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第六章 「由佳里」

第6章「由佳里」


シーン1「鮮血のリフレイン」


―――5年前。

 それは確か、私と由佳里が出会った1学期の後半、そう、私たちが二人で頻繁に外に出掛けるようになってからだった。

「由佳里ちゃん、いつもありがとうね」

 放課後のいつものような保健室の団欒、保健室の先生は穏やかそうに羽佐奈の面倒を見る由佳里に感謝をした。

「いえいえ、羽佐奈ちゃんと一緒にいると楽しいから。ねぇ?」

「うん、いつもありがとう」

 保健室の先生から見ると不思議だったろうけど、どこか気が合うところがあったのか、この頃になると二人は放課後になっては羽佐奈のための勉強会を開いていた。

 ここでは三人であるからあまり深い話しを保健の先生はしなかったけれど、先生は由佳里と二人きりの時に詳しいことを聞いていたことがあった。それはその頃の由佳里が他の生徒に対してリーダーシップを取れるくらいの協調性や情報判断能力があり、同じ学年の中ではしっかりとした自我を持っている方だったからだ。

「由佳里ちゃん、よく羽佐奈ちゃんと一緒にいてくれるのね? どうして?」

 保健の先生は、一番羽佐奈のことを知っていたから、だからこそ由佳里にあえてそんな質問をした。それは昼休みのこと、本来であれば他の生徒達とわいわい楽しい昼休みを過ごすところをどうしてか羽佐奈と二人での時間を大切にしているのか由佳里は、羽佐奈のいる場所へと向かっていた。最近になって頻繁に見ることになった変化であったからこそ先生は聞かずにはいられなかった。

「羽佐奈ちゃんはね、凄いんですよ! すっごく覚えが良くって、この前も漢字ドリルの問題一時間のうちに4ページ覚えちゃって」

「そうなの」

 それだけでなんとなく由佳里が面倒見のいい生徒であることがわかった。

そして同時に保健の先生が疑問に思っていたことに由佳里自身も気付いていたことに静かに先生は驚いた。

「由佳里ちゃんは、羽佐奈ちゃんの病気のことは知ってるの?」

「うん、去年まで入院してて学校行けなかったって。だから毎日学校に来るのが楽しみなんだって言ってたよ」

「ふふふっ、そう。それは由佳里ちゃんが一緒にいてくれるからね」

「えっそうかな? でも羽佐奈ちゃん、先生が優しいからとっても助かってるって言ってたよ?」

「そうなの、それは嬉しいわね」

 生徒にとってはデリケートなことであったが、しっかりと中傷することなく話が出来たことに先生は安心し、由佳里のことを信頼することも出来た。だからこそ、それから由佳里が頻繁に保健室に訪れることを叱ったりすることを先生はすることはなかった。


「学校って大変だね・・・、することいっぱいあって」

 羽佐奈はノートと睨めっこするのに疲れたように上を向いていった。

頭上には強く光を放つ蛍光灯の明かりと、一面の白い壁が眩しく映った。

「そうだよね・・・、4年生になったらもっと勉強の時間増えちゃうから、こうしてる時間も遊ぶ時間も減っちゃってやだよね」

「うん・・・、そういえば、由佳里ちゃんのお母さん、明日誕生日なんだよね?」

 羽佐奈は気がついたように話を変えた。

「そうだよ」

「どんなことするの?」

 羽佐奈は間髪入れず少し言葉足らずに聞いた。

「お父さん仕事遅いから、明日はお母さんと妹の三人かな」

「お父さん遅いんだ・・・、お母さんの誕生日ぐらい早く帰ってきたらいいのにね」

「そうだね・・・、今仕事忙しいみたいだから、私が寝ちゃう時間くらいに帰ってくるの」

「それじゃあさ、ケーキとかどうするの?」

 ちょっと身を乗り出すくらいの勢いで羽佐奈は聞いた。

「どうしようかな・・・、去年はお父さんが買ってきてくれたから考えてなかったや」

 由佳里は羽佐奈に言われて初めて重大に事に気付いた、由佳里は“う〜ん”と頭を捻った。しかし考えを引き出す前に先に羽佐奈が言葉を見つけた。

「それじゃあ、明日学校終わったら買いに行こうよ。私のお父さんが誕生日の時にね、ここのがおいしいのよって紹介されたお店があって、そこのケーキとってもおいしいの。

 本当は私もお父さんも凄く泣いちゃって、ケーキの味とか全然わかんなかったんだけど、でも凄く思い出に残ってるの」

 羽佐奈は少し興奮気味に教えてくれた。それだけ思い出深いということなんだろう。

由佳里は簡易的に羽佐奈の家族の話しを思い出した。

「それ、おいしいの?」

「うん、絶対おいしいよ」

 羽佐奈はいつになく自信たっぷりそうだった。

「そうなんだ、じゃあ、連れて行ってね。お母さん喜んでくれると思うし」

 その時の由佳里にはそれほど羽佐奈が家族を大切にすることの意味やら感情を、それほど理解はしていなかったけれど、時折見せる母親の喜ぶ姿が見れるならと承諾した。

“そういえば、この頃の私はどうして由佳里がそこまで優しく接してくれていたのかに気付いていなかったのだ”

だから、その無慈悲な優しさへの恩返しがしたくて、私は無意識にそんな約束をしたのだろう。

そう、私はやっと由佳里のために役に立てると、友達らしいことがしてあげられると浮かれていたんだ。


 次の日の放課後の保健室で二人は出掛ける準備を済ませていた。

「それじゃあさ、せっかくだからうちに遊びに来てね」

「うん、わかったよ」

 羽佐奈は登校途中に由佳里からせっかくだから誕生日会に来るよう誘われたのだ。

 二人はこの後の待ち合わせ場所をいつも登校時に使う場所に決め立ち上がった。

「あら、もう行くの? 今日は早いのね」

 保健の先生は二人が出掛けるのを振り向いて見ながら言った。

「はい、今日は由佳里ちゃんのお母さんの誕生日会なの」

「そう、なら楽しんでいらっしゃい」

 先生は喜びながら応えた。

「それじゃあ行ってきます」

 二人は一緒に挨拶をして保健室の扉を閉めた。そして保健室にはドアが閉めると同時に薄れていくように二人の笑い声が響いた。元気そうな足音と共にやがて保健室はいつもの静寂へと戻り、涼しげに白いカーテンがゆっくりとした動作で揺れていた。

                    *

 まだ同じように帰ろうと歩く生徒達を余所に二人はしゃぎながら校庭を抜け出していく。

二人の中にはすでに他の生徒のことなど意識になく、ただ自分たちのこれからの事に心躍らせていた。

 校舎を抜け通学路を校舎とは逆方向に進んでいく。やがて繋いでいた二人の手は離れ一旦自分たちの家へと戻った。


 待ち合わせ場所に先にやってきたのは羽佐奈で普段とは違う落ち着きのなさで由佳里のことを待っていた。

 やがてロングスカートを履いて足をバタバタとさせながら石段に座っていると遅れて由佳里がやってきた。

「遅れてゴメン〜!」由佳里は小走りしながらやってきた。

 それから二人は一軒家の建ち並ぶ住宅街を抜けて一つ離れた街の商店街へと向かった。

「ちょっと羽佐奈ちゃん早いよ」

 年相応のはしゃいだ声で由佳里が声を上げる。陽は徐々に傾きうっすらと街並みに影を映し出している。

「早く!早く!」

 囃し立てるように羽佐奈が振り返りながら声を上げて横断歩道を通っていく。

 目的地のケーキ屋さんはもうすぐの場所だった。商店街の入り口付近のその場所は割と車の通りが多いが、今日は普段よりまばらで穏やかだった。


 ―――そして、横断歩道は半自動的にその色を赤に変えた。


 一瞬止まる音と時間、羽佐奈の視界には由佳里の姿だけが映っている・・・、はずだった。

「「えっ?」」

 二人の声は重なって、何かがいつもと違うことに気付いた。

 羽佐奈は先に赤信号になる直前で渡っていて由佳里は完全に出遅れていた。

 

 ――――次の瞬間、スローモーションのように由佳里が右方向を向いて視界にはいるのと同時、放物線を描きながら高速で走るソレはもの凄いブレーキ音を上げながら由佳里を弾き飛ばした。


 バンッ!! 体感にして0,5秒後にもの凄い道路とバイクの車体がぶつかり合う音が街並みに響き渡る。

 跳ね飛ばされた由佳里の身体は二メートルほど吹き飛び、羽佐奈が呆然と立ちつくしている間に道路から引き上げられていた。

「おい! 大変だ! 救急車を!!」

 男の人が声を荒げながら辺りの人に呼びかける。

 あまりに現実感のない突然の衝撃に羽佐奈は呆然と立ちつくしてしまう、そして、ふと時間が現実を呼び起こすようにようやく状況に気付いた羽佐奈が声を上げた。

「由佳里ちゃん!!」

渡りきってしまった横断歩道の反対側へと声を上げる。羽佐奈の視界からも膨大な量の血が由佳里の身体から流れるのが見えた。羽佐奈は涙で視界が掠れそうになるのを必死に押さえて、信号が変わるのを待った。

信号が変わって羽佐奈は必死な表情で由佳里に駆け寄った。


「由佳里ちゃんーー!!」


 駆け寄った羽佐奈の手に流れ出た血液が付着する。しかし羽佐奈はそんなことには気にせず声を掛けた。


“お母さん!! お母さん!!”


 痛みに覚めた由佳里は激痛ゆえに叫びを止めることはなかった。


“お母さん!!! 助けて!! お母さん!!!」


 神経を通ってあらゆる感覚が身体の痛みを訴え、どうしようもなく叫び声を上げて泣いた。血は通常の致死量に届くのではないかと疑いたくなるほどの出血量に達し救急車が来るまでの応急処置を施してもなかなか止まることはなかった。



由佳里は依然として泣き叫んでいて、私は最初どうしたらいいかわからなくて自分も一緒に泣いてしまいそうになった。

でも地面を流れる血溜まりを見たとき、その意味が分かった。

   “ああ、助けを求めてるんだ”

私は居ても立ってもいられなくなって、血だらけの由佳里の胸に抱きついた。

既視感もあったんだと思う、私とって血はもの凄い恐怖感があったし、見るのも苦しく抱きつきながらも必死に目を閉じた。

 でも、その現実から逃げたくなかった、だって、いつも助けて欲しかったのは私自身だったから、だから、その涙を見ているのはとても辛かった。


“逃げないの? 羽佐奈ちゃん・・・

お母さんじゃないのにどうして羽佐奈ちゃんは逃げないの?”


 由佳里は本当に驚いたようだった、それが母親以外では初めての体験だったのだ。


 “みんな逃げるよ 血がとっても怖いから どうして羽佐奈ちゃんは平気なの?”


「わからないよ・・・、でも逃げちゃダメだから、私、由佳里ちゃんともっと一緒にいたいから、怖いけど、でも逃げちゃダメなの」


 子供心に、度胸だけは凄かったんだと思う、私は由佳里から流れるを血を体に付着させられながら、それでも抱きついた腕を放したくなくて、必死に目を閉じて時間を忘れるぐらいの怖い時間を過ごした。


シーン2「理解の砂」

 事故の後、私は由佳里に私が去年まで意識不明になっていた原因が自動車によるひき逃げ事故であることを告げた。由佳里の場合はバイクが相手で相手の人も心配してくれたけど、私は自分の中の記憶と無意識にシンクロしていたようで、由佳里が同じような境遇になってしまうのではないかともの凄い恐怖感のために必死だったのだと教えた。

 最終的に由佳里は出血はあったけれど無事で、夏休みが終わる前には退院することができ、私が心配するようなことにならずに済んだのだった。

 

 由佳里が私のことを特別視して見るようになったのはそれからで、私たちは次第に仲良くなって、それからいつの間にか親友同士になっていた。


 いろんな記憶が交錯するようにリフレインを起こす。


 そして今回も同じように由佳里が危険な目に遭ってしまったこと。


 それはもはや変えようのない現実で、私は起こってしまったことを後悔するしかなかった。


 赤いランプが大きな警告音を上げながらノンストップで道路を走る。

 私は呆然と座っているしかなかった。やがて余計に響く音にも慣れて、私は意識を無くしながらも荒く息を吐く由佳里の姿を細目に見た。とても苦しそうなその表情は、一度見たら頭から離れそうになかった。


 由佳里が“多血症”患者だと知ったのは子どもの頃の交通事故からしばらく経ってからだった。


 多血症。正式名称、赤血球増多症。

 多血症には、(1)血漿量けっしょうりょうが少なくなることによって赤血球の濃

度が高くなるものと、(2)全体の赤血球自体が増加するものがある。

(1)を相対的多血症といい、下痢、嘔吐などにより水分が失われ赤血球の数は増えていないが結果として血液中の水分が減ったことにより相対的に赤血球の数がふえた状態をいう。これは基本的に水分を補給すれば回復し特に問題になることはほとんどない。

 (2)を絶対的多血症といい、何らかの原因により赤血球が実際に増えている状態のことをいう。絶対的多血症には更に分類があり他の病気が原因となり赤血球が増加するものを二次性多血症とよび、原因が不明で赤血球が増加するものを真性の多血症とよび、赤血球だけではなく、白血球や血小板なども増加する。このことから骨髄の異常増殖性の病気と考えられている。

 症状としてはめまいや耳鳴りなどのほか、鼻の先やくちびる、ほほ、指先、結膜などに濃い赤みでることもあり、鼻や歯肉から出血することもあり、脾臓がはれてしまったり、高血圧になる人も少なくなく、10数年経過する間に、がんや感染症などを併発することもある恐ろしい病気である。

 真性の多血症の場合の治療としては、赤血球が正常値になるまで、瀉血といって、身体の外に血液を抜くことを繰り返す。これにより体内貯蔵鉄が減り、赤血球が産生できなくなるため、次第に瀉血量を減らすことも出来る。

しかし治療を辞めてしまうと元に戻ってしまうので、化学療法剤などで骨髄の造血作用を抑えなければならない。

 

 由佳里は幼い頃から“真性の多血症”を患っており、その治療は密かに今も続いていた。

どこまでも由佳里から流れる血液のイメージが頭の中でリフレインされる。それはあまりにも残酷で、あの時の私を安心させようとする笑顔には、血を抜くことにさえ慣れた由佳里の強さがあったのだ。

 私はそのことに、ずっと気付いていなかった。それは私の中で明確な罪悪感として頭の中に残っていて、流れる血に怯えて震えてどうすることも出来なかった自分が悔しかった。

 そして、それでも感謝してくれた由佳里を大切にしようと決めたのだ。

シーン3「trust you―決意の始まりー」

 どれだけ時間が経っただろう・・・。

 私は手術室の前でずっと俯いたまま待ち続けている。

 ふと足音が聞こえて私は顔を上げた。

「羽佐奈!!」「あっ、お父さん」

 私はぼんやりとした意識のまま、焦った表情でやってきたお父さんに答えた。

「大丈夫か、由佳里くんが事故にあったって」

「うん・・・、まだ中だから・・・、何も分からなくて」

 お父さんは軽く返事をして私の隣に座った。

「何時間ぐらいだ?」

「もうすぐ、二時間かな・・・」

 お父さんが幾つか質問をして、私は静かにそれに一つ一つ答えた。


 それからまもなくして由佳里は集中治療室を出て一般病棟に移された。

 お医者さんももう大丈夫だと言ってくれた。その人は係付けの人ではなかったみたいだけど、由佳里の病状のことは分かったようだった。

 救急車の中では荒く息をしていた由佳里はここではもう随分楽に呼吸していて、私は一応の安心を得ることができた。私は病室のイスに座って由佳里の右手に触れる。まだ少し冷たいその手からは人の身体としての温かさが伝わってくると同時に沢山の気持ちが溢れてくるようだった、手に繋がれたままの輸血用の針、半透明の緑色をした呼吸器、どれもまだ由佳里を救うには大切なもので、早く目を覚ましてくれることを祈る事しかできない自分はどこか歯がゆかった。

「早く目を醒ましてくれるといいんだがな・・・」

 お父さんが隣で呟いた。

「大丈夫だよ、由佳里は強い子だから」

 私は少し強く手を握って言った。

「時間もあるからな・・・、俺は少し車に戻ってるよ」

 そう言ってお父さんは病室を出た。私はどうしても離れることは出来なくて、もう少しだけと思ってその場に残った。

 病室の窓の外には月が月光を照らし出し、暗い夜の空で輝いている。

 

 私が心配するほど容態が悪かったのかどうかはよく解らなかった。でも最初に見つけたものとしても、親友としても、原因を作ったものとしても、どうしても離れることはできなかった。

「・・・・・・羽佐奈」

 かすかに呼吸器を通して声が聞こえた。私はたぶん泣いていたと思う、由佳里は薄く目を開いて顔を横に寄せて私の顔を覗いた。

「由佳里!!」

 私は意識を取り戻した由佳里に声を掛けた。

「大袈裟だよ・・・、心配性なんだから」

 由佳里はまだ眩暈がするだろうけれど、頭を上げて呼吸器を外した。

「大丈夫なの・・・・・・?」

「うん、ずっとそばにいてくれたの? ありがとうね、羽佐奈」

 生気を取り戻した由佳里の表情はあまりにも優しく慈愛に満ちているように見えて、本当は辛いはずなのに、それでも私を安心させようとしてくれていることが嬉しくて堪らなかった。


“ううううぁぁぁっっっ!!”


堪らずに私は由佳里の膝の上に頭を押しつけて泣いた。

「私っ、わたしっ!!」

「そんな泣かなくたってどこにもいかないよあたしは・・・」

由佳里は私の頭に左手を添えて髪をゆったりとした心地で撫でた。

それはとても心地の良いものであったけれど、でも私の感情を抑えることは出来なかった、私は頭を上げて、思いの淵を叫んだ。

「でも、私のせいで由佳里は!! 私がもう少し気をつけていたらこんな事にならなかったのに・・・!! 私、勝手に手紙をイタズラだって思って、勝手に決めつけたりするから・・・、由佳里がそんな追いかけるようなことするって想像できなくって、全部止められたのに!! 誰も犠牲にならずに済んだのに!!!」

 涙で声が擦れそうになりながらも、私は必死に状況を踏まえられず声を上げた。

「そっか・・・、いろいろ考えててくれたんだ。


―――守りたかったんだ、羽佐奈のこと。かけがえのない親友だから。


 でも、結局また私が助けられちゃったね。かっこ悪いね、なんだか。

そんなに深く考えてなかったんだと思う、油断してたんだよ、だからこんなことになった、これは私の責任だから。羽佐奈がそんなに責任感じなくったっていいんだよ」

 私のことを落ち着かせるように何度も由佳里は私の髪を撫でた。私はなかなか泣きやむことが出来なくて、看護師さんが慌ててやって来るまでの間、ずっと悔しい思いで泣き続けた。


「私は悔しかったんだよ・・・、また由佳里をこんな目に遭わせてしまって」

「うん・・・、私は羽佐奈が一番私のことをわかってくれたから。

私、前に一度指を切ってね、ほんの事故だったんだけど・・・、全然血が止まらなかった。瀉血の時期が近かったからだと思うけど、でも私はちっとも動揺しなかった。小さな子どもだったのに・・・、周りにはそれは不思議がられて、怖がられて、迫害されることがあった。

 周りの子はみんななぜか逃げちゃって、それで、私おかしいんじゃないかなって思ってたの、普段から血を抜いて、それが日常だったからそれほど苦痛にも感じなくなって、でもそれは他の人とは違うことだったんだなって。

 でも羽佐奈はわかってくれた、あんな危険な状態だったのに逃げないでくれた、それでいて私の身体の事を理解してくれた。だから私、羽佐奈の抱えていることを少しでも多く知っておきたいと思ったの、そうしたら恩返しにもなるかなって思ったし、一緒にいて全然飽きないくらい毎日が楽しかったから。

 そんな気持ちがあったから、あの事故の後でも変わらずにそばにいてくれたことは本当に嬉しかった。懐かしいことだけどね、夏休み前の事故で良かったと思う、二学期の始めには何事もなかったように笑っていられたから。

 あれだけの大量の自分の血を見ても怖くはなかったし、凄く痛かったけどもしもこのまま死んじゃったらって考えも浮かばなくて、子どもだったからただ叫ぶことしかできなくて、でも羽佐奈がそばにいてくれたから大丈夫かなって段々思えるようになったよ。

 羽佐奈がいてくれたから、私は少し強くなれたと思う、そんな気がするんだ」

 病室で検診を受けながらそんなことを由佳里は話してくれた。


 そして二人で話しをしながら漠然と私は一つの結論に至ろうとしていた。

でもそれは私を危険な運命の渦へと引き込もうしていることに薄々気づいてしまった。

 すっかり長居をしてしまって追い出された私は、お父さんが待つ車へと歩を進めた。

「随分待たせちゃったな・・・」

 メールも無視しちゃってたし、と思いながら暗くなった駐車場を早足で進んでいく。

「お父さん、ごめん待たせちゃって」

 コンコンと運転席の窓を叩いて私は声を掛ける。

「意識戻ったんだって?」

「うん、もう大丈夫だからって追い出されちゃった」

「まぁ、それほど深い傷じゃなかったからな・・・、目を覚ますのに時間は掛かったけど、後遺症もないだろう」

 さも平然にお父さんは言った。なんだか簡単に納得は出来なかったけど、そんな反論をする気にもなれなくて、私は何も言い返さず助手席でシートベルトを締めた。


「ねぇ、お父さん」

 病院を出てしばらく、信号で車が止まったところで私は声を掛けた。

「どうした?」

「この前会ってた刑事さん、畑山刑事さんの連絡先を教えて欲しいの」

 簡単に教えて貰えるだなんて思わなかったけれど、私は自分の思いを止めるわけにはいかず思い切って聞いた。

 

 “そして、これが私の戦いの始まりとなった”


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