素直な気持ち
アドルフによって、突然社交の場に連れて行かれるのはいつものことで、王城には常に俺の正装が用意されている。
仕方なく支度をして会場へと足を踏み入れると、俺が婚約したことを知っているはずの女性達は皆「スレン様」「会いたかった」なんて言い、頬を赤く染め、声をかけてきた。
笑顔で適当にあしらいながら、こうして好意を向けてくれるのが彼女だったら良いのに、なんて思ってしまう。
「スレン、こちらがイザルクト聖王国の大使殿だ」
「初めまして、スレン・エインズワースです」
「おお、貴方が……! お話はかねがね伺っておりますよ」
アドルフと合流し、本日の主賓である大使に挨拶をする。
イザルクト聖王国と言えば、例の彼女の幼馴染である騎士がいる国だ。それだけでもう好きになれないな、なんて思いながらも笑みを浮かべる。
やけに気に入られてしまったようで、くだらない終わりの見えない話が続いていく。アドルフは俺に丸投げしてその場を離れ、後で絶対に文句を言ってやろうと決めた。
「お、話はもう終わったんだな。助かったよ」
「……お前さ」
ようやく解放された俺は、一息吐こうと会場を抜け出して庭園へ向かう。噴水の縁に腰を下ろし、深い溜息をついたところで、へらりと笑ったアドルフに声を掛けられた。
アドルフは魔力自体は強くないものの、魔力の感知に関しては長けているため、気配を消さない限り簡単に見つけられてしまう。早速、文句を言ってやろうとしたところ「まあまあ、落ち着いて」なんて言い出した。
「こう見えて、俺も色々と仕事をしていたんだ。それより聞いてよ、イザルクトの騎士もこのパーティーに参加しているようで、特徴を聞く限りお前の婚約者に求婚した男みたいだ」
「……へえ」
どうやらこの会場内にイアン・ボウエンがいるらしい。間違いなく、アドルフよりも先に文句を言うべき相手だろう。会場へと戻り、早速探そうと思っていた時だった。
「なあ、あれじゃない?」
驚くほどすぐに、その男は見つかった。
アドルフの視線を辿った先には、風魔法を身に纏い二階のバルコニーから飛び降りた騎士が見えた。銀髪、紫色の瞳、すらりとした体躯。聞いていた特徴と完全に一致している。
イアン・ボウエンはふわりと着地すると、まっすぐに何処かへと向かっていく。「ほら、このまま帰られては困るし行くぞ」なんて言うアドルフと共に、仕方なく追い掛ける。
他人の婚約者に手を出そうとしたことを、後悔させてやろう、そう思っていたのに。やがてイアン・ボウエンが足を止めた先にいた人物を見た瞬間、流石のアドルフも気まずそうな表情を浮かべた。どくん、と心臓が嫌な音を立てていく。
そこにいたのはなんと、愛しい彼女だったからだ。
◇◇◇
「本当に、いい加減にして欲しいわ……」
とある招待状と走り書きのメモのような手紙を前に、頭を抱えていた私は、そう呟いた。
実家に私宛に届いた王城で行われるガーデンパーティーの招待状を、義姉宛だと勘違いして勝手に参加で返事をした挙句、それを伝え忘れていたわごめんね! というとんでもない手紙が、つい先ほど届いたのだ。
そしてパーティーの開始時間は、なんと数時間後だった。本当にいい加減にして欲しい。普通の集まりならば仮病で不参加にしただろうけれど、今日は王女様も参加される上に、こんなにもギリギリでの欠席は流石に失礼すぎる。
スレン様とのことで既にいっぱいいっぱいだというのに、勘弁して欲しい。義母と義姉を心の底から呪った。
「エルナ様、こちらの髪型でよろしいでしょうか?」
「ええ、ありがとう。とても素敵だわ」
メイド達にも支度を急かす形になってしまい、本当に申し訳なかった。それでも手早く完璧に仕上げてくれて、感謝してもしきれない。
今日もスレン様にいただいたものの中からベティに選んでもらい、美しいパープルが印象的なドレスに袖を通した。
ちなみにスレン様には心配をかけないよう、義姉のミスにより急遽王城でのガーデンパーティーに参加することになったという手紙を、彼の職場に急ぎで送ってある。
メイド達に見送られ、私は急いで馬車に乗り込むと、深い深い溜め息を吐いたのだった。
「まあ、エルナ様だわ。ご婚約、おめでとうございます!」
「スレン様と既に一緒に暮らしているんでしょう?」
「二人でいる時のスレン様って、どんな感じなんです?」
今日は女性のみの集まりだったため、私は例の如く質問攻めに遭っていた。王女様ですらスレン様に関する話は気になるようで、色々と尋ねられてしまう。
そうしているうちにあっという間に時間は過ぎ、気が付けばもう、空はオレンジ色に染まり始めていた。お開きになった後、疲れ切っていた私は、まだまだ話を聞きたいという視線を向けてくる令嬢達から逃げるように、その場を離れる。
少し庭園の中を遠回りして、他の参加者の姿が見えなくなってから馬車に乗り込もうと決めた時だった。
「……イアン?」
その瞬間、ぶわりと強い風が吹き、何事だろうと振り返った先にいたのはなんとイアンで。正装の騎士服を身に纏った彼は、私を見るなり小さく口元を綻ばせた。
「どうして、ここに」
「王城で行われている催しに参加していたんだ」
そう言えば夕方からは、ホールで何か催しが行われると先程聞いた記憶がある。どうやら会場の窓越しに私の姿を見つけた彼は、そのままバルコニーから飛び降りてきたらしい。
「お前は?」
「さっきまで、ガーデンパーティーに参加していたの」
「そうか」
先日のこともあってか、気楽に何でも話していた子供の頃とは違い、なんだか緊張してしまう。妙な気まずさや沈黙など、あの頃は一切なかったというのに。
すぐに答えは出さず、彼がこの国にいる間は返事を考えて欲しいと言われていたけれど。私の中で既に答えは決まっているし、変わることはないのだ。
このままずるずると引き伸ばしたところで、お互いの為にはならない。だからこそ、返事をしようと私は口を開いた。
「……ねえ、イアン。私は、」
「分かっている」
遮るようにそう言われ、私は顔を上げる。細められた彼の美しいアメジストの瞳には、悲しみの色が浮かんでいた。
「エルナの気持ちは、分かっているんだ。それなのに、無理を言ってすまなかった」
そんなイアンの切なげな声に、ずきりと胸が痛んだ。
……昔から彼には、私の気持ちはいつも見透かされていたように思う。私が辛い時にも悲しい時にもいつも、一番に気付いてくれたのはイアンだった。きっと、今の私の気持ちもすべて彼には伝わっているのかもしれない。
「私、イアンにはずっと助けられてきたの。どんなに辛い時も、頑張っているイアンのことを思うと頑張れた」
他国で一人頑張っている彼を思うと、これ位でくじけてなんていられないと、何度も自分に言い聞かせていたのだ。
今も昔もイアンのことは大切で、大好きだった。けれど、それは恋情ではないし、何より今の私にはスレン様がいる。
「これからも私はずっと、イアンのことを──」
これからも私はずっと、イアンのことを大切な家族のように思っているし、幸せを祈っている。一緒になることはできないけれど、イアンの気持ちはとても嬉しかった。
そう、伝えようとした時だった。
「エルナちゃん」
不意に、私の声と重なるように聞き間違えるはずのない声がして。振り返った先にはやはり、スレン様の姿があった。
いつもありがとうございます。
感想や☆評価で応援いただけると、頑張れます……!





