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不純な動機ですみません

「はい、じゃあ今日はそろそろ文化祭の実行委員を決めたいと思います」


 翌日の帰り際のホームルームで、担任の先生がそう言った。長い授業の末にようやく解放されると思っていたクラスメイト達は皆一様に不満げな表情をする。かくいう俺も紫蘭に見つからないうちにさっさと帰りたかったし、同じような顔を浮かべてるんだけど。しかし実際そろそろ委員を男女一名ずつ決めて、クラスの出し物の話し合いに移行しないとまずいのも確か。ほかのクラスの大半は決まっているらしいし。ただまあそんな目に見えてる面倒事なんて好き好んでやる奴そうそう……


「じゃあ、委員をやりたい人、いたら手上げてー」

「はいはーい!アタシやりまーすっ!!」


 いた。いの一番に手を上げた女子生徒が一人。名前は立花(たちばな)あやめ。今の勢いの通り、いつも快活なクラスのムードメーカー的存在だ。ルックスもショートカットが良く似合う健康的な美少女でクラスの男子からの人気もなかなか。そして男女ともに分け隔てなくグイグイ来てすぐ仲良くなってしまうタイプなので、男子にいわゆる「()()()」を続発させる、ある意味で魔性の女でもある。本人にそんな自覚は全くないだろうけど。


 ……そしてまた、俺もその「勘違い」をしている、いや、しそうになっている男子の一人である。


 なにせ俺は生まれてこの方ずっっっとあの紫蘭に付き合わされて育ってきたのだ。あのモラハラ毒舌暴言の嵐によって女性にある種の恐怖に近い感情すら抱いていた所に、こんなまさに女神のような態度で接してくれる存在に出会ってしまったら、それはもう恋に堕ちる、まではいかなくとも気になってしまうのはしょうがないだろう。多分。


 ふと、昨日東雲さんに言われた言葉が脳裏によぎる。


「ええ。ありきたりなものだと、恋をしてみる、とかでしょうか。とにかく恋ケ丘様のことを考える余裕のない程に強く誰か、または何かを想っていれば、自ずと頭から離れていくのではないでしょうか」


 ――これを機に、少し冒険してみるのもいいかもしれない。


「お、じゃあ女子は立花が立候補か。男子、誰か希望者いるかー?」

「……はい。やります、俺」


 少しだけ勇気を出して、右手を上げる。先生は俺が立候補するとは思っていなかったようでかなり意外そうな表情をしている。……まあ俺自身、慣れないことしてるとは思ってるけどさ。


「藤川か、珍しいな。……他にいるかー?いないならこの二人で決定にするぞー」


 少し教室がざわつく。が結局誰も手を上げることはなかった。まあこういうクラスでの決め事なんてだいたいそんなもんだろう。


「じゃあ実行委員は立花と藤川で決定な。二人は放課後少し残ってくれ、説明したい事があるから。……じゃあほかに連絡事項もないし、ホームルーム終わり。号令―」


 *


 先生からの説明自体は大した内容ではなかった。出し物の内容の提出期限とか、やっていい事とダメな事とか、そんな程度。そしてそれが済むと先生はさっさと職員室に引っ込んでしまった。つまり、今教室には俺と立花さんの二人だけだ。


「にしても、ちょっと意外だったなー。藤川くんがやるって言ったの」

「まあ、今までこういうのやったことないのは確かだけど。たまにはいいかな、って思ってさ」


 まさか立花さんとお近づきになりたいから立候補しました、とは言えず適当にお茶を濁す。


「そっか。……ねえねえ、藤川くん。多分これからしばらくは話し合いとか準備とかでしばらくは彼女さんと一緒に帰ったりできないかもしれないけど、大丈夫? 浮気疑われたりしない?」

「……彼女?」


 いや、そんなものいませんが。だれかと勘違いしてるのか……?


「うん。恋ケ丘さん。……違った?いつも一緒にいるからそうなのかなー、って」


 違う、断じて違う。たとえ世界がひっくり返ってもそれだけは絶対に違う。傍からはそう見えていたのか……? それはちょっと、いやかなり心外だ。しかもよりにもよって立花さんにまでそう思われてるなんて。


「ちがうちがう。それに、もうあいつと話す事もあんまりないと思うし、大丈夫だよ」

「そっか、違ったかー。結構お似合いに見えたけどなー」


 いやいやいや、ないないない。多分きっとそれはその時の紫蘭の奴が外面モードだったからだろう。俺にだけ見せてくるあの悪鬼のような裏の顔を見たら、きっとそんな風には思えなくなるはずだ。


「まあ、俺は特に放課後に用事があったりする事はないはずだから。ぜひこき使ってくれ」

「いやいや、こき使ったりしないって。助け合っていかないといけないんだからさ。じゃあ改めてよろしくねっ、藤川くん! 一緒にがんばろう!」

「……あ、ああ。よろしく、立花さん」


 さも当然、というような勢いで差し出された立花さんの右手に内心滅茶苦茶緊張しながら応える。その手つきは、差し出した時の勢いの割にとても優しく柔らかかった。まったく、紫蘭の奴に強引に手を引っ張られた時のあの感触とは大違いだ。


 *


 まだ学校内に用事があるという立花さんと別れ、帰宅する為に下駄箱で靴を履き替える。それにしても、紫蘭と縁を切った途端、色々と順調すぎる程に順調だ。昨日も思ったけど、やっぱりもっと早く行動に移しておくべきだった。


「でもまあ多分、そろそろだろうな……」


 そんな俺の独り言は、悲しいことに現実になってしまった。


「あらぁ? 遅かったじゃない。……今日という今日は、逃がさないわよ、竣介」


 校門に、一人の女子生徒がいた。門の端にもたれかかり、恐ろしい形相で俺を睨み付けている。


 紫蘭だ――


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