表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/27

第十章 「戻れない明日があるとすれば」

私はね、ある時願ったんだ。

   ―――みんなが幸せでいられればいいって


  でもね、やっぱりそれって簡単な事じゃないって気づき始めたんだ


みんなの幸せをと考えれば考えるほどそれは凄く難しいことだってわかって

 ―――それで気がついたら、私は一番大切なことまで見失ってしまっていた


ねぇ? どこで私は間違ってたのかな?


声は星を渡るように願いとなって答えもなく響き渡った



第10章 「戻れない明日があるとすれば」

12月13日

シーン1「Moon Crying」

 ふと車のデジタル時計を見た。もう時刻は0時を過ぎ日付は12月13日になっていた。

私にはまるでそれだけの時間が過ぎた実感がない、ただ地獄のような緊張感の中で生死を分けた時間を過ごし、ようやくここに至って自分を取り戻したことだけは分かった。

 畑山刑事は言葉少なげに車を発進させた。夜の街が横を通り過ぎそれはとても遠いものに感じた。

「ごめんなさい・・・」

 ようやく呼吸の整ってきた私は、気を遣って沈黙を続けてくれる畑山刑事に告げた。

「何があった? 追われていると言ったな、ただ事ではないのはわかるが」

 畑山刑事の言葉に私は口をつぐんだ、まだ言葉にするのには苦痛を感じた。すると畑山刑事の視線を胸に感じた。

「あっ・・・」

 視線を感じて私は余計に縮こまった。気付けばコートの下はまだ下着姿のままだった。

「あんまり・・・、見ないでください」

 私は顔を下に向けて恥ずかしさを抑えた。意識してしまったらどうしようもない、何があったのかなんて隠しようがないことはわかっている。でも彼は刑事だから、きっと話すまで待ってくれるだろう、私はそう信じることにした。

「すみません・・・、今は話すのは辛くて」

「そうか・・・、無理をさせたな。

それにしてもどうしようか・・・、家に送ってあげればいいか?」

「それは・・・、やめてください。

こんな格好では帰れません・・・、それに帰すわけにはいかないでしょう?」

 そう言うと畑山刑事は口を噤んだ。私が何らかの事件に巻き込まれたことはすでに刑事の中でも確信めいていた。それがわかって私は家に帰る気にはなれなかった。

「年頃の女の子と夜を二人で過ごすわけにはいかんしな・・・」私の格好のことも含めてだろう・・・、刑事はそう言って「それならうちに来ればいい」と自分の家を紹介してくれた。

「いいんですか?」

「この時間だ、子どもはもう寝てるだろう」

 じゃあ眠れずにいる自分はなんだろうという疑問を抱えながら畑山刑事の提案に従うことにした。自然と身体の震えは収まっていた。車内の温かさでどっと疲れが押し寄せてくる。

「しばらく時間は掛かる。休んでいていいぞ」

「どうして、こんなに優しくしてくれるんですか?」

 私は疑問に思っていたことを聞いた。

「言ったろ? 協力してやるって。こんな時に助けてやれなかったら警察なんてやってる価値ないだろ。まぁこの際、アルコールの匂いがするのは黙っていてやる。

 気が向いたときに話してくれればいい、後は俺たちが解決する、それが仕事だからな」

 助けてやらなかったらお前の親父に何言われるかわからんしなと最後に刑事は付け足した。

 気持ちは痛いぐらいに伝わった。身体から力が抜けていく、私は刑事の言葉を頭で消化しながら疲れのあまり意識を閉じた。

 運転席に座る刑事に起こされてもう車が目的地に止まっていることに気付いた。

どれだけ走ったのは想像しづらかったけどホテルからは随分離れたようだ。

「(ホテルの荷物は霧島さんに任せればいいか・・・)」

 私はそう決めて、車を降りた。怖いくらいに冷たい外気にさらされる、私は凍えそうなくらいの寒さを感じて玄関へ急いだ。

「さぁ、寒いから早くは入りな」

「はい、お邪魔します」

 建ってどれくらい経つのかはわからないけど周りの家と連立している大きな一軒家だった。私は深夜の時間ということもあり物音を立てないように慎重に後に続いた。

「寒かっただろ? 先にお風呂用意しようか?」

 リビングまでやってきたところで畑山さんは言った。

「でも・・・」

「いいんだ・・・、気持ちを整理する時間も必要だろう」

 今この時も心配事は尽きない、本当にこれでいいのか? 本当はすぐにでも犯人を捕まえないといけないという気持ちはあるのに、本質的なものとして犯人を捕まえない限り本当の安心を得ることはできない、なのに、畑山刑事は私の気持ちを優先してくれている。

 まだこれといって事の真相を明らかにしたわけでもなく、畑山刑事にとっては眠ることも出来ない時間が続くことだろう。私は今、こんな状況にもかかわらず甘えてしまってよいのかわからなかった。私が犯人を捕まえると決意したのに・・・。

でも、という考えが幾度も脳内を駆けめぐった後、私は押されるように畑山刑事の指示に従った。

「俺としては、ずっとそんな格好で不安そうにされてる方が辛い、犯人はすぐにでも捕まえられる、安心しろ」

「はい・・・、すみません、それじゃあシャワーだけお借りします」

 なんだろう・・・、まだ頭の中が真っ白な気がする、ずっとこのモヤモヤした気持ちは消えないのかもしれない、そんなことを思いながら、私は下着を脱いで浴室に入った。


 畑山は寝室に入った。すでに妻はベッドの中でくるまっていて豆電球の小さな電灯だけが小さな光を帯びて部屋を薄暗く照らしている。

 おそらく二人の子どももすでに眠ってしまった後だろう、そう思って畑山は静かにパソコンの電源を付けた。

 早めに準備は進めておいた方がいいだろう、そう思って畑山は警視庁に電話を掛け待機命令を掛けた。これでいつでも犯人の捜査はできる、まだこれですべてが解決するわけとはいかないだろうが、せっかくの機会を不意にするわけにはいかないと覚悟だけは決めた。

 おそらく犯人は特定できている、だからこそ予断を許さない、相手がこれからどんな手を打ってくるかは想像できない。まだ犯人はあのホテルの中にいたのだろう、こうしてる間にも焦る気持ちは膨らんでいく。

 どれほど確証が出ていても・・・、どれほど犯人が不利だとしても、いつでも油断してはならないという気持ちが畑山の中にはあった。

「帰ってきていたの?」

 そっと音を立てて妻が起き上がる、その目は心配そのものだった。

「ああ、また朝方出掛けることになるがな・・・」

「そう・・・、今日は帰れないだろうって聞いてたけど・・・、でもまだ犯人が捕まったわけではないのね」

 妻は多少の事情は知っていた、だから遅くに帰ってきた畑山を怒るようなことはしなかった。

「しかし・・・、確実に解決へと進んでいる。犯人の好きなようにはさせんさ」

「そうね・・・、みんなが安心して眠れるようになればいいけど」

 妻は酷く心配性だった。いつも年頃の二人の子どもの心配をしている。

いつどんな事件に巻き込まれるか分からない、そんな緊張感を妻はいつも持ち合わせていた。

「そうだ・・・、今、赤津の娘がうちに来てるんだが着替えを貸してやってはくれんか?」

 畑山は思いついたように言った。さすがに自分の服を着させるわけにもいかない、かといって子どもの服では小さすぎるだろう、勝手に持ち出すことは躊躇ってしまうからこそここは妻にお願いすることにした。

「このシャワーの音・・・、何かと思えばそういうことなの。

悪いことしたわけじゃなさそうだし・・・、そうね、ちょっと待って」

 妻は起き上がってタンスの中を探し始めた。なにやら多少は疑われていたようだ。堂々と女を連れ込めるはずはないということぐらい理解はしてくれないと・・・。そんなことを思いながら畑山は一安心した。

「確認してきたほうがいいか?」

「ん? 大丈夫よ、あのドラマに出てる子でしょう? それだったらサイズくらい想像付くわ、ちょっとお古になってしまうのは致し方ないけど」

 そう妻は遠慮して畑山に選び抜いた服を差し出した。

 やがてシャワーの音が止まる、捜査の準備のための確認作業も一段落したところで畑山は寝室を出た。

 そして、どことなく安易な展開と思えるほどに二人は洗面所を兼任する脱衣所で遭遇した。疲れもあってか無警戒に扉を開けてしまったことを畑山は深く反省する結果となった。

 

「(あ〜、結局畑山さんに下着姿を全部見られる結果に・・・)」

 車内ではなんとかコートで隠してたのに・・・、と私は酷く恥ずかしさを嘆いた。

畑山さんから貸していただいた服に着替える。畑山さんの奥さんの服みたいだけど、しっかり選んでくれたんだろう、着て鏡で見てみてもまったく違和感がなかった。きっとドラマろかできっと外見も把握されているんだろうなぁと、前回会ったのは随分と前になるので思った。

「(うちの娘もすぐにあんな大人っぽくなってしまうのか・・・)」

 畑山は別の意味で羽佐奈の下着姿を偶然にも見てしまったことを嘆いていた。


「少しだけ休んでもいいですか?」

「それだったら書斎に布団を用意しておいたから使ってくれ」

 私は目も合わせるのも控えていそいそと案内された場所に入った。

 そして二時間後・・・、もうすぐ日が昇りそうという時間になって、目が覚めた私は意を決して畑山さんを呼んだ。

「今日のこと、全部お話ししますので」

 緊張して寝室に入った私はそう言って畑山刑事を呼んだ。

 リビングのソファーで二人はゆっくりと話しをした。今日あったすべてのこと、これからすべきことを。

「そうか・・・、わかった。速やかに犯人の捜索に入る、赤津は安心して学校に行ってくれ。後は警察の仕事だ」

「はい・・・、すみません、力になれなくて。

私、油断していたんです、絶対石毛さんは悪いことをするような人じゃないって。出会った頃から、凄くお世話になって、信頼していて、初心者の私にも優しくしてくれたから。だから今日の豹変ぶりが理解できなくて、本当は何かの間違いなんじゃないかってそんなことばっかり考えて、ごめんなさい、罪は罪だってわかってるんです、凄く怖かったですから、だからやっぱり、やはり解決してもらいたいって思います、わがままばっかりだと思いますが」

 正直に話しているとこんなにも私は思っていたんだと実感した。

「俺は急な状況でも諦めずに立ち向かった赤津を評価する、誰だって信じたくないようなことはある。まだすべての真相は明らかになったわけじゃない、これからわかることだってある。

 俺は赤津が不利になるようなことにはしたくない・・・、例え有名人だからといって人権が侵害されるようなことがあってはならないからな、うまくやってみるさ」

「はい・・・、よろしくお願いします」

 私が石毛さんに襲われたとニュースで報道されてしまえば大きなスキャンダルとなって私は酷くマスコミから追われることになるだろう。すでにドラマで共演していることから、お互いの関係さえ疑われかねない。

 そういったことも含めて畑山さんはフォローしてくれることを約束してくれた。

安心できる明日を過ごせるように。

                    *

シーン2「裏切り」

 やがて私は家まで送ってもらうことになった。

 もう日は昇って朝帰りなってしまった。

 車の助手席に座りながら私は畑山刑事の家で見た二人の子どものことを思い出した。

ついでにと畑山刑事に紹介された二人の子ども、薄暗い部屋でうっすらと見えた可愛い寝顔、私よりも少し小さなその姿は私から見ても愛くるしく仲の良さそうな二人だった。

「(私は何を感傷に思っているんだろう・・・)」

 私はよくわからない感情に頭を巡らされていた。姉妹が羨ましいのか、それとも小さな子どもが羨ましいのか・・・、幸せそのもののような子ども時代が羨ましいのか・・・、沢山思うことはあったが私には一体どれなのか判断できなかった。

「ありがとうございました」

 家の前に着いた私は畑山刑事に感謝をして車を降りた。

「後の捜査よろしくお願いします、どうか無理はしないでくださいね」

「ああ、赤津の安心のためにももう一頑張りさせてもらう。また困ったことがあれば言ってくれ」

 そう話して、私たちは別れた。次の捜査へと向かって刑事の乗った車は勢いよく走り去っていった、もう振り返ることはない、私は帰ってきた家へと入った。

「(すっかり登校時間になっちゃったなぁ・・・)」

 そんなことを思いながら私は無意識に何の警戒もなく家の奥へと進んだ。


 そして・・・、時が止まるように、私の心を抉るように、私は信じられないものを見た。

                   

「えっ?」

 色がカラーからモノクロへ、そして黒く染まっていくように、私の家に、知らない女性がリビングのそのすぐそばで、いるはずもないのに佇んでいる。

「・・・どういうこと?」

 ただ信じられないものを見るような目で、私はずっとソレを見る、でもそれは幾ら瞬きをしても幻でも幻想でもなかった。

「羽佐奈、帰ってきたのか、心配したぞ」

 お父さんの声だった。確かにその女性と一緒にいて・・・、それはこれまでもずっと続いていたかのように楽しそうで、怖いぐらいに自然で、何の疑問もなく一緒に存在していた。

「誰? その人・・・」

 気付いたら疑問が声に出ていた、ただ嘘であればいいと思いながら。

「初めまして、飛鳥涼子よ」

 色っぽい大人の女性の声、高い身長から真っ直ぐにその目は私を捉えていた。

「そうじゃなくて・・・どういう関係・・・っ」

 私はお父さんと話しているはずなのに、返答は別の所から来た。もう一人のその女性、私はつい声を荒げた。

「留守中お邪魔しました。わかるでしょ? 私たち付き合ってるの」

「おい、ちょっとま・・・」

 あまりに残酷な宣告の後にお父さんの声が聞こえた気がした。でも私の頭は何か強い衝撃を受けたようになりお父さんの声は届かなかった。

「こういうことはハッキリしておいた方がいいでしょ、お互いにとっても」

 あまりに饒舌な女の声で目の前が真っ暗になる、ただこんなはずじゃなかったと私は頭の中で反芻して、口を開いた。

「どうしてっ・・・、訳が分からないよ、どうして今になって・・・、そんなこと突然言われても・・・、私たち二人で支え合って生きていくって決めてここまで来たのに・・・、私、頑張ったよね? お父さんに迷惑を掛けないように、足枷にならないように、頑張ったよね? 

 どうして? どうしてなのっ? どうして、何も教えてくれなかったの? 

 私は、そんなに邪魔だった? 本当はその人のそばにいたかったの?

 わからないよ・・・、もう、何を信じたらいいのかわからないよ」

 まるでドラマのように、大きな地響きを起こすようにして、事態は暗転した。

 信じていたことを裏切られた衝撃は想像することができないくらい深くて、私はその場から立ち去るように自分の部屋に籠もるしかなかった。

「おい、羽佐奈!!」

 大きなドアの閉める音と共にお父さんの声が聞こえた。

 私は沈むように身体を落とす。

 今の私には自分のしたことの意味も、どうしてこんなことになったのかも考える余裕はなかった。

 私は早くこの場から逃げたいあまり学校へ行く準備を早く済ませて二人の方を振り返らずに玄関から家を出た。

 家を出て一人で通学路を歩く。

 ふと思い至って、どうして私はあんなに腹を立てていたのだろうと思った。

「(そうか・・・、私は怖いんだ・・・、二人の生活が壊れるのか・・・、お父さんとあの女の人が再婚するのか)」

 大人の恋愛なんて子どもからみれば雲の上のようなものだ。

 経緯なんて想像できない、ただいつの間にか私たちの間に入り込んでいる異分子のようにしか見えない。

 起こりえないと思っていたことが起きてしまっただけに、私はこれからのことが不安でならなかった。


「おい、一体どうする気だ」

 俺は涼子に怒鳴り付けた。あんな言い方をすれば羽佐奈が混乱することは自分には想像できた、だからこそ軽はずみな発言をした涼子を許すことは出来なかった。

「真実を述べただけでしょう・・・。それ以外に私がここにいる意味をどう説明すればいいわけ?

調査のためだとか、捜索のためのだとか信じるかしら? それに私は少なくても、あなたとは当然付き合ってるつもりでいたわよ」

 俺は涼子の言葉に言い返せなかった。

 羽佐奈を納得させる言葉を俺はまだ持っていなかったのだった。

シーン3「理解の砂」


「どうしたの?」

 休み時間になって由佳里が私の席にやってきた。落としていた目線を上げる、すると由佳里は心配そうな目で私を見ていた。

「あっ・・・」

 返答にもならない声を上げる。ボーとしていたんだろう、私は何をしているんだろうとふと思った。そしてそこまで至って久しぶりに一人で登校してきたことを思い出した、きっと由佳里は何かあったのだと思ってそれに気付いていたんだろう。

「何かあった? 疲れてるみたいだけど・・・」

「うん・・・、そうなのかな・・・」

「昨日まで撮影だったのよね、仕方ないか」

「うん・・・、何だか緊張感が抜けた感じ」

 息の籠もっていない返答に由佳里はあまり納得したという感じではなかったが諦めたように自分の席に戻った。

「(畑山さん、大丈夫かな・・・、休んでないんだろうな、私のせいで。

きっと今もずっと捜査を続けてる、早く捕まるといいけど・・・)

 私は遠い空を見た。慌ただしいまでの緊張感が抜けたここで今一人カヤの外にいるような感覚になる。解決の時を見ずに中途半端なまま投げ出したような、そんな気分だった。

「(・・・・・・逃げてるのかな? 私)」

 いろんなことがありすぎてどうすればいいのかわからない、それが正直な気持ちだった。

 その日の鐘の音はどこか遠く聞こえた。

「現場の証拠から犯人は石毛 俊介で間違いないですね・・・、例のトンネル内での中学生殺傷事件の際に使われたとされる凶器と類似したものもホテルの室内から発見されていますし、指紋鑑定の結果が出るまでもないでしょう」

 鑑識の男が報告に声を掛ける。畑山は慎重な面持ちでその報告に耳を傾けていた。

「しかし・・・、すでに犯人は自分の犯行自体を隠す気はないらしいな。

さすがに犯人だと特定されての行動か、逃げることを優先したのか」

「もう指名手配もされていますし、例え県外に逃げたとしても捜査の手から逃れることは出来ないでしょう。もう時間の問題です」

 もう完全に犯人を捕らえる包囲網は完成し、畑山の仕事も間もなく終わろうとしていた。

 昼下がりという時間に集められた何十人、何百人という捜査官はそれぞれの持ち場で任務を続けている。畑山は前日、前々日からほとんど寝ておらずさすがに疲れの色が出始めており、未だ捜査が進むホテルの前で報告を聞きながら次なる行動を試算している。

「しかし・・・、幾つかの不審な点は拭えんな」

「はぁ・・・」

 鑑識の男は畑山の言葉があまり理解できないようだった。

 単純に証拠だけを集める人物と総合的な目で事件を見る人とでは現場の判断は異なる、その点からしても今回の事件は不審な点が多く、未だ不明瞭な点が多く残されていた。

「やはり・・・、俺と同じような立場の人間か、総合的な目で見れる人物の意見が必要だな」

「それはどういう・・・?」

 鑑識の男は不思議そうに畑山を見つめていた。

 いくつものパトカーが止まるホテル前、畑山の頭の中は次の段階へ進もうとしていた。

「(赤津は言っていたな・・・。すべての事件を石毛俊介が起こしたものではないと、少なくももう一人の存在、クイーンなどと仮称される人物がいると。

 これはどちらの赤津の意見とも一致するものだな、マスコミなどは石毛俊介が犯人であるという衝撃に終始して未だ気付いていないが、犯人が複数人であることはほぼ間違いないだろう。

そして犯人との間には何らかの関連性がある、一体それがなんなのか・・・、今はその要因となるものが読めない)」

石毛俊介を捕まえただけでは事件は終わらないこと、聞かなければならないことがあることがあるということは畑山にとって、まだ安心できる段階でないことを示していた。

「(しかし・・・、言ってみたものの意外と赤津を守るというのも大変なものだな。

あいつに隠し通すことも含めて)」

 捜査上の都合ということでなんとか赤津が犯人に襲われたという事象は極秘にしてある、それに父親にも知られたくないという意見もまた後ろめたさを隠しきれない。

 これからも続く捜査に何らかの障害にならなければいいのだが・・・。

 実のところ一番の心配はマスコミがどう判断するかだ、これで一連の中高生殺傷事件が解決されたとされれば、最低いるもう一人の犯人の存在を有耶無耶にしてしまう・・・。

 しかし、このもう一人の犯人の情報があまりにも今は少ない、一体どう繋げればよいのか畑山は悩むほかなかった。


「赤津、犯人は捕まったよ」

 日が落ちかける夕刻、畑山から電話が来た。

 ため息混じるのとても疲れた声、数日はまともに休めなかったのだろう、声のトーンからしてとても酷い有様だ。

「そうか、これで一区切りは着いたか」

「そうだといいんだがな・・・」

 一番かどうかはわからないが俺の携帯に電話してくる辺り、精神的にも相当疲れているんだろうと判断できる。俺はいい加減休むように畑山に言いつけた。

「まもなくニュースでも報道されるさ、どれだけ事件の真相がこれから明らかになるかは定かではないのが問題だが・・・、そろそろ一区切りしないと体力が持ちそうにないな」

 現場は今も慌ただしいのだろう、電話の向こうからさまざまな騒音が紛れ込んでいることから想像できた。

「まだ事件は終わっていないか・・・」

「そうだな・・・、あの10年前の事件を含めてな」

 俺にとっては10年前のことを事故ではなく事件と明確に言葉にしたことが印象的だった、あの頃の捜査ではどうすることもできず事故と判断された。

 その屈辱的な敗退からここまで、事態は何らかの変化を見せるのか、果たしてこの二つは何らかの関連性を持っているのか、今の段階ではどちらとも言えない、犯人である石毛が何らかの情報を持っていればいいのだが・・・。


 結局、畑山はこの事件に羽佐奈が関わっていることを敏夫に報告しなかった。

 それが本当に正しいことなのか、未だに羽佐奈に迫っているかもしれない危険分子に対してどのような対応を取るのが正解なのか、畑山にとっても計りかねていた。

 正直なところ頭の隅に羽佐奈自身を囮として捉えている点も否定できない、羽佐奈本人がその気だろうからというのも理由に出来る、しかし、守りたいという意志を持っていることだけは、裏切りのない事実だった。

 帰りにスーパーに寄って夕方頃に帰ると家にはカギが掛かっており、家の中は留守になっていた。

「(なんだろう・・・、ちょっと不安だな・・・。

お父さん帰ってくるのかな、私、朝はさすがに言い過ぎちゃったから)」

 今頃後悔しても遅いのに・・・、そんな事を思いながら私は部屋を進んでいき電気を付け、着替えるのも置いてテレビを付けた。

 ふっと笑みが溢れた。それは自然に出たのか、でも喜びを表すものではない、むしろ安心感から来るため息のような笑いだった。

 ブラウン管の黒い何本もの横ラインが徐々に細くなり映像が鮮明に変わっていく。

「・・・・・・お疲れ様、畑山さん」

 誰もいない部屋でその言葉だけが室内に響いた、心の底からの声だった。

 こうして私はようやく石毛俊介が捕まったことを知った。

 自然とどんな感情からか涙が止まらなくなった。

「・・・うっ・・・ううっ・・・・・・、もういいんだよね・・・、大丈夫、なんだよね・・・」

 学校から登下校する間もずっと不安はあった。いつまた襲われるかもしれないという恐さ、それは年相応の女の子としてのどうしようもなく取り除きようのない不安だった。

「・・・ううっ・・・えう・・・・・・ぐすっ・・・、私ってば一人で何泣いて・・・、バカみたい」

 涙は雨のようになったティッシュを濡らす、私は力を失ってその場で座り込んで、しばらく何も出来ずに涙ながらにテレビを見つめていた。

 ブラウン管のテレビの中では本当の事情も知らない記者がいつまでも、繰り返し同じような報道を続けていた。


 夜遅くになって俺は一人家に帰ってきた。

 もうリビングの電気は消されていた、もう寝た後だろうか、俺は羽佐奈の部屋を静かに開けた。

 羽佐奈の元へ起こさないように静かに近づく。久しぶりに見る、ずっと愛おしく思ってきた娘の安心した姿だった。

 今に思えば羽佐奈のそばに犯人がいたのだ、それを知ったとき羽佐奈はどれだけ衝撃を受けただろう、知り合いが犯人だったという事実は確実に何らかの特別な印象であっただろうと思い、俺は言葉にはしきれない感情を持った。

「(そろそろ・・・、覚悟を決めないといけないな)」

 何時までも羽佐奈を不安にさせているわけにもいかない、答えを出さなければならないと思った。

「(涼子は言っていた。

夫と会い、話しをした後に、俺とゆっくり話したいことがあると。

今はそれが何か分からないが、この話しを聞かない限り今の俺と涼子との関係は変わることはないだろう・・・、とすれば、いかなる運命が待ちかまえていようと迷う必要はないか)」

 俺は決意を固めた。この身に誓って羽佐奈を悲しませないと。

 何らかの答えを得なければ前に進めない、そのことに気付いた俺はもう迷いを捨てた。

 いよいよ、涼子の願いを叶える時がきた、俺は不穏な胸騒ぎを抱えながらこの時から連絡を取り付けることを決めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ