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第一五章シーン3,4「The stairs of love」

第15章 「You―記憶の中の記録の日々―」の後編です。

少々荒い話しになりますがお付き合いください。

シーン3 「The stairs of love ―前編―」


彼と図書館で出会ってから一ヶ月ほど経過した頃だった。

この頃になっても向こうの警戒心が完全に解けることはなかったけど、簡単な約束なら言葉を丸められることなく出来るようになっていた。

どうしようもなく会いたいというわけではなく、でも一緒にいると安心できて、彼の代わりとなる人はどこにもいなくて、彼のくれるすべては唯一だった、それゆえに私はこれからも何不自由なく一緒にいられることを望んでいた。

放課後になって私は彼を捜して図書室に来た。

「あれ? 誰もいない・・・」

 電気は消えて放課後には大体いる図書委員や生徒達の姿もない。

不思議な感覚だった、司くんがいないだけではない、まるで時間が止まったようにガランとした図書室は外よりも暗いせいか冷たく、ゾワっとふいに体を寒気が襲った。バァっと脳内から視界が移され昼休みの回想が思い出される、いつもより元気のなさそうだった彼の表情が目の前の情景となって蘇る、私は何を予感しているのか、私は危険な想像をやめ、堅くて閉まりづらい扉を勢いよく閉めた。

「きっと大丈夫・・・、司くんは強いから・・・」

 小さな声で念じるように呟いた。私が思い出しているのはもっと関係のないこと、ずっと昔のこと、本当にくだらないこと。大きな音と共に扉はガタンとしまり、ようやく私の目が覚めた。

「それより、ちゃんと探さないと」

 昼に一応放課後に図書室に行くことは言っておいたはずなんだけど・・・、約束は守る彼のことだから安心してたんだけど、一体どういうことなんだろう? 単なる偶然ならいいけど、なんかこのまま帰ったんだと安心できないから一応学校の中だけでも探しておこう。

 私は校舎中を歩き回って彼がいないかを探して回った。


「聞いたか、三組の」

「呼び出し、本気でやってんの?」

「校舎裏だってさ」

「あいつらも相当溜まってんなぁ」

「ハハッ、ヤれるわけでもねぇのにな」

「単なる嫉妬だろっ、くだんね」

「でもクラスじゃ結構マジらしい雰囲気みたいだからなぁ」

「告げ口して退学者でもでなけりゃいいけどな」

「だな、ここの学級指導クソめんどいからな」


 ただの雑音だ、すぐに耳を離れて何の記憶にも残らずに消えていくはずだ、・・・なのに足はこんな時だからなのか無性に寂しく止まっていた。無視する他ないあまりに汚い言葉の配列に私はその言葉を噛み砕く間もなく通り過ぎようとした。


「でも、雑誌回してたんだろ?授業中に、よくやるよな」

「そりゃ写真の方が美人だもんな」

「あれが本物だったら絶対付き合うわ」

「お前バカだろ、もう遅いって、散々抱かれてんだろうが」


 あまりの言葉に血圧が急上昇を起こす、我慢の限界と共に何も言えぬまま私は校舎裏へと走った。人の勝手な主観とはいえどうしようもなく沸き上がって来る嫌悪感と憎悪で一杯になり、私は何も考えたくなくなってしまう。

 誰のことかなんて! 言葉の意味なんて考えたくもないっ! 考えなくても嫌なくらい浮かんでくる! 避けて逃げ出したいのに、私の足はどうしてか不器用に、何の考えも無しに戦地へと向いてしまった、校舎裏に着いて、目の前の悪夢を目の当たりにして私の足は止まり、細かく震え始めた。

 

「おい!? いい加減なんとか言ってみろよ!!」


「ヘヘっ! こいつ睨み付けてきやがるぜ、どうせビビって何も言えないくせに」


 ドン!! バン!! 罵声と共に鈍い打撃音ような音が校舎裏に響き渡る、三人の男子生徒が最前で一人の男子を取り囲み休む間もなく各々の武器で殴りつけ傷をつける、その周りを二人の男子生徒が目の前の光景を何のためらいもなくせせら笑い、殴りつけるたびに歓声を上げている。

 ドン!! バン!! バン!!! 留まることないリンチを受け何度も倒れかかりながらも司くんは目の前の男子を歪むことなくにらみ続ける。

 次の瞬間バァァン!!という大きな反動と共に身体が無機質に設置にされたゴミ箱にぶつかりゴミ箱がそのまま倒れ大きな音を上げ辺りに無数のゴミを散らかした。


「おい、弱すぎんだろ! ちっとは抵抗しろよ」


「無理だって、どうせロクに鍛えちゃいないんだ、一生サンドバックになってるのがお似合いさ」

 

 耳を塞ぎたくなるほどの非協和音と現実とは思えない残虐な仕打ち、一体何の権利があって、一体何の意味があってこんなことをするのか、目の前の光景は非道な娯楽に過ぎない、決して許されてはいけない、目を伏せたくなるような現実、私はっ、私は一刻も早く止めないと、何の責任があって? 今の私に何が出来るかって? 衝動的にここに来てしまったことを一度は後悔してしまう。

でもそんなこと関係ない、私は大切な人が目の前で不明瞭な理由の元に暴力の被害にあっているなら何の迷いもなく助けてあげないと、私はどんなに言葉を訳すのに難しくても友達だ、きっと、私は信じてる、今助けないと絶対に後悔するって、ここで何も出来ないような人では私はないから、私はずっと自分のすることには後悔しないよう努めてきたんだから、ここで逃げたら彼はきっと何も信じられなくなってしまうから。

 目の前の現実を一瞬の内に受け入れて、その卑劣さを目の前に焼き付けて、私は自分に出来る限りの声を上げて校舎を飛び出した。

 喧嘩の争いに入った事なんてない、どんな目に遭うかも分からない、でもこのまま見ているだけなんて出来ないから。


 ―――――――――――――――――自分が何を叫んだのかもわからなかった。

――――――――――――感情のままに動いた自分が何をしたのか知覚できず、気付けばただ目の前の男子生徒の顔だけが映った。耳は鼓膜が破れたように聞こえなかった、なんだろう、この現象は、言葉では表現しようのないフラッシュバック現象のようで、気付いたときには私は目の前の男子生徒を殴りつけていた、膝をついた男子生徒は何が起こったのかすぐに把握できなかったのか立ち上がりが遅く、ようやくこちらの方を見た。


「赤津・・・・・・」

 男子生徒は左耳の方を右手で押さえながらボソっと呟いた。時間が止まったかのように暴力を振るっていた男子生徒がこちらを見つめる。

「なんだよ、マジになってんのかよ・・・」「今日はこれぐらいでやめとこうぜ」「早く行こうぜ、チクんじゃねーぞ」「そんな言わねーて、付き合ってんのバレんの面倒だろうから」

 露骨にも全員が聞こえる声で男子生徒達は自由に話しながら去っていく。

 私が止めたんだ・・・、男子殴ったりして・・・、私は右手が少し痛むのに気付いたが追い払うのがやっとで声を上げる程すでに余裕はなかった。

 襲ってきたのは全員下級生だった、だから簡単に引き下がってくれたのかもしれないけど、知った顔がいなかったのは幸いだった、面倒事が少なくて済む。そんなことを彼らが立ち去る間に考えて、立ち去った後になって、私は司くんの方をようやく見ることが出来た。

 それほど外傷は酷くないけれど服は乱れている、表情は何事もなかったかのようにも見えるがやっぱりさっきの光景の後では疲れて見えた。

 私は一度気持ちを落ち着かせ、大きく息を吸って口を開いた。 


「ねえ?! なんで抵抗しないの?! なんであいつらにこんな酷いことされて何も言い返さないの?!」


 司くんはどれだけ酷いことを言われても、暴力を振るわれても抵抗しなかった、ただ時間が過ぎるのを傍観していた、それでは何も解決しないことは私自身わかっていたから、まるで現実を受け入れたようにただ傷つけられる司くんを私は許せなかった。


「どうして助けたのさ、赤津さんには無関係なことなのに。

 抵抗なんてしても逆効果だよ、そんなことはいくら考えても答えのでないことだよ。抵抗すればするほど彼らは面白がるんだよ、目的をなくした愚者には僕は格好の遊び道具なんだよ。

 僕は彼らが飽きるか、新しい暇つぶしを見つけるまで待たないといけないんだよ」


「何その被害思考? 何も違わないのに、さっきの男子も司くんも何も違わないじゃない、どうして司くんだけがこんな仕打ちを受けなきゃならないの? “絶対おかしいよ”!!」

 私は大きく声を上げて訴えた、こんなに言葉が通じないとは思わなかった、今までこんなにも意見が行き違いすることなんてなかったのに、現実と相関するものが理論と食い違うような、現実は現実として受け入れなければならない不条理のような盲目が、ただ私を事実として受け入れることを求めるようだった。

 おろしたての夏服のスカートが風に巻かれる、まだ感覚は過敏なままで、汚れた制服を心配する余裕もなかった。


「人間は物事を認識するために名前を付けるだけだよ、等価値かなんて関係ない」

 運の巡りあわせが悪かったのだから仕方ないと、司くんはそう言わんばかりだった。


「それでも、私には分かるよ・・・、司くんが悲しんでるのが、傷ついてるのが痛いくらい分かるよ」

 

「それじゃあ、君は彼らを殺すかい? どうしてわかるのさ、僕は彼らを使って楽しんでいるかもしれないじゃないか? 彼らはさっきまで満足に浸ってたんだ、僕が彼らの低悩さを見て自己の精神の余裕さを誇示できると思っているかもしれないじゃないか。

僕は自分の方が正しいとわかるだけでいい、この先の未来を思えば今の傷なんて小事になるんだから、それよりも彼らとの協調に時間を使うことのほうが無駄だと思わないか、僕は友達は選びたいからさ」


「真実が確率や統計だけで計れるものでいいの? それだけじゃあ人間は幸せになれないよ、人間は自分の意志がなきゃ人を変えることも傍にいることもできないよ」


「僕には不完全すぎるから無理だよ」

 優しい言葉もなく司くんは立ち上がり私の横を通り過ぎていく。

 すれ違うと同時に私の肩がビクンと揺れた、悲しみがどっと押し寄せてくる。


「・・・・・・それは誰だって同じ事だよ」

 もう元には戻れないという恐さがどうしようもなく弱音を口にしてしまう。

 司くんが悪いんじゃない・・・、司くんが悪いんじゃないのにどうしてこうなってしまうのか、ここで受け入れてしまったら、司くんはずっと・・・。


 急いで私は振り返って言葉を探そうとするけど、これ以上言葉を口にしても自分の弱さを露呈するだけで、私も司くんも救われないと簡単に想像することが出来た。

 私は通り過ぎて行く司くんをずっと見つめた

 司くんが昨年の三学期から学校に通い始めたことを知ったのは由佳里から聞いてからだった。

 いつから休んでいたのか正確に知ってるわけじゃないけど、由佳里の話では何年間か家庭の事情で休学していたという話しだった。

 それで私は今司くんが叔父と叔母の三人で暮らしているという話しを思い出した。料理をして家事も時々していると言っていた司くんは一体どれほど苦労をしてきたのか、どんな気持ちでもう一度学校に通い始めたのか、どんな期待を抱いて校舎に入ってきたのか、どんな不安を抱えて教室に入ったのか、想像をするだけで胸が苦しくなった。

 

 本当に私が彼の“支え”になれたらいいのに・・・。

 夜な夜なベッドに入ると司くんのことを考えると涙が止まらない。


 だってっ、彼も同じなのに・・・、私と同じで孤独さを抱えながら生きているのに、きっと家にいても人恋しさを感じてる、学校でも、図書館でも、一人でいることを選んでいるように見えて全然違う、彼だけがみんなから置いていかれてる。


 私は泣いてた、退院したての頃。お父さんが帰ってくるのが遅いだけで寂しくて泣いてた。

 彼はそれよりももっと大きな孤独を抱えて、でもそれに慣れてしまって泣くことも出来なくなってる、私ならきっと耐えられない、少しだけだけど気持ちを理解出来るから分かる、きっと耐えられない。


 私はそんな司くんに大きな傷跡を残してしまった。それは精神的に奥深いものになる。これ以上関わってよいのかも解らない、絶対迷惑を掛けてしまうことは目に見えてる。

 予想以上のショックで自分でもこれ以上思い出すのは辛い。

それからも私は何度となく思考がリピートを繰り返して答えなど出ぬまま眠れない夜を過ごすことになった。

                   *


誰だって幸せな夢だけを見て生きていたいと願っています。

  でもそれじゃあ、誰も強くなれなくて、大変なことにも乗り越えられないんです


 「どうして僕なの? どうして僕でなきゃいけなかったの?」


ずっと彼は嘆き続けます でも何も現実は変わりません


頭上を見上げても答えがでないことはずっとわかっていて、それは普遍的なもので


だから私は誰よりも強くあることを求めたのでした


シーン4 「The stairs of love ―後編―」


 司くんのことをどうすべかと考える内に私は自分が何を考えているのか次第にわからなくなってきた。

 思考が麻痺しているのか、わからない、私はどうしたいのだろう?

 私の持っている感情が本物なのかわからない・・・、それが未来永劫続く気持ちなのか保証できない・・・、私自身が私を信じれない。

 義務? 善意? 違う、絶対そうじゃない、ずっと眠っていたはずの感情が蘇ってくる、大きな喪失感、満たされない感情、冷たく冷えた身体、忘れていたはずの想い、司くんに向けた感情は私の中で確実に変質していた、それは私が感じる新しい恐怖感だった。


 私が近づけば司くんが傷つくことはもうわかりきっていた。

 私と一緒にいれば嫌が応にも恨まれてしまう、私は嫌われないのに司くんだけが嫌われる。イメージで固められたものを変えるのは難しい、私一人なら周りからどれだけ言われようと耐えられた、でも私の周りの人にまで迷惑が掛かるのは耐えられない。

 そして私の想いを果たした時、どれだけの影響が出てしまうのか、今の私にはそこまで考えは浮かばなかった。


 事件が起こったのは一週間ほどすぎた頃だった。

 放課後、私は珍しく由佳里が委員会から戻ってくるのを数人の女子生徒と一緒に待っていた。

「ねぇ! 大変羽佐奈!!」

 ドン!! と大きな扉を開けるとやってきた由佳里は叫んだ。

 私は反射的に立ち上がって由佳里を見た。由佳里は至極焦った表情で急いできたのか息も切れ切れだった。同時に周りの女子生徒も由佳里を見て「どうしたの?」と疑問を投げかけた。

「公園に司くんが呼び出されたって、また同じ奴ら、下級生の」

「えっ?!」

 やっぱりまだ懲りてなかった?! 不安が現実のものとなってサーと血の気が引くようだった。

「でも! どうして!!」

「そんなことどうだっていいのよ!!! 早く助けにいってあげないとダメでしょ!!」

「でも、私が行っても何の解決にもならないよ」

「そんな逃げ腰でどうすんのよ!! あの子にはあなたが必要なんでしょ! ずっと楽しそうにしてたじゃないの!! どうせ引き返せないんだから思いきり言ってやりなさいよ!」

 

 由佳里は精一杯の声で私に訴えかけた。それは今までに見たことがないくらい真剣で一つ一つの言葉が私の心に突き刺さった。

 まだ私に出来ること・・・・・・、由佳里は私の性格を知っていて、こんなことで諦めるような私でないと信じていて、由佳里が誰よりも私のことを思って言ってくれているのが痛いくらい分かった。

「そうだよね・・・、私らしくないよね・・・・・・、なんだろう、見失ってた。

少し目が覚めたよ、私行ってくる、諦めが悪くたっていい、私に出来ることをする。

それで想いが届かなくたって仕方ない、でも自分の気持ちに嘘はつけないから」

「それでいい、羽佐奈は全部自分で決めてきたんだから、導いてくれたんだから。自分を信じたって良いんだよ」

 私はもう一度走り出した。今も司くんは傷ついている、それは私にとって許されないこと。

 私は教室を出て急いで下足で靴に履き替え公園に向かって走った。


 公園では校舎裏で行われたことと同じような光景が広がっていた。

 でも目を伏せるわけにはいかない、私が止めないと、司くんに伝えないと。

 公園に入っても決意は揺るがなかった、そして私は口を開く。

 

「随分陰湿になったのね、こんなところに呼び出して」


 私の言葉に暴力を振るっていた男子生徒達の視線が変わった、私へと向けられた何人もの視線、しかし不思議とこの前のような恐怖心は感じなかった。

「いい加減やめてくれる? 勝手に彼に八つ当たりされても困るのよ」

 飛び出した以上今更引き返すことは出来ないことはわかってる、今は自分に出来ることをするだけ、滅茶苦茶だっていい、傷ついたっていい、何もしないままは嫌なんだ、私は彼が思っているほどこの世界が絶望的でないことを教えてあげないと。


「おい、またのこのこやってきたぜ」

「今度は学校じゃねえし多少暴れたって文句は言われねえんじゃねえか?」

「いい加減こいつを相手するのも飽きてきた頃だしな」

「彼女さんがどれだけ本気だしてくれるか見せてもらおうじゃない」


 立ち塞がったのは三人だった。後ろはこれから予見できることを想像してすでに消極的で早く面倒事が終わるのを望んでいるようだった。


「(本当・・・、喧嘩なんて女の子がするじゃないわよ・・・、でも・・・、ここまで来ちゃったんだから・・・、く、来るっ!!)」


 真っ直ぐに振り下ろされた右手を私は横にステップしてかわす、力では負けないけど早さでは男子には負けないくらいの自信はあった。

「(こんな時にダンスのレッスンが役立つなんてっ!)」

 しかし安心したのもつかの間飛んだ方向に待ち伏せていたもう一人の男子が左手を掴む、男子の満足そうな笑みを見て怒りがこみ上げた。

「(こいつら、やっぱり手を抜いてる)」

 明らかに手を掴む男子は本気で握ってはいなかった、私はそれが救いとばかりに思いっきり引いて鳩尾めがけて右手を差し込んだ、油断していたのか男子の身体は簡単に傾き右手が思いのほかヒットすると、私は左手を振り払った。

 振り払った男子はそこまでの抵抗は予想していなかったのか一歩引いた。

 ―――残ったのは二人、一人は体格は少し小さいけどこの前も率先して暴力を振るっていた短気そうな男子、もう一人は最初に襲ってきた私よりも体格の大きな無表情な男子、どちらも下級生とはいえ、今更殴り合いとなってはそんなことを考えてもいられない。

 仲間がやられたのが耐えられないのか、ビビって本気を出さない他の子の態度が気にくわないのか、小柄な方の男子が痺れを切らして襲いかかってくる。

「俺はお前のファンなんかじゃねぇからな、他の奴と一緒にするんじゃねぇ!」

 よく聞いたようなセリフと共に勢いのあるストレートが私の頬を掠める。

「女だからって容赦しねぇ、むかつくんだよ、お前らみたいなのうのうとしてんのが」

「(“早い”油断したら当たる!)」

 連続して繰り出されるワンツーをなんとか回避する、反撃で繰り出す私の腕は短くて届かず防戦一方の状態が続く。

 

 司くんはその様子をずっと見つめていた、きっと信じられないだろう、私がこんな馬鹿だなんて、でもこの気持ちは譲れないから、私は本当の気持ちを伝えるまで引き返す事なんてできないから。

 ―――どうか通じて、私はこんなにも精一杯に頑張ってる、司くんとの時間を大切に思ってる、失いたくないと思ってるんだよ。


「あんなの根暗な奴相手にして、おかしいと思わないのかよっ!」

 何度も拳を腕で受けてもしかしたら打撲か何かになってるかもしれないと思ったけど、そんなことを気にする余裕はなかった。

 ふと心の奥にガラスにヒビが入るような音が響いた、気のせいかと思ってもそれは何度か拳を受けるたびに反響する、それが何を起因に発生するものかわからないけど、どうしてかそこには私が傷ついていくことへの誰かの悲しみのように聞こえた。

 でも私はそんなに綺麗な存在じゃない、今だって本当は普通の人間と同じように生きることを望んでいるんだから。

「司くんはあんた達みたいにすぐに不満をぶつけるような人じゃない、ずっと立派で尊敬されるべき人だよ」

 ―――どうか悲しみの殻の中に籠もらないで、きっと大丈夫だから。

 私は祈りながら精一杯男子の動きに張り合う。

「えっ?!」

 突然、何が起こったのか分からぬまま後ろから両腕を脇に入れられ身体を持ち上げられる、目の前の男子を相手にするのに集中しすぎてもう一人の大柄の男子を見失っていたのだ。

「きゃっぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 数センチ足が地面から離れると同時に私は大きな悲鳴を上げた。

 制服を持ち上げた反動と共に制服にシワを作り上げられた分だけ腹部が露出される。

 後ろから抱きつかれたような格好で両腕を押さえられ虚しく足をバタバタさせるばかりでまったく抵抗ができない。

「良い格好だな、抵抗するだけ無駄だったな」

「こいつうるさいから早くしようぜ、誰か来たら面倒だしな」

「ああ、そうだなっ!!」

 男子は言葉を言い放つと同時にお腹に思いっきり鈍く響く一撃を繰り出した。

「あっうぅっっ」

 あまりの衝撃に声にならない声を上げた、一瞬で意識が飛びそうなほどの衝撃で私の腕は力が抜けてブランと落ちた。

「ハハハッ、本当に殴ってるよ」

「一緒だろうが、あっちは散々殴ったんだ、今更気にすんなよ」

 なんとか息はできる・・・・・・、でもすごく昇ってきた胃液が気持ち悪くて、あぁ痕残っちゃったら霧島さんに怒られるかな・・・、司くんごめんね・・・、私まだ全然弱いままだよ、腹を立てて抵抗する割には何も出来ない、いや、ちょっとぐらい意味はあったかな? よくわかんないや・・・・・・。

「ああああああああああああああああああぁぁあああああああああああああああああぁあああああああああああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあぁっぁ!!!!!!」

 一瞬遠ざかりかけた耳に突然に叫び声が響き渡り、鳥肌が立ちと同じくからだが起き上がった。

 叫び声を上げながら目の前の男子を殴りつける司くんが見えた。

 もちろん人に暴力を振るったことなんてなかったんだろう、滅茶苦茶なくらいでたらめな見様見真似にやったのような動作でしかし油断していた男子を殴りつける。

 私は解放されても何が起こったのかわからず、目の前の出来事が現実だと受け入れるのに時間が掛かった。

 泥のような殴り合い、何を取り合うわけでもないのに必死になって両者は傷つけ合って、それは第三者から見れば何をやってるんだと思うだろう。無数の傷が、流れる赤い血が、必死な表情が嫌でもそれが本気の喧嘩だと知らされる、ここまで来ると私にはもう入り込む隙間がない。

「だからやめとけって! キレると怖いんだよこういうタイプは」

「おいやめんのか、こんなのすぐぶっつぶせるだろうが!!」

「だったら一人でやれよ! もうこれ以上面白くなんてねぇよ」

「抜けんのか! おい!! クソがぁぁ!!」

 次々に帰って行く仲間に置いていかれそうになって最後の一人が司くんを掴んだ手を思いっきり引き払ってその場を立ち去っていく。

 二人になって辺りの静けさが無性に虚しいものに感じた。夕方に吹く風が異様に冷たく感じる。

 私は司くんの方に向き直った。

「・・・・・・司くん」

 しかし司くんはすべてが終わったように多くの生傷を抱えたままその場を立ち去ろうと歩き始める。長い影が伸びてそれは確実に私の元を離れていく。私は無意識に置いていかれないようにその影めがけて駆けた。

 バッとその背中に抱きついて顔を埋める、想像していたよりもその背中はずっと温かくて心地よかった。


「行かないで! 好きなんだからそばにいさせてよ!!!!!」


 自分で言っても心が震えるほど感情をそのままにした告白の言葉だった。

 でも今の私にはそれくらいしか司くんを止められて、私の気持ちを伝えられる言葉は浮かばなかった。

「どうしてそうまでして、僕じゃなきゃならないの? こんなに沢山迷惑掛けてるのに、その傷跡だっていつ消えるかわからないよ」

「いいの、これは私が望んでしたことだから。

 ねぇわかる? この温かさが本当の人の温かさなんだよ、私はね知って欲しかったんだ司くんに、本当に大切な気持ち。


 “誰だって幸せな夢だけを見て生きていたいと願っています。

  でもそれじゃあ、誰も強くなれなくて、大変なことにも乗り越えられないんです“


  それはね、本当は掴むのも難しいほど尊いものだから

   たとえ小さな幸せであっても大切に思えるの

    そしてそれは一人よりも二人の方がもっと大きな幸せに感じられるんだよ


 会おうと思えば何時だって会える、そんな関係でいたかった。もっと気軽で安心していられて、だからあなたじゃなきゃダメなの、他の誰でもないの、私はまだこのままじゃあ強くなれないから、だからあなたが必要なの、あなたは私のことをちゃんと見てくれるから」


「今だって信じられないよ、雲の上の人のように思ってた。

 僕は何も出来ない、赤津さんのように万能にはなれない、だからふさわしくないって思ってた、話しだってうまくない、今だって凄く緊張して何を喋ってるかもわからないのに・・・、でもなんとなく今なら分かる気がするよ、僕は確かに逃げてた、現実の痛みを恐れていたよ」

 自然と涙が溢れて視界がぼやける、とても遠回りはしたけど想いは届いた。

 沢山悩んで時間はかかったけれど今に辿り着けた。

 気持ちが通じ合えているのが背中越しに聞こえる鼓動の音だけでわかる。

「司くん」

 そっと司くんはずっとこうしているのが耐えられないとばかりに振り返った。

 司くんも同じように泣いていた。

「(こんな感情的なところ初めて見た・・・)」

 それを見て私は自分のしたことが間違いではなかったと信じられた。

 私でもできた、司くんの心を動かすことができたのだ、司くんはうまく涙を隠そうとするけど今更そんなことはできなくて、一度目を合わせると気付けば離せなくなっていて、ドクンドクンと繰り返される心臓の音に引き寄せられるように、すべての階段を通り越して私は唇を重ねた。

 何が二人をそうさせたのかわからないほどに頭は混乱していたけど、一生の幸せを取ってしまったかのように長く感じるキスだった。

 こうして私と司くんはこの時から恋人として付き合うこととなった。

 気付けば陽は落ちて、私たちは近所に一軒しかないコンビニの駐車場の隅に座り込んで虚脱状態のまま時間を忘れてじっとしていた。

 疲れ切った私は司くんの方に身体を寄せたまま先ほど買ったコーンポタージュを飲みながらすっかりおかしくなった感覚を取り戻していた。

「まだ寒い?」

「もう平気、変だよね、こんな時期に寒気が止まらないって」

「そういうこともあると思うよ」

 司くんがどれほど私のことを受け入れてくれているのかは分からない、でもこうして一番傍にいることを感じられるのは何よりも幸せで、今までよりもずっと安心していられるのは事実だった。

 ゆっくりと時間が流れて私はかろうじて見える星空を見上げた。

 こんな時間まで司くんと一緒にいるのは初めてだった。本当は早く帰って夕食を付くってあげないといけなかったけど、今日遅くなるかもしれないことを予測して先に司くんは家に連絡を入れていたのだった。そんな事情もあって不純ではあるがこうしていることが許されている。

「あーうん。私、決めた」

「えっ?」唐突に話し始めた私に司くんは聞き返した、きっとこの後言う発言なんて司くんには予想できないだろうし、簡単に理解できないだろう、でも、今決めてしまうのが私なりに正しいのではないかと思った、ずっと悩んでいたのではどうにもならないから。

「私ね、司くんと同じ高校行く」

 今からだったら沢山勉強しないといけないだろう、でももう決意の上だった。

 私は司くんと一緒にいられる道を選ぶ、これが司くんを想う私の願いだから。

「だから、これからは勉強も教えてね」

「僕なんかでいいの?」

「司くんじゃないと嫌だよ。

それとね、私の家庭はシングルファーザー家庭なの、一緒に暮らしてるのはお父さんだけ、でもね、それを言いがかりになんでも司くんのことを理解した気になるのは何かおかしい気がしたから今まで言わなかった。でも、私は幼い頃の事故で小学校も三年からだったけど、それでも本当の孤独は感じたことはないんだ。

 お父さんが帰るのが遅いときは泣いたけど、でも一緒にいるときはちゃんと相手をしてくれた、大切にしてくれた。自慢のお父さんなの、司くんにも今度会わせてあげる。

 通い始めた学校でも早くから面倒見てくれる友達に出会った、その子のおかげで勉強も覚えた、生い立ちは他の人より不幸だったかもしれない、でも支えてくれる人がいればきっと頑張れる、楽しくやっていける、司くんにはそれを分かって欲しかったの、司くんだったら同じようにこんな事に感動してくれるんじゃないかと思ったから」

「そっか・・・。うまく整理できないや・・・。

 僕は自分のことで精一杯だったよ、だから赤津さんのことも見えてなかった。早く素直になれればよかったんだね」

 気持ちが通じ合えた今ではもうどんな言葉も怖くない。

 二人ならばどんなことでも乗り越えていける、そんな風に思える夜だった。




ようやく主要人物の過去が出そろってきた感じです、長かった。

お互いの呼び方が変わっていくのに気付いて貰えれば二人の関係具合が分かり易いかと思います。


次回からまた時系列が戻ります、残すところ第一六章と最終章のみ。

クリスマスイブには間に合いませんでしたね、日のあまり空かないうちに頑張ります、しばらくお待ちを。

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