賜り、在校生からの歓迎の言葉と新入生代表の決意表明を聞いた後、各教室に戻った新入生達。

晴れて西浜中の1年C組の生徒になった為末好美(ためすえよしみ)は中学校生活で守るべき校則等の説明を、担任になった女性教諭、望月芙紗子(ふさこ)から受けながら、右斜め前に座っている、座って話を聞いているだけで異様に目立つ少女に目線を走らせた。

頭一つ分飛び出した長身。

スラリと伸びた手足。

清潔感漂う、短めの黒髪、凛と伸びた背筋等、整った容姿は、同性ながらも思わず憧れた。

担任からの説明は程なく終り、中学校生活の第1日目は終了した。

思い切って、気になった少女に声を掛けてみたかったが、颯爽と母親と想われる女性と退場され適わなかった。


 「何か疲れたね」

「うん」

比較的新しい2階建てアパートの一階の一室の鍵を開け、2人、食卓の椅子に腰掛けて一息ついた。

「おなか空いたでしょう、お昼にしよう、着替えてくるわね」

母親の耀子(ようこ)は自室に入り、余所行きの服から、家着に着替え、エプロンを着け通常モードにスイッチを入れた。

好美も真新しいセーラー服から私服に着替え、リラックスモードに切り替えた。

そして、そのまま週明けの学校の準備に取り掛かった。

学校指定の真新しい鞄に月曜日に必要になる物を詰めた。

「好美、お昼、出来たわよ」

「はい」

耀子が、これから始まる中学校生活へのエールの意味も篭めて手早く作ったのは、好美の好物のカツ丼だった。

「いただきます!」

「はい、どうぞ」

無邪気にカツ丼を頬張る娘を見守り、自分もカツ丼を咀嚼した。

「・・・・中学は何もなく楽しく過ごせると良いわね」

「・・・・・うん」

カツ丼を食べながら、これから始まる中学校生活に期待する一方で、不安が渦巻いていた。

「大丈夫!あいつ等とは違う中学なんだから、それに毎日色んな事件が起きているんだから忘れてる人の方が殆どだと思うし・・・・・」

頭を擡げる不安な気持を打ち消すように、自分に言い聞かせるように呟き、カツ丼で空腹を満たした。

「そうだね・・・・・でも、約束して、何かあったら、ちゃんと私たち家族に相談するって」

「・・・・うん」

2人、カツ丼を完食し、食器を洗っていると、好美と耀子のスマホにLINEが届いた。

「あ、お姉ちゃんからだ」

好美の姉、寛子も、この春、高校に進学して、新しいスタートを切っていた。

『元気にしてる?変った事は無い?こっちは元気だよ、好美の制服姿の写真も送って』

そんな短いメッセージと共に真新しい、ブレザータイプの制服に身を包み、正門前で凛とした眼差しで写っている写真が送られてきた。

『制服、似合ってるね、高校生活、愉しんでね』

耀子は濡れた手をエプロンで拭い、朝、式が始まる前に撮った写真を添付したラインを返した。

『ありがとう、明日、午前中、お父さんと、そっちに行くね』

『了解、1階の一番右端の部屋だよ』


 家のチャイムが鳴らされ、念のため魚眼レンズで父親と姉の姿を確認して好美がドアの施錠を外した。

「おはよう、好美、母さん、どう?変ったことは無い?」

一家は狭いアパートの室内で再会を果たした。

「大丈夫、そっちは?」

自分達を気遣う耀子に父親が答えた。

「こっちも大丈夫だ、何かあったら必ず、直ぐに連絡しろ」

耀子と好美は真剣な眼差しで頷いた。

一家が離れ離れになり数週間。

無事に、互いの元気な姿を確認して安堵した。

離れて暮らすことは事前に決めていた事だった。

好美と耀子は小学校の卒業に合せて、知り合いが居ない学区外に引っ越した。

普通に学校に行って、普通に友達と遊び、普通に勉強をしてきて、普通に卒業するのが当たり前と思っていた日常は、ある日突然、ガラガラと音を立て崩れ去った。

一家は最低限の日常を守るために、何度も話し合いを重ね、最良の選択を重ねてきた。

一家の日常が大きく崩れたのはゴールデンウィークが明けて、少し経った頃だった。

その週末も、いつものように一家でテレビを見ながら夕飯を食べていたのだが。

ニュースで、突然、自分の名を読み上げられた父親。

思わず一斉に箸を止め、テレビを振り返った。

『横領の疑いで逮捕、懲戒解雇されたのは県の職員で為末大和(ためすえひろかず)容疑者です、為末容疑者は部署移動を機に横領を繰り返し当時部下だった20代の男性に対し少なくとも2年半に亘り横領の手助けを指示して、部下が断るとパワハラ行為を繰り返し飲食代や遊興費など出させ、支払いを断ると、闇金での借金を強要する等した疑いが持たれています、なお部下の男性は先月自宅で死亡しているのが見つかり、横領に手を染めてしまった、上司のパワハラに耐えられないといった内容の遺書も見つかっている事や現場の状況から自殺と断定されたという事です』

「おいおい、同姓同名じゃないか!勘弁してくれよ、しかも同じ年って!」

思わず気分を害しながら、アサリの味噌汁を啜った。

「ホント、気分悪いね!チャンネル変えよう!」

寛子が適当にチャンネルを変えた。

程なく始まったアニマル特集に一家で癒され、その日の夜を平凡に終えた。

そのまま気分の悪い一件で済むと思っていたのだが・・・・・・。

翌日、早速、誰かの手によってSNSに家と家の表札が勝手にアップされていた。

そこから、塀に落書きされる、花壇を荒らされる等の実害を受けるまで、そう時間を要さなかった。

SNSの謂れのない誹謗中傷の件数は瞬く間に伸びた。

週明け、石でも投げつけられるのでは?と怯えながらも登校すると。

幸いにも学校に着くまで石は投げつけられなかったが、好美は異変を感じた。

「由美ちゃん、図書室付き合って」

先週まで普通に遊んだり、一緒にトイレに行ったりしていた友達、乙黒(おとぐろ)由美に露骨に避けられた。

「何で?私、用無いし、1人で行きなよ」

「・・・・え?」

予期せぬ反応に立ち尽くしていると、由美の前の席に座って本を読んでいた、2人と同じ班の班長もやってる高倉美音子(みねこ)が冷たく好美を促した。

「え?じゃなくて、由美ちゃん行かないって言ってるんだから、行きたいなら1人で行っておいでよ、休み時間終わっちゃうよ」

言われて好美は、モヤモヤした気持のまま、その日、返却予定の本を手に教室を出た。

速やかに返却を済ませ教室に戻り、程なく始まった次の授業を受けていても好美は集中できなかった。

その次の短いトイレ休憩の時間も由美の態度は変らなかった。

声をかけても誘っても素っ気なく好美をあしらった。

豹変した友達の態度に戸惑い、集中力を欠いたまま、午前中の授業が終わり、迎えた給食の時間。

その週、給食当番だった好美は、ここでも違和感を感じる事に遭遇した。

好美の隣でコンソメスープを盛り付けていた美音子が級友、宮原隼人(みやばらはやと)に対して奇妙な助言をした。

「その揚げパン、食べる時、気をつけた方が良いよ?」

「何で?」

「さっき為末さんが給食室でパン持ちながらくしゃみしてたから」

「そうなのか?止めろよ!汚い、食べれないじゃないか!楽しみだったのに」

助言を受けた宮原が好美を睨み付けた。

「確かにくしゃみは出ちゃったけど、でも蓋もしてあったしマスクもしてたし、特に問題ないと思うけど」

「危ない!私が教えてあげなかったら黙ってるつもりだったんだね、皆に平気で汚いものを食べさせるつもりだったんだ?最低だね」

悪意さえ感じる美音子の意見に好美が反撃に出た。

「だからさ、マスクもしっかりしてたし、蓋もしっかり閉まってたんだけど!そんな悪意ある言い方こそ最低だと思うけどね!」

「どうした?何を騒いでいるんだ!」

担任の望月が好美と美音子の間に入った。

「為末さんが皆が食べるパンを持って盛大にくしゃみしたのに、都合が悪い事を黙っていたから皆に教えただけです」

「くしゃみが出るのは生理現象だから仕方ないだろう!そんな思いやりに欠けた発言、良くないぞ、それより、そんな事で揉めてると時間が無くなるぞ、ホラ、口は動かさなくていいから手を動かせ、そしてそんなつまらない理由で給食残したりするなよ!」

言われて美音子は不満げにしながらも黙々と手を動かし、盛り付けた。

その場は、それ以上事態が悪化することは無く済んだが・・・・・。

掃除の時間も由美は美音子と親しげにお喋りを楽しみ、好美は仲間はずれにされた。

やはり週末の報道とSNSが原因だろうと察しがついた。

放課後、誤解を解いて、ちゃんと説明したいと思ったのだが、由美は美音子と早々帰宅してしまった。

トボトボと帰宅して、何とか話ができないかと、両親の寝室で充電されている自分のスマホを手にしてLINEのアプリを立ち上げ、操作すると、自分が由美からブロックされている事を把握した。

ショックを受けつつも、何とか宿題をやっていると、程なく寛子も帰宅してきた。

耳を済ませると、寛子が両親の部屋に入った音が聞こえた。

そして、比較的早く、寛子は2階に上がってきた。

「・・・・・ただいま」

やはり、どこか普段より元気が無い気がした。

「ねぇ、学校、どうだった?」

好美は宿題の手を止め、忌々しげに制服を脱ぎ捨て私服に着替える寛子を見上げた。

「どう・・・って」

お互い、探り合うように見つめあい、寛子は試験勉強を始めた。

「とりあえず宿題終わらせちゃいな」

好美は答えを聞けないまま、モヤモヤしたまま、けれど宿題を再開した。

やがて寛子が数学の問題集を1ページ終わらせて区切りが付いたところで言葉少なめに打ち明けた。

「LINE・・・・・友達だと思ってた子からブロックされた」

「私も由美ちゃんからブロックされた、誤解を解きたかったのに徹底的に避けられて」

あのニュースの後、正義感を振りかざした「誰か」に口コミ掲示板で個人情報がばら撒かれた事で無言電話や郵便物の盗難、花壇の花を刈り取られたり干していた洗濯物を汚されたりと、悪化の一途を辿った。

もちろん警察に相談して被害届を出したりパトロールを強化してもらったり防犯カメラを設置したりと出来ることをしたが、好美と寛子の学校生活は散々なものになっていた。

寛子は受験生と言うこともあってなのか、みんな、内心を意識してるのか、LINEをブロックされ無視される以外何もされなかった。

それでも移動教室の際、仲の良かったグループからも置き去りにされ、学園祭の時も本来なら味わう必要の無い孤独をしばしば味わった。

好美の置かれてる状況は更に悪かった。

イジメの中心に立っているのが高倉美音子と宮原隼人だった。

いろんな物を隠されたり教科書に落書きされたり塗りつぶされたり、体育の授業の時、悪意を持ってボールをぶつけられたり、荷の重い事を無理矢理押し付けたり掃除で教室を離れた隙にランドセルに教室で出たゴミを捨てられたりとイジメは瞬く間にエスカレートしていた。

そんな散々な2学期も終わろうとしていた頃・・・・・。

一秒でも早く校舎から出たかったのに、下駄箱を開けると、その日も、靴を隠されたようで靴が消えていた。

必死に自分の靴を探していると、遠くから自分を探し回る声が聞こえてきた。

「どう?そっちに居た?隼人」

「居ない!でもパワハラの靴は俺等が隠したから帰れないだろう」

「パワハラが盛大に足を引っ張った所為で、合唱コンクール一番になれなかったんだから心から土下座して欲しいよね、ホント、何やらせても、ちゃんと出来ないポンコツだよね」

この日、好美たちの小学校で合唱コンクールが催されたのだが、指揮者やパート・伴奏者を決める際に、ピアノなど弾いた経験が無いのに2人に無理矢理、伴奏を押し付けられていた。

音楽の授業の中で簡単な楽譜を読み、ピアニカや木琴で演奏できる程度のレベルの好美を伴奏者に推薦した。

荷が重いとハッキリ断ったにも関わらず多数決で伴奏者にされた。

教師も「経験も大事」と好美が伴奏者になることに強く反対しなかった。

「私が色々教えてあげるから、やってみなさい」と音楽担当の教師にも言われ、やるしかない状況に追い込まれ本番まで、猛特訓を積んで臨んだのだが、終盤、譜面を捲る時、楽譜を落としてしまい、焦って伴奏が止まり、合唱も止まってしまった。

「いつもどこに隠れてるんだろう!絶対保健室が怪しいと思うんだけどな」

好美は安全確保の為に保健室に逃げ込んだ。

「好美ちゃん、また宮原君たち・・・・?」

心配そうに保健室の海野に聞かれ泣きながら説明した。

「合唱コンクールでミスした事が不満みたいで、帰りたいのに・・・・・靴、宮原たちが、どこかに隠したみたいで」

「あれ、やっぱり好美ちゃんの靴を隠してる所だったのね、大丈夫!私が後でとりに行ってくるから」

「え?」

近づいてくる足音に気づいた海野が好美を促した。

「とにかく隠れて、好美ちゃん!」

好美は素早く水色のランドセルをおろし、ベッドに隠し部屋の隅の掃除用具入れの大き目のロッカーの中に身を潜め息を殺した。

「失礼します!」

「どうしたの?宮原君」

「海野先生、為末を見ませんでしたか?」

聞きながら室内奥のベッドスペースに視線を走らせ、そっちのスペースに近付こうとした。

海野は、それを身体で遮った。

「見てないわよ、もう帰ったんじゃないの?この間も、そうやって探していたけど、何をしているの?そして、ここは、貴方みたいに元気な子が用も無いのに来る所じゃないわ、もう少し静かにしなさい、下校時間とっくに過ぎているんだから、もう帰りなさい」

「はーい、ごめんなさい」

海野は宮原を追い返した。

「好美ちゃん、もう少し待っててね、好美ちゃんの靴、持ってくるね」

「お願いします・・・・」

海野は好美の安全の為に保健室に鍵を掛け宮原たちが靴を隠していたタイヤの遊具へと急いだ。

そして無事に靴を回収した。

足早に保健室に戻る途中、正面玄関で美音子に遭遇した。

「先生、その靴・・・・・どうしたんですか?」

判りやすく挙動不審になりながら自分達が隠した好美の靴を凝視した。

「これ?5年生の子が塾の日なのに靴隠されて帰れないって泣いてたから探してあげていたの、見付かって良かったわ、酷い事するわよね、もし、そんな所を目撃したら、上級生の貴方達がちゃんと止めてあげてね」

露骨に気まずそうに眼をそらせた後、探るように確認した。

「その靴・・・・・どうするんですか?」

「今日は、その子、もう、担任の先生に靴を借りて帰っちゃったから、報告も兼ねて担任の先生に渡そうと思うんだけど」

「じゃあ、私が渡します、どの先生に渡せばいいですか?」

「それは貴女がする事じゃないわ、とりあえず、もう遅いから帰りなさい」

不満そうな顔を見せながらも、それ以上、靴に拘る事は避けた。

「あの、ところで為末さん見ませんでしたか?」

「・・・・・・見てないけど、あなた達、最近よく彼女の事探してるけど本当に何してるの?」

「別に何も・・・・じゃ、さようなら」

美音子が靴に履き替えて玄関を出て行くところに、宮原が通りかかった。

「あら、宮原君、まだ居たの?為末さん見つかった?」

「・・・・・見つかってないけど、もう帰ります、さようなら」

海野は2人が確実に学校を出るのを見届けて、保健室に戻った。

「もう出てきて大丈夫よ」

「・・・・いつもスミマセン、有り難うございました」

「良いのよ、困ったら、いつでも来なさい」

「ありがとうございます」

好美が扉に手を掛けた時。

「待って、好美ちゃん」

「はい」

海野が引きとめた。

「・・・・・伴奏、頑張ったね、凄いよ、格好良かったよ」

「途中で盛大に失敗しちゃいましたけどね」

苦笑いする好美を、それでも海野は評価した。

「確かに失敗しちゃって、苦い思い出になったかもしれないけど逃げずに挑戦した経験はいずれ宝物になるはず!」

好美は、いつも海野の言葉に救われていた。

海野とは夏休み明けからの付き合いだった。

海野は、夏休み明けの身体測定で成長期の真っ只中の子供に不自然な体重減少を確認し好美を気にかけていた。

担任経由で保健室に呼び出された好美が、それまで殆ど接点が無かった保健室の海野に心を開くまで、そう時間を要さなかった。

担任等への口外をしないで欲しいと要望を伝えたうえで好美はニュースの報道があってからイジメに遭い、夏休み中も、その影響で心休まることなく、食欲も激減してしまった事を打ち明けた。

「そう・・・・辛かったわね、でも、これからは危険だと思ったら、いつでもここに逃げておいで、逃げるって恥ずかしいことじゃないわ!堂々と助けを求めて良いのよ」

以来、好美は幾度と無く保健室に逃げ込み、身の安全を確保してきた。


 学校で海野と別れ、家の中に入り玄関の鍵を閉めて身の安全を確保して、大きな溜息をついた。

そして音を立てないように階段を登り、子供部屋のカーテンの隙間から外の様子を確認して、異常が無いことを確認して取り合えず気持を落ち着けて黙々と宿題に取り組んだ。

そこに寛子も帰ってきた。

「ただいま」

「おかえり」

私服に着替えて寛子は、早速問題集を広げて勉強に取りかかった。

好美も傍らで宿題をやりながら解けない問題が出て来た。

応用問題だった。

「お姉ちゃん!ここ解る?」

算数のノートを寛子に見せながら聞いた。

「どこ?」

「ここ・・・・」

「あー・・・・」

寛子はサラサラと余白に正解を書きこんだ。

「ありがとう!でも、何でこうなるの?よく判らなくて」

「解らないなら教科書よく見なよ!」

言いながら再び自分の問題集に取り組んだが直ぐにハッとした。

「あ・・・・教科書、今の所、丁度、塗りつぶされていて使えないんだっけ」

「うん、使い物にならない」

「仕方ないな・・・・」

寛子は勉強を中断して好美に勉強を教えた。

「こんな事になるなら小6の時の教科書捨てなければ良かったね・・・・あの時は、こんな事になるなんて考えてもいなかったけど」

「本当に早く卒業したい!」

「頑張れ!2学期も後少しで終わりだから!2学期が終われば次は3学期、3学期は数十日しかないし、後少しだよ」

「うん、私たち、本当に何もしてないのに、正直、こんなの悔しいけどね」

そんな話をしながらも2人で勉強をしていると突然、電話が鳴りだした。

好美が思わず体を強張らせた。

「大丈夫!留守電にしてあるから」

言われて思わず何度も頷いた。

その後も何度も鳴ったり切れたりを繰り返していた。

好美は鳴り続ける電話に集中力を欠きながらも最後まで宿題をやり切った。

そして宿題をやったノートを閉じてランドセルにしまった。

「ただいま」

階下から聞こえる母親の声に、2人は1階のリビングに降りて行った。

「おかえりなさい」

「・・・・・電話、煩いわね」

3人で顔を曇らせながらも夕飯の支度に取り掛かった。

防犯カメラの設置や警察への被害届といったアクションが功を奏し、郵便物の盗難や敷地内に侵入しての悪戯などは激減したが、固定電話への入電が、しつこかった。

「本当に・・・・・入試まで、あと少ししか無いのに、落ち着いて勉強できる環境じゃないわよね」

「うん、だから息抜きに一緒に夕飯作る、料理も覚えておかないと!だし」

「あら、手伝ってくれるの?」

「うん」


 「いただきます」

テレビを見ながら食卓を囲み、ニュースを聞き流しながら、その日も夕飯の時間は始まった。

「そう言えば、来週、三者面談だったわね」

「うん、でも安心して!悪い事は言われないと思う、北浜中央の合格圏内に居るから」

「良かった!こんな環境で本当に良く頑張ってるわね、好美も、本当に、よく頑張ってくれているわ!年明けから、少しずつ引越しの準備、進めておいてね?」

「うん」

「そして、しつこいって言われるかもしれないけど、寛子は本当にお父さんと此処に残るの?あまり良い環境じゃないけど、お父さんの仕事が終わるのも、いつも遅いし、やっぱり夜遅くまで一人にしておくのは心配で仕方ないんだけど」

「西浜中の学区内に一緒に引っ越すと通学が大変になるからね、かといって今更志望校を変える気にもなれないし」

「同じぐらいのレベルの駿河南の普通科とかは考えてないの?そうすれば仮に、向こうに一緒に行っても北浜より通いやすいけど」

「私立は考えてない、それに、そこね、事件の後、一番最初に私を無視して離れて行った子が受験希望してるの、卒業を機に皆との関りを綺麗に断ち切りたいの!だから誰も行く人がいな北浜中央に行きたいの、制服も新しくなって可愛くなるって言うし」

好美の中学校進学に合わせて夫婦・姉妹が別居する事は夏休み前に決めた事だった。

たまたまイジメについて取り上げられた特番を一家で見たのがキッカケだった。

イジメを苦に、自ら命を絶ってしまったケースが報道されていた。

特番は本人がつけていた日記の一文がクローズアップされ、イメージ映像や再現ドラマの後、両親が苦しい胸の内を吐露した。

そんな報道を見て、好美も寛子も絶対に自死という選択はしない!と固く誓った。

「・・・・・2人に、お願いがある!学校であった良い事も、辛い事も俺と母さんに共有させてほしい」

言われて先に口を開いたのは寛子だった。

「辛いって程でもないけど、それほど酷いわけじゃないけど、いじめって言うレベルじゃないのかもしれないけど、あの報道の後、友だちからLINEをブロックされクラス中から無視されるようになったんだよね、だから、あれから学校つまらないなって思いながら毎日行っているんだよね」

「・・・・・そういえば寛子、最近、全然スマホ気にしなくなってたわね」

「でも、それ以外の事は今のところ何もされてないから、きっと、これからも何もされないと思うから安心して」

思わず顔を見合わせ眉根を寄せる両親を見て、好美も躊躇いながら打ち明けた。

「・・・・・私も由美ちゃんからLINEブロックされた」

「他は?!この機会に、もう何でも話してくれ」

正直、心配もかけたくなかったので詳細を話したくなかったが両親に詰め寄られ、現状を打ち明けた。

「無視されたり、パワハラって変なあだ名で呼ばれたり上履きとか靴の中に画鋲が敷き詰められてることもあった、掃除の時間にランドセルに教室で出たゴミを詰め込まれたり、体育でバスケやってる時に、足引っ掛けられたり」

今自分が置かれてる状況を打ち明けながら悔し涙が止まらなかった。

両親は激怒して、すぐに担任に相談することを考えたが、好美が報復を恐れていたことから、無理をすれば不登校に陥らせてしまう気がして、その選択は思いとどまった。

そして最終的に、好美は進学を機に学区外に引越し、心機一転、中学からは平和に学生生活を送るようにしようと結論を出し、実行に移し、今に至っている。


 本格的に中学校生活が始まった好美は、それなりに充実した日々を過ごしていた。

班を決める際、初日、声を掛けたくても掛けれなかった長身の少女、鏑木歩と同じ班になれて、少しずつ会話も出来るようになった。

その日、帰りのホームルームで担任から仮入部の申し込みが今日から始まるとの説明を受けた生徒達。

早々に入部先を決定させている生徒がいる一方で勿論、決まっていない生徒も居た。

解散の後、荷物をまとめる歩に、好美は思い切って声を掛けた。

「鏑木さん、もう入部先って決まってる?」

「うん、陸上部に仮入部する予定・・・・・為末さんは?」

「まだ決まってない」

そんな話をしていると、トイレから戻ってきた、同じ班の小沢真希が間に入ってきた。

「鏑木さん、お待たせ」

「じゃ、グラウンドに行こう、為末さん、またね」

「うん」

「ねぇ、為末さんも一緒に陸上部、仮入部する?なんと言っても顧問が、あの両角先生だよ!お姉ちゃんからカッコいいとは聞かされてたけど、あそこまでとは!」

軽いノリで真希に誘われたが首を横に振った。

「誘ってくれてありがとう、確かに両角先生かっこ良いよね!でも体育会系は自分には向かないから・・・・・」

「そうなんだ、仮なんだから、そんな深く考えないで色んな事にチャレンジして良いと想うけど、ま、良いや、じゃ、また明日ね」

グラウンドに向かう2人を見送った後、好美はとりあえず、掲示板に貼られた全ての部の勧誘ポスターを丁寧に見た後、文科系の部に片っ端から入ってみようと書道部に仮入部してみた。

筆を持って姿勢を正すと、なんだか気持が引き締まる思いがした。

初日、且つ仮入部ということで、自分の好きな漢字をひたすら書いて終った。

書道部の活動が終わり、正門を出ると、丁度、歩と真希が帰る所だった。

自分と同じ方向に歩いていたので好美は思い切って声を掛けた。

「待って、鏑木さん、小沢さん」

2人、同時に振り返った。

「2人も、こっちの方なんだ?途中まで一緒に帰ろう?」

2人、快諾して3人で下校した。

「どうだった?陸上部」

「楽しかった!先生、どんな角度から見てもカッコいいし!為末さんは今日、何の部に仮入部してきたの?」

「初日は書道部にしてみた、明日は演劇部に行ってみようと思ってる、書道も楽しかったけどね、2人は明日も陸上部?」

「私は明日も陸上部に行く予定、でも鏑木さんは他の部も入ってみたいらしい」

「そうなんだ、鏑木さん、他には、どこに入りたいの?」

「うん、空手や剣道や、バスケやバレーもやってみたい気がする」

「鏑木さん、何やっても似合うよね、身長高いしスタイル良いし、しかもビックリする位、足速いし」

真希が羨ましそうに歩を見上げ、好美も釣られて見上げていた。

「褒めすぎだから」

歩が失笑してみせた。

そして、一瞬、沈黙が流れたタイミングで歩が打ち明けた。

「2人だから話すけど、正直、この身長コンプレックスなんだよね、集合写真とか異様に目立つし、小学生って信じて貰えなかったりしたし」

「ごめん、コンプレックスだったんだ?」

「気にしないで、大丈夫、ちゃんと得してる部分もあるから」

真希が思わず謝ると、直ぐに笑顔にすり替えた。

「じゃあ、私、こっちの方向だから、また明日ね」

歩は2人に手を振って角を曲がって行った。 

好美は、そこから更に暫く2人で通学路を歩いた。

「ねぇ、為末さんって、どこの小学校出身だっけ?」

「え、何で?」

好美は小学校時代の話をしたくなくて思わず言い淀んだ。

「あれ、これ聞いたら駄目だった?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ