百合の慟哭
翌日。文化祭一日目――
「……さて」
まだ誰も来ていない早朝のとある教室。私は一つの席にそっと近づき、机についてある引き出しの中に用意していたものを入れ込む。気づかれるようにあえて半分はみ出させて。
これでやる事は終わり。怪しまれない内に自分の教室に戻りましょうか――
「そこまでよ、百合。待ちなさい」
「……え?」
*
「恋ケ丘様……どこにいらしたんですか?」
「掃除道具入れの中。けほっ、けほっ……埃っぽいわね、まったく」
そこくらいしか隠れることができる場所がなかったからしょうがないけど、もうちょっと考えるべきだったかも……。体中埃まみれだ。ま、ポカンと間抜けに口を開けた百合が見れたから、良しとしましょうか、
「あんた、今なにしたの」
「……ご自分で確認されればよいのではないですか? 別に、止めませんよ」
「あっそ。じゃ遠慮なく」
私は立花の席に無造作に突っ込まれたソレを取り出す。見た目は普通の手紙。でも、違和感がある。多分、悪意を持って観察しないと気づけないような、普通は考えもしないような違和感。
「ったく、どんだけ古風なのよ、手紙に剃刀仕込むなんて」
注意深く剃刀だけをはぎ取る。それでも少し指が切れてしまった。……ま、切られたのが私で良かったと思っておきましょうか。
「……はぁ、アンタもよく臆面もなくこんな内容の手紙書けるわね」
内容は、まあ想像通りの物だった。以前竣介が言っていたような、竣介に近づくな、消えろ、というような物。ものすごく丁寧な文章で書かれている所が却って怖い。そして、今回は――
「しっかり宛名に私の名前書いてるし……」
「あなたからだという方が、信憑性が高いでしょう?」
「……あのねぇ」
さて、そろそろネタ晴らしをしますか。
「私、とっくの昔に竣介とは仲直りしてるんですけど?」
「……はい? 冗談、という風には見えませんが……あなたが?」
「そうよ。立花に焚きつけられて、半分強制的にだったけど。だからこの前送ってた竣介の友達宛の手紙も私からじゃない事は説明済み」
呆然とする百合。……私が竣介と仲直りしたの、そんなに意外? 私ってそこまで頑固者だと思われてたのかしら……。ちょっと凹む。
「では、ひょっとして……もう、私の仕業であることは……」
「言ってないわよ。……言って欲しいってんなら、今すぐにでも言ってあげるけど?」
「いっ、いえっ……そういうわけでは……」
途端に弱腰になる百合。……こっちが素顔なはずなんだけどな、こいつ。まったく、恋ってやつは人を狂わせるわね、ホント。
「一応言っておくと、これからも竣介にこのことを言うつもりはないわ。アンタがこれからこんな事をしないって約束してくれるんなら、だけど」
「……しかし、それでは……」
「それでは?」
「私は、どうすればよいのですか……?」
「……はい?」
泣き始めた。それもかなり大粒の涙をボロボロと。
「私は、どうやって藤川様に振り向いてもらえばよいのですか……。私には、私にはなにもないというのに……。あなたや、立花様が近くにいては、私に勝ち目など到底……どうすればよいのですか……!?」
内容の是非はともかく、百合の叫びは悲痛だった。……百合だって本気で、竣介の事が好きだったんだろう。
「どうすればもなにも、普通にアタックすればよかったのよ。アンタ、竣介相手に恋愛相談したんでしょ? そこで竣介に教えた通りのことをすれば良かったのよ。まあ、でも……」
子供のように泣いてる百合にこれを告げるのはちょっと気が引ける。けど、言わないとこいつは前に進めない。ここは心を鬼にしよう。
「あいつは、昨日しっかり立花に告白したわ。……そして、OKを貰った。これの意味くらい、分かるわよね」
「そう、ですか……」
百合は私の言葉を聞いて、より一層涙の勢いが強まってしまっていた。でも、これだけはきっちり伝えないと。
「あのね、百合。……私も、アンタの気持ちはわかるわ。周りにレベル高い女子がいて、不安に思ったり、それを排除してしまおう、ってなるのは良く分かる。私だって、アンタがずっと嫌いだった。……私より、竣介と仲良かったから」
「……え?」
「まあ、アンタはむしろ私の方が竣介との距離が近いと思ってたみたいだけど。少なくとも私は全然そんなつもりはなかった。だから、アンタの気持ちはよく分かる。……でも」
「でも……?」
「やっていい事と悪い事があるわよ、このバカ。こんな事してまで竣介と近づいて、アンタはそれでいいの? こんな事したアンタを、竣介は愛してくれると思う?」
子供のように首をぶんぶんと横に振る。やっぱり、百合だって分かってるんだ。ただ、あとに退けなくなってしまってるだけで。
「そう。なら、こんなこともうやめなさい。まだ引き返せるわよ。私しか気づいてないんだから。……私も、今なら許すわ。あんたがしてきた色んなこと、全部ね」
「……なんで、です……? 私、あなたにも色々と迷惑をかけているのに……」
「確かに散々な目に合わされたわね。アンタが手紙出したりしなきゃ、竣介に絶縁宣言されたりすることはなかっただろうし。……でも、結果的にはそのおかげで仲直りできた訳だし。だから、私は許すわ」
言い終わった私に、百合が勢いよく抱き着いてきた。
「ぐすっ、……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「ちょっ、ちょっと百合!? あんたまで埃まみれになるわよ!? ……あーもうっ、分かったわよ、泣きたいだけ泣きなさい、ったく」
*
「あ、おはよう、竣介」
「お、おはよう。――いいのか?」
泣きじゃくりっぱなしの百合を文芸部の部室に突っ込んで、自分の教室に戻ろうとしていた時、偶然竣介とすれ違った。
「ああ、もういいわ。解決したから」
「いつの間にしたんだ……」
「ついさっきよ。あ、そうだ。……おめでと」
「……いつ知ったんだ?」
告白シーンを見ていた、とはとても言えないので適当にごまかす。
「昨日、立花からね。……色々あったらしいけど、丸く収まって何よりだわ」
「うん、ありがとな。紫蘭のおかげだよ。……ん? 紫蘭お前、その指どうした?」
切れて血の跡がついている私の右手に気付かれてしまった。はぁ、適当にやり過ごそうと思ってたのに。
「ああ、これ? ちょっとね」
「ちょっと、っておまえ……。ほら、こっち出せよ。絆創膏ならあるから」
「いっ、いいわよ、別に……」
「俺が良くない。ほら早く」
珍しく強情な竣介。なんか、昔もこんなことあったような……
「……はい」
「ほい、これで良し」
「ありがと。……じゃあ、またあとでね」
「おう」
さっさと自分の教室に入っていく竣介。なんなのよ、全く。私のこと振ったくせに。
――ま、そこが竣介のいいところだけど。
多分、竣介は一連の色々が百合の仕業だと知っても、百合のことを許すだろう。あいつはそういうやつだ。そう思ったから私も許したわけだし。
「って、いつまでもこんなこと考えててもしょうがないわね」
そう、今日から文化祭なのだ、せっかくの祭りの日に落ち込んだ気分でいるなんてもったいない。私は頭を切り替え、どこを誰と見て回るかを考えつつ自分の教室に戻るのだった。




