もう我慢の限界です
「で?用事ってなによ、竣介。私忙しいんだけど。さっさとしなさいよ、どんくさい」
「ああ、単刀直入に言うよ。――もうお前と関わりたくないから、これからは話しかけてこないでくれ。じゃあ、話は終わったから。じゃあな。さっさと行けよ、忙しいんだろ」
俺、藤川竣介は今日、放課後の教室で幼馴染の恋ケ丘紫蘭にそう告げた。幼馴染として生活して10年近く。今まではあの数々の暴力的な発言に耐えてきたが、それも今日までだ。
「は、はあ?!いきなりなに言ってんの!?」
流石に予想外の発言だったのか、目を丸くしている。なんともいい気味だ。
長い黒髪、一見するとおしとやかそうな顔。所作も基本的には丁寧で物腰も俺以外には優しい、いわゆる大和撫子、という奴に見られているらしい。それでいてスタイルも抜群で、おそらくこの学校のほとんどの男子が一目置いているだろう。
とまあこうして改めて正面から向き合うと確かになかなかの美人だが、性格はとんでもない最低女だ。俺以外にはうまく隠しているみたいだが。本音を言えばその性格の最低さを彼女の知り合い中に広めて回ってやりたい所だが、まあいまはそこまではしない。とりあえず、俺が紫蘭の罵詈雑言誹謗中傷人格否定だらけのモラハラ発言から解放されればそれでいい。
「なにって、今言った通りだよ。もうお前の暴言も聞きたくないし、関わりたくないんだよ」
「ふっ、ふざけないでよ!そんな事が許されると思ってんの!?あんたみたいな奴にそんな事言う権利あると思ってるの!?そっ、それに第一、あんたなんかと仲良くしてくれる女子なんて、私くらいしかいないでしょう!?どうしてそれなのにそんな事言えるの!?バカなの!?死にたいの!?」
ほらこんな感じだ。まったく、その発言は鏡を見て言って欲しいものだ。
「逆に、今までのあの発言の方こそ、許されると思ってるのかよ?こっちはずっと耐えてたんだ。もう解放されたいんだよ」
紫蘭とは、小学校低学年のころからの付き合いだ。家が比較的近かった為、一緒に登下校するようになった事がきっかけだった。
始めは、普通の女の子だった……はずだ。あんまり覚えていないけど。いつからだろうか、事あるごとに俺の行動言動すべてに文句をつけ始めたのは。最初の内はまあ反抗期みたいなもんだろう、と思ってやり過ごしていたけど、結局何年たってもそのまま。俺もまあ紫蘭にもなんかあるんだろう、と思って耐えてきたけれど、先日ついに堪忍袋の緒が切れてしまった。
理由? 簡単なものだ。俺じゃなく、俺の友人にまで文句をつけ始めたからだ。
今までも俺の交友関係に口を出した事はあったけれど、今回は事情が違った。何せ俺にだけ、まるで陰口のように言っていたのに、遂に相手に伝わるように言い始めたからだ。
もちろん紫蘭本人の口から直接言ったわけじゃない。手紙を渡したのだ、その友人に。友人曰くそこにはそれはもう見るに堪えない罵詈雑言によって、要約すると「藤川竣介に近づくな」という事が書かれていたという。
それを聞いて俺の堪忍袋の緒は完全に切れてしまった。今までは俺に対してしか何かすることはなかった。まあそれならばいつか大人になれば改善するかもしれないし、何より俺以外に迷惑かけてないし、と容認してきたが流石にこれは許せない。手紙を貰ったあいつも相当ショックを受けていた。それはそうだろう、何せいきなり誰とも知らない相手から手紙をもらったかと思えばそこに書いてあったのはただの罵詈雑言とモラハラ発言。いったい俺が何をしたのか、と思ってしまって当然だ。紫蘭が差出人であろうという事は伝えているが、まさかそんな、と信じられない様子だった。まあ、彼から見れば紫蘭は学校でも人気の大和撫子なのだ。信じられないのも無理はないだろう。
「じゃあな。明日からは、朝の迎えもいらないから」
「はあっ?!な、なんでよっ!いきなりなに言いだすのよ!?さっきも言ったでしょっ!あんたにそんな事言う権利ないって!いいかげん気づきなさいよ!このグズっ!バカ竣介!」
そんな風に喚きながら俺に掴みかかってくる。その目には純粋な疑問と、やり場のない怒りのような物がまるで怨念のように強く籠っていた。いや、怒りたいのはこっちの方だよ。
「なんで、ってお前本気で言ってんのかよ。はあ…… 分かんねーなら、別に分かんなくていい。一生気づけずにいろよ」
「え……?」
こいつ、まさか本当に何が理由でこうなってるのか分かってないのか。地頭は良い癖に、なんでこういう事には気づけないんだ。もっと物分かり良いと思ってたんだが、残念だ。ここで気づいて謝ってくるならまだ考えてやらん事もなかったが、これじゃしょうがない。どうやら俺の近くにいては頭を冷やせないようだし。ほっとくのが得策だろう。
「じゃあな。……さよなら」
「ま、待ちなさいっ、竣介!待って、お願いっ……!」
何か喚いているけど、もう俺には関係のない話だ。紫蘭の手を少々強引に振りほどき、喚いている戯言を右から左に聞き流しながら、俺はさっさと教室を後にした。
これでやっと、俺も自由の身だ。




