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恋人生活一日目/あやめの秘密

「藤川くーんっ! 帰ろー!」


 文化祭の一日目も無事終わった放課後、そう言いながら立花さんが俺の背中に突撃してきた。……周りのクラスメイト達(主に男子)の視線が痛い。まだ紫蘭以外で俺と立花さんが付き合い始めたことを知っている人はいないはずだから仕方ないけど。


「あ、ああ。……バレるぞ」


 後半は小声だ。俺としては正直隠せるのなら隠しておきたい。かなりの人気がある立花さんに彼氏ができた、しかもその相手が俺みたいな全然パッとしないような奴となればそれなりのヘイトが向いてくるだろうし。


「ん? ああ、別にいいじゃん。バレても困らないでしょ?」

「いや、立花さんがいいって言うならまあいいけど……」


 というか、このやり取りが聞こえていたのであろう周囲のクラスメイト達から「ひょっとしてあの二人……」とか「いつの間に……」とか「正直そんな気はしてた」とか言ってるのが聞こえてきた。


「はぁ……。まいっか」

「どうしたの?」

「いや、別に。帰ろっか」


 ……これは何もしなくても知れ渡るのは時間の問題かな。諦めた方がいいかもしれない。


 *


「明日も頑張ろうね」

「ああ。……今日は大盛況だったし、明日も覚悟しとかないとな」

「だねー」


 うちのクラスの企画であるメイド喫茶……もとい喫茶店はそれはもうすさまじい大盛況っぷりだった。主に男子に。途中からいっその事という事で接客をメイド服衣装の女子に一任したらこれが大嵌まりしたらしい。……それでいいのか高校男児よ。ちょっと欲望に正直すぎではないか?


「いやー、やっぱり男の子ってああいうの好きなんだねー。……ま、アタシたち女子もそれなりに楽しんでたけど」

「じゃなきゃ流石にお願いしないって」


 たかが文化祭の企画で嫌々やらせる程俺たちも非道じゃない。後の学校生活に関わるし。


「ね、話は変わるんだけどさ……」

「なに?」


 見てみると立花さんの顔が真っ赤になっていた。いったい何の話が始まるんだ……?


「せっかくだし、手とか、つないでみたいなぁ、って。……ごめん、やっぱなし! 忘れて!」

「いや、全然いいけど……。っていうか、いいのか?」


 こういうのってタイミングとかあるんじゃないのか? ……まあ、そのタイミングがいつかなんて分からないけど。


「ア、アタシはいい、よ?」

「じゃあ、いいじゃん。……こう、かな?」


 おっかなびっくり立花さんの手を握ってみる。これは、なんというか……立花さんが顔を真っ赤にするのも納得だ。


「藤川くん、顔真っ赤だよ……?」

「そっちこそ……」


 以降、駅で別れるまで会話はなかった。……それでも、不思議と幸せな気分ではあったけど。こういうのも恋人同士ならではでいいかもしれない。


 *


「初々しいわね、まったく。いいもの見せて貰ったわ」

「見てたの!!? えっと、その……恥ずかしいんで、忘れて貰えませんか……?」

「いやよ。あんな光景早々忘れられるもんですか」

「そんなー!!?」


 すっかり最近恒例になった紫蘭との夜の電話。……それにしたって、まさかアレが見られてたなんて。一生の不覚だ。


「いいじゃない、別に。……にしても、昨日の今日であんなにイチャイチャできるなんてね。昨日のアンタからは想像できないわ」

「それはアタシもそう思う……かな。正直まだちょっと怖いんだけど、ね」

「怖い? 竣介が?」

「いや、そうじゃなくて。……なんて言ったらいいのかなぁ」


 アタシの秘密。アタシのトラウマ。……でも、紫蘭には話しても、いいかな。紫蘭だって、誰にも話してなかっただろう藤川くんとの過去を話してくれたわけだし。


「えっと、笑わないで聞いてね?」

「よく分からないけど、約束してあげるわ」

「ありがと。その、ちょうど一年くらい前のことなんだけどね――」


 *


 一年前。アタシには彼氏がいた。その人は同級生で、向こうから告白された。嬉しかった。告白されるなんて、それが初めてだったから。だから二つ返事でOKを返した。始めは楽しかった。楽しいって言ってもらえるようなデートプランとか、可愛いって言ってもらえるようなコーデとかを毎日毎日、飽きもせずに考えてた。でも、それは長くは続かなかった。


「俺、他に好きな女子出来たから。……告白して、OKも貰ってる。だから、じゃあな」


 なんの前触れもなかった、と思う。分からなかった。アタシ、なにか悪い事したのかな、って滅茶苦茶落ち込んだ。ふさぎ込んで、不登校にもなりかけた。友達に励まされて、どうにか学校は通えるようにはなったけれど、もしそれがなかったら今のアタシはいないかもしれない。


 それ以来、恋愛というものに対する恐怖がずっとあった。色んな人がアタシの事を好きだといってくれた。でも、いつかアタシから離れていってしまうかもしれないと思うととても首を縦に振る気は起きなかった。もちろん、その時点では本気なのは分かってる。分かってても、怖かった。だって、その気持ちがいつ変わってしまうかまでは、分からないから。


 *


「――っていう訳。だから、その……」

「恋人って関係が怖いってことね。なるほど、分かったわ」

「そういうこと、かな」

「ま、そんなことさっさと忘れなさい。竣介はそんなことするような奴じゃないから」

「……前から思ってたけど、紫蘭は藤川くんに対する信頼が半端ないよね」


 アタシも藤川くんの事は相当に信頼してるつもりだけど、紫蘭のそれは間違いなくアタシ以上だと思う。


「だって、あんなザマだった私に10年近く愛想尽かさなかったのよ? その時点でそういう心配なんて必要ないのよ」

「なるほど。……それもそっか」

「そうよ。……ま、万が一そういうことになったら私を呼びなさい。死ぬよりひどい目にあわせてやるわ」

「あはは。そうさせてもらうよ。もし、もしもそうなったら、ね」

「それに、アンタもそういう心配はいらないって分かってるんじゃない? じゃなかったらあんな風に甘えたりしないでしょ」

「そう、かな? 正直まだ分かんないや。……でも、藤川くんのことが好きなのは、本当だからさ。だから、その……」

「はいはい、ごちそうさま。ちょっと心配した私が馬鹿だったわ。――おやすみ」

「うんっ。おやすみ!」


 アタシは幸せ者だ。こんなに良い友達がいて、あんなにもアタシの事を好きでいてくれる彼氏がいて。これは、怖がって後の事を心配する方が失礼ってものだよね。


「さてっ、明日も早いぞっと」


 布団に入り、目を瞑る。早く寝ないと明日に響くもんね。


「あれ……? うー、おかしいな……」


 まあ、なぜか藤川くんの事が浮かんできて、全然寝れなかったんだけど。

 ……これは、藤川くんよりアタシの方がよっぽど重症みたいだ。


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