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ファンクラブと私



「ねえ、エルナ様はどなたのファンなの?」



 何十回、何百回と尋ねられ続けてきた問いに対して、私はいつものように笑顔を浮かべ答える。


「私はスレン様推しです」


 すると彼女は「まあ、素敵ね」「私は第二王子様派なの」と両手をきゅっと握りしめ、頬を赤らめて。乙女のような表情を浮かべ、嬉しそうに彼について語り始めた。


 ──最近、我が国の若い貴族女性の間では、ファンクラブというものが流行っている。異国の文化らしい。


 王子様や宰相様、騎士団長や次期公爵様など人気の未婚の男性の追っかけをしては、はしゃぐのが楽しいんだとか。もちろん失礼のない範囲でだけれど。


 そして、ここで「いない」と答えれば、空気の読めないつまらない奴というレッテルを貼られてしまう。社交界で浮くなんてこと、玉の輿を狙っている私は絶対に避けたい。


「スレン様のどこがお好きなんですか?」

「ええと、私は──…」


 だからこそ私は、基本は仲の良い令嬢達が「推して」いない男性の名前を挙げるようにしていた。


 実はついこの間までは騎士団長のファンに擬態していたけれど、最近交流の増えた侯爵令嬢が彼を推していることが発覚したため、今は王国筆頭魔術師であるスレン様のファンを名乗っている。


 ファンクラブと言えど名前だけの緩いもので、抜けたり入ったりも自由なのがありがたい。本場のファンクラブはガチ勢と呼ばれる人達がいて、とても恐ろしいものらしい。


「あら、エルナ。また酷いドレスを着ているじゃない、あいつらに盗られたのね」

「ええ、本当にごめんね」

「いいのよ、エルナは悪くないわ」


 第二王子派の女性と別れてすぐ、私に声を掛けてきたのは友人のフローラだった。伯爵令嬢である彼女とは魔法学園時代の同級生で、身分差はあるものの気心の知れた間柄だ。


 貧乏男爵家の末の娘である私は、姉達のお下がりのボロボロのドレスか、亡き母が昔着ていた型の古すぎる割と綺麗なドレスしか選択肢はない。


 フローラはそんな私に新品のドレスをプレゼントしようとしてくれていたけれど、申し訳なくて断っていたところ、お下がりをくれたのだ。それらもまた、最低最悪の姉達に盗まれてしまったのだけれど。申し訳なさすぎて泣きたくなる。


「そろそろ王城での舞踏会の時期なんだし、そこではしっかり着飾らなきゃダメよ」

「うん、大事なチャンスだもの」


 もうすぐ、国中の未婚の男女を集めた大きな舞踏会が王城で開かれる。私は何としてでもそこで、お金持ちの男性に見染められなければならない。病気の弟を連れて家を出て、平和に、そして静かに暮らしたいのだ。


 当日はお気に入りのドレスを貸してくれるというフローラに感謝し、改めて気合を入れていた時だった。きゃあ、という令嬢達の黄色い声が夜会の会場に響いた。


「スレン様がいらっしゃったみたいね。ファンのふりをしている手前、一言くらい挨拶しておいたら?」

「今日はいいわ、あの中に入っていく勇気なんてないし」


 彼女の視線を辿った先には、大勢の令嬢達に囲まれるスレン様の姿があった。ファンクラブの規模で言うと、彼は第一王子様に次ぐ二番人気だ。だからこそ、数多くいるファンの一人として擬態するのも楽だった。


 私は基本的に周りに便乗し、挨拶をしたり他のファンに紛れてごく稀に、差し入れや手紙を送ったりするくらいだ。


「本当にスレン様は素敵よね、あれで数百年に一度の天才魔術師って言われているんでしょう? 家柄も良いし、性格までいいらしいんだから、恐ろしいわ」

「そうね」


 学生時代に何度か話をしたことはあるけれど、驚くほどに穏やかで優しい方だった。流石の私でも「エルナちゃん」とその低く甘い声で呼ばれた時には、思わずどきりとしてしまった記憶がある。恐ろしい。


 そうして、ぼんやりとそんなことを思い出しながら、遠目で彼の整いすぎた顔を見つめていたけれど。


「…………?」


 不意に彼の美しい空色の瞳と視線が絡み、ふわりと笑いかけられた気がした。こうした馬鹿みたいな勘違いから、人は恋に落ちてしまうのかもしれない。


「エルナ? どうかした?」

「ううん、なんでもない」


 私にとって彼は、この先一生関わることなんて無いであろう雲の上の上の人。そう、思っていたのに。




 それから二週間後の舞踏会にて、まさかスレン様に求婚されるなんてこと、私は想像すらしていなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とってもおもしろいです!続きもとっても楽しみです!
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