デートのお誘いは突然に
「ねえ藤川くん。……今日、デートに行かない?」
「……はい?」
*
それは、土曜日の朝の事だった。
電話の着信音がけたたましくなっている。正直無視して二度寝をかましたかったが、なかなか鳴りやまないので渋々起き上がりスマホを手に取る。
「……誰だよこんな朝っぱらに……まだ7時過ぎじゃねぇか……って、えっ!?」
スマホに表示された相手の名前は「立花さん」だった。それに気づいた瞬間、爆速でスマホを操作し電話に出る。さっきまでの態度はどこへやら、だ。
「えっと、ふ、藤川ですけど……」
「あ、やっと出た。ごめんね、寝てた?」
「え、っと、立花、さん?」
「ああ、そうそう、立花ですー!」
どうやらあの表示は真実だったらしい。立花さんの事を考えるあまり見てしまった幻覚とかではなくて良かった。
「えっと、な何かな?」
「ああ、ちょっとお願いがあって。今大丈夫?」
「うん。特に何もないけど……」
「ならよかった」
そこでわざとらしく一呼吸置かれる。なんだろう、ひょっとしてとんでもない面倒事押し付けられたりするんだろうか……いやでも立花さんがそんな事するわけ……
「ねえ藤川くん。……今日、デートに行かない?」
「……はい?」
いま、なんと仰いました?
「デートだよ、デートっ。……いやまあ、文化祭の買い出しなんだけどさ」
「……あ、ああ、買い出しね、そういうことか。……ビックリした……」
ちょっとからかっただけのつもりなんだろうけど、俺には刺激が強すぎるよ……
「ははっ、ごめんごめん。実は、この前の買い出しで買い忘れたものが何個かあってさ。流石に皆に何度も買い出しに行ってもらうのは悪いし、私が一人でやっちゃおう、って思ったんだけど……」
「だけど……?」
「結構、量が多くなりそうなんだよね。と、いう訳で連絡してみたんだけど……いいかな?」
なるほど。つまり、荷物持ちという事ですか。
「うん、大丈夫。何時頃集合にする?」
例え荷物持ちだろうと立花さんのお誘いを断る訳もなく。というかむしろ頼られて嬉しいぐらいだ。ああ、俺って単純だなぁ……
「アタシも今から準備するしなぁ……、じゃあ、駅前に11時集合でいいかな?」
「了解。問題ないよ」
「オッケー!じゃあまたあとでねー」
……デートの時って、どんな服着たらいいんだろう?
*
「そろそろ時間かな……」
結局時間ギリギリまで着ていく服や身だしなみに悩んでしまった。デートじゃないと頭では分かっていても、私服で会うのは本当な以上ある程度はしっかりした服装でないといけない、とかなんとか考えていたら3時間くらいはあっという間に過ぎていた。なお結局は普段の休日の服装と変わらない感じに落ち着いてしまった。今度服買わないとな……そも選択肢が少なすぎた。
「おーい、藤川くーん。はあっ、ごめん、遅くなって」
「いやいや、大丈夫大丈夫。まだ時間になってないし」
駅の入り口から立花さんが小走りで出てきた。時刻は10時57分。立花さんは遠くに住んでる事もあるし、別に遅くはないだろう。
「いやでも、待ったでしょ?」
「いや全然。俺もちょうど来た所だし」
事実を言っただけだけど、なんというか……すごい、デートっぽいやり取りだと思ってしまった。いやデートじゃないけど。まあ立花さんは気にしてないようだし、俺も気にしないでおこう。
「じゃあさっそくだけど行こっかっ!さっさと終わらせないとお昼ご飯遅くなっちゃうし」
……ん?これ、ナチュラルに二人でご飯食べることになってません?
*
「いやー、ごめんね。荷物持ってもらうだけじゃなくて、預かってもらちゃって」
「まあ、これを立花さんが家まで持って帰るのはちょっときつそうだし。俺ん家ならすぐ近くだから、学校に持って行くのも楽だし」
さっきの読み通り、至極当たり前な流れで二人でお昼ご飯を食べていた。といっても駅前のファストフード店だけど。まあ、場所なんてどうでもいいか。
結局買い出しでは朝の電話の通りかなりの量を買った。なんでも女子が接客の際に着るメイド服を作る為の布地なんだとか。……いつの間にメイド喫茶になったんだウチの企画は。普通の喫茶店だと聞いていたけど、俺のあずかり知らぬところで方針転換があったんだろうか……?
「えっと、そう言えばなんでメイド服? 俺は普通の喫茶店のつもりだったけど」
「ああ、それ? 元々、衣装はクラスの被服部の子が作るって話だったじゃん? それで、どんなデザインにするか女子で話してたらなんか自然と。ダメだったかな?」
「……いや、別にダメじゃないけど……勘違いした客が来そうだな、と」
「まあ、その辺は大丈夫でしょっ!なんならそれっぽいメニューにしてもいい、って皆言ってたし」
「……そっか」
女子サイドがいいなら、別にいいけど。ただこれだけは覚えておいて欲しい。男子も接客する、という事を。
「にしても、なんか慣れてたね、藤川くん」
「えっと、なんの話?」
「ああ、荷物持ちとかの事。すごい自然に持ってくれたからさ」
「ああ。……それはまあ、アイツのせい、かな」
「恋ケ丘さん?」
「そういう事」
紫蘭にはよく買いものに付き合わされた。もちろん荷物持ちとして。ちょっとでも気を使わないでいるとすぐに言葉の刃が飛んできたので、いつも気をまわしていたっけ。それでも飛んできてたけど。……あの苦痛しかなかった経験が役に立っているんなら、少しは気が楽になるというものだ。
*
店からでてそのまま駅前に来た。用事も済んだし、そろそろ解散だろう。
「じゃあそろそろ解散かな? 今日はありがとねっ、助かっちゃった」
「うん、じゃあね。また何かあったら呼んでくれて大丈夫だから」
「あはは、まああんまりないようにはするけど。もし何かあったらよろしくね」
まだ夕方になろうかどうか、という時間ではあるけど、立花さんの家はかなり遠くだししょうがない。というか目的は済んだんだしこれ以上引き留める理由が今の俺にはない。
「じゃーねー!」
「うん。また月曜日に」
立花さんを見送り一人で家に帰る。両手に大量の荷物を持って。ただ不思議と、重さはあまり感じなかった。




