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第七・五話 動物変化の魔法使い


 ラルクの案内を任せたネズミが部屋に戻ってきた。

 ボフンと空気の抜ける音がして動物変化(アニマライズ)の魔法は解ける。元のメイド姿に戻った彼女は僕に向かって恭しげに一礼を見せた。


「メイジス坊ちゃま、ラルク様を街道まで無事ご案内いたしました」

「そうか……ありがとう。君の手引きのおかげで守護霊のガードをすり抜けられた。今のマクスヴェルは昼になると物騒になるからね。安全な夜中に逃がせて本当によかった」


 僕はラルクを家から逃がす作戦が成功した安堵と、魔法を行使するための極度の集中と緊張による疲労にため息をついた。


 そして、初めて僕が動物変化(アニマライズ)をした時に失敗してしまった結果、いまだ日の大半を獣の姿で苦しませてしまっている、当時の御側付きだった彼女に手助けを頼んでしまったことも、あまりに申し訳なかった。


「ふふ、主人に尽くすのはメイドの本懐ですから」


 彼女はよく笑う。

 彼女は愚かな魔法使いのせいで過酷な運命を背負わされたのに、それを責めることがなかった。

 人の姿に戻ってすぐ、ネズミの世界は人と違いがあって楽しかった、生まれ変わった気分だったと笑っていた。


 僕はそれが嘘であると知っていた。裏では泣いているのを知っていた。


 僕は愚かな魔法使い(ブラッディー・メイジ)だ。

 不相応に強力な魔法で不幸を生んだ。罪を償うためには時間が必要だった。自分を捨てても足りず、弟との時間まで捨てた非情な兄だ。

 なのに五年かけてもまだ贖えない。


「……ラルク坊ちゃまは優しい方です。心配なさらずとも、良き出会いをするでしょう」


 黙ってしまった僕が、先ほど旅立ったラルクを案じていると思ったのか。気を遣わせてしまった。

 どうにも彼女が戻るのを数時間ほど待っていたのもあり、疲労が限界にきたらしい。


「今日はまだ呪い学の本を読むつもりだったが、休まなければ頭に入りそうにない。一度眠るよ」

「そうですか。ではおやすみなさいませ」

「ああ、君も」



 部屋でひとりになり、目をつむっていると思い出すのは旅立った弟のことだ。


「……考えた通り、ラルクは家を出ることを嫌がっていたな」


 それはおかしなことだった。

 生まれた時からこの狭い家に閉じ込められて育てば、普通は外に憧れを持つし、自分から出たがるように成長する。兄のワイズがそうであるように。

 加えて家の人間から嫌われているなら、もはや残りたがる理由を探すことは困難だ。


 けどラルクはそれでも家に残りたがる。そういう子供だと知っていた。


 ラルクは小さい頃から一度も家の外に行きたいと言ったことがなかった。

 お前は本当に家族への愛が深い。こんなことになってもお父様のことも、ワイズのことも嫌いになれず、家族から離れることを拒んでいた。


 だからラルクを家から逃がす方法を考えた時は頭を抱えた。本心に反した選択をさせるのは非常に難しいからだ。


 よほど条件を整えなければ、ラルクは必ず家に残る。その選択を覆すために伝手を辿り、知り合いでもない魔法学校の校長から入学許可というカードを得た。予想通りラルクの興味を惹けた。


 本当は隠居した魔法使いのところに行ってもらうのが一番だった。僕の提示できる未来の中で、最も安全だからだ。

 だが安全であっても幸福になるとは限らない。特にラルクのように若ければ、安全よりも手に入れたいものはごまんとあるはずだ。何もかもがあふれた迷宮都市とは、そういった者に向いたところだった。


 僕は、本当に酷い提案の仕方をしたと思っている。

 お前が外へ行きたがるように誘導した。お前がこの狭い家の中では、もう不幸しか見つけられないと思ったからだ。


 けどそれは僕の勝手だ。


 お前は優しい子だから。いつか自分のせいにする。

 自分に魔法使いの才能がないことを責める。マクスヴェルから何も受け継いでいないことで苦しんでしまう。


 でも違うよ。

 ラルクが血から何も受け継いでいないなんて嘘だった。

 お前が生まれてすぐ死んでしまったから知らないだろうけど、僕たちの母様はお前と同じ鳶色の目をしていた。受け継いだのは兄弟の中でお前だけだ。

 それだけじゃない。


 時間があれば、もっと伝えたいことがたくさんあった。父様がラルクにマクスヴェルを名乗らせないようにしたのはお前を守るためだった。

 大事なんだよ、ずっと父様はラルクのことが。


 だから本当は、お前を家から離すべきじゃなかった。お前を父様たちと仲直りさせてやるのが一番だった。


 けどそれは無理なんだ。

 魔法使いの才能は血筋による。そのルールを壊したラルクのことを、他の純血の家は許さない。


 お前には隠しているから分からなかっただろうけど、お前が魔法使いの才能がないと判明した日から、昼はたくさん人が来るんだ。

 どいつもこいつもお前のことで、物騒な話をしに来るんだ。


 ワイズはお前がそれを聞かないように、部屋に閉じ込めるために魔法を使って嫌がらせしてたんだ。

 自分が嫌われても本当に大事な家族のためだから、生きていてほしいから嘘をつく人たちなんだ。誰もお前のことを嫌っていないよ。

 でも、父様とワイズには見えない縛りがたくさんあって、その中でしかお前を助けられないんだ。それでお互い大事なはずなのに伝えられない。


 愛してる家族に裏切られるのは辛いよね。

 自分だけ魔法の才能がないのは辛いよね。

 まだ十歳だ。泣いてもいい。

 けど、受け入れてくれ。自分の不幸を受け入れるのは大変だけど、お前はマクスヴェルだから。


 マクスヴェルを象徴するグリフォンは誇り高さの象徴だ。


 誇り高いんだから、自分の決めたことに筋を通すくらい簡単だろう?

 たとえ扉の前まで導いた者がいたとしても、最後に外に出ることを選んだのはお前だ。

 少し……かなりかもしれないズルをしてしまったけど、最後はお前が外に出ると決めたんだから。

 がんばれ。


 もう僕がしてやれることは何もないけど、かわりにお前には魔法をかけたから。

 兄の想いを託した魔法だ。

 必ずお前を守ってくれるさ。


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