第五章 「血溜まりの公園」
第5章 「血溜まりの公園」
空気は澱んでいた
辺りは静まりかえり
ただ水滴のしたたる音だけが夜天の広場を包む
どこまで続くのか
どこへ向かうのか
向き先も見えずに
帰り道もなくただ素行に流離う
野鳥の声を聞いて振り返るように空を見上げる
一瞬の速度で自分の上を通過し姿は見えなくなった
いよいよ始まる
やっと手がかりを見つけたのだ
どれだけこの町を歩いたか・・・
しかし同じ時間を生きてきたのだ
再会はとびっきり豪勢なものにしよう
微笑が止められない
もうこんな惨めな生業はごめんだ
すべて 今日で終わりにしよう
君はどんな声で泣いてくれるだろうか ただ今は懐かしい想いと共に
再会の時を待とう 夜明けはもう近い・・・
シーン1「文学者感情論議」
「昨日はどうしてたの?」
「うん? いつも通り図書館だよ」
「そっかぁ、よくあんなに本沢山読めるよね」
「あははっ、好きだからね、由佳里あの本読んでくれた?」
「う〜ん、文庫本にしては難しいよね・・・、ベターなファンタジーの方がまだ読みやすいかも、ちょっと登場人物の年代高くない?」
「えっ、でもちょっとおじさん世代っていうのが面白くない?」
「まぁ確かにね、ヒッチハイク成功しなかったり、恥ずかしそうに風俗街に歩いてみたりね、あれは滑稽だわ」
「そのちょっとずれてるところというか、変にうまくいかないところが面白いんだよ」
「おっさん三人でロクな楽しみ方ないような気がするけどね」
「何よ、ルパン三世だって男三人じゃない、要は読み手のイメージの仕方よ、あれぐらい自由じゃないと波線の繋がり方だって面白くないじゃない」
「確かに、ありゃ運命に導かれてるわ、常お金ない中で物語進んでいくのに、いつの間にかうまく物事が転がっていたりするのよね。飛行機で大移動する経緯なんてビックリだし」
「最初はライブのチケットを道端で拾うのよね。
そこのライブで元カノの雛菊と再会して」
「実は雛菊は空港勤務の仕事をしてるんだよね、それでなんとか飛行機に乗れないかと交渉する」
「でもそれもトラップだったんだよね。飛ばされたのは目的の場所とは全然別の場所であってその見知らぬ所から彷徨うことになって」
「結局は雛菊にまんまとしてやられて、雛菊の狙い通り、お使いのようなことをさせられてしまう」
「でも、唯一の救いがそのお使いが旦那の居住に行くことで、その旦那さんがいい人だから事情を説明するとなんとか目的の場所まで行けるようになるんだよね」
「・・・本当、予想できないんだけど、全部意味があって、ちゃんと話しが繋がっていくところが好きなの。このおじさん達の旅は終わり無く続いてくれたらいいなぁみたいな、そういう面白さというか愛着を持っちゃうんだよ」
「うん、まだ途中だけどなんとなくわかるかな、まだキャラクター的にもそれぞれ掘り起こす部分もあるだろうし、そう思うと華やかでなくちょっと地味でも、長い目で見ると愛着の持ってしまうんだね」
長い話しはなっているけど、今は由佳里との登校途中でこの話しは小説「団子利の片道」の話しである。私のお薦めということに今は由佳里に貸していて、実際かなりの長編なのだが由佳里も頑張って話が出来るくらいには読んでくれている。
自由な感じの旅だと、長く続けば続くほどホームドラマのように思えてくる。
でもこの物語の良いところはちゃんと一本線に繋がっているところで、時々思わぬ波線を拾ったり補完したりするのだが、一応時代が現代ということに気付き安くは配慮されている。
「由佳里は昨日はバイトだった?」
実際には中学生だからお手伝いにあたるのだが私は由佳里に聞いた。
「いや、買い物したぐらいで後は家でのんびりしてたかな。
それでね、いいアクセサリーあったんだけどね、店員さんに聞いたら私が気に入ったのとは別のおすすめされるのよ、しかも背伸びした年頃ですか? っていうのよ、それぐらいのアクセ今時誰だって付けるっての、あの店員絶対時代遅れだって」
「そうだったんだ・・・、で、結局それは買ったの?」
「いいや、別の店で買うことにした、やっぱり買うときはいい気分で買いたいじゃない」
「そりゃあそうだよね・・・」
私は少々呆れながらも由佳里の話しを一通り聞いた。
「あれ?」
下足箱の前に着いて、私が靴を脱いだところに異様な異変を感じ取った。
何かが違う、いつもは感じることのない違和感、何かありえないものが行き来した後のような、どうしてか存在の伺えない残留した思念を感じる。
いや、もちろんそんな具体性のある何かを感じ取ったわけではないのだが、どうしてか変な気配から自分が置き去りされていくような感覚を覚えた。
「どうしての羽佐奈? 何かあった?」
「うん? あ、ごめん」
私は大丈夫と合図をして下駄箱を開いた。開けて手を入れるとまた予期しない感覚が手に触れた。
「またラブレター?」
「そうかな?」
私はその違和感のある手紙を取り出した。
「ちょっとそれ何? イタズラか何か?」
一瞬、黒魔術か何かを思い出した、でもよく見ると作りもあまり巧妙とは思えないのでイタズラだろうと思った。差出人の名前も特になく普通人が使わないような材質かつ色の紙だった。
「親愛なる赤津 羽佐奈様へ・・・か、これだけで異常者じゃないかって思うけど、中開けてみる?」
「うん・・・、反応を楽しむだけのただのイタズラだとは思うけどね」
私だってロクでもないファンレターぐらいは何度かもらったことはある、今では事務所が多少なりとも精査したものしか渡されないけれど、最初の頃は何の分別もなく渡されていた。
私としてはあまり見る気もないのだけれど、チェックぐらいはしておいた方がいいとうるさいから目は通すようにしていたのだ。
ともかく、さっきの違和感といい、あまりこのタイミングでこの奇妙な手紙はいい気分がしなかった。
私は急かされるように生徒の通り過ぎていく下駄箱の前で手紙を開く。
何かの紋章だろうか、いかにも妖しそうな朱印で手紙は閉じられていて、剥がそうとすると臭いが鼻にまで漂ってくる。
中から出てきた紙はまるで犯行声明か儀式にでも使いそうなほど手の凝った、かつ不審さ拭えないようなものだった。
二枚の紙を重ねたように裏面は真っ黒の紙で表にはノートのように一行ごとに線が引かれた白い紙だった。
奇妙さは尽きることがない、メッセージは字で書かれた物ではなく切り取った紙が貼り付けられて構成されていた。文体のないメッセージはまるで不自然で、かなり読みづらく多くの文字が貼り付けられている。
「本当・・・、ブキミだよね、これ、なんて書いてあるのかな・・・」
「こんなの、元々読ませる気なんてないんだから気にしない方がいいよ」
私はあまりに奇妙なまでの手の込みように嫌気がさして一度文章に目を通すと由佳里に投げ渡した。
「ちょっと羽佐奈、これどうするのよ!」
「どうせイタズラの類いよ、手の込んだことして驚かすか自慢したいだけなんだから。
こんな低悩なことしか思いつかないような人の指示に従う事なんてないわ。
由佳里、時間の無駄だから早く行こう、気にしちゃダメだよ、私だって良心の足りない手紙ぐらい貰ったことはある、仕事にしても、学校にしても、人間どうやったって恨まれたり蔑まされたりすることはあって然りだから、気にしないで」
私は言い捨てるようにして言葉を言い放つと下駄箱を閉めて廊下へと突き進んだ。
私が言葉を告げる間、由佳里は手紙を見つめたまま立ち止まっていた。
ようやく見つけた
肉体地に還りても 心潰えず探し続けた
真実知りたけば17時に鐘の鳴る公園で待つ
そこですべての痛みを分かち合おうぞ
文章として比較的簡単で読み取れたのはそれだけだった。
由佳里は私がもう一度声を掛けるまでずっと見つめていた。
「変に呪われたりしたら大変だから、早く捨てといてよ」
私は普段はしないような投げやりな言葉で言った。
どうしてかイライラが収まらない、もしかしたらと思ってしまった自分が嫌になる。
真実という単語一つで私は何か大切な知らせでもあるのかと期待して勘違いしそうになる。
もう気にしないでおこう。私は由佳里を急かすように先々教室へと向かって歩いていった。
*
妙な不安感を残したまま授業を受ける私に二限目が終わりを迎えた頃、クラスメイトの由紀奈が私に話しかけてきた。
「ちょっと話しがあるから、お昼一緒してもいい?」
あの事件以来由紀奈から話しかけられたことはあまりなかったのでいい気分はしなかった、ただ内容が重要であっては困るので今は断りようがないと思った。
「由佳里が一緒でよかったらね、今日はお弁当一緒に食べる予定だったから」
「うんわかったわ、それぞれにも声掛けてあるから、煩わせて悪いけど覚えといてね」
「わかった、お昼にね」
今まで学校では見たことがないぐらいの由紀奈の真剣な表情に私は驚いた。
きっと冗談とかではなさそうだな・・・、私は避けられない展開の重さを感じた。
私は由佳里と軽く話しを済ませると席に戻って移動教室の準備をして教室を出た。
*
昼休みになって間もなく、私と由佳里、それに由紀奈、瑠美、詩澄、友梨が一緒に揃って円陣を組みように机をくっつけてそれぞれのイスに座った。
「最初に言っておくわ。私はトンネルの中で瑠美を狙った犯人を捜し出すつもりよ」
まだ瑠美が退院して一週間も経っていないのにこんな話しが瑠美本人のいる前でされること自体想像も出来ないことだった、しかし表情からしても口調のしっかりしたところからしても冗談ではないようだ。
「本気なの?」
私より先に由佳里が声を上げた。
「あぁ、ゴメン、由佳里には大体の事情は話してあるの、黙ってはおけなくって」
部外者だと思われていた由佳里に対して冷気のような視線が上げられるのが押さえられず、私は状況を補足した。
「それは別にいいけど、むしろ無関係でいられないから迷惑掛けるわね」
「それは大丈夫だって・・・、うん、でもどうして?」
「警察の捜査に任せっきりではいられないってこと、ここにいるメンバーだけで情報を共有し調査をすることにするから」
「それはどう考えても危険でしょっ」
由佳里は予想外にも一番感情的に反対の声を上げた。
「私も気持ち的には反対だよ」
由佳里の後に私も声を重ねた、私も少なからずそうだけど、あまりに唐突さを感じていた、しかし由紀奈の本気さが伺える口調や表情からして、とても簡単な決意ではないように思う。
「やっぱり連続して事件は起こっているわけで、これで事件が静まるとは到底思えない。
それは分かるのだけど、私たち中学生が直接相手に出来るほど簡単ではないと思う。
瑠美はどう思うの? 調べることを了承したようだけど、また同じようなことが起こるとも限らないんだよ?」
「確かに前回だって私は凶悪犯であることを知っていて、用心をしてみんなで調査をしたわけだけど、結果は知って通りだった。
でも私は思う、まだ何も終わっちゃいないって。危機意識のない人がまた襲われ被害に遭うぐらいなら、私たちで尻尾を掴みたい。
同じ犯人だという共通点あるし、手口だってそれほど変わってはいない。由紀奈が悔しがる気持ちだってわからないわけじゃないから」
「そんな・・・・・・」
私は改めて意志の固さを知り唖然とした。
私にはもうなんとか協力して、被害が出ないことを祈るしかない・・・。
「羽佐奈さんは怖い?」
「友梨ちゃん? 突然何を・・・」
「無関係でない人がどんどん被害者になっていく。
こんな身近で事件が立て続けに起こることなんてそうそうないもの」
「そんなこと・・・」
「羽佐奈、これ以上は反論にならないよ」
由佳里が諦めたように言葉を口にした。
「由佳里!? いいの? もう無関係ではいられないんだよ?」
「友達を守りたいって気持ち、悔しいって気持ち、わからないでもないもの。
それにこうして相談してくれたってことは頼りにしてくれてる証拠でもある。
これ以上被害を出さないためにも・・・」
「これ以上事件に関わる人を増やしたくない。
最近は学校側だって対策を打ち出して街は段々活気を失ってきてる。
私たちが行動する意味は大きいし、とても大切なことになるはずよ」
あまりにもうまく言いくるめられた気がしてならなかった。
由紀奈の最後の言葉、それきり私は反論することが出来なくなった。
かくして昼休みの内に計画は立てられ、放課後を迎えた。
*
シーン2「憑依体、秘めたる刃を」
3時を過ぎた時間だというのに公園は静けさに包まれ、不穏な空気が流れていた。
最近の無差別殺傷事件の影響はこの風景を見ても明らかで、すでに民衆レベルで浸透していた。
緑の禿げた木々の間を私たちは前後を確認しながら言葉も交わさずに歩いていく。
私は中でも不機嫌そうに、巻き込まれ損を感じていた。
どうしてこんなに無意味にも関わろうとするのか、あなた達程度に解決できるような問題でもないし、戦うすべがあるわけでもない。
家のベッドで寝ていれば何の影響もなく過ごせるのに。
ただうちで大人しくすることも出来ない、その興味本位の感性がどうして止められないのか・・・。あまりにそれは哀れな実情、引き返すこともできず、ただこのジメジメとした時間を過ごすしかない。
私も、どうしてこんな事に巻き込まれているんだろう。
もう意見をする気にもなれずにいた。
「それじゃあ瑠美と私はここに残るから、西エリアを友梨と由佳里で、東エリアを赤津さんと詩澄で探索を始めるわよ。
集合は1時間後の17時、疲れたら戻ってきてもいいから、それぞれ無理はしないように」
揃って公園を一周したところで由紀奈は手分けして探すことを告げた。
「羽佐奈? 大丈夫?」
由佳里が心配そうに私を見つめていた。
「大丈夫、ちょっと呆れてただけ。
みんな本調子でもないのに、よくここまでできるなって」
「羽佐奈、もしかして・・・」
「違うよ、違うよほんとに、もちろん解決したい気持ちはあるよ、ただ無理をしているって分かるから、私はそれを一番遠いところから見てるんだよ」
「そうだよね・・・、羽佐奈はほんとに優しい子だもんね。
ちょっと私も不安だった、関わることになったのも最後だったし」
いろんな事を考えようとするとその不安とか、悩んでる事実というのだったりが顔に出てしまう、まだ私も全然子どもなんだろう、こんなにも由佳里を不安にさせてしまうなんて。
私はただ誤解の無いように言葉を選んで、由佳里を納得させることができた。
ちょっとそれだけに神経を使ってしまって、恐さとかは簡単には拭えなかった。
「羽佐奈、もしも私が・・・」
「えっ? なに?」
「あっ、ごめん、なんでもない、気にしないで。
それじゃ、お互い無理のない程度にね、帰りにクレープでも食べようね」
由佳里は何かを言いかけて、でもその言葉を押さえて友梨ちゃんと共に歩いていった。
*
由佳里の姿が見えなくなって、私も詩澄と一緒に東エリアへと歩き始めた。
「最初は関連性なんてないものだと思っていた」
「えっ?」
「事件の一つ一つもテレビで映し出されている対岸の出来事。あたし達には全然関係のないことだった。
そうね、瑠美にしても由紀奈にしても、最初は興味本位だったんだろうって思う」
「それはそうだろうと思うけど・・・」
「あたしにとっては不思議かな、みんなが真剣になってくれたこと、あの体験をしたあたしにとっては嬉しかったよ、本当の意味で信じてくれたんだって思った。
みんな、あの時は関連性とかも考えず、半信半疑だったと思うから」
本当にこれは予想外だな、正直、詩澄がこんな話し好きだとは思わなかった。
それはもちろん一部分しか見ていなかったというのもあるけど、そんな風に考えてたんだ・・・。私はまた自分の考えの浅はかさを実感した。
まるで人を下に見ているような思考回路、反吐が出そうになるほどだ。
「詩澄は、本当にそんな幽霊がいると思う?」
「あたしが見たというのは事実だよ」
「それじゃあ、ドライバーなしで自動車が何食わぬ顔で走行するなんてことが本当にあると思ってるってこと?」
「下手なオカルトを信じてるわけじゃないけど、あんな走り方、例えあたしがドライバーがいるいないを誤認していたとしても、普通の免許持ってる人間はしないと思う」
ジリジリと頭の中を電気が走るように何かが掠める。
まだ、確かに私は記憶しているのだ。
でも私は未だ信じることが出来ない、いや、そんな不可思議信じてはならない。
そんなものが真実であるはずがないのだ。
だってそのために私は・・・。
「霊感があるんだってね、赤津さん。それは信じられるの?」
「そんな大それたものじゃないと思う、ただ私は事故で打った衝撃で、悩の一部ないし、五感に変化が生じたんだと思ってる。
感じないはずの違和感を覚えたり、洞察力であったり、確かに前にはなかった感覚があるの」
「エスパーみたいなもの?」
「お医者さんは精神思念体のようなものが、解明されていないながらも物質以外で存在している、または物質そのものが放出しているのだろうって。
私の場合はそれを検知する力が高く、過敏に反応してしまうのだろうって」
あまりに曖昧な表現の連続で言っている私もめちゃくちゃだなぁっと思ってしまう。
しかしどうしてかこんな適当なことを、少なからず詩澄は信じた。
一時間ほど東エリアを満遍なく探したが、結果として手がかりとなりそうなものは何も見つからなかった。
「無駄足だったね」とちょっと安心したように、お互い口を揃えて時間に間に合うように、私たちは由紀奈と瑠美の待つ場所へ戻ることにした。
*
由佳里と友梨は公園の西エリアを歩いていた。
中央に位置するトンネルを何事もないまま、軽く見る程度にして抜け、木々の立ち並ぶ間を歩いていく。
冷たい風を阻害するものもすっかりなくなり、冷たい風が二人を襲う。
それはあまり長居はしたくないほどの寒さで、とても足取りを早くは出来なかった。
「楠原さんって、赤津さんと仲良いですよね」
「そうね。最初にあったのが小3の頃からだから、それがどうかした?」
由佳里は普段は無口な友梨が自分から話しかけてきたことに驚きながら友梨の方を見た。そこにばっと枯れ葉を払うように秋風が二人を真横から突き抜ける。その瞬間友梨の長い髪も風と共に揺れ、一瞬笑ったかのように見えた友梨の表情が見えなくなった。
ダランとした髪が友梨の顔を張り付く、しかし友梨はそのまま身じろぎせず口を開いた。
「赤津さんは昔、事故にあったんですよね?」
「そう聞いてる・・・、小さい頃に事故にあって、それで小3、そう、私と出会ったのが最初の年だったんだよ。それまではずっと病院にいたみたいで」
「それじゃあ、どうして赤津さんはあんなに頭がいいんですか? おかしいですよね? ずっと病院にいて、まともに教育を受けていないはずなのに」
「それは人それぞれの適正だと思うけど・・・、出会った頃は私が勉強を教えてたから。それで徐々に伸びていって。気付いたら今の状態になったんだよ」
「ふふふっ、だとしたら類い希な天才か超能力者ですね・・・。DIQ数値、いわゆる偏差値知能指数が異常に高いって事でしょ? ひょっとしたらトーマス・エジソンやアインシュタインのように変質な触媒かもしれないですし・・・、それに、事故にあったのは頭部だったんでしょ? それ、きっと偶然じゃないですよ、あまりにも出来すぎです、いずれボロが出ますよ、幸せなのは今の内だけです」
「友梨? 一体何を言って・・・」
「もっと教えてください・・・、赤津さんのこと・・・、どうしたら赤津さんのように優秀になれるのか・・・、どうか私に教えてくださいませんか?」
友梨が人通りのない舗装されていない木々の間に立ち私の方を振り返った。その瞳は朱く染まり、眼光は鋭く私を捉えて放そうとしなかった。
「楠原さん、幸せは一人のものじゃない、そう思いませんか?」
「友梨が何を言ってるのかわからないよ・・・、でも、羽佐奈は単純に幸せとか不幸せとか偶像的なことで括れる友達じゃない、沢山苦労をして、沢山悩んで、いろんな人と出会い別れて、成長して今があるんだから。それは確かに実感している時間は私たちより少ないかもしれないけど、だけどずっと私たちより立派に、精一杯に生きてるよ」
友梨は木々で盛り上がり、少し段差になっている先からため息をついた。
「そう・・・、結局あなたも赤津さんの味方なんだ・・・、みんな強い人の元に集まっていくんだね・・・、私は永遠に影の中、でも、そんな私にも一つだけ出番をくれたから。この機会を、存分に楽しませて貰います、あなたの命と引き替えに・・・」
次の瞬間、ザワザワと木々が強く揺らぎ始めた。
「ちょっと、何よこれ?!」
由佳里は驚いて周囲を周り見る、そして風の音にまじって、ソレは鋭く由佳里の身体へ向かって突き刺さった。
「どうかお許しください。これも私の使命です、運が良ければ命までは取られないでしょう」
友梨は笑みを浮かべながら悠然と由佳里の横を通って公園の先へと通り抜けていく。
「“痛っ!!”イタイって・・・、そんな・・・、一体何が起こって・・・、あなたが・・・、友梨がそうだというの・・・・・・、あぁ・・・、痛みが広がって、意識が・・・」
由佳里は通り過ぎていく背後を見ること出来ず、救いの手を求めながら意識の途切れそうな中で膝をついた。
*
シーン3「あの頃のように、まだぬくもりが感じられるなら」
12月の空は日が落ちるのが早く、太陽は力を失ったように徐々に姿を萎ませて沈んでいく。公園の辺りには日が落ちていくごとに冷たさが増し、風が冷気をはらませて容赦なく吹き荒れる。
17時の鐘と共に羽佐奈は不穏な予感を感じていた。
「二人、遅くない?」
「友梨と由佳里ね・・・、西エリアの方の探索をしているはずよね」
ずっと待っていた由紀奈は羽佐奈の質問に答えた。
「やっぱり探しに行った方がいいんじゃない? 約束は約束だし」
瑠美は考えを決めかねている由紀奈に言った。
一分一秒ごとに私の不安は膨らんでいく。それは今朝下駄箱の中に入れられていた手紙があったからだ、公園に来ることになっても出来るだけ考えないようにしてきたことだった。でも約束の17時を過ぎて、私は安全なこの場所にいて、何も起きなかったと安心しようとしている・・・。たぶんそれは間違っている、推測でしかないがあの手紙はこの学園の生徒が書いたもの、そしてその狙いとするところを考えると・・・。
「ごめん、やっぱり私、二人のこと探しに行くよ」
結局結論として私はここで立ち止まっていることなんてことは出来ない。
「ちょっとそんな焦らなくても・・・」
「いいよ、二人はここで待ってて、待ってくれてるんだと思うから・・・」
「そんな、一人は危ないって話してたじゃない?! ちょっと赤津さん!」
私は二人の話を聞かずに走り出した。じっとしてなんていられない・・・、どうせ狙っているのは私なんだ、私さえ行けば!! 危険な目になんて合わせない。
真実を知りたければ 17時に鐘の鳴る公園で待つ
真実なんてしらない、そんなのデタラメに決まってる、虚勢ばかり張って卑怯なことばかりをする、陰湿極まりない行動。私が行かないと! 一体何が起こるか分からない。
私は由佳里の心配だけをしながら公園を走り抜けた。
「―――ハァハァハァっ」
200mほどを走り抜けて息が荒く激しくなる。鐘の音はすっかり聞こえなくなり、3m近くある時計に付けられた針は17時から5分が経過していることを教えてくれた。
公園に吹く風は一層冷たくなり、空は朱く色を染め上げそこかしこに影を作りだしている。
「“由佳里”!!」
サッと空気が抜けるように、音が消え去っていくように落ち葉が音を立てて地面をすり抜けた。
そして“ドクン”と心臓が高鳴った途端一瞬の内に目の前の視界は“赤く染まった”。
「きゃぁぁぁぁ!!!!」
目の前の光景を否定したくて悲鳴を上げる。それ以上近づかなくても由佳里が傷ついていることは分かった。地面にまで染み渡る鮮血の痕がどうしようもなく私を膝つかせてしまう。
「大丈夫だよ、羽佐奈・・・・・・」
あまりにか細い声で、でも今の私には鮮明に、心に響くようにその声ははっきりと聞こえた。
「“由佳里”!!」
私は涙声で名前を呼び、倒れている由佳里の元へ駆け寄る。
「はははっ・・・、ゴメンね・・・、それなりに頑張ったんだけど、犯人逃げしちゃったよ・・・・・・、運動は人並みに出来るつもりなんだけどなぁ、やっぱり油断してたんだろうね」
由佳里は“ハァハァ”と息を切らしながら、ゆっくりと言葉を重ねた。すでに瞳からは涙が滲んでいて、それはよくわからないけど安心しきったような瞳だった。
「全然今はそんなこといいんだよ・・・・・・、この怪我、全然大丈夫じゃないよ」
私は由佳里の前で座り込んで、何時ぶりかわからない大粒の涙を流した。
「“久しぶりだったから・・・、この量は仕方ないよ”」
血が抜けて白くなった表情、地面にまで染み渡る出血量、胸には鋭くとがったナイフが突き刺され、今もダラダラと血を流している。
「あんまり近くによると汚れちゃうよ? それとも、これ、取ってくれるの?」
「ゴメンネ・・・、私はまた・・・、こんな事しかできなくて・・・・・・。
今、抜いてあげるから・・・、凄く痛いと思うけど、我慢して・・・・・・」
「大丈夫、羽佐奈がしてくれるなら・・・」
私は悲鳴を上げながら、必死に震える手先を押さえながら、ただこれ以上由佳里を傷つけないよう勢いよくナイフを引き抜いた。
その一瞬、由佳里の悲鳴と共に鈍く肉からごぼっと血液と共にナイフが抜ける音で吐き気がするほどに嫌気がした。
「はははっ・・・・・、また助けられちゃったね・・・」
由佳里は力なく笑顔を見せて言った。
「由佳里はいなくならないよね? 大丈夫だよね?」
「どうしたの? いつもみたいにしててよ・・・、それとも昔のことでも思い出した?」
「私、何も分からなくて・・・、今も、どうしたらいいかわからなくて・・・」
「そんなに驚かなくても・・・、傷口はそんなに深くないから大丈夫だよ。
昔と同じだね・・・、私が多血症だからって・・・、これぐらい全然致死量には到底足りるもんじゃないから・・・、ちょっと見た目悪いかもしれないけど、たまたま瀉血の時期が近かっただけだから・・・、えっと、そういうことじゃないか、羽佐奈は血は結構だめな方だっけ」
由佳里の傷口からは今も止まることなく鮮血が流れる、その量は常人ではもちろんわからないけれど、視界を包みほどの赤で、とにかく沢山の血液が、それはそれは怖いぐらいに流れている。
そして、空からは何が悲しいのか、雨がポツポツと私たちの前に降り始め、髪を濡らし、流れる血液を拡散させる。雨は次第に強くなり、由佳里の身体を冷たくさせる。
私はただ、大切な親友を失わないようにと強く願った。
「私は赦さないよ絶対に・・・、私の大切な人を傷つける奴を・・・」
一瞬、時計の針がカタンと音を立てる音が聞こえた
「赤津さん!!!」
次の瞬間、大きな声で後ろから私を追って瑠美と由紀奈がやってきた。
「あっ・・・、ああっ・・・、また私・・・」
「いいんだよ・・・、羽佐奈が一番に来てくれたんだから」
気付いたら過ぎてしまった時間、私は結局、由佳里の目の前で泣いているばかりで、気付けば由紀奈が救急車を呼んでくれて、私が顔を上げたときには大きなガタイをした救急隊員が来ていた。
それから私は、薄汚れ、体を濡らしたまま、目を赤く腫れ上がらせたままで救急車の中に同乗した。




