聖夜の女子会②
「ふぅ、お風呂ありがとね、紫蘭」
紫蘭の家のお風呂から上がったアタシは、紫蘭の向かい側に座って持って来ていたいつもの化粧水やらでお手入れをしていた。
「へぇ、結構丁寧にやるのね」
「そうかな? ああ、でも確かに最近は前より気を使ってるかも」
「なに、竣介が見てるから?」
即座に図星を突かれてしまった。……アタシ、そんな風に見えてるのかなぁ?
「ま、まあ……、そうだけど」
「やっぱり。ま、いいことじゃない? よく女子は恋をすると綺麗になるとかいうけど、あながち間違いじゃないのかもね」
珍しく穏やかな笑顔を浮かべている紫蘭。普段はもっとツンケンしてるのに。……まあどっちも可愛いんだけど。
「どしたの紫蘭。珍しく素直じゃん?」
「いつも素直よ、まったく。……まあ強いていうなら、上手くいってそうで安心したのよ。なんだかんだ気にしてるんだからね、アンタらのこと」
「あはは、知ってる知ってる。いつもありがとね」
紫蘭がアタシと竣介くんの仲の一番の理解者なのはアタシたちも良く分かってるもんね。困ったときには相談すれば適格なアドバイスをくれるし、普段からそれとなーく見守ってくれてるし。
「でも、そんなに気を遣わなくてもいいのに。紫蘭だってやりたいことあるでしょ?」
「大丈夫よ。アタシだってやりたくてやってんだから、そんなこと気にしなくていいの」
有無を言わせない口調で一気にそう言いきる紫蘭。そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりいつかは紫蘭自身がやりたいことを見つけて、それを思いっきりやって欲しい。……もしその時が来たら、今度はアタシが応援してあげないとね。
「百合がお風呂から上がってくるまで、なにしてよっか。……そういえば、さっきまでは百合と二人でなにしてたの?」
今言ったように、アタシと交代で今は百合がお風呂にはいっている。なので今はアタシと紫蘭の二人きりだ。
「さっきまで? 別に、ちょっとした内緒話をしてただけよ?」
一点して今度は悪戯っぽい笑顔に変化した紫蘭。本当、最近の紫蘭は表情豊かで一緒にいて楽しい。
「えー、なになに、どんな話してたの?」
「内緒って言ったでしょ。例えアンタが相手でも言えないわ。私と百合だけの秘密なの」
「うう、そう言われるとますます気になる……。いつか百合にも聞いてみよーっと」
まあ、百合も口は固い方だし言ってくれるとは思わないけど。こういうのは話のネタになるだけで十分なのだ。
「……そういえば、できた?」
「できた? って聞かれても。その……、なんのこと?」
「あらあら、とぼけちゃって。キスよ、キ・ス」
……紫蘭の言葉で、昼間の記憶が一瞬で脳裏に蘇ってくる。今思い出しても恥ずかしくて顔が熱くなってしまう。
「え、えっとぉ……」
「あーもう、分かったから無理に言葉にしなくていいわ。どうやら上手くいったみたいね。ったくアンタらは。普段はあんだけイチャイチャしてる癖に、そういうのにはとことん奥手なんだから。見てるこっちはじれったいったらありゃしないわ」
ぶっきらぼうにそんなことを言いながらも、紫蘭の表情は笑顔だった。なんだかんだ素直に祝福してくれてるのが伝わってきて嬉しい。まあ、キスしたことがバレたこと自体はすごい恥ずかしいんだけど……、紫蘭なら別にいっか。
「まあ、あやめの場合は奥手になる理由も分かるけど……」
「……? えっと、なんでアタシだけ?」
「そりゃあだって、アンタは昔――。……いや、ごめん。軽率に言うべきことじゃなかったわ」
「ああ、そういうこと。……別にいいって。最近はもうあんまり気にしてないしね」
「なら尚更悪いわよ。わざわざ思い出させることじゃないもの」
本当にすまなそうな表情で頭を下げる紫蘭。いやいや、本当にもう気にしてないのに。
――当時からの友達と、紫蘭以外は知らないアタシのトラウマみたいなもの。竣介くんの前にも、短い間だけど彼氏がいたこと。……そして、その元カレがアタシを突然振って別の女子と付き合い始めたこと。……それが、アタシの過去。アタシの秘密。
でも、最近ではもうほとんど思い出すことはない。……なぜなら、純粋に“今”が楽しいから。大好きな竣介くんと、大好きな紫蘭や百合といつも一緒にいれて、楽しくない訳がないのだ。だから、自然と昔の嫌な記憶を思い出す回数も減っていっている。
「今はもう、思い出す余裕もない位に毎日毎日が楽しいからね! 皆のおかげでさっ!」
「そう言ってくれるとありがたいわね。……正直、ちょっと罪悪感があったから」
……罪悪感? むしろ紫蘭はアタシの過去のトラウマを受け止めてくれた側なんだから、なにもそんなの感じる必要なんてないと思うんだけど……。
「なんでまた罪悪感なんて? 紫蘭がそんなの感じなくてもいいのに」
「いや、その……。だって、竣介と一緒にいる時間、私が少なからず取ってる自覚もあるから。なんだかんだ多少は浮気とか気にしたりするでしょ? 昔のアレがあるなら尚更」
「……あー、そういうこと……。まあ、正直に言うと……、偶に思ったりはするけど……」
といっても、“竣介くんが紫蘭と浮気してる!”と思ってる訳じゃなく――
「偶に思っちゃうのは、“竣介くんって、紫蘭といた方が楽しかったりするのかな”ってことかな。ほら、色々あったとは言っても幼馴染でしょ? アタシよりもずっとずっと付き合い長い訳だしさ」
「……はぁ。私が言うのもなんだけど、竣介がアンタと一緒にいて楽しんでない訳ないじゃない。普段アイツから聞く話の9割はアンタとのことなくらいだしね。……でもまあ、もし嫌なら、私も竣介と距離を置いてもいいわ。あやめたちが仲の良いカップルでいてくれることの方が大事だもの」
紫蘭の目は本気だった。本気で、アタシと竣介くんの仲の為なら距離を置くつもりの目をしていた。でも――
「大丈夫だって! むしろ紫蘭がいてくれないと困るくらいだもん。今回だって、紫蘭がいなかったらお互いにいつまで経ってもキスできなかっただろうし。それに、アタシといるときも竣介くんがちゃんと楽しんでくれてるって、今紫蘭から聞いたしね。……だから、そんなことしなくても、アタシたちは大丈夫。むしろ、これからも竣介くんの助けになってあげてよ。やっぱりアタシ相手じゃ言いにくかったりすることもあるだろうからさ」
紫蘭も百合も、アタシたちのことを本当に応援してくれてる訳だし。だから、浮気を疑うなんてありえないし、時間を奪われてるつもりもない。でもまあ……、
「……まあ、竣介くんと一緒にいれない時間は、やっぱりちょっと寂しいけどね」
「ほら言わんこっちゃない。……はぁ、アンタはお人好しすぎるのよ。もっと貪欲になって良いのに。……ま、今度竣介に会ったら説教しとくわ。“もっとあやめのこと構ってあげなさい、浮気を疑われるわよ”ってね」
「あはは……。じゃあ、お願いしようかな」
「了解したわ。でも一応言っておくけど、こういうので一番効果的なのは、アンタ自身が言うことよ。“もっと一緒にいたい”って、竣介に直接言えばいいのよ」
「……そ、それは、かなり恥ずかしいね……」
……でも、確かにそれが一番いいのかも? ……こ、今度のデートの時にでも、勇気を出して言ってみよう、かな?
「おや、おやおや? なにやらとても楽しそうなお話をされている気配がしますね?」
唐突に聞こえた声に振り返ると、お風呂から上がった百合が部屋の扉の前で心底楽しそうな声を上げながらニコニコと笑っていた。百合って、こと恋愛に関してはかなり野次馬気質だよね……。まあ、他人に言いふらしたりしない分常識的ではあるけど。
「ええ、あやめから竣介とどこまでいったのかを事情聴取してたの」
「ちょ、ちょっと紫蘭っ!? そ、そんなことしてない……」
「まあっ! それはそれは、是非にでも聞きたいですわっ! どう、どうなんですっ!? やはり、もう一緒に……」
百合が帰ってきた途端にこの騒がしさ。うん、やっぱり皆と一緒にいる時間は楽しいな。
――結局、この日の女子お泊り会は、このペースのまま日付が変わってもなお続けられたのだった――




