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心機一転?

「お帰りなさいませっ、ご主人様っ!」

「……いや、客じゃないし」


 文化祭二日目。俺の役目は昨日と変わらず裏方だ。まあ、これといってやる事がある訳じゃない。本番は終わった後の片づけだ。しかもめぼしい他のクラスの企画は昨日の内に見終わってる。なので暇つぶしも兼ねてクラスの様子を見に来たんだけど……なぜか立花さんに客だと勘違いされた。


「ああ、藤川くんか。まあいいじゃん、お客さんになっちゃえば? ちょうどいま空いてるし。――みんなもいいでしょ?」


 教室内で接客をしている女子たちも皆「いいよー」とか「せっかくだし」とか言ってる。……まあ確かに今は客は誰もいないし、お言葉に甘えようかな。


「じゃあ、そうしようかな」


 適当な席に座り、メニューを開く。……なんか、予定していた物と変わってないか? 秋葉原のメイド喫茶かと言いたくなるようなメニューになってる。一応普通の喫茶店だったはずなんだけどなぁ……昨日の午前中までは。


「えっと、立花さん?」

「はい、どういたしましたか、ご主人様?」

「……できれば普通に話して欲しいかな」


 自分の彼女がメイド服を着てご主人様と呼んでくれるシチュエーションに憧れがないといえば嘘になるけど、流石に調子狂う。


「あれ? こういうの萌えないタイプ?」

「萌えない……わけじゃないけどちょっと調子狂う、かな」

「ふむふむ、つまり二人っきりならオッケーってこと?」

「……そういうことにしといて」


 本音を言えば盛大にその通り、と返したいところだけど、流石に回りの目があるので適当にお茶を濁した。


「ねえねえ、聞きました奥さん?」

「……うん、やっぱりあの二人……」

「いや、さっきあやめから聞いたじゃん」


 まあ、周りの女子がこんなこと言ってることから考えても、濁せてないのは明白だけど。もう後の祭りだ。というか最後のは聞き捨てならないんですが。


「えっと……言ったの?」

「うん、言ったよ? なんか昨日仲良さげだったけど何かあったの、って聞かれたから」

「……そっか」


 何も言わなくてもじきに気づかれてただろうし、まあいっか。


 *


「……疲れた」


 教室から出た俺は、自然とため息をついていた。あの後俺は注文したものを食べ終えるまで女子に寄ってたかって質問攻めにあった。立花さんもなにやらニコニコしながら全然止めてくれないし、かといって赤裸々に全部話すわけにもいかず適当な回答でお茶を濁して早々に出てきた、というわけだ。


「なにやってんの? そんなとこで俯いてため息なんかついて」

「……ああ、紫蘭か」


 顔を上げると、いつもの仏頂面の紫蘭がいた。相変わらずのつっけんどんな口調だけど、どことなく心配しているようにも聞こえる……気がする。


「ったく、どうしたのよ。幸せの絶好調でしょアンタ。せっかくの幸福が逃げてくわよ」

「まあそうなんだけど……ちょっと疲れちゃって」


 ついさっき起こった教室内での出来事を話す。すると紫蘭はくっくっくと腹を抱えて笑いだした。


「あっはは! そう、それは大変だったわね……ははっ」

「笑いすぎだろ……」

「いや、笑わずにはいれないでしょ、ははっ、あー面白い」

「みんなひでーや。立花さんも見てるだけでなんもしてくれなかったし」

「そりゃあ、あれこれ質問攻めされるのも立花はまんざらでもなかったんでしょ。アイツ、そういうの楽しめるタイプだと思うし」

「ああ、そういうことか……」


 自分はそういうのはかなり苦手だけど、まあ立花さんがいいならいっか。しっかし、ナチュラルにこう思える時点で、俺も大概ベタ惚れだよな……


「さっきまであんなに疲れたーって感じの暗い顔してたくせに、なに急にニヤニヤし始めてんの……? キモいわよ」

「キモいってお前なぁ……そんな顔してた?」

「ええ。鏡見て来たら?」


 ちょっと頬を触ってみる。……うん、すごい緩んでるね。


「ま、幸せそうで何よりだわ。……そういえば、百合と会ったりしてない?」

「東雲さん? そう言えばここ一週間は見てないけど……ひょっとしてなんかあった?」


 文芸部が文化祭には不参加なこともあって、最近は東雲さんとは顔を合わせてない。……それこそ今日にでも立花さんとのことを報告に行こうかとは思ってたけど。相談とか乗ってもらったりもしたし。


「そっか。あいつ、いま色々不安定になってるだろうから心配なのよね。できれば竣介に会いに行って欲しいんだけど……」

「もとから今日会いに行こうかと思ってたしそれは全然いいけど……なんかあったの?」

「まあ、ちょっとね」


 紫蘭にしては珍しく曖昧な物言いだ。なんか俺に言えないようなことでもあったのか……? とか考えていると、突如背後から聞き慣れた優しい声が聞こえた。


「――あら、藤川様、恋ケ丘様。こんにちは。二人して暗い顔されて、どうかされましたか?」

「……百合?」

「ええ、そうですよ?」


 東雲さんだ。……あれ、どっからどう見てもいつも通りに見えるけど……紫蘭の思い違いだったのかな?


「……ちょっと、百合。こっち来なさい」

「ええ、良いですけど……どうかされました?」


 俺が状況を飲み込めずにいると、紫蘭が東雲さんを連れて廊下の角の方に行ってしまった。手で“こっち来んな”ってポーズをしながら。……待っとけ、ってことかな?


 *


 百合を廊下の角、あまり人目につかないところまで連れてく。私のジェスチャーが通じたらしく、竣介についてくる様子はない。百合もどうやら昨日の件は吹っ切ってるみたいだけど……無理してないでしょうね?


「ねえ百合。あんたもう大丈夫なの? 私が言えたことじゃないとは思うけど」

「ええ、もう大丈夫ですよ。これからは心機一転、正々堂々藤川様の心を奪って行きますわ」

「――いまなんて言った?」


 コイツなんか恐ろしいこと言わなかった?


「正々堂々と、ですよ。周りの女性を追いやるなんて姑息な手はもう使いません! これからは正面から堂々と藤川様を私の虜にする方向で行こうかと思いますわ!」

「アンタねぇ……昨日言ったでしょ。竣介にはもう彼女いるんですけど?」

「それくらいの障壁ではめげませんっ! 私の心に決めた御方ですもの。確かにちょっとスタートは遅れてしまいましたけど、まだ挽回の余地はあるかと」

「はぁ……頭痛くなってきたわ……。まあ、今までに比べりゃ遥かにマシになってるけど……。ま、せいぜい頑張りなさいな。あの二人、想像以上のバカップルよ」

「ふふっ、望む所ですよ」


 まあ、この方向性の吹っ切れ方ならいいか。モテ男の癖に全然自覚のないあのバカにはちょうどいいかもしれないし。……ま、立花に適当に言っとけば大事にはならないでしょ。


「というわけでさっそく、藤川様を拉致りますね。大丈夫、文化祭が終わるころには解放いたしますから」


 前言撤回。……もしかしなくてもこっちの方がヤバいかも。


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