関わらないでって言ったよね?
「あらぁ? 遅かったじゃない。……今日という今日は、逃がさないわよ、竣介」
「……なんの用だよ。関わる気はないって言っただろ」
紫蘭は俺を見つけるや否や、すっともたれていた門から背を離した。そして凄まじい勢いで俺の眼前に迫ったかと思うと、いきなり胸ぐらを掴んできた。
紫蘭は俺を言葉で攻撃することは日常的にしていたが、こういった肉体的暴力はほとんどしてきたことはなかった。まあおそらくは、殴り合いになったら流石に男の俺には勝てないと思って自重してただけだろうけど。つまり今の紫蘭は、我を忘れる一歩手前レベルで怒り狂ってる、という事だ。
「……離せよ。ほかの奴に見られるぞ」
「知ったことじゃないわよそんなことっ! いいからさっさと説明しなさいっ! なんでっ!? なんであんな事言ったのよ!!?」
一向に離す様子のない手を少々強引に振りほどく。流石に誰かに見つかったら面倒だ。
「そういう所が耐えられないからだよ。一昨日にもちゃんと言ったろ」
「ふざけないでっ!あんたにそんな事言う権利はないわよっ!あんたはっ、あんたは私のっ……あーっ、もうっっっ!!!分からないのっ?!!!」
こんなに取り乱した紫蘭をみるのは初めてだ。どうやら俺というおもちゃを失ったことがよほど腹に据えかねているらしい。
「分かんねーよ。分かるつもりもない。頼むからもうほっといてくれよ。せっかく色々上手くいきそうなんだよ、邪魔しないでくれ」
「このっ……分かったわよっ!そんなに私が嫌いだっていうなら別にいいわよ!勝手に好き放題してればいいのよ!覚えてなさいっ!いつか、ぜっっっったいに、私に謝らせてやるんだからっ!!!」
そんな捨て台詞を残して紫蘭は脱兎のごとく走り去って行ってしまった。いや、謝って欲しいのはこっちの方なんだが……
「なんだっていうんだよ、ったく」
逃がさない、という最初のセリフはなんだったのか。まあともかく、あの捨て台詞からしてしばらくは突っかかって来ないだろう。これで安心して立花さんと親交を……もとい、文化祭の準備に勤しめるというものだ。
「あれ?藤川くん。まだ帰ってなかったの?」
「ん……立花さん。ああ、さっきまでちょっと友達と話してたんだ。もう先に帰っちゃったけど」
ふと声を掛けられ振り返るとキョトンとした顔の立花さんがいた。まさかまだ学校内にいるとは思ってなかったのだろう。
……危なかった。もう少し早く立花さんが来ていたら、あの紫蘭の狂乱ぶりを見られていた所だった。
「ふーん、そっか。……せっかくだし、途中まで一緒に帰ろうよ!いいよね?」
「えっと、いいの?」
思わず聞き返してしまった。魅力的な提案なのはもちろんなのだが、ちょっと不安に思ってしまう。ちょっと都合よすぎではないか? と……
「もちろん!せっかく一緒に仕事するんだもん、できる限り仲良くなった方がいいでしょ? さっ、早く帰ろっ! もたもたしてるとあっという間に真っ暗になっちゃうよ」
女神だ。女神が微笑んでいる。
一点の曇りもないキラキラとした笑顔を惜しげもなく向けてくれる。その笑顔の衝撃で、さっきまでの紫蘭とのあれこれなんて秒で彼方へと飛んで行ってしまった。
「……そういう事なら。うん、一緒に帰ろう、立花さん」
「ふふん、決まりだね!ささ、帰ろう帰ろう!」
*
地元の商店街を二人で歩きながら、立花さんの質問に答えていく。
「へー、藤川くんって文芸部だったんだ。……ねえねえっ、文芸部って、あれだよね。あの東雲さんが部長さんやってる部活だよね?」
「そうそう。……やっぱり東雲さんって結構有名人? 男子人気は高いけど、女子の間ではどうなのかな」
実は東雲さんとは一年二年共に同じクラスになったことはない。完全に部活の中だけの交流しかないのだ。友人との会話から男子人気が凄まじいのは知っていたが、女子の間でどう思われているかはイマイチ分からなかったのだ。
「女子の間でもすっごい人気だよ、東雲さん。美人だし、誰にでも優しいし。それになんていうか、仕草とか話し方とかがすっごいオトナ、って感じでカッコイイよね!いいなー、私も東雲さんと仲良くなりたいなー」
なるほど。どうやら女子の間では憧れの存在、っていう感じみたいだ。確かにちょっとした動き一つ取っても、優雅で大人びているもんな……。憧れる気持ちもよく分かる。
「立花さんなら、すぐに仲良くなれると思うけどね。今度紹介しようか?」
「いいのっ!!? ぜひ、ぜひお願いしたいですっ!」
またもキラキラと目を輝かせている。どうやら立花さんから見ても東雲さんは憧れを抱くような存在らしい。俺から見れば立花さんも負けないくらいに魅力的だと思うんだけど。
そんな話をしているうちに、気づけば商店街の端まで来ていた。俺はここからほど近い住宅街に住んでいるけど、立花さんはどうなんだろう?
「そういえば、立花さんはどの辺に住んでるの?」
「おっと、そういうこと聞いちゃう? ……どうしよっかなー。教えたら藤川くん、送り狼になっちゃいそうだしなー、怖いなー」
「お、送り狼って…… い、いや、別にそういうつもりで聞いたわけじゃ……」
まさかの返しに狼狽える俺に、立花さんがふふふっと吹き出した。
「ふふっ、あははっ!!冗談だって。ちょっとからかってみただけ。まあ、これでそんなにオロオロするんなら、送り狼になる心配はしなくて良さそうかな?」
「し、心臓に悪いよ……」
「そう?割と軽めのジョークのつもりだったんだけど。……えっと、アタシ実は結構遠くに住んでるんだよね。だから駅まで歩いてそこから電車なの。んー、まあ帰りつくまで大体一時間くらいかな?」
「結構遠いんだね……」
「そうなんだよねー。帰りつくころにはもう真っ暗だもん。……さてっ、という訳で私は次の電車に間に合うべく、ここからはダッシュで駅まで行きます!じゃあ、また明日ねー!」
「うん、じゃあね。……また明日」
いうが早いか、立花さんはピューッ、というSEが聞こえてきそうなスピードで駅の方へ駆けて行った。そんな訳でぽつんと一人、商店街の入り口に残される。
「……帰るか」
今日は主に放課後に色んな事が起きて疲れてしまった。いい事があって、そのあと最悪な出来事があって、最後にまたいい事が起きた。まるでジェットコースターのようなテンションの乱高下っぷりだ。
さて、明日からは文化祭の準備が始まる。色々と悔いが残らないようにしないと。




