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第一六章前編「海岸都市へ」

2010年明けましておめでとうございます。

ここからまた物語も佳境へと進んでいきます。

二万字越えたので前後編で分けました。


羽佐奈sideと敏夫sideが絡み合う展開をどうぞお楽しみください

第16章「海岸都市へ」


シーン1「Ghost Message」


12月24日

「長い夢を見ていた気がする・・・」

 カタンカタンと時計の針の音が響く。帰って来ると眠る準備をする余裕もなくベッドに倒れ込むように眠ってしまった。そのせいで夜中に目が覚めてしまって二度寝するのも難しくなってしまった。何もする気にもなれないほどの虚脱感がずっと私を襲い、寒さで起き上がる勇気もない。

「司・・・、どこにいるの? もう、日付が変わっちゃったよ・・・っ」

 夢が覚めても司はここにはいない、夢の中ではあんなに近くに感じられたはずなのに、あまりの現実とのギャップに涙が止まらない・・・、連絡の来ないままイブの日を迎えてしまった、一段と今日は寒さが増している、私はぎゅっと布団を握りしめて寒さに耐える。

 私は成長していないのかもしれない・・・、私は私を演じているに過ぎないのかもしれない・・・、届けられたらよかったのに、私の全部を・・・、今更思っても身体は疼きはしない、やっぱり私には司としか考えられない・・・、守っていたつもりなのに・・・いつの間にか私が司に支えられていたことに気付いて、ただそんな当たり前のことに気付いて、愛おしさが一層私を襲うだけだった・・・。

 やがて泣き顔のまま瞳を閉じて、再び私は夢見の世界へと堕ちた。


「どうしたの? ずっと見てるねそれ」

 あれ? 何の記憶? 夢の中で私は我に返る、また私は夢を見ているようだ。

 おもちゃ屋さんの中? 何かごちゃごちゃしたものが狭い店内にぎゅうぎゅうに置かれている、ゲームのカセットやキャラクターのお面、ボードゲームやプラモデル、無数のおもちゃがあまり丁寧に整頓はされずに所さましと並べられている。

 小さな姿をした私は男の子の声に気づきもせずにずっとショーケースの中を覗いている。

 私はそれを目を凝らして見た、男の子も小さな私も私自身も同じ方向を向いている、それはある種不思議な現象に思えた。

「このカード?」

「うん」

 私がこうして瞳を奪われるほどに興味を持っているのは男の子がこのカードゲームのカードを沢山持っていて遊んでいるのを見ていたからだけではない、むしろ小さな私は一枚のカードの絵柄そのものに惹かれていた。

「とってもキレイ・・・・・・」

 目の前のショーケースの中に丁寧に展示されている光り輝くカードを見て感嘆の声を上げ感動の気持ちを伝えた。

「イイシス・ハリストスだよ、凄いレアカードだよ、初期のだからもう手に入らないんだ」

 そういって少年は小さな私が興味を持ってくれたのが嬉しかったのが丁寧に説明をした。「そんなにすごいものなの?」

「うん、友達でもぜんぜんもってるひといないよ」

 ホログラムって言うんだっけ、見る方向を変えるだけで光の見え方も色彩も変わる、7色の光が中心に向かって降り注ぎ、その中心で綺麗なドレスを着た真っ白い女性が映っている、それは見る角度によって姿も見えなくて、言葉に出来ないほど幻想的で現実では表現できない美しさを秘めているように見えた。

「欲しいの?」

「えっ? でもこれ他のより凄く高いよ・・・」

 予想を絶するほど、一枚のカードとは思えないほどのゼロの数の多さに小さな私は驚きのあまり動揺している。

「すごくレアだから、みんなほしがってるんだよ」

 みんな欲しがってるならいっぱい配ればいいのにとつい思ってしまう、でもそう簡単にはいかないんだよね・・・。なんか複雑。

「そんなに欲しいなら、いつかプレゼントするよ」

「えっ? ほんとに?」

「いつになるかわからないけどね、こんなにいっぱいほしがってるの見るの初めてだから」

 一体どれくらい見つめていたのだろう、ずっとその神神しさを見つめていた、だから男の子は痺れを切らしたのか、本当にプレゼントしたいと思ったのか、一つの約束をした。

それが本当にあったことなのか私にはわからないけど、何故かそのカードからだけはまるで生きているような色褪せることのない美しさを感じた。

 次の目覚めは恐れていたよりも自然なものだった、不思議と冷静で簡単に上半身を起こすことができた。時刻はすでに10時前で自分でも信じられないくらい熟睡していたようだった。

 そんなに疲れていたんだろうか・・・、今の身体からは把握できないけど、これ以上こうしているわけにはいかないことには気付いた。

「シャワー浴びよ・・・・・・」

 人には聞かせられないくらい寝起きの声で言って、私は名残惜しくもベッドから降りた。

 シャワーを浴びた後、バスタオルで髪を拭きながらリビングのテレビを覗いてみると丁度天気予報をしていた。

「今日は午後から特に強く雪の降る地域が多くなるため、スリップ事故対策をすると共に、暖かい服装を心がけ滑りやすい靴は控えるよう心がけましょう」

 アナウンサーの声に対する感想はそこそこ、それよりも画面に映っている雪景色の方が印象に残った、まだ降り積もってるとは言えないけど東京でも初雪が来るなんて・・・。

 私はとりあえず玄関の前がどうなっているか気になって玄関に向かった。

「うう・・・さむっ・・・」

 髪を乾かしてもまだ肌寒いことには変わりない、私は今年一番の寒さに耐えながら玄関の扉を開けた。バァーーと強い風が吹いて冷たい風が玄関に入り込んでくる。

「ちょっ?! ヒィィイィィイーーー!! 寒い! 寒い! 限界!!!」

 一瞬ふわっと中空の漂う雪が見えた気がしたが、寒さで感動を覚える暇もなく私は玄関の扉を閉めた。

「はぁ・・・・・・、こんな寒いとは思わなかった」

 さすがに迂闊すぎた、病み上がりでするようなことではない、外にはちゃんと重装備をしてでないと。

 そんなことを思っているとふと玄関に一通の封筒が落ちている事に気付いた。

「今の反動で出てきたのかな・・・、なんだろう・・・」

 私は何気なくその封筒を拾う、誰かからの手紙だろうか・・・、中に何枚かの紙が入っている感覚が指から伝わった。

「あれ・・・、なんか違うのも入ってるみたい」

 私はなんだろうと思いながらこのまま寒さに耐える余力もなく自室に戻った。

「えっ・・・・・・、何コレ・・・・・・っ」

 部屋のドアを閉めてそのまま無意識に手紙を見た私は不可解な内容に驚いた。普通の白い手紙だから誰かからの知り合いかと思ったけど、差出人がわかるような情報は表面のどこにも書かれていない。そして一番驚いたのは手紙の表の中央少し左にかかれた見たことのない一文字の難読漢字、全体を通してもあまりに殺風景なために何故か強調されて不気味さを醸し出していた。

「とりあえず・・・、中を見てみないとわからないよね・・・」

 確かに私に向けて送られた手紙なのだから自分で処理しないと・・・、私はすでにゾクゾクと冷や汗をかきそうになりながら、なかなかおぼつかない手で手紙を開いた。

 中から二枚の用紙が出てきた。一枚目は厚手の真っ黒な紙で表には血染めのような赤で何行かのメッセージらしき文章が、裏には奇怪にもひらがな50音が同じく赤字で全面を使って書かれている。

 二枚目は特に加工もされていなそうな白い紙でどこかの地図らしきものが書かれている。

 まるで黒魔術の儀式のような、そんな恐ろしさを秘めた一枚目の真っ黒い紙をもう一度見る、私はそこに書かれたメッセージを頭の中で読み上げた。


親愛なる羽佐奈へ


長い月日が過ぎた


ただ一つだけ約束を果たす方法を見つけた


17時の鐘が鳴る時


君の半身は僕の魂によって食らい尽くされるだろう


僕は君に最後の試練を与える


聖者には性なる生を、生霊には悠久の帰洛を

 

私は覚悟を決めないと行けないのだろう、これは犯行声明だ、それも私に向けられた、ずっと前から私を恨み計画的に私を陥れる方法を探ってきた人物。

 普通の人間でもイタズラでここまで手の込んだことはしない、この犯人は確実に私を狙っている、相手の本気さがわかると急に私の頭は冷静になった。

 もうすでに私の中から半端な甘えはなくなっていた。

 真っ赤な文字からは相手の真意はわからない、でもおそらく17時までに司を見つけないと大変なことになる、私はこの手紙の中からさらなるヒントを探ることにした。


 中から更に透明のパックに入れられた「1280円」の現金と「一枚のカード」が出てきた。手紙の重みからなんとなく中身はわかっていたが取り出しそれが現実の物とわかると余計に不可解さが増した。

 やはり何か大きな意図があってこのようなことをしているんだろう、幾つもの推理のための材料を用意して私のことを試している。このトリックなり思惑を理解しないとおそらく司の元へは辿り着けない、私は頭を働かせることに意識を集中した。

「これって・・・、もしかして夢の中で出てきた・・・」

 透明なパックの中に入っていた「一枚のカード」を取り出す。スリーブに守られたそのカードは夢の中で見たカードと同じを絵柄、同じ輝きを放っていた。

「イイシス・ハリストス、夢じゃなかったんだ、あの夢は本当にあったこと、私の失われた記憶・・・、このカードが私を導いてくれると言うの?」

 そして右下のカードの説明にはこんなことが書いてある。


 “聖者を導く時の予言者。彼女は48時間の試練の末、クリスマスの日もう一度蘇り聖者を導く”


 イイシス・ハリストス、この名前は今考えると日本正教会での「イエス・キリスト」の名前だ。おそらくこの説明は聖書を捩った創作だろう。

 しかしイエスという存在自体が考えや位置づけにより無数に広がっており、それをごっちゃにしてはあまりに恣意的なものになりかねない。

 歴史的なイエスの経歴を示す「ナザレのイエス」から見ても無数の研究資料があり、それ自体にもさまざまな解釈方法がある。

 描かれている絵も聖女マリアのもので、美化されたものには違いないだろう。

 イエスが生まれたのはクリスマスの日とされ、イエスは自らをメシアであると自称した罪によって十字架に掛けられロンギヌスの槍によってその生を終えた。その後、十字架を下ろされ墓に埋葬されたが、三日後の4月4日に大勢の弟子たちの前で復活したとされている。

 むしろ正教会ではこの4月4日の復活祭の方が重要視されている面もある、もちろん復活するというのは現実的には聖書のようにはいかず、思想としての復活だと私は思う。

 そこまで考えて、カードの説明はめちゃくちゃだ、まるでイエス自身を指していないかのような創作としての歴史引用に思える。いずれにせよ、この説明は解釈しようがないだろう、ただ、私には幼い頃見たという美しさがそのまま描かれていることに感銘を受けた。

 私は何も気付かずにカードのスリーブの裏を見た。

 身体全体をもの凄い寒気が襲った、そこにはひらがなのまだ幼さの残る字体で「たんじょうびおめでとう」とだけ書かれていた、何だろう・・・、凄く懐かしいような嬉しいような、私にはそれが大切なメッセージに思えた。

「ほんと・・・、まさかね、そんなことないと思うんだけど・・・」

 確かな記憶なのかはわからないけど、私の瞳の奥に一緒に話しをしていた男の子の姿が浮かんだ。

 私はカードを透明のパックの中に仕舞い、もう一度一番表の一文字の漢字に注目した。


“彁”


 ただ一文字、何の飾りもなく一文字の漢字で記されている。

 一見して難読漢字かと思ったが私の中で一つの予感が働いた、私は急いでパソコンの電源を付けてインターネットを開く。なんとか一文字の漢字から検索をし調べると答えは分かった。

 難読漢字などではなく、これは幽霊文字だ。JIS基本漢字に含まれる、典拠不明の文字、JISには60以上の幽霊文字がありその多くは「何に使われるのか分からない文字」とされている。

 その中でもこの字はまったく手がかりがない字とされ研究者の興味の対象にもなっている。

 大体の文字は調査により出所はわかっており、多くは地方にある駅の名前や地方の名前に表記されている。

「なんの意味があるんだろう・・・、場所を示すものには見えないけど」

 私は手がかりになりそうな物として手紙の二枚目に書かれた地図を取り出した。

 右半分くらいは左右を分断するように薄く塗られ、左側はいくつかのヒントと思しく地図記号や通路が描かれ、中央付近に朱印のような柄で先ほどの幽霊文字が一文字描かれている、もしかしたらここを目指せということかもしれない、他に目立ちような印もなく、それ以上のヒントを得られそうにはなかった。

 気付けば時刻は12時を過ぎていた、後5時間しかない・・・、まだどこにいるかもわかっていないのに・・・、恐ろしいまでの不安に襲われる。本来ならもうディズニーでデートしてるはずなのに・・・、今更振り返っても仕方ない想像に惑わされる。

しかし今は甘いことを考えてる場合じゃない、現実的な解決方法を考えないと。

意図の見えない脅迫状、謎の「あ」~「ん」までの50音の書かれた裏面、どこの町か分からない地図、使用用途の見えない「1280円」の現金とマリアが描かれたカード、そして封書の表、中央少し左に書かれた一文字の幽霊文字。

あまりに不可解な謎が多く、オカルトじみた内容でどう考察すればいいのかわからない。

 時間だけが無情にも過ぎ去っていった。

シーン2「守りたいもの」


 ―――私はもう一度考えた、どこに行くべきなのか。

 家の中にいては何も解決しない、そして相手は私と会うことを望んでいる。

 畑山さんには頼めない・・・、こんな怪文書を信じてもらうのも難しいし、物理的に解決できる問題ではなくなっている気がする。

 司さえ見つけられれば私はいい、司さえ無事でいてくれれば。

 私は急いで出掛ける支度をした。薄ピンクのセーターに小麦色のスカート、黒のストッキングを履いて白のコートを素早く着ると、パソコンの電源を落とし玄関を出た。

 寒いからブーツを履いたけど、危うく滑りそうになる。それほどに地面はすでに凍っていて、天気予報通り雪が降り始めていた。

 とりあえず私は駅へと向かう、私の推測が正しければそこにヒントがあるはず。

 一番近くの駅に着くと私は券売機の上を見た、そこには地図上に沢山の駅が値段表で書かれている、そこから私は「1280円」で行ける地方を探す。

 私の推測として相手は私の住所を知っていたのだから電車に乗って目的地に行くことも想定したはず、だから目的地に行くために予め手紙に入れられた現金が必要になるように仕組んでいると私は推測した。この微妙に遠いところまで行けるという金額、私はよく料金表を見て行ける場所を探した。

「あれ・・・・・・そんなっ・・・」

 私は驚き声を上げた、私は犯人がここを参考に作ってくるものとして想定した、だから行き先は一つだと思っていた。

「二つある・・・、1280円で行けるところが2つだけ・・・」

 もっと多ければ違った考えも浮かんだだろう、でもここで二つという限定的な数字が出てきたことで逆に推測の信憑性が上がった。

「二つ・・・、山岳部の私にもわからないような名前の駅と行ったことはないけど割と有名な私も知ってる最近発展してきている海岸都市の駅・・・」

 私は手紙の中に書かれた地図を取り出しもう一度確認した。

 地図にある風景、それは右側の薄く塗られた部分が海であるように伺える。

 そしてそこに描かれている海岸都市らしき地図には名前は書いていないが駅があることが記されていた。

「信じるしかないよね・・・、もう一度会えるって」

 頭上の地図と手に持った地図を見比べて私は目指す都市を想像する、あまりヒントは少ないが信じるしかない、そこに司がいることを願って。私はどんなことが待ち受けていようと司が無事であればいい、司を守るのが私の役目、司の幸せこそが私の願いだから。

「行こう、海岸都市へ!」

 私は券売機にお金を入れて切符を買う、時間からして戻ることは出来ないだろう、でもたとえやり直しが利かなくても私は進むしかない。

 改札を通り過ぎ電車を乗り私は海岸都市を目指す、長い一日はまだ始まったばかりであった。

                    *

シーン3「クリスマスイブ」


 街に雪が降っているのは予定外だった。

 ホワイトクリスマスと言えば聞こえはいいが地面は滑りやすく何より外を歩くのは寒さが堪える。それは隣を歩く涼子も同じようでマフラーで口を押さえ白い息を吐きながらもその寒さに耐えている。

「ねぇ、司くん行方不明なんでしょ? 捜さなくていいの?」

「一体どこから聞き付けたんだか・・・、誘ったのは君だろう?」

「だってイブくらい一緒にいるのが普通でしょ、こっちだって仕事が忙しくて大変なのに」

 特に目的地もないまま俺は涼子と街並みを歩く、道には同じようにカップルで出歩く人で溢れ陽気な空気が流れている。

「不思議よね、こういうときだけ仕事を忘れてもいいんじゃないかって思える」

「普段仕事に没頭されている人々がこうして何事もなく街を歩けるのだから、そう思うのも無理はないよな」

「ふふっ、でも本当はみんな隠してるけど普段から変わらないのかもしれないわね」

「大々的になるから特別に見えるってか、それもあるのかもな」

 クリスマスイブだからデートをさせられているという感覚は今はしない、ということはそれなりに自分自身も楽しめているということなんだろうか、早々に憂鬱なことから抜け出せるわけではないが、こうして時間を潰すのも悪くないと思えた。

 人通りの多い街並みを練り歩き、ショッピングによって特に建設的でもない話しをしながら盛り上がる、そんなことをしてしばらくすると涼子は一息付いたように立ち止まった。

「どうしたんだ?」

 俺は何事だろうと突然立ち止まった涼子を見た、今日一番の真剣な目をしていた。

「今日一日迷ってたのよ、どちらがいいのか。―――いいえ、本当はもっとずっと長く、会う度に考えてた、でもあなたには関係のないことだと決めつけてた」

 余程思い悩んでいたのだろう、涼子は遠くを見ながら言った。

「何の話しだ?」

 少し眉間にしわが寄るのを押さえられずに、しかし出来るだけ自然に俺は言った。今更何を話すことがあるというのか、涼子の抱え込みやすい性格からして薄々なんらかの予感は抱えながら、しかし具体的な回答が頭には浮かばず野放しにしてきた自分がいたことを忘れずにはいられなかった。

「――――会って欲しいのよ、緑に」

その言葉がスッと耳に入ってきたときだけ風が止まったような錯覚を覚えた。その意味するところがわからなくても今になってこんな事を言う涼子にはそれなりの考えがあるのだろうと思った。

「容体が一変したのよ、昨日からだわ。今になってどうしてって思うでしょうけど、でも現実に緑はまだ生きることと戦っているわ」

 それがいかに眩しく見えたのだろう、それがどれほどに切なく見えるのだろう、羽佐奈の倍も眠り続けてきたという少年が今になって起き上がろうという意志はあまりに異常に思えてならなかった。

「来てくれるわよね?」

「君がそれを望むなら」

 静かに意志は繋がれて、先ほどのデートの平和な時間とは一変して口数も少なくなった。俺と涼子は来た道を引き返し再び電車に乗り街を離れた。

「何も聞かないのねあなたって・・・」

「無理に聞かれるのは嫌いだろ? 君は大人だ、だから必要だと思うなら自分から話し出すだろうって俺は信じてるからな」

「またなんでも知ってるフリをするのねあなたは、それ、私だってたまに不安になるわよ、本当は興味ないんじゃないかって」

 涼子の息子、緑が入院しているという病院に向かうと途中、涼子は重くなった間を埋めるように遠回りをした会話をしていく。今更関係のない会話はできず、時折会話が止まることも否ともせずに目的地までの時間を過ごす。

  涼子はこの日のためかとは到底聞けないが軽く金髪に染めていて、実年齢に反してスタイルのいい涼子であるからこそ何の違和感なく見ることが出来た。もちろん年齢も近く見慣れていることから今更外見一つ変わったとして特別感情に変化が生じるわけではないが、マフラーに掛かる金色に染まった長い髪やじっと遠くを見るような目は少し今までより変わって見えた。

実感はなかったがこの歳になってマネ事ではない恋愛ができている自分に充足感を感じているのかもしれない、お互いが結婚を一度は経験していて失ったショックの中で一度は冷めてしまっていて、それでも無理に手を繋ごうとしなくてお互いを理解しあっていられる、従属せずとも関係を維持していられる、それは大きなお互いの支えとなっていた。

「お互い無理はしないというのが約束だ、必要とするときにいつだって力になる。

形式にこだわったりせずとも、俺は君を信用している」

「でも、ある程度予測できてはいるんでしょう?」

「君の口から聞かなければ知ってる内には入らんさ」

「それは意地悪ね・・・・・・」

涼子は苦笑いをした。クリスマスイブなんていう特別な日でなければ怒られていたかもしれない、俺は少し自分の発言を反省した。

「説明も実際に会ってからの方が早いかしらね、どれほど絶望的でもあなたは軽蔑しないでしょうし」

涼子の夫との会話を思い出す、涼子の夫は自分の息子を見守ることを諦めてしまった。

それは10年間眠りつづけるほどの仮死状態で、あらゆる手段を持ってしても治る保証はなく、生きるとも死ぬともいえない事態を延々と見守らなければならないという過酷さに耐えられなかったという意味で、涼子は自分が産んだという意味も大きい要因だろうが“諦める”という行為そのものを許せなかった。

二人は“いつまで見守ればいい?”という普遍的な疑問に対して延々と議論をしてきたことだろう、その議論は時間と共に明確な亀裂を生みどうしようもない歪みとなって二人を引き裂くきっかけとなったことは言うまでもない。

俺にだってもちろん同じような思考に至ったことがあることは否定できない。

ただ待ち続けるということがいかに苦難であるか、耐えがたいものであるかは俺自身が経験してきたことだ、そしてこれから再び同じように涼子の背負ってきたものを共有するということの重大さもじわじわと感じてきていた。

「今更俺に出来ることは少ないだろうが、会うことを拒む理由はないさ」

「一緒に居てくれるだけでいいのよ、あなたぐらいしかもう話せる相手もいないでしょうから」

 気休めでしかないことはお互いわかっていることだった、それが本当は涼子自身も諦め時を探しているように見えて、どこか俺は浮かばれない気分を感じていた。しかしそれを口にすることは衝突のきっかけになってしまう。俺は口を噤んで涼子自身が一つの答えを導き出すのを待つしか方法がないのだろうと思い内に秘めた気持ちを隠した。

 目的地の病院までは電車とタクシーを乗り継ぎ1時間ほど掛かった。タクシーを降りておそらく市内では一二を争うほどの大きな病院の前まで到着すると一息付くように涼子は立ち止まり、病院の入り口前の柱に右手を身体の支えにするように添えて、ふと口を開いた

「ねぇ、期待してるわけじゃないけど、聞いていいかしら?」

「どうしたんだ、ここまできて」

 すぐ背後に降る雪に“とにかく早く室内に入りたい”という叫びは覚えながらも、屋根はあるのでコートと頭が雪で埋まることのないという最低限の譲歩によって急いで病院内に入りたい気持ちを抑え俺は涼子の発言を許した。

「言いにくかったら言わなくてもいいわ。―――羽佐奈さんが目を覚ました時、どんな気持ちだった?」

 それは涼子にとって勇気ある質問だっただろう。“期待してるわけじゃない”と前置きをしているからこそ、その気持ちが分かる。それにそう言わなければ俺が自分から決して話すことはないと思っていたのだろう。

「ふぅ・・・・・・」

 俺は一度一息付いてタバコに火を付けた。雪の白と同じような白い煙が風にのって流されていく。

俺はこの期に及んでどう返すべきか悩んだ、求められた回答が自分とかけ離れていたらなんて余計なことを考えた、でも俺はそんな考えは一瞬で捨て去った、今更取り繕うことに意味はないだろう、それで何か運命が変わるわけでもないのだから。

「俺は確かに一度絶望していた、長い人生の中でもあの頃が一番酷かっただろうと今でも思う。恥ずかしい話し俺には羽佐奈しかすがるものがなかったからな。

 妻を失った俺には羽佐奈の成長を見るのが一番の幸せだったからな、妻が遺してくれた羽佐奈がいたから仕事を続けていくことが出来た。しかし羽佐奈の5歳の誕生日の日、俺の唯一の希望を、唯一の支えを無感情に通りすがったトラックは奪い去った。

 俺は怒りや憎しみよりも、圧倒的な喪失感に襲われた。生きているとわかっても、二度と目を覚まさないかもしれないと医師に言葉を濁さずに言われたとき気を失いそうになった。俺はショックで仕事を辞めたよ、仕事を続ける理由を見いだせなかった。幸いしばらくは貯蓄のおかげで代わりの仕事を探さずには済んだ、しかしそのおかげで俺は余計に羽佐奈のことを考えさせられた、気を紛らわすことができなかった。

 そういう深刻さにおいて俺は君の夫と同じく信じることさえ諦めていたかもしれない。

 眠っている時間が長ければ長いほど目を覚ましてもリハビリに時間が掛かる、例えまだ子どもだとしてもそれは重大な問題だった。だから時間過ぎるにつれ絶望感を抱くのは必然的だった。

 ただひたすらに微かな希望だけを願って俺は待ち続けた、いや、ただ生きることも死ぬこともできないだけだった。だから俺は絶望せずに仕事を続ける君が立派に見えるよ」

「私のは生きるためよ、女一人で生きていくのは大変なのよ。それに私は夫を否定していたから、否定し続けるために我慢してきたのよ、見下されるのは嫌だから」

 涼子は自慢もなしに言い切った。俺にはマネできそうにないがその女らしさは涼子らしく清々しいものであった。

「だとしても君の考えは立派だよ。――――少し前置きが長くなったな。

 始めに看護師から言われた時は本当に信じられなかったよ、俺は急いで羽佐奈の元に向かって今までなかったような荒々しい呼吸を見て生きようと必死に藻掻いていることを実感した。俺は考える前にただひたすらに叫んだよ、羽佐奈に声が届くように、恥ずかしさも通り越して縋るように叫んだよ。

 もう考えることに飽きていたから、その時はひたすらに願った、だから目を覚ました時、何を考えたかなんてわからない、ただ生きていることを確かめるのが精一杯だったよ。

 羽佐奈が生きているという実感も、それからの事を考えたのも目を覚ました後だった。

だからある意味今の俺は羽佐奈によって生かされているんだろうと思う、羽佐奈なしではやり直すことも考えてこなかったのだから」

結局洗いざらい話してしまった、俺はそれ以上話せることもなく、寒さを堪えるのにも限界を感じ病院の中に入った。出入り口の灰皿の前で最後のタバコを吸って涼子を待つ。少し遅れて涼子も病院に入ってきた、それを確認すると俺は灰皿にタバコを押しつけ火を消した。

「ごめんなさいね、無理に話させてしまって・・・」

「いいんだ、過ぎたことだ。それより寒さが堪える、早く入るぞ」

「ええ・・・、さすがに緑にも待たせすぎたわね」

 覚悟を決めてもう一つの自動ドアを通りすぎる、広い病院内は午後になっても人は多く、人が過ごすには心地よい温度に保たれていた。

「こっちよ・・・」

 涼子は俺の前に立って病室までの道のりを案内する、院内を足音が異様に響き緊張感が高まってくる、緑の病室はまだ最上階から移されてはいなかった。


クリスマスが舞台設定ということもありキリストの話題も出てきますが尺の関係もありあまり詳しい話しは出せないと思います。


プレゼントがカードというのもアレですが、カードはなんとなく「カードの王様」に出てきたサガンを想像しました。あんなキレイなカードゲームがあったら実際欲しいですけどね。


それではまた後半をお待ちください。

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