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忘れるって案外難しい

 翌日、朝から俺のスマホは鳴りっぱなしだった。


「ねえ、なんであんなこと言ったの?」

「一回ちゃんと話し合いましょうよ」

「何とか言いなさいよこのアホ竣介」

「竣介の癖に生意気よ!」

「何か反応しなさいってば」

「反応しないなんてそんな横暴許されると思ってるの!?」

「ねえってば!!」


 とまあ、紫蘭からのメッセージが原因なのだけれど。およそ10分に一回のペースでありとあらゆる言葉を使って俺に再度話し合いをさせようとしてくる。でももうその手には乗らない。どうせ応じたらまたあのモラハラ地獄に逆戻りするだけなのだ。応じる理由がない。


 まあしかし、このゲリラ豪雨の如くのメッセージにも流石にうんざりしているのも事実。なので……


 *


「あら?見なくてよろしいのですか?」

「ああ、別に大丈夫。どうせ大した内容じゃないしね」


 放課後。学校内で数少ない紫蘭と顔を合わせることのない場所である我が文芸部の部室。そこに着くなり俺は相変わらずメッセージを飛ばしまくっている紫蘭の通知をオフへと変更した。これでもう煩わしい思いをすることもない。近いうちにブロックもしようか。


「そうですか。……それにしても、今日はなんだか、少し顔色がよろしいようですね、藤川様。……なにかいい事でもあられましたか?」

「あー、まあ、いい事って言うかなんて言うか。肩の荷が下りた、って感じかな。ちょっと気が楽になってるからかも」


 そう少しうれしそうな微笑みを浮かべながら俺と会話しているのは、この部員たった二人の文芸部のもう一人の部員であり部長の東雲百合(しののめ ゆり)。いつも眼鏡をかけ、会話していない時はいつも何やら難しそうな本を読んでいる、知的な文学少女、といった感じの子だ。どことなく儚い印象を与える容姿で、実際病弱体質なんだとか。しかし相当な美少女で、学年の男子からは紫蘭と双璧をなす人気っぷりだ。しかし()()紫蘭と比べられているというのは、なんとも同情したくなる。性格込みなら圧勝なのに。男どもも見る目がなさすぎであろう。


「そうなのですか。……ひょっとして、恋ケ丘様の事ですか?」

「……相変わらず鋭いね、東雲さん」

「まあ、藤川様の悩みの種と言えば、恋ケ丘様の事ですから。ついに、ビシッと言われたのですか?」


 一緒の部室で一年以上過ごしていることもあり、東雲さんには紫蘭の本性を話してある。最初はかなり驚いていたが、今では良き相談相手の一人だ。


「いや、ビシッと言ったところで治るとも思えなかったから、絶交を言い渡してきたよ。これからはもう関わらない」

「……まあ。それは、思い切りましたね」

「でもこうでもしないと一生付きまとわれそうだからな、冗談じゃなく」

「そう、ですか。では、これからは恋ケ丘様とは一切関わらない、という事なのですね」

「そのつもり。……そういえば、文化祭の事だけど」


 これ以上紫蘭の事を話していてもしょうがないし、あまり話したくもないので話題を変える。


 この高校の文化祭は10月半ばに開催される。そして今は9月末。流石にそろそろこの文芸部もどうするか決めなくてはいけない。


「そろそろどうするか決めないとだけど。どうします、部長さん?」

「そうですね。今年は私と藤川様の二人きりですからね……。正直文芸部としては、不参加でも良いのではないかと」

「俺は別にそれでも良いけど……。一応、部活として参加できるのは今年で最後だし、部誌の一つくらい作った方がいいんじゃない?」

「それはごもっともなんですけどね。その……申し上げにくいのですけど、私、最近あまり体調が良くなくって。あまり色々やるのは少し厳しいんです」


 先に言った通り東雲さんは体が弱い。ただでさえ体調が良くないと言ってるのに、文化祭の準備で負担をかけるのは確かに良くないか。


「そういう事ならしょうがないか。今年はクラスの方をがっつり手伝う事にするよ」

「ええ、是非そうしてください。……さて、お話も終わりましたし、お茶でも淹れましょうか」


 とまあいつも通りのゆったりとした雰囲気で、二人でお茶を飲みながら読書や談笑をする。


 はあ、できるならずっとここにいたいくらいだ。そうすれば、紫蘭の事なんて考えなくてもいいのに。……いや、もう別に考えなくていいのか。十年以上も頭を悩ませていた問題なだけに、頭の中で考える習慣が染みついてしまっているようだ。さっさと忘れないと。


「ねえ、東雲さん。ちょっと質問というか、相談があるんだけど、いいかな」

「ええ、構いませんよ。どのような事でしょう?」


 俺は東雲さんに、頭から紫蘭の事を綺麗さっぱり消し去る方法を聞いてみることにした。聡明な東雲さんのことだ、何かいい方法を知っているかもしれない。


「そうですね……。今まで恋ケ丘様の事を考えていたのと同じくらい強く、何か別の事を想ってみる、なんていかがでしょうか」

「何か別の事を?」

「ええ。ありきたりなものだと、恋をしてみる、とかでしょうか。とにかく恋ケ丘様のことを考える余裕のない程に強く誰か、または何かを想っていれば、自ずと頭から離れていくのではないでしょうか。……なんて、参考になればいいですけど」


 恋、か。確かに今までは紫蘭の事で手一杯で、気になる女子ができてもそこまで考えられなかった。その相手に迷惑がかからない保証もなかったし。そう考えるとありかもしれない。


 ……気になる相手も、いないことはないし。


「なるほどね。ありがとう、参考になったよ」

「そうですか?それならばよかったです。……さて、そろそろ帰りましょうか」


 東雲さんのおかげで、なんだか明日からの目標が定まった気分だ。紫蘭がいないだけでこんなに色々考えられるなんて。こんなことならもう少し早く行動に移すべきだったかもしれない。


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