第一章 「ジャックナイフ」 シーン3
シーン3「Ibelieve not Ghost」
その日の出来事がすべての始まりだった。
対岸の物事にように思えたそれは、少しずつ私へと集束されていく、その始まり。
翌日、休み前の金曜日のこの日、小さな提案が、一つの形を成して今日の予定に組み込まれようとしていた。
「赤津さんって、霊感あるんだよね?」
それを聞いて、どこからそんな根拠のない話しを聞いたんだろうって一度思った。
しかしそういえば思い返してみれば、どこかの雑誌でそんなことが載せられていたような気がする(私がそこで直接発言したわけではないが)、それこそよく覚えていたなぁって思うぐらいだけど。
「霊感って呼べるほどのものじゃないよ」
あまりそういうことには関わりたくないという意味を込めて私は拒絶するのような口調で言った。
「そう言わないで、付いてくるだけでいいから、さっき話してたこと。
今日の放課後だから、お願いね、友梨も一応来るみたいだし、日が落ちる前には解散する予定だから、よろしくね」
話し元は私にお願いに来た瑠美なんだろうか。
どうも由紀奈な詩澄、友梨ちゃんも一緒に行くみたいだし、不安だらけだ。
幽霊騒ぎやら猟奇事件、先月の殺人事件といい確かに全部が繋がっているように見えないこともないし、話題作りとしてはよくできていると思う。
それでも女の子5人揃って如月公園に調査に行くなんて話しは気が引けるし、できることなら関わりたくない。
「ううっ・・・、鬱だなぁ・・・、由佳里が来れないなんて」
さっきの昼休みに話したけど、今メールでやっぱり来れないって返事が来た。
「今日喫茶店のお姉さんが業者の方に行くみたいでお店、マスタ一人になっちゃうみたいで少し手伝ってほしいって話しが来てて、ホントにごめんね」
メール文から由佳里の声が浮かんだ、仕方ない・・・、不安だけど行くしかないか。
*
私に霊感、または霊能力があるというのは考えようによっては真実である。
それはもちろん生まれた時からあるわけではなく5歳の時の事故がきっかけである。
その事故から私は三年以上経ってようやく目を覚ましたわけで、それまでの期間というのはまったく物理的な干渉もなく意識の閉じた状態であった。
しかし私はもちろん錯覚かもしれないし、事実認証しようのないことかもしれないけれど、誰かと会っていたような、誰かと憑依して話しかけられていたような感覚を覚えている。それが私を目覚めさせるための暗示だったのか、単なる聴覚やら五感がわずかに働いて事実を錯覚して作らせていたのか、それ自体は判断のしようがない。
しかし目覚めてしばらくしてから私は入院していた病院の中で見えるはずのないものや聞こえるはずのない声、思いもよらない体験を何度かしてきた。
恐ろしいことに雑念ように意識を飛ばされたこともあった、それが本当の霊魂であったかはわからないけど、ほとんど一日中未練やら恨みを脳に直接響かれた日には気が狂いそうになったのを覚えている。
死の淵にいたことが一種の原因で霊感を得て、普通の人が感じないような違和感ないし存在を感じるようになって、それは今では悪影響はほとんどないにせよ場所や場面によっては霊感が開く時がしばしばある。
だからそういういわゆる曰く付きの怖い心霊スポットでは、霊魂が走っているのまでたまに見えてしまうから鳥肌が立って楽しむどころじゃない。
そういえばインスパイヤ、いわゆる“ひらめき”のようなものは高等教育を受けていない科学者やら作家に目覚めることが多いそうだ。
これは余分な説明、いわゆる知識情報が想像力の範疇を狭めているという考え方でもあるが、一方で一種の霊能力のようなものがひらめきを生み出しているのではないかと考える学者もいるのだ。
私はどちらもありえるだろうなという見解だけど、そういう目覚ましい開花が私にあったわけではないので自信は持てない、大抵の私のことを知っている人は私のことを超能力とか天才的な能力があると思っている、いや、本当に偶然だと私は思うのだけど。
どうにも妬まれるような事象が多いのでそういう風に捉えられがちだ。
確かに通常理解しがたい部分で優れていることがあったから、過去に長い間、眠っている期間があってもこうして普通の生活を送れているのかもしれないけど。
如月公園へと予定通りやってきたのは、そんなことを考えて過ごした少し後だった。
普段だったら別に如月公園に来たからといって特別な意識を持つことはないのだけど、目的が目的なだけに嫌な予感がしてならない。
当たり前のことだが私は霊感を使うほどの体験をしたいとは思わないし、能力うんぬんを考慮したとしてもできれば避けて通りたいと思うタチである。
最近の心霊現象の影響もあってか公園内は奇妙な静けさに包まれていた。
広い公園内の表側の開けたスペースではいつもと同じように母親達の談笑と小さな子どもが遊んでいる光景が見られる。
しかしその一方の東側へと向かう一方通行の道路は公園内を分断するように静かさに包まれていた。
「この先のトンネルだよ」
瑠美が先頭だってこの先と指さしながら説明してくれる。
両側に生えた木々が段々面積を増やして頭上の日の光を塞いでいく、確かに雰囲気でいえば十分なぐらい出そうな感じである。
そしてトンネルの前までやってくると一同に歩くのをやめ、それぞれの状況を確かめ合う。
「先月に起きた第一の事件、殺人事件はこの先の東側の公園内で起こったことだけど、第二の事件、ついこの前起きた第二の事件はまさしくこのトンネルの中で起きた。
被害者はそれほど距離の離れていないところに自宅のある高校生。
一命は取り留めたものの現在その高校生は意識障害を抱えていて聞き込みをすることもできず、犯人の特定は難航しているそうね。
そしてここ1,2ヶ月前からこの公園、またはこのトンネル内で怪奇現象が何度か発生していて、一部のHPではそれが話題になっていて心霊スポットとして紹介されてもいる」
瑠美が代表して事件のいきさつを説明していく、友梨ちゃんは時折震えるように俯いてあまり話しを聞きたくなさそうだった。
一方由紀奈と詩澄は周知のことと言わんばかりに早く話が終わるのを待っていた。
「それで、詩澄はここで見たのよね?」
由紀奈は瑠美の話しが一区切り置いたところで詩澄に言った。
「えっ?」
私はちょっと驚いて声を上げてしまった。それはまだ私が聞いていない話しだった。
「うん、あたし、見たよ」
詩澄はあまり思い出したくないのか沈んだ声色で言った。
「私と瑠美は一度聞いたけど、羽佐奈は知らないみたいだから、入る前に話してくれる?」
「そうね、これが今日来ることになったきっかけでもあるし、話してくれた方がわかりやすいね」
まだトンネルに入る前だというのに妙な恐怖心が辺りを包んでいた、さすがに詩澄まで被害者というか目撃者だとするとさすがに他人事に思えないし、生々しさを感じざるを負えない。
「あたしは元々幽霊とか心霊なんて信じないし、未だにあの時に見たものを信じないし、信じたくもないんだけど、でも現実として鮮明に覚えてしまってる。
だから、本当は何かの間違いかもしれないけれど、あたしは今から話すことは一応事実だと思って聞いてほしい。
心霊体験なんて大抵誰も信じちゃくれないし、あたしだって今までそう思って聞き流してきたけど、でもあたしが見たものはその時、その場所で起きたことだから。
100%否定しようがないの」
詩澄は言いづらそうに前置きを話す、普段があまり真剣な所を見せることない彼女だからこそ、こんな風に自分のことを話すことに私は驚きとともに、ちゃんと話しを聞いてあげないとと意識を高めさせられる。
「それは、塾の帰りにこのトンネルを通った時だった。
夕方時で人通りはほとんどなくて、このトンネルの中も静まりかえっていてあまり視界もよくなかった。
構造上、このトンネルの中はカーブもあるから入り口から出口は見えないのだけど、その日はあまりに奇妙だった。
確かにこのトンネルは結構距離はあるけど、2,3分あれば確実に通過できる距離であることに間違いはない。
これはあたしが何回も通ってきたからわかることだし、一本道だから道を間違えたわけでもなかったはずだから。
でも、気持ちが俯いてたのもあって割と下を向いて歩いてたのだけど、いつまで経っても出口に着かないの、気付いたのは5分近く経った時だった。
あたしはそんなはずないと思ったし、凄く怖くなった。あたしは今一人きりで入り口も出口も見えないトンネルの中にいるんだって、凄く孤独感を感じて、凄く怖くなっちゃって。いつになったら着くんだろうって思いながら出口に向かって真っ直ぐ歩いてたら、突然前がライトで凄く明るくなってあたしは驚いたよ。
“こんなのありえるはずないじゃん”って
そこは一方通行の道路で西側から東側にしか走れないのに、あたしの目には前から自動車が走ってきてるのが見えているんだから。
ありえないって何度も思いながら、壁に付きそうなぐらい測道によって、黒いワゴン車が通り過ぎるのを待った。
そしてあたしはもっと信じられないものを見たの。
その黒いワゴン車の運転席から“運転手が見えなかったの”、本当に間違いじゃないかって何度も一瞬の通過していく間に瞬きをしたけど、あたしの目には運転手の姿を確認することは出来なかった。今でもその光景はスローモーションしているような感じで覚えてる。
どうしても忘れることが出来なくて、あたしは唖然として、でも気付いて先の道を見たらすぐに出口で、あたしは一体何をみてたんだろうって思った」
私は話しを聞きながら頭がグルグルとして、意識が焼き消えそうなぐらいの回転が悩全体を襲った、何かが私の記憶から飛び出そうとしている。
でも今思い出してはいけないと私はなんとか記憶を押しとどめて、ガンガンする頭を押さえた。
「赤津さん、大丈夫?」
「あっ、友梨ちゃん、うん、私は大丈夫だから」
私は空元気にもほどがあるほどの笑みで彼女に大丈夫ともう一度告げた。
友梨ちゃんだってあまり顔色が良くない、やっぱりこういう話しは苦手なんだと思う。
「あたしの話しはこれでお終い。
同じようなことが起こるとは思わないけど、一応用心しておいたほうがいいと思う。
中には不審者を見かけたって人もいるから」
話しがこれで一通り終わり、次にこれからどうするかを決めることになった。
「そういうこと、あんまりこの話し自体も鵜呑みにしない方が不安も大きいと思うからいいんだけど、それで瑠美、どうするの?」
由紀奈が一層険しい表情で瑠美に聞いた。
「そうね、赤津さんは霊感があるみたいだし。
友梨ちゃんと一緒に先頭に立って、二列目に由紀奈と詩澄が歩いて、私は一番後ろから指示を送るから」
瑠美がそう言うと特に反対意見もなくそのまま決まり、あっさりとトンネルへと進路をとり、順番に歩いていく。
薄暗いトンネルの中はそこだけが世界から外れているように妙に肌寒く、空気の流れが違っていた、両端の高い位置にはところどころに電気が付いたり消えたりしていてどうにもあまり点検されていなさそうで心許ない。
過去にしかも最近事件があった場所にしてはあまり対策がされていないような、また、人を寄せ付けなさそうな環境に思える。
「赤津さん、本当に霊感あるんですか?」
友梨ちゃんが心配そうに聞いてきた。
「信じてるわけじゃないけど、そう感じるような気がするときがあるの。
そんなに期待しないで、便利でもなんでもないんだから」
「そうですよね、確かに、不気味だし、見たくないものが見えるというのはそれだけで気分が悪いと思います」
会話でもすれば多少はこの圧迫感も薄れるだろうかと私は思いながら、こんな時でも話しかけてくれる友梨ちゃんに感謝した。
「でも、気付いてくれないのも、ちょっと寂しいと思いますよ」
「えっ? 何のこと?」
どこか友梨ちゃん青い瞳で、まるで表情が切り替えられたような薄気味悪い笑みで、トンネルの中ということもあったのかはわからないけど、私はドキっとしてよくわからない感覚が襲った。
「確かに“見えた”のでしょう?」
バンっ!と一瞬意識が途切れるような音がして、見てはいけないものが脳内を駆けめぐっていくような感覚に襲われた。
「(ちょっと私ってば・・・、憑依でもされてるの・・・、さっきから頭が痛いし、このザラっとした感覚は・・・・・・)」
「ちょっと、どうしたの、羽佐奈? えっ・・・、ちょっと何これ」
一番後ろの瑠美が血溜まりでも見たのか地面の方を見ているのが私にだけ少し見えた。
しかし意識が少し白く染まっていてよく状況が読み取れない。
でもまだその異変には特に真ん中を歩く二人は気付いてなくて、今の状況はそれぞれがバラバラに同じビデオテープ再生してみているかのようだった。
お互いがお互いを中途半端な形でしか情報認識できない、そんな奇妙な状況がどれだけ続いたのか、それは最もリアリティーのある形で一番の現実へと全員を連れ戻した。
「あれ、ちょっと瑠美は?」
「え、あたし達の後ろを歩いてるんじゃ」
二人は後ろを歩く気配の遅れに気付いた。
「瑠美! どうしたの?!」
同時に軽い動きで二人は振り返り次の瞬間に衝撃的な事態を目撃した。
同じように歩いていたはずの瑠美が10mほど離れたところで膝を突いてうずくまっている。そして二人はほとんど同時に叫びに近い声を上げた。
「瑠美! 何かあったの?!」
「“あああああっっっっ!!!”」
駆け寄ろうとした二人の前に瑠美の悲鳴が木霊した。
「ちょっと、これ、何がどうなってんの!?
背中が・・・、イタ、痛い!!」
瑠美の背中に幾度も事件で見つかっていると言っていたナイフが突き刺さっていた。
「何よこれっ! 冗談キツイって・・・!
誰か・・・、早く取ってよ・・・、救急車、早く!!」
瑠美が痛々しくうめき声を上げながら、なんとか一つ一つ辛そうな呼吸の中状況を口にする、由紀奈と詩澄も冗談ではなく事の重大さに気付いて急いで瑠美に駆け寄っていく。
「赤津さん! 携帯持ってるよね? 急いで救急車呼んで!!」
私はあまりに突然の悲劇に驚きながらも、一つ返事をして急いで携帯を取り出して番号を押し、耳にキツク携帯電話を押し当てる。
「瑠美? 大丈夫? 他に怪我とかない?」
私が携帯で連絡を取っている間も興奮状態の中、大丈夫? と二人が声をかけ続ける。
私もこうして連絡を取る立場になかったら冷静さを失っていたかもしれない。
現在の状況を説明しながら、私は少しずつ現状把握ができはじめ、冷静さを取り戻していく、いつの間にか頭の駆けめぐる頭痛のような痛みも消え、なんとか場所まで伝えることができた。
瑠美の状態を見る限り、それほど深刻な怪我ではないようだ。
背中にナイフが刺さっているが、それは直接押しつけて刺したものではなく、遠距離から投げつけられた物でそれほど深くは刺さっていない。
多少の出血はしているし、確かに背中だけあって痛みは相当なものだと思うけど、なんとか治療出来そうな具合で済んだと言えるだろう。
「ねぇ、これってやっぱりそうなのかな」
詩澄はこの前自分に起こったことを思い出したのか少し半狂乱になりながらあまり冷静に看ることができてなさそうだが、由紀奈の方は割と冷静さを取り戻して“ナイフ”という一連の事件の関連に気付いたようだ。
「この前の事件でも使われていたっていう、かなり短めのくだものナイフって言っていいのかわからないけど」
「でも、なんかこれ、ナイフの表面に書かれて」
「アルファベットの“J”、一体これって・・・、何か意味があって?」
私はそれを聞いて一瞬思った。
「(まさかこれって・・・、事件の連続性を関連づけて?!
一体何のために? でもアルファベットの文字なんて・・・
どういう意図があってこんなことを・・・)」
私は整理できない事象に情報の足りなさを自覚した。
「アルファベットの“J” 何かこれには意味があって・・・」
「例えば・・・、“ジャックナイフ”とか」
そう答えを導き出したのは隣で立ちつくす友梨ちゃんだった。
「飛び出しナイフ・・・、わざわざそんな暗号を残すためにこのナイフを?」
「メディアには格好のエサね・・・、連続に狙われる中高生に、同じく使われる形状の似たナイフ」
薄気味悪く笑みを零す友梨ちゃん、そこには言いしれず感情があるように伺えた。
そして救急車がトンネルに到着して、由紀奈が付き添いで車に乗り込み、私たちは間もなく解散することとなった。
夕方の日の小さな午後にはパラパラと雨が降り始めていた。
それぞれの中にある不安は今日の出来事で余計に大きくなり、心の奥底に追いやってもなかなか忘れられないような精神的な負担へと紛れもなく変わっていた。




