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第一四章 「Living Dead―記憶のカケラー」

随分と日が空いてしまいました。すっかり物語も季節に合わせたものに(笑)。

真相が明かされていく毎に時間は刻々と過ぎていきます、どうかゆっくりと噛み締めながら読んでいただけると嬉しい限りです

第14章 「Living Dead―記憶のカケラー」


シーン1「終業式」

12月22日


 季節が通り過ぎていくのはいとも容易い、さまざまなことがあった慌ただしい二学期も今日で終わりを告げる。

 全校生徒集まっての終業式が終わって教室へと戻る、先生が諸事情やら用件を長い時間を掛けて話す、他の子たちは今日から冬休みが始まり事もあって浮かれ調子で先に配られた通知票の評価などは忘れてこれからの予定を話したりする時間に使っている。

 私はと言うと、ずっと窓を見ていた。

 外の冷たさでガラスが張っているのが解る、ちょっとガラスに近づいただけで曇ったりして冷たさがどんどんと厳しくなってきているのが分かった。

 なんだろう・・・、よく自分でも分からないんだけど、言葉の意味を噛み締める時間が必要なんだと思う、だからずっとよく分からない感覚にとらわれている。


“君が生きてなかったら僕は生きてないよ”


 なんであんなことを急に司は言ったんだろう。あまりにも意図が分からない、それほど悩むことでもあったんだろうか。

 私はなんて返せばよかったんだろうか、今でもうまい言葉が浮かばない。

 明後日には何事もなく一緒にいられるんだろうけど・・・、それでいいのかな?って思いもある。


“羽佐奈”と隣から話しかけてくる声がした、由佳里だった。

「どうしたの? ずっと外ばっかり見て」

「うん? なんでもないよ、ちょっとボーとしてただけ」

「羽佐奈って相変わらず考え込みやすいタイプだよね、脳天気よかいいけど」

「そうなのかな・・・、よく言われるけど」

 隣の由佳里は元気そうだった、由佳里は勉強嫌いだから学校が休みになるのが嬉しいのだと思うけど、由佳里と一緒に学校に通うのも、今の制服姿を見られるのももう後少しだと思うと感慨深いものがあった。

「成績、どうだった?」

 由佳里は聞いてきた、由佳里は執行部に入ってもいたこともあって考え方は大人っぽくしっかりしていて現実的だ、もちろん他の生徒がみんな本気で浮かれている人ばかりじゃないことも知っているのが、直接心配してくれるのは嬉しかった。

 クラスにはまだ進路が決まっていない人が三分の一くらいはいて、来月私と同じようにセンターを受ける人でも無理に元気よく振る舞っている人がいるのも事実だった、みんな不安や悩みがある中で頑張っている、思春期特有の感情の中で自分を取り繕っているのが現実なのだ。

 そういえば由佳里は私と出会った頃にクラス委員をしていたっけ・・・、今更ながら思い出してしまった。

「心配してたほど悪くもなかったかな・・・、勉強する時間あんまり取れなかったけど、それも計算の範囲内に収まってくれたし」

「ホント、信じがたいわね、こんなに勉強できる子になるなんて」

「それはもう聞き飽きたよ、由佳里だって頑張れば同じとこ目指せたと思うよ」

「私は勉強とかあんま長続きしないから。そんなことより自由な時間が欲しかったからいいのよ」

 例え受かってとしても勉強に付いていけなかったら意味ないしねと由佳里は言葉を付け足した。由佳里は由佳里なりに進路を考えて行動していると考えるべきなんだろうなと思った。

「明後日、ほんとに行くの?」

「うん、そのつもり」

「めっさ混むと思うよー、最初聞いたときビックリしすぎて笑ったわ」

 由佳里は“めっさ”を異常に強調していった、あの時は咄嗟の思いつきで言ったもんだから強引に約束したけど、やっぱりかなり無理のある話しなんだろうな。

「私も笑われるとは思わなかったし、約束した以上本気も本気だから」

「そういう強情なところも何か羽佐奈っぽくていいわね。

でも正直羨ましいかな、そこまで恋人らしいことができるのは」

「そういえば最近聞いてなかったけど、由佳里はそっち系の話しはないの?」

「あー・・・、ないこともないんだけど・・・」

「ちょっと、私に黙って何かあったの?! そこは話しておきなさい、ちゃんと聞いてあげるから」

「そんな熱はいらなくても、そんな大した話しじゃないんだけど」

「いいのよ、今はそういう話しが栄養になるから」

 “なんて無茶苦茶な”と由佳里は呆れかえった。

 でも現在進行形の話しのようで、期待はしないでと言った上で由佳里は私の希望に応じて話しを始めた。

「仕方ないか・・・、それじゃあちょっと簡略して話すけど入院してたときあったでしょ? その時に喫茶店の人がお花持ってお見舞いに来てくれて」

「喫茶店の人ってマスターじゃなくて?」

「うん、羽佐奈は会ったことないかもしれないけど、二ヶ月くらい前から新人を雇ってて、私の見てない時間とかによく働いてんのよ」

「あぁ・・・、そう言えば見たことあったな。20代くらいの身長高くて若い男の人だよね」

「そう・・・、それまでは教える側くらいの感じだったんだけど、お見舞いに来られたのはなんだか不意打ちだったわ、相手は大人だから基本しっかりしてるし、変に緊張しちゃったりもしちゃうんだよね」

「へぇ、結構ウェイトレス姿似合っててカッコイイもんね」

「それが逆に憎らしいというか、何か受けから攻めに変わってきてる感じ? 何か妙に気になっちゃって」

「意外と気に入られてるのかもね」

 中学生相手だから恋愛感情とかは難しいだろうけどと付け加えるのは変に虚しくなるのでやめておいた、何か凄いな大人相手って・・・、そこまで不思議ではないのにドキっとする感じ、犯罪に近いとはこのことを言うのかな・・・、私はまた何をバカなことを考えてるんだろう・・・。

「難しいのよこれはこれで、考えれば考えるほどどつぼに嵌るというか、考えるだけ余計な気苦労になっちゃう感じで」

「なんだか久しいね、由佳里の場合」

「そりゃあ、今更クラスの男子と付き合おうって気にはならないから」

 由佳里は人気はあると思うんだけどあんまり深入りした恋愛話しは聞かないんだよね・・・、彼氏がいたのって確か小6くらいのだっけ? ウブすぎて全然覚えてないけど、私の時はあれだけ騒いでたのに・・・、何か変に差別入ってる気がしてならないよね。

「まぁ楽しみなさいよ、せっかく行くんだったら」

 由佳里の言葉で明後日のことが現実味を帯びてくる気がした。

シーン2「10年目の真実」


 夕方、もう少しすれば夕食時という時間にも関わらず畑山がアパートの自室に来ていた。

羽佐奈は家には帰ってきているだろうがおそらく自室かリビングにいるだろう、夕食の準備をしているのかもしれない。

 俺は密閉された部屋の中で畑山の持ってきたノートパソコンのスクリーンを畑山の操作する姿を見ながら一緒に拝聴する。

「大分話しもまとまってきたのでな、推測の部分の一部あるが、ここいらで一度まとめて整理してみようと思う」

 そう言って畑山はプレゼン用のファイルを開く、一般には見せられないような情報や画像を含めてそれが表示される。

 畑山はおよそ忙しい毎日だろうにそれを堪えて大事なことだと一喝して話しを始めた。


 12月13日17時40分頃、連続中高生殺傷事件の容疑者として石毛 俊介が逮捕された。

 犯人は複数の事件への関与の可能性があり、ホテルの自室から発見された一連の事件に使われたと見られる凶器(県内へ購入された形跡も残っている刃渡り20cmほどのナイフ)が見つかった。

 しかし犯人は警察署内で監察官の目を盗み自殺を敢行、発見されたときにはすでに意識不明の状況にあり急いで病院に搬送されたが治療も虚しく死亡が確認された。

 犯人は数回の取り調べに対して容疑を否認しており、犯行に関して“記憶がない”と主張していた。しかし状況証拠やアリバイを含め、犯人が犯行に及んだことはほぼ否定のしようのない事実であり、一説には自殺したのは複数犯としての仲間を庇うための手段として用いられたとも推理されている。


「ここまでが今回の事件の調査資料の簡単なまとめだ。

しかしだな、今日話したいのはここからだ、昨日の晩に起きたことなんだが。

――――外れの山の中にある小屋で火事があったんだ」

「火事?」俺は何のことが分からず間髪入れず疑問を抱いた。一体何だろう、この期に及んだ畑山が話したい事って、俺はこの時点ではまるで想像できなかった。

「不思議に思うのも無理はないかもしれんな、まぁまだ何の話しかわからんだろうがじきに分かる、とりあえず聞いてくれ」

「ああ・・・、話してくれ」

 畑山のノートPCには比較的この近くにあるであろう山の小屋が燃えている写真が写っていた。

「山小屋の火事の連絡を受けてから消火隊が急行したが山小屋は全焼、まぁ山火事にはならなかったということだな。

 それで調べてきて分かったことだが山小屋の中から最近まで生活をしていたと考えられる遺留品が幾つか発見された、その検証から山小屋に石毛 俊介がいたのではないかという話が持ち上がってきている。そして現場で発見されたライターからこれは火事ではなく放火の疑いがあるのではないかと考えられているんだ。

 後だな、ここからが信じがたい話しになるのだが、現場周辺の土から一人の男の死体が見つかった。鑑識の調べからその死体は10年ほど前のものでかなり腐敗していたのだが、着ていた服装や遺留品などから、10年前の行方不明者だと推測されている。

 そう、個人的に調べたことも含むから確証はできんが、あの事件を引き起こした行方不明者のバス運転手だと俺は見ている」

「なんだ・・・、どんどん支離滅裂な話しになってきてるな。

 そこから推理すると、石毛俊介は逃走又は協力者との連絡のために山小屋を利用していたということか?

 それに、今まで幾ら捜査しても見つからなかった犯人が、なんで今になって羽佐奈を襲った犯人の死体が上がってくるんだ? 二つに関連性があるとは考えづらいが・・・」

「石毛俊介がわざわざ利用するとなるとその辺りになるだろう、あの山小屋なら誰かに見つかるようなことはない、そこで共犯者と接触していた可能性は十分にある。

しかしまぁ石毛俊介が自殺をした時点で共犯者がいたのかどうかは分からずじまいになってしまったわけだがな。

 関連性があるかは一概には言えんが、山小屋の存在自体、近所の住民もほとんど知らなかったらしく、死体を隠す意味でも打って付けだったのかもしれん。もちろん死体として上がった犯人がいかにして土の中に埋められたのかはまったく推測できないがな。

 そういえば、目撃証言がないのだったな、その当日を含めこれまでずっと、この犯人と思しき行方不明者は」

「運転手のいない車のひき逃げ事故、当時はかなり話題になったな。

見間違いという可能性があるから証明することは不可能だが、もしもその時からすでに失踪し山小屋に向かっていたなら、犯人が捕まらなかったのには納得がいくところだが」

「覚えているか? この犯人が起こしたもう一つのひき逃げ事故、ニュースでの報道では赤津の方がメインとなって関連としてしか報道はされなかったが」

「ああ・・・、もちろん覚えているが・・・」

「被害者は赤津と同い年の男の子で同じようなひき逃げ事故だったな。

10年前の事件だからなんともいえんが、行方不明になっていたバスの運転手が見つかったことで、二つの事件の解決に何らかのヒントをもたらしてくれるといいのだがな」

畑山がもたらした情報は今まで事件を調べてきた俺にとっても大きな収穫だった。

しかし同時にさまざまな感情が渦巻いているのも事実だった。

忌むべき犯人がすでに死んでいること、それは捜査に費やした日々がすべて徒労に終わるような気分に思えた。

俺はタバコ片手に静かにベランダに出た。長い時間液晶モニターを見たせいで目がショボショボする・・・、俺は正常な視界を確かめるように日の落ちる空を眺めた。

冷たい風が考え込んでいた頭を柔らかくしてくれる、口から吐いたタバコの煙はあっさりと外の風に流され、新しい酸素を運んでくれる。

畑山は変わることなくノートパソコンのキーボードを叩き続けている、その仕事ぶりも何か昔のことを思い出させるようで胸が苦しくなった。


俺は真実を知りたいのだろうか? 今更何が変わるわけでもないのに、おのれの自己満足のために真実を掘り起こすことが一体何のためになるのだろう? どれだけ夕日を眺めても、記憶を辿っても、その答えは現時点では出そうになかった。


それでも、俺はあの頃のことを思い返す意味も込めて俺は独自で過去の記録をもう一度調べていた。そう、あの名前に妙な既視感を覚えていたから、そしてその予感は見事に的中することとなった。

 

 あの夏の暑い昼下がり、羽佐奈の年に一度の誕生日の日、もう一つの事件が起きていた。

住宅街で起きたひき逃げ事件、犯人は当時5歳だった男の子を軽トラックで轢き、逃走した、羽佐奈を祝うためにファミレスに行き、事件に遭うおよそ数時間前の出来事だった。

 唯一状況が違うところと言えば犯人が“目撃”されていることだった。

 羽佐奈を襲った時の犯人は目撃されておらず、周辺の目撃者からはいるはずの運転手は見かけられておらず、300m先に乗り捨てられたと見られる軽トラックにも犯人の姿はなかった。

 目に付きやすい作業着の男は一体どこへ行ったのか、当時の捜査でそれは謎の部分だった、幸い軽トラックのナンバープレートの番号を覚えている人が近所住民にいたため同一の軽トラックとわかったものの、それは余計に事件を迷走させる原因にもなった。

 結局の所、当時の状況ではその犯人が見つからなかったことが大きな痛手となり、事件の真相が掴めなかったのだ、だからといって今更犯人が見つかったところで何が解決というわけでもないのだが・・・。

 今はそれよりも懸念すべき事がある、俺は気付いてしまった。


 もう一度、タバコの煙を吹く、目の前が薄くスモックが掛かり視界が薄れる、やけに静かな街の景色が事の重大さを薄めて頭を冷静にさせる、俺はもう一度思い出した。


 そう、ここでいう重大な事実とはもう一つの事件の被害者が“飛鳥 涼子”の“子ども”だということだ。

 今までどこかで引っ掛かってはいたが思い出せないでいた、それは紛れもなく俺と涼子との間を埋める共通点であり、無関係ではない証拠だった。

 そして彼女は同時に言っていた、またその“子ども”は生きていると、同じように事件に巻き込まれながら羽佐奈は目を覚まし元気になったが、一方で涼子の子どもは今も事件の後遺症で植物人間のまま苦しんでいる、果たして涼子は知っているのだろうか? それに知っているとしたら俺と羽佐奈の事をどんな想いで見つめてきたのだろう・・・。

 

 それは俺自身がどれだけ考えてもわからないのかもしれない・・・。

 しかし同時にそれを理解できなければ、ずっと彼女とは一緒にいられないのかもしれない、涼子のことを理解すること、もしもそれを求められているのだとしたら俺はどうすればいいのか・・・、考えれば考えるほど想像の域を越えて答えが迷走していく・・・、今の俺には事件の捜査に協力することしかできない、それがあまりにも脆く、受け入れがたい関係性に見えてならなかった。

シーン3「孤独基地」


部屋を暗くしてベッドに入ると不意に部屋の中の静けさが現実のものとして襲いかかってきた。さっきまで畑山さんが来てたからちゃんと商店街まで買い物に行って準備をして夕食も楽しかったんだけど。

避けようのない不安が今になって襲いかかってくる。

終業式が終わってからすぐに司を探しに行ったのに、下級生のクラスをどれだけ探しても見つからなかった、下級生のクラスをあんまり長時間歩くのには抵抗があるし、あまり噂にされるのも避けたかった、だから司のクラスの子に聞こうと思ったけど考え事してる内に機会を失ってしまった。

「今日、学校に来てたのかな・・・」

寒さを堪えるように布団を被って横向きに枕を顔に付けて目を閉じる。

携帯に連絡を入れたのに返信のないまま今日が終わろうとしている。本当に明後日には会えるんだろうか? 楽しい一日を送れるんだろうか? 一番楽しい一日になると信じて今もこうしているのに、考えれば考えるほど軽率な自分が嫌になる。

なんでもいつも思いつきばっかりだ・・・、特に恋愛に関してはそんなに経験もないから致命的な気がする。

司は今日は一日家をでれなかったんだろうか? 叔父さん達に何かあったんだろうか? 何か大変なことに巻き込まれているんだろうか? なんでもかんでも想像は浮かび上がってくるけど、どれも確証のない想像ばかりが浮かんでくる。

そして、それ以上特に連絡もないまま私はいつの間にか眠っていた。


雫が落ちるような音と一緒にひんやりとした感触がした。

五感の中で感覚だけが何らかの状況を把握しようとしている、わからない・・・、どこだろうここは? 言葉が言葉にならない、自分の体がどこにあるのか分からない、夢の中にいるようなそんな感覚、僕は一体・・・、あぁ、死んだんだろうか? あまりにも醜さを発露したから・・・、あまりの醜態に現実が僕を否定したのか・・・、記憶を思い返そうとすればするほど言葉にならないぐらいの痛みが蘇ってくる。これが死の痛み? 痺れるようなザラザラとした痛みを抱えながら僕はどうすることも出来ないまま得体の知れない宇宙を彷徨っている。

どこからか古びたブラウン管テレビを付けるように悩の中を通して映像が浮かび上がる、どこだろうここは・・・、白黒で何が何か分からない、視界を操作することも出来ない、ただ見させられているような気分、ふいにひんやりとした風を感じた、先ほど感じた冷気はどうやらこれのようだ。

コンクリートに包まれた四角の箱のような室内は、どこに出窓があるのかわからないほど同じようなコンクリートの壁が広がっている。

確かに定かではないけれど僕はそこにいた。

僕という存在がいた。僕を構成する何かがいた。僕に語りかける何かがいた。見えるはずのない何かが見えた気がした。これが現実なのか僕は本当に現世しているのかわからないが、僕という存在がまだ消えていないことは分かった。

これから始まるのは地獄なのか、ここは地獄なのか、過ちを犯した僕を裁く祭壇なのか、床に置かれたものが灯油ランプかオイルランプであると揺れる炎であると分かったとき、これから始まることが一段と想像できなくなった。

明らかにここは来てはならない場所だった。

「聞こえているだろう?」

どこかから心臓がドクンと動くような音がした。確かにその声はエコーが掛かったようにして聞こえた。

「抵抗しようとしても無駄だよ、もうその体は君のものじゃないから動かないよ」

少年はあまりに無感情に僕に宣告した。まだ声変わりもしてない幼さの残る声で、でも抵抗のしようがない僕にはそれは逃れようのないものだった。

「君は一体・・・、どうしてこんなことをするの?」

「失った時間を、取り戻るためだよ」

少年は僕の質問に返答した。

黒く歪んだ影が一歩一歩近づいてくる、瞬間的に僕は恐怖感と共にあまりに歪んだ意志を感じた。

なんだろうこれは・・・、今こうして意識を保っているのは不思議な奇跡だとしても、今度こそ僕はどうにもならないように感じた。相手はあまりに本気で殺意をむき出しにし、僕に向かって近づいてくる。

「だから無駄だと言っているだろう? その体はもう君のものじゃないんだよ」

どう思考を巡らしても体へと信号は届かない、それを察してかもう一度少年は警告した。

どうすればいいのか・・・、焦りだけが募っていく・・・。

「今更、生きてどうしたいの? 僕はね、憧れているんだ、生きることに、君なんかよりずっと大きな想いでね、だから君には死んでもらうよ」

「少々お遊びがすぎますぞ」

僕の体の方から声が聞こえた、僕を襲ってきたときにした声だ。

今ならはっきりわかる、あれは夢でも幻でもない、現実に起こった過去として僕の記憶に刻み込まれているのがわかる。

「ごめんね、少し興奮しすぎたみたいだ。ずっと待ち望んでいたから、これでようやく願いが叶う、ずっと長い夢を見ていたようだね」

 不思議と少年の声から外見の輪郭が見えてくるような気がした。

 とても純真な小さな子どもの姿、まるで迷いのない生の願望、それは僕にとってはあまりにも眩しいものだった。

「君はどうしてそうまでして僕の体を求めるの?」

 僕は意識が未だ混濁したまま近づく闇を静止させるために声を吐き出した。

「僕はね、小さい頃に事故にあって死んだんだ。

それからずっと自分に体を貸してくれる人を探しているんだよ、どうしても会いたい大切な人がいるからね。その日は大切な人の誕生日だったんだけどね、祝ってあげられなかったから、どうしても謝りたいんだ。今では僕は魂だけの存在になってしまったからね、このままじゃ声を届けることも出来ないから」

 少年はゆっくりと僕に語りかけながら徐々に僕の心に入り込んでくる、すでに体をどうすることも出来ない僕にはそれにどう応えればいいのか、どう抵抗していいのかはわからなかった、でも少年は確かに僕に語りかけているのだからそれには応えてあげなければならないと感じた。

「君は、その人のことが好きなの?」

 3つの魂が不思議な意識の中空に打ち上げられたような状況で、ただ一見してみれば一つの体を巡って争うように、信号が声となってそれぞれの会話を成立させている。

 僕は少年の声は近づき、意識が近くに感じるたびに、少年から深い悲しみや痛みを共有しているかに思え、少年の言葉は心に釘を打つように重く感じられた。



―――好きだよ、今でも想い続けているから。


そう言って、少年は僕に向かって真実を語り始めた。


私たちは不器用だ

こうしているだけで欲しくて堪らなくなる


時間にしたらほんの一瞬しか経っていないのに

そんな感覚は分からなくて、すぐに我慢が出来なくなる


だから私たちは不器用だと思う

たぶんそれは人間として生まれた限り、同じ動物である限り仕方ないことなのだろう


結局は君が求める気持ちもそれと同じなんだよ

「10年前、僕は大切な人の誕生日を祝おうとプレゼントを買い、その人の家へと急いで向かっていた、その人が笑顔で喜んでくれるのを楽しみにしていたんだ。

でもその道の途中で僕は事故に遭遇した。

忌まわしくもトラックが僕の先の未来を断った、当たった瞬間にはもうどうしようもなかった、僕の体は中空に吹き飛ばされ、体を地面に叩きつけられ、大量の出血を出した、それは周りの人たちも騒ぎ出すほどに大惨事だった。

僕の意識は体が離れ、このまま天に昇っていくはずだった。

理解しようのない知りもしない死の感覚と痛みに思考全体を崩壊させられながら、でも僕の大切な人に会うという未練を理解し引き留めてくれる存在がいた、どうしようもない状況の僕を現世に留めてくれる存在がいた。それがここに君を連れてきてくれた僕の愛犬だよ。

彼は僕の未練に耳を傾けてくれた、融解しそうな僕の意識を引き留めてくれた、僕はまだするべきことがあったから、大切な人をこのまま置いてはいけなかったから、だから彼に協力してもらうことにしたんだ、もう一度出会うために、果たせなかった約束を果たすために、僕はどれだけ時間が掛かってもいいから、その約束だけは果たすという覚悟を持って生きることにしたんだ。

不思議そうにしているね、僕にはわかるよ、君の考えていること、思っていること、もう意識は繋がっているから、僕の意識はもう君とリンクしているから、疑問に思っていることは分かるよ。

彼はね、僕の飼っていた犬はもう死んでるんだ、でも僕のために残ってくれた、だから、僕はこの約束だけは果たさなければならないんだ、でもそのためには人間の体が必要だから、でもね、もちろん人間なら誰でもいいわけではなかった、肉体の適正が合わなければ体を動かすことも叶わなかった、だから、もしかしたら君に会えたのは運命かもしれない、僕いつまでも魂のままで現世できるわけではないから、今感じてるリングの光はまさしく僕たちが共鳴している証だから、僕は君の体さえあれば最後の約束を果たすことが出来る、未練なく彼と共に天に昇ることが出来る。

わかったかな? 僕の想いが、冗談なんかじゃないんだ、ずっと僕たちは待ち望んできたことなんだ」

今起きている現象がなければ、すべてをオカルトだと言葉を断っていたことだろう。

でも僕は思い出す、羽佐奈は霊感があって時折そういった死んだ人の霊を見ることがあると、未練を残した人がまだ存在しているのを感じることがあると、それは人の思考やら記憶物質、妄想だけで説明できるものじゃなくて、現象として認識できることがあるものであると、僕には霊感はないけど、こうしてまだ成仏できずに現実に存在しているとしたなら、今の彼らの願いを妄想だと否定することは出来ないのではないか。

「今回は苦労したよ本当に。人間の体を動かすとはやっぱりなれないものだ」

少年とは違う僕をここまで連れてきたもう一つの声だった。


「彼の優秀さは十分に理解してくれたよね? 彼が僕の愛犬だよ、仲間内ではキングと呼ばれていた、さすがに人間の体をここまで制御するのは大変みたいだけどね」

あまりに想像の範疇を越えた話しについていけず、僕は言葉を失ってしまった。

僕はすでに同調が行われる中で、どうすることもできず、この状況を受け入れている、他に手段などない、きっと彼らの方が僕の体を器用にこなすだろう。

「これより君の体は僕の制御下にはいるよ、ありがとう、感謝するよ、積年の願いを叶えさせてくれて」

僕は再び混濁の意識の中に帰っていく、僕が僕であることを忘れていく、気付けば僕は今までよりずっと彼の気持ちを理解してあげられている気がした。


―――これでようやく再会できるね、羽佐奈


霊魂のまま積もりに積もった10年分の想いを胸に、久しぶりの体の感触を確かめながら、長い夜は更けていった。



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