きっと、そう遠くない未来
スレン様と想いを通わせてから、一ヶ月が経った。
そんなある日、彼と共に国王陛下主催の舞踏会に招待された私は、久しぶりに社交の場へとやって来ている。
「スレン様、お久しぶりですね。最近は全く社交の場にいらっしゃらないから、寂しかったですわ」
「お会いできて嬉しいです」
スレン様は相変わらずの人気で、私がフローラと話している一瞬の隙に、大勢の女性達に囲まれていた。
彼と話していた知人の男性がそのうちの一人と話し込んでいるせいで、抜け出せずにいるようだった。
「相変わらず、すごい人気ね。スレン様」
「ええ、そうね」
「エルナは舐められてるのよ。しっかりしないと」
私という婚約者がいるのは、皆知っているはず。それでも彼にアプローチを続ける令嬢が多いのはきっと、私よりも自分達の方が優れているという自信があり、スレン様が心移りをする可能性があると思っているからに違いない。
心の中にもやもやとした気持ちが広がっていくのを感じていると、「おっ」という明るい声が耳に届いた。
「エルナとフローラ、久しぶりだな」
「あら、ジェイクじゃない。久しぶりね」
声を掛けてきたのは学園時代の同級生で、彼と会うのは数年前、他の同級生の結婚式以来だ。懐かしい話題は尽きず、そのままフローラと三人で話し込んでいた時だった。
「エルナちゃん、待たせてごめんね」
「スレン様」
やがて私の元へと戻ってきたスレン様は、柔らかな笑顔を浮かべ「そろそろ帰ろうか」と私の手を掬い取る。
そして二人に丁寧に挨拶をすると、彼は私の手を引いて会場を後にした、けれど。エスコートをされて馬車に乗り込んだ途端、ぐいと腕を引かれ、視界がぶれた。
「スレン、さま……?」
気が付けば私は、スレン様によって馬車の壁に押し付けられていて。互いの身体が密着し、心臓が跳ねる。
そんな中、すぐ目の前にある彼の美しい瞳には、悲しみが色濃く浮かんでいた。
「ねえ、エルナちゃんは何も思わないの?」
「何、というのは」
「俺が他の女性と話しても、触れられても嫌じゃないの?」
予想もしていなかった問いに、私は戸惑いを隠せない。
「その、嫌、だとは思いますけど」
曖昧な返事に、彼はより悲しげな表情を浮かべた。
私だってつい先日までは、あの輪の中にいる一人だったのだ。私にとっては当たり前の光景でもあり、私が嫌だと言っていいのかも分からなかった。
「……俺はあんな女達に囲まれるのも、そんな俺を気に留めずに君が他の男と話をしているのも、全部全部嫌だった」
「スレ──」
言葉を発する間もないまま、唇を塞がれる。絶え間なく何度も繰り返されるそれに、酸素不足でくらくらとしてくる。
「っん、……っ」
キスをしながら呼吸を上手く出来ない私は、息苦しさに耐えきれなくなり、ぐっとスレン様の肩を押す。ようやく解放されて顔を上げると、不安に揺れる瞳と視線が絡んだ。
「お願いだからもう、他の男と喋らないで。目も合わせないで欲しい。君が誰かの視界に入るのも嫌なんだ」
縋るような視線を向けられ、私は言葉に詰まる。スレン様のお願いは全て叶えたいとは思うけれど、流石にそれは生きていく上で無理があるだろう。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、スレン様は「無理を言ってごめんね」と言うと、私の首元に顔を埋めた。
「……お願いだから、早く俺の気持ちに追いついて」
そう呟いた姿はまるで、小さな子供のようにも見えて。私はそっと手を伸ばすと、彼の柔らかな紺髪を撫でた。
──私がスレン様の立場だったなら、同じことを思っていたかもしれない。私が何の不安も抱かずにいられるのは、彼がそうならないほどの愛情を常に注いでくれているからだ。
「不安にさせてしまって、ごめんなさい。でも私、スレン様のことが大好きなんです」
「……うん」
「今日も、本当に嫌だと思いました。でも私は昔から、そういう気持ちをあまり上手く表現できなくて」
ずっと何も望まないようにしていたせいか、いつしか何でも我慢する癖がついていて。だからこそ、本当は嫌だと思っていることも上手く伝えられずにいる。
「……今度からはもっと、嫌だって言ってもいいですか?」
「当たり前だよ、俺はエルナちゃんのものなんだから」
スレン様はそう言うと、きつく抱きしめてくれた。
「もっと我儘になって、もっと俺を求めて欲しい」
「はい」
「俺がいないと、生きていけないくらいになって」
もう一度「はい」と頷けば「エルナちゃんは優しいね」と彼は泣きそうな顔をして微笑んだ。
「自分でもおかしいと思うくらい、君が好きなんだ」
「私も、スレン様のことが大好きです」
スレン様が私へと向ける愛情が、普通の人よりも大きいことには気がついていた。私が彼を思う気持ちもまた、日々この胸の中で大きくなっていることにも。
完璧だと思っていた彼が時折見せてくれるようになった弱さや独占欲も、嬉しくて、愛おしくて仕方がなかった。
「もう少しだけ、待っていてください」
彼の気持ちに追いつく日も、きっとそう遠くはない。そう思いながら、私は再び近づいてきた彼の唇を受け入れた。
いつもありがとうございます。書籍化企画が進行中の本作ですが、この度コミカライズも決定いたしました!
応援してくださった皆さま、ありがとうございます!
スレンのヤンデレが漫画でも読めると思うと、私自身楽しみで仕方がありません。床ドンや泣き顔なんかも見れると思うと、胸が熱いです。
続報はツイッター(@kotokoto25640 )や活動報告などでお知らせして行きますので、今後とも「好きフリ」をよろしくお願いします!
また、今週発売した『婚約破棄を狙って記憶喪失のフリをしたら、素っ気ない態度だった婚約者が「記憶を失う前の君は、俺にベタ惚れだった」という、とんでもない嘘をつき始めた』も、くすりと笑える素敵な一冊になっていますので、ぜひお手に取って頂けると嬉しいです……!





