過去、そして告白
それは、今から約9年前、私と竣介がまだ小学3年生になったばかりの事――
「ねえ、竣介。ちょっと渡したいものがあるの」
「え? いいけど……珍しいね、なに?」
いつものように二人で下校していた時、私は意を決してそう切り出したの。
「ちょっ、ちょっと待ってなさい……あった、これっ!」
「手紙?」
「……うん。い、家に帰ってから読んでよ! 絶対読んでねっ、約束してっ!」
「うん。読むけど……直接言えばいいのに」
「そっ、そんな事できるわけないじゃないっ!」
「……?」
ピンク色で可愛いハートが散りばめられたデザインの便せんを、これまたハートの形のシールで封をしている、あまりにも意図が分かりやすすぎるソレを、震える手で竣介に渡した。……でも、貰った本人である竣介は、それの外観が意味することに気づいていないようだった。そのころの私は渡すのに手一杯で、そんなこと考える余裕なんてなかったけど。
*
「……え、それって……」
「そう。……いわゆるラブレター、ってやつよ。貰ったの覚えてないの?」
「えっと……全然」
「はぁ……呆れた。捨ててないでしょうね?」
「どう、かな……昔使ってたものを詰め込んでるダンボールに入ってる、かも……」
「まあ、あの頃の竣介にとっては、その程度の物だったんでしょうね。……中身を読んでもなお、それの意味に気づいてなかったみたいだし」
「いや、まさか……」
「じゃあ、続きを話すからよく思いだしなさい」
*
正直、その手紙にどんな内容を書いていたかは、私ですらうっすらとしか覚えてない。覚えていることといえば、ただひたすらに竣介の事が好きだって気持ちを書きなぐった、お世辞にも上手とは言えない恥ずかしすぎる代物だったってことくらい。ただ、その分そこに乗せた感情は、ストレートに伝わるものだった、と思う。それなのに、あの頃の竣介と来たら……
「ね、ねぇ。……ちゃんと、読んだ?」
「え? 手紙の事? もちろん読んだよ」
「そっ、そう……。その、へ、返事、は……」
「返事? ……嬉しかったよ?」
「えっ」
嬉しかった。その言葉を聞いた瞬間は、全身の血が沸騰しそうになくらい熱くなった。でも、その言葉の意味は、私が思っていたものとは違った。
「俺も、紫蘭と友達になれて良かったと思ってるよ。……でもなんで、あの内容をわざわざ手紙で? その、なんかあったっけ……?」
今にして思えば、竣介はこの時、あの手紙の内容を分かっておらず友情の再確認のような物だと読み取っていたのだろう。昨日あやめに指摘された通りに。ただ、あの時の私は緊張で頭に血が昇っていたこともあってそれに気づかなかった。断られたのだと思ってしまった。告白がそもそもできていない、という事だとは思いもせずに。そして、私は一瞬で怒りに支配されてしまった。……たとえ告白を断られたのだとしたって、怒るなんてダメなのに。やっぱりまだまだ、あの頃の私は子供だったんだろう。
「……あっ、あんたなんかもう知らないわっ!」
「えっ!? い、いきなりなんだよっ」
「いきなりじゃないわよ、この唐変木っ!」
「とうへんぼく……?」
「っ――、バカ、アホ、クズっ、さいってー男っ!!!」
*
「それからは二人して悪口言いながら取っ組み合いの大喧嘩になった、ってわけ」
「うん。その喧嘩はなんとなく覚えてる」
「その喧嘩は特に仲直り、みたいなことはせずお互い疲れて自然に停戦した。……今思えば、これがダメだったんでしょうね」
夕暮れの校舎で、紫蘭は自嘲気味に笑っていた。
「なあなあにしたつもりでも、私は引っ込みがつかなくなってしまった。だから、その……」
「あんな風な態度になっちゃった、ってこと?」
「……うん。……ごめん」
一回ちゃんと謝ってしまったからか、かなり素直に謝罪の気持ちを伝えてくるようになった。やっぱり、根はいい奴なんだよな……ただ、色々拗らせていただけで。
「いや、もういいって謝らなくても。確かに、気付いていなかった俺も悪いし……ん?」
なにかに引っかかる。違和感というか、見過ごしてはいけない何かを見過ごしているような……
紫蘭は、俺にラブレターを渡した。……ラブレターっ!!!?
「ど、どうしたの、急に慌て出して」
「い、いや、その……。俺、紫蘭にラブレターを貰ったんだよな」
「ええ、そうよ」
「いや、それって、つまり――」
「ええ、好きよ。今もね」
あっさり言われた。ただ、顔は真っ赤な辺り、やはり緊張してはいたんだろう。ってそんな風に紫蘭のこと観察してる場合じゃないっ! 俺は一体どうすればいいんだ!? 如何せん告白なんてされたことがない、……いや覚えてないだけで過去に一回紫蘭にされてるんだけど。どっちにしろうまい返答なんて思いつかない。
「………」
「な、何とか言いなさないよ……。またはぐらかしたら、ゆっ、許さないわよ」
「わ、分かってるよ! でもその、どういう返事をしたらいいのか……」
「素直に言ってくれれば、それでいいわよ。それ以上なにもないでしょ」
素直、素直に、か……。それなら、俺の返答は決まっている。ただ、ちょっと言うのに勇気が必要なだけ。でも、もう逃げるなんて許されない。ここは勇気を出そう。
「じゃあ、言うよ」
「え、ええ」
紫蘭もまた緊張でガチガチに固まっている。それでも、互いに目は合わせたまま。
「……ごめん。その気持ちには、答えられない」
「……そう」
紫蘭は、まるで最初からこの返事が分かっていたかのように、再び自嘲気味な笑みを浮かべた。
「ほかに、好きな人がいるんだ」
「そっか。……それって、あの立花のこと?」
「……よく分かったね」
「あんたと仲良い女子なんて、立花か百合かの二人くらいのもんでしょ。……応援するわよ、私。はなっから付き合えるなんて思ってなかったから。今のは、ちょっと過去に一区切りつけたかっただけ」
そうは言いながらも、紫蘭の目はうっすらと光っている。でも、紫蘭の告白を断った俺には、それに触れる資格はないだろう。だから、せめて普通の友達のように……
「ありがとな。……帰ろうぜ。もうすぐ下校時間だ」
「……うん」




