黒いうさぎ
遠くで太陽が顔をのぞかせたのだろう、辺りが薄ら明るんできた。
年間を通して温度と湿度が大きく変わらないその場所に、直接陽差しが差し込むことはない。
格子状の檻に囲まれた寝床には鍵がかけられていて、夜間は外に出ることを許さない。
与えられた枯草を敷き詰め寝床にする。
枯草は飢えを満たしてくれる貴重な食料でもあったが、美味しいと思える柔らかな葉先や穂は少ない。
枯草だけは絶えず与えられるのをいいことに、少しでも快適に過ごすために、そうして利用することを覚えた。
トイレはあるがそこに仕切りはなく、排泄物は一日一回取り除かれるだけ。
徐々に辺りがしっかりと明るくなり始める頃、寝床の鍵が開く。
そうすれば食事の時間だ。
朝と晩に与えられる食事は乾いた硬い食べ物のみ。
それでも枯草に比べたらずっと美味しく、栄養価も高い。
それが我の楽しみだ。
どうしてこんな事になったのか。我にはわからなかった。
物心ついた時には兄妹3人身を寄せ合って檻での暮らしを余儀なくされていた。
まず妹がその檻から出され、帰って来なくなった。
続いて我もその檻から出され、今の檻に移された。
兄はそのまま留まることになったのか、同じように出されたのかは知らない。
移動は酷いものだった。狭い段ボール箱に入れられ、揺れも激しかった。
見たことのない世界に突然放り出された我の気持ちは、同じ経験をしたものでなければ分かるまい。
慣れるまでの1週間程は恐怖に身を震わせ、小さな体を更に小さく丸めていた。
何故こんな目に合わなければならないのか。
成長を遂げた今分かるのは、少しばかり毛色の違う我が種族を虐げている人種がいる、ということだった。
我は魂を悪魔に売り渡してでも復讐と、自由を手に入れると誓った。
だが、その想いはいまだに遂げられていない。
我の魂では足りないというのか、それとも悪魔すら我の味方をしてくれないというのか。
我に出来るのは、己の力のなさを嘆くことだけ。
そんな悲痛な想いに奥歯を噛み締めていれば、耳慣れた足音が聞こえてきた。
檻の扉の前に急ぐ。
急ぐとは言ってもほんの数歩の距離。
我の脚力を持ってすれば、ほんの一っ飛びといったところか。
格子越しに女が現れる。
彼女は食事の世話から檻の清掃まで一手に行っていて、我の要望に僅かながら応えてくれることもあった。
彼女だけは復讐の対象から外してやってもいい。そう思えるほどには、生活を支えてくれている。
女が檻を開けると同時に我は飛び出す。
檻の外は三方を高い壁で囲まれ、女が出入する一方だけが柵になっていた。
そこが明るい時間の我に許された行動範囲の限界だ。
自由にとはいかないが、走ることの出来るスペースだ。
それも今それはどうでもいい。
一刻も早く食事を貰おうと我は彼女の周りをグルグルと走り回った。稀に床に足を取られ滑ったりするが、食事の興奮が上回る。
座り込んだ彼女が食事の容器を取りだすのを見て、その膝に飛び乗った。
「ふふふ、今日も元気だね。いい子」
頭を優しく撫でられるが、そんなことより食事が優先だ。
彼女の手に乗せられたそれを口に頬張り、カリカリと音を立てて咀嚼する。
素朴な味わいが口に広がり、大量の唾液と共に喉に流し込む。
女の手に乗ったそれは少ない。
お代わりは皿に盛られ、寝床に置かれる。
我はそれを見越していつも先回りをして「まだか」という顔をして見せる。
それを見て女は笑う。
どこまでも鈍い女である。
カリカリと食事をしている間に枯草が足された。
もうお代わりは貰えない。それが分かっているので、仕方なく枯草の中から美味しい部分をより分ける。
「うさぎ飼い始めてよかったなぁ。ほんと癒される」
遠くで呟かれた彼女の言葉は、食事に夢中の我には届かなかった。
私自身うさぎを飼っている身です。
ペットを飼うという行為に対して、反発を持っているわけではありません。
でも、ふとこの子は幸せなのかな。何を考えてるのかな。と思う事があります。
できれば『衣食住揃ってて天敵も居なくてのんびりできるから、悪くない』くらいの居心地の良さを感じてて欲しい。
けれどそれはそれとして、『こんなとこに閉じ込めやがって!でも餌もらえるのは嬉しい』とか思ってても面白いな。
そんな感じで書きました。