第四話 はじめての魔法
怒号と共に衝撃に曝される。
「ッは、げぇはっ、はっ、ぐぅ……!」
背中を打ち付けた俺が咳き込んでいるのも気にせず、怪物が乗り移ったかのように豹変した父は恐ろしいことに杖を向けてきた。
杖は魔法使いの武器だ。
それを向けたということは、攻撃の意思を持つことを明確にしている。父が、俺を傷つけようとしている。
俺は戸惑い以上に悲しかった。
「まっ……まって、待ってください、私は必ず魔法使いとして立派になってみせます! だから」
「それはありえないことだな。お前の限界は、どこまでいってもみすぼらしいあの輝き程度にしかない」
それは微かにあった、まだこれから成長するかもしれないという希望をあっさり打ち砕いた。魔法使いとして一流の人間から証明された、あまりに低すぎる才能の限界。
俺は死刑宣告を受けた気分になる。
父はさらに追い討ちをかけるように、言葉を続ける。
「マクスヴェルの血がお前に魔法使いの才能を与えなかったのは、お前が純血を裏切ったからだ。マクスヴェルの穢れにお前は屈したのだ。そのような者がマクスヴェルとして子を残し、穢れを蔓延らせることは許されん。それがこの家の決定だ」
純血を裏切る? マクスヴェルの穢れ?
魔法の才能がないことで、これほど怒りに染まって排除しようとするのはそれが理由?
どれも理解できないことだ。俺は理解できない理不尽なことで、自分を否定されている。
「私がどれだけこの家を大切に思って尽くそうとするかより、魔法使いの才能がないことの方が重要な問題なのですか……?」
「そうだ。純血がなぜ尊いのか。それを理解するからこそ我々は血の純度を証明する、魔法使いの才能を重く見る」
「なら、裏切ったのはお父さまだ……」
「なんだと?」
俺は、昨日まで自分が優秀な魔法使いになることを疑っていなかった。信じ切っていた。
だがそれまで魔法使いの才能がないのを理由に人を見下したり、傷つけたり、嫌ったりはしなかった。
父もそうだと信じていた。たとえ魔法使いの才能がない自分にも、それ以外のいいところを見つけて認めてくれるとどこかで期待していた。
しかし父は違った。
魔法使いの才能だけを見て、俺を否定している。
俺はこれまで感じたことのない力の奔流を知覚した。怒りではなくもっと澄んだ、命の深いところから溢れて湧く強大な力。
それは俺の全身を満たし、今まで閉じていた感覚を開いた。
「あなたは、俺の愛を裏切った!」
杖から閃光が走る。同時に、俺は初めての感覚に身を委ねた。
「……!?」
今度は吹き飛ばされることもなく、痛みさえ俺の体に届かない。
目の前で石の床が盛り上がって、盾のように父の攻撃を遮っていた。一撃に耐えきれず、ボロボロと崩れかけているが父の魔法を防いだのだ。
「……これ以上私を失望させるな。それを見て私が考えを変えると思ったか? ふざけるな、こんな三流以下の魔法、マクスヴェルを貶めるだけだ!」
今度は溜めもなく、杖から放った魔法が床を抉っていた。
「もう一度告げる。ラルク、今後お前がマクスヴェルを名乗ることを禁ずる。出て行け!」
言われるまでもなかった。扉を乱暴に開けて、俺は父に背を向けた。
この屋敷からは出られない。
屋敷には人払いの結界が張り巡らされているから、合言葉か、家の人間から招き入れられた者でなければ出入りができないのだ。まだ子供の俺は合言葉を教えてもらっていない。
あれだけ威勢よく飛び出しても、行くあてなど限られていた。
俺は部屋に戻ろうとしていた。ひどく疲れている心身を休めなければ何もできそうになかったからだ。
初めて魔法使ったことによる疲労と、父からマクスヴェルを名乗ることを禁止され、この先どう変わっていくのか見当もつかない不安が重なり合い、悪魔的な乗算の結果俺の精神を追い詰めていた。
今は、心にのしかかるすべてにフタをして、狭い世界に閉じこもりたい。
「ビーンズ……こんなに散らばって、誰がやったんだ?」
足の裏に、何かを踏んづけた感覚があった。下を見ると箱ごとひっくり返したように大量のビーンズが転がっている。
今は片づける気力などない。俺は足をどかして立ち去ろうとして、その瞬間目を疑うことが起こった。ビーンズが爆発的に体積を増して、俺を上空に跳ね上げたのだ。
「がふ!?」
床に肩を強打し、視界が黒く染まる。
何が起きた、そんな疑問はない。俺はすぐに分かった。それを昔からよく見てきたからだ。
「こ、この魔法は……どうして」
一番上の兄、ワイズ・マクスヴェルは物の大きさを自在に操る魔法を使う。
それは、例えば床のビーンズを膨れ上がらせれば上を歩く人間を転倒させられる。
「どうしてだ……ウッ、ウゥ……」
俺は泣いた。
魔法使いの才能がない。たったひとつのことだけで父と兄からの愛情を、家族の絆をなくしてしまったのだ。
俺はこれまでこの家で楽しかったすべての思い出が虚しく思ってしまい、起き上がることさえできなかった。