第十一章前編 「それぞれの末路」
いよいよ第二部最終章です。
わかりやすい分離ポイントがあったので前後半に分けました。どうぞご理解ください。
では前半スタート!!
第11章 「それぞれの末路」
シーン1「遠き日」
12月14日
山小屋の中、小さなブラウン管テレビがバキバキ、ビリビリと電波の切れる音を出しながらかすかにアナウンサーの声をスピーカーから吐き出している。
「ジャック・・・・・・」
テレビではずっと同じような放送が続いていた。
有名芸能人による中高生連続殺傷事件、それもドラマの撮影期間中に起こった事件だけに大きく取り扱われた。人気を博していたドラマの放送は一旦中断され、再放映の目処もまだ経っていない。
クイーンは外見の少女の姿そのままに膝を腕で抱えながらずっとうつろな目でテレビの画面を観ていた。
「・・・そこにいるんでしょ?」
虚空に向け声を吐き出す。クイーンの目にはうっすらと黒い影が見えた、霊感という名の彼ら特有の気配を捉える方式でその存在を確かめる。
「・・・ああ、ずっと見ていたのか?」
「特にすることもないしね・・・ねぇ、ジャックはどうしたの? まだ生きてるの?」
寂しげな目で微動だにしない影へ向かって語りかける。
「先ほど消失したよ。定めを終えたのだ、これ以上現世する必要はなかっただろう」
「あなたが送ったの?」
「ああ、本人が望んだことだ。実体を持たない私にしかできないことだからだ、責務と思い全うした」
「そう・・・・・・」
キングは仕方ないといった風にジャックの最後の末路を語った、低くまるでノイズのまじりそうなほどの険しい声、クイーンはそうなるとは理解していたものの、現実としてわずかな期間とはいえ同じ目的を共有してきた仲間の消失に気持ちの整理がうまく出来なかった。
ジャックが天に昇った今、犯人の取り調べがどうなっているかは定かではない、それにここにいる二人にとってはそのこれからの展望自体もどうでもよかった。
ただ今はジャックがいなくなった以上、次なる作戦を考えなければならない。
「ねぇ、あなたって霊体になる前は何をしていたの?」
「おい、突然なんだ? 生きていた頃の話しをするのは禁已になってることだろう」
「ごめん・・・、少し興味があったのよ。こんなところにずっといても退屈だったし・・・」
ある夜だった・・・、ジャックが今の憑依体を持ってすぐのこと、退屈な夜を過ごしていた私はふと気になっていたことを聞いた。
「どうしてって思うか?
「そりゃあそうよ。わざわざ監視の厳しい俳優だか有名芸能人に憑依しなくたってって思うわよ」
「たまたまこの身体が不安定だったんだよ、それほど選り好みしたわけじゃないさ」
「そんなの・・・、納得できるわけ内じゃない。今の世間なんて不安定な人間なんていくらでもいるじゃない」
私は彼の言い分に納得できなくて責めた、しかし彼はこれっぽっちも動揺したり怒ろうとはしなかった。
「俺は役者になりたかったんだ。
生きていた頃は金がなくて、バイトをしながら数少ない同志を集めて、小さな劇場を借りて演劇をしていたよ。特定のファンがいるわけでもない、人気があるわけでもない、しかし、無駄だと思っていてもやめられなかった。
その結果、結局うまくはいかなかったけどな。
でも一度きりの人生ならそれでよかったと俺は思ってる。
誰だって売れて、有名になって、食っていけるわけじゃない、そんなことは最初から分かっていたからな、例え若くして死んで、無能だと言われても後悔はない。
でもやっぱり、本当は有名になって沢山の人が俺を見てくれて、立派にやってきたって証明したかったんだろうな。
だから、こんだけ有名になっていながらくだらないことで悩んだりするこの憑依体のことが許せなかったんだろうな。
これで満足か? 理由なんてものは後付けでも何とでも言える、でもしいて理由を述べるならこんな所だ」
彼が自分のことをこんな話したのは、これが最初で最後だった。
生まれていく意味と、死んでいく意味と、生きてきた意義と、私に語ってくれたこと、それは確かに彼自身のことだったのだと思う。
彼は死んでもなお、念願の夢を叶えて、何を思ったのだろう?
今では確認のしようがないが、でも少なくても私は彼のことを知ってしまったのだから。
「・・・その意志は貫くことにしよう」
自然と決意は固まった。
私がここにいる意味、引き継ぐべき意志、今の私にしか出来ない事。
「どうした? 何かあったか?」
「彼を殺ったのはあの女なの?」
私は質問を質問で返した。キングはフッと笑ったような気がした。
「ああ、そうだな。間接的とはいえ、最後のきっかけとなったのはあの女だよ」
「なら、私のすることは一つだけだ」
「復讐か・・・」
「ジャックの無念は私が晴らす。これ以上小娘を調子づかせはしないよ」
「フフフッ、そうか、では存分に頑張ってくれたまえ、手出しは一切しない、好きなようにするがいい」
「最初からそのつもりだよ。好き勝手にはさせない、もう加減する必要はないからね」
クイーンは床に捨てられたゴミ袋を蹴り上げた、ゴミがバラバラになって辺りに散らかった、クイーンの決意はすでにあまりにも固く、それは避けることの出来ない定めに思えた。
かくして静けさの中、闇の炎を灯すように、決意を新たにしてクイーンは目標へ向かって行動を開始した。
*
シーン2「君が望む永遠の崩壊」
12月15日
午前十時。俺は確かな決意を持って電話を掛けた。
すでに準備はすべて整っていた。舞台のセッティングは万全に済まし、後は涼子次第となった。
「涼子・・・」
決意とは裏腹に言葉が詰まった、柄にもなく緊張していた。
「どうしたの?」
涼子はまだ自宅にいたのだろう、遠くから微かにテレビの音声が聞こえた。
「今日時間はあるか? 連絡が取れた、会いに行こうと思う」
あまりに簡潔に俺は述べた。
「それ、本当?」
「ああ、いろいろと探し回ったが、ようやく見つかったよ。
今日なら会っても大丈夫だそうだ、来てくれるか?」
「わかったわ。他に仕事は任せて同行させてもらうわ。
ふふっ、正直驚いたわ・・・」
「どうしてだ?」
「だって私、きっと見つからなくて諦めてたんだと思ってたから。
でもよかったわ、これで気持ちに整理が付けられるわ」
「そうか・・・、遅くなってすまなかったな、今から言う場所に来てくれ、面会のためのセッティングは済ませておく」
会話が終わり携帯を閉じる。
あまりにあっけなく感じる約束、でも今まで積み重ねてきた時間はそれを裏切りはしない。確かな焦燥感を俺は感じていた。
ソファーに掛けてあるジャケットを着てテレビの電源を消し俺は家を出た。
午後の昼下がり、人通りも少ない住宅街を一人歩いていく。
元夫が指定した場所は彼の自宅から近い公園だった、公園は連続中高生刺殺事件が一応の解決を見せた後でもがらんとして母親達の談笑する声や子ども達の元気そうな姿もない。普通から考えればまだ小中校生は授業があると考慮してもまったく人がいないのは異常と言わざる終えなかった。
そんな訳できっと元夫も面会場所として選びやすかったのだろう。平日のこんな時間にとも疑問が浮かぶが双方が納得しているのだから問い詰める必要もないだろう。
そして来るべく時は訪れた。
「覚悟は出来てるのか?」
「ずっと前から覚悟は出来てるつもりよ。それでもやっぱり答えが欲しいのよ、私は不器用にしか生きられないから」
先にやってきたのは涼子だった。いつにもなく真剣な眼差しでやはり長いブランクを開けた再会に緊張しているようだった。
「もうすぐ待ち合わせ時刻だ・・・。ここで待っていればいい、二人で話した方がいいだろう、俺は離れているぞ」
「ダメよ・・・。あなたも一緒にいるのよ」
俺は最初から二人の話し合いには関与しないつもりでいた。ただの連絡係に勤め、何も関わらないつもりでいた。しかし立ち去ろうとする俺を涼子は躊躇わずに止めた。
「どうしてだ?」
「どうしてもよ、あなたにも知っていて欲しいのよ、私たちが自らの手で壊した家族のことを」
その意味が何を示すのか俺には簡単には分からなかった、二人が別れることになった本当の原因、知る必要もないそんなことを涼子を俺に教えたがっている、こんな絶対に信じざる終えないシチュエーションの中で。
ふいに風が吹き公園の木々がざわめいた。時計の分針が0に重なる。
公園の入り口からこちらへと向かってくる影が浮かんだ、それは躊躇うことなくどんどんと近づいてくる、そして影は実像を浮かばせて、そこにはどこにでもいそうなサラリーマンが、懐かしむように俺の隣に佇む涼子を見ていた。
「行ってはだめよ、私はあなたでないとだめなの・・・」
涼子はそう言ってさらに俺を引き留めた。「どうしてそこまで」と言いたかったがそれだけ言われれば口を塞ぐしかなく、俺にはもうここから去る勇気はなくなっていた。
「本当に久しぶりだな、どうして会いに来た?」
180センチ近くありそうな長身で涼子を見下ろす男、仕事の後か前かはわからないが男はこちらと同じくスーツ姿だった。
「どうしても聞いておきたいことがあって」
「こいつも一緒なのか?」
男は俺の方に目線を送って言った、それは彼にとっても意外だったのかもしれない、連絡係とはいえ同じ席に見ず知らずの俺がいるのは不自然でしかない、しかしそれは涼子自身もわかっているようだった。
「ええ、何か問題でも?」
「いや、この際問い詰めることはしないでおこう、時間の無駄だ」
彼の言いたいことはなんとなくわかった。話しを聞かせるということは単なる調査員ではなく特別な関係の人だからだろうと言いたいのだろう、俺には涼子の意図は具体的には分からないが近いことであることは分かった。
「そう言って貰えると助かるわ、今日は来てくれてありがとう」
「それはいい、余計なことに関わることにならなければ会うことぐらい平気だ」
「そう・・・」
二人はこの何年ぶりかという再会に何を思っているのだろうか、あまりにお互いが無感情に無関係に、まるで干渉しあうことを嫌うようなよそよそしさに空気すら重たさを感じた。
「聞きたいことは簡単な事よ、どうして別れたの?」
「ストレートだね・・・、今更何を振り返る必要がある?
慰謝料も約束通り支払ったし、それに君は仕事にしても現在もうまくやっているんだろう?
俺も新しい家族ができたし守らなければならないものも出来た、それぞれが別の生き方を立派にしている、それでもういいじゃないか?」
言葉はそれぞれの感情となって二人が別々の思いを持っていることが分かった。どれだけの時を経ても再び分かり合うことはないのだろうか、俺はただ二人の会話を見守ることしかできなかった。
そして涼子が元夫の言葉に対抗するように口を開いた。
「あなたはまだそんなことを言って・・・、自分だけ幸せならいいと納得してっ・・・。
知っているんでしょ?! まだ緑は生きてるのよ!!」
急に全く知らない話が出てきた、これが涼子のどうしても伝えたいことだったのだろうか。その声はまるで母の悲痛な叫びのようだった、まだ外見からすれば若く弁護士をしている立場から子どもを持っているイメージは持ちづらいが、ここでの涼子からは母親としての威厳のようなものが感じられた。
「あれで生きていると?
10年も治らなければ苦痛を与えているだけじゃないか、それなら新しい家庭を築き、安定した環境で子どもを育てた方が余程社会のためであり、自分たちの幸せのためだろう。
そんなことぐらいお前だって分かっているだろう、それにもう気付いているんだろう?自分が満足に子ども産めない身体だって」
「なんでそんなこと・・・」
「認めろよ。二人も子どもを不意にして殺しておきながら。
一人目は出産と同時に死に、二人目も幼いうちに植物人間になった、全部お前の負った責任だろう、俺は何度も言ったよな。
でもお前は仕事もろくに休まなかったしタバコも辞めなかった、このまま産むのだと言って聞かなかった、そんなお前とどうしてこれ以上一緒にいなければならない? 俺は今の新しい家庭に満足している、お前といた頃にはなかった安泰な幸せがある、本当の意味で子どもを大切に思えるようになった。
もういいだろう・・・、これ以上何を話すことがある? 緑のことはお前が決めればいい、諦めきれないというならそのまま生かせておけばいいだろう、俺はこれ以上関わるつもりはない」
後半からは怒鳴りつけるように、男は言葉を言い捨ててこの場を去った、それ以上話し合うつもりはなかったのだろう。
涼子は衝撃を受けたように、黙って下を向いたままで男を引き留めることもしなかった。過去の古傷が痛んだのか、否定する言葉がなかったのか、俺には把握できないが、しかし男はこれが最後の別れとなるであろうと覚悟しつつも立ち止まることなく公園を離れていった。
そしてあまりに静かに、二人は公園の中に取り残された。
しばらく涼子は黙ったままだった、しかし公園が子どもやその親で賑わい出すとさすがに俺も放ってはおけずここを離れるよう急かした。
すると涼子は俺の手に支えられるようにのっそりと立ち上がってただ「どこか静かな場所に行きたい」と呟いた。
俺は仕方なく涼子の指示通りとりあえず車を出し、涼子を助手席に乗せた。
「どこに行けばいい?」
車を走らせながら俺は聞いた。
「そうね・・・、海なんていいわね」
空気は重たくどこにもドラマチックな雰囲気はなかったが、涼子はじっと助手席から窓の外を見ながら呟いた。
一番近場となる海へは一時間以上の時間が掛かった。車から降りると太平洋からの冷たい風が体全体を震わせた。あまりの寒さに早く帰りたいと思ったが涼子はそんな言葉を聞く気もなくどんどんと海へと歩いて近づいていく。
人気のない海水浴場から見た夕焼け空はあまりに美しく、海はオレンジの色に映し出され波を揺らしながら幻想的に輝きを放っている。
「綺麗だな・・・、さすがに寒すぎて長時間は耐えられんが」
「ふふっ・・・、そうね、でも、たまにはこういうところに来るのもいいのかしらね。
ここにいると、今までのことが全部嘘のように思える、・・・本当になかったことならいいのに・・・」
「信じてるんじゃないのか?」
「私、そんなに強くないもの・・・。今はね、本当は諦める理由が欲しかっただけなのかもしれないって思うわ。
だって10年間もずっと眠ったままなのよ? おかしいじゃない、それでずっと待ってるなんて、まるで私自身の時間も止まったみたいで・・・、結局は何も進まないのよ・・・、足枷になって・・・、信じたいって気持ちだけで」
「そんなもんなのかな・・・」
俺は涼子が今感じている想いの切なさほどこの現実を実感できていないのだろう。だからどこかで距離を感じてうまく言葉を返すことが出来なかった。
「さっきの話し、全部本当の事よ。
きっと私はもう子供を作れない・・・、作る勇気もない。だってもう子どもが悲しむのを見るのも死んでいくのを見るのも辛いもの。あなたなら分かるでしょう? 子ども一人作ることがどれだけ大変なことかって。
二律背反ね、それだけ怖いって思うのに諦めきれないのかって、もしかしたら私を救ってくれるんじゃないかって期待してる、私が頑張って生かして来たのが間違いじゃないって覆してくれることを期待してる、だって誰だって産まれてきたんだから生きたいと願うでしょ? 私はその人として当然の願いに応えているだけなのよ」
「脳死は人の死ではないか・・・、相手がまだ子どもであるが故に難しいことだな・・・」
「そう・・・、私はまだ生きてるって信じてるもの。体はそこに確かにある、ただ心が離れてしまって息を返せないだけで、生きているんだって信じてる」
波の音は涼子の言葉には応えずに静かに押しては引いてを繰り返す、でもこの海の綺麗さが涼子に言葉を引き出させているんじゃないかと俺は感じた。この歳になれば本当の気持ちなんて早々口に出来るものではない、そのことは俺自身もよくわかっていた。
「これが俺に聞いて欲しかったことか」
「ええ・・・、なんとなくだけど、こうなるだろうなってことはわかってたわ。
だから全部話すつもりだったの、整理付けることはちゃんと整理付けなきゃいけないだろうから。
私はね、あなたのことが好きよ。今はもうあなたが探偵だからとか関係ない、あなたを本気で愛してるわ。だから知って欲しかったの、こんな私でも受け入れてもらえるのかを試すためにも」
それでも人は人を求めることをやめないのだろう・・・。俺はそんな言葉を思った。
再婚なんてずっと考えたこともなかった、そもそも俺は羽佐奈が独立して家を離れることになることさえ想像していなかった。それだけ今の生活が崩れることが怖かったのか、今以上の幸せなんて考えられなかったのか、結局はどちらの意味も含むのだろうと思う。
だからこそ、俺は涼子の問いにこの場で即答することはできなかった。
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