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第九章後編(シーン3)「定めの死闘」

この回は企画当初二番目に書きたかったシーンです。

少々シビアなシーンが続きますがどうぞよろしくお願いします


第9章「定めの死闘」



シーン3 「Jack the night」


 意識は虚ろになりながら、気がついたのはタクシーの中だった。

先ほどまで感じていた騒がしい音もなければ、人の笑う声もない、とても落ち着けるような場所だった。

 ここに来ても打ちあげの時の記憶は確かにあった、記憶が飛んでしまうほど飲んだ訳じゃない、でも自分のお酒の許容量なんて知らないから飲み過ぎてしまったのかもしれない。

 コートのボタンを開いていないと身体の上気が消えていかない、私はコートを羽織って水色のワンピースを見せたままタクシーの後部座席にもたれかかる。

「もうすぐ着きますか?」

「ああ、少しはしゃぎすぎたようだな。着いたら教えるから休んでいるといい」

 とても優しい男の人の声だった。目線を横に逸らすとその姿が見えた、今まで感じたことのないくらい大きな姿、私よりもずっと飲んでいたはずなのに、慣れているのかいつもとあまり表情は変わらずに石毛さんは正面の道路をずっと見つめていた。

「すみません・・・、限度とかわからなくって。自分でも想像が付かなかったです」

「最初はそんなものだよ・・・、誰だって沢山同じようなことを経験して慣れていくんだよ」

「なんとなく分かる気がします・・・、知らないことを知らないままにしておくのはとても勿体ないことなんですね・・・」

 時間は止まっているかのようだった。無感情に車は都会の道路を走っていく、私は何が出来るわけでもなく、疲れも相まって目を閉じた。

「すみません・・・、お世話になります」

 ホテルが一緒だということで送り届けてくれることになった石毛さんに感謝をした。

 私にはこの時、幾つかの優しさや親切さを見せながら、最後には送り届けてくれるという優しさを見せる石毛さんが何人もの女性と交際を持ったり、嫌われたりすることが信じられなかった。


 ――そして、私はもう引き返すことの出来ない運命の輪の中に引きづり込まれていることに気がつく余地もなかった。


 どこからか時計の音が聞こえる、意識が開き始めると妙に肌寒いことに気付いた。

「ちょっと・・・、何これっ!?」

 目を開いて衝撃が走った。誰かのホテルの室内、平温のはずの室温のはずなのに妙に肌寒い、私は着けていたフレンチコートやカーディガン、水色のワンピースも身につけておらず、薄ピンクのブラトップと白のショーツだけを身につけた格好で両手首を合わせるように後ろ手に何かの布で強く縛られていた。

 途端に一気に意識が覚醒した。何かがおかしいという予感から明確な悪意を持って自分が危機的な状況に陥っていることに気付く。

「外れない・・・、なんで私こんな縛られてっ! どこなのよここは!!」

 私は何とか結ばれた布なんとかしようと暴れるがきつく結ばれていて布はびくともしない。

「もう起きたのか・・・、もう少し寝ていればよかったものを」

 信じがたいことに影から現れたのは石毛さんだった。

「そんな・・・、何がどうなって・・・、ここはどこですか?!」

「俺の部屋だよ、この部屋には俺と君しかいない、わかるだろう?」

 石毛さんは平然と言った。どうなっているのか・・・、私は今の状況が一体何を示すのか、わかっているのに信じたくなかった。

「全然わからないです・・・、早くこれを外してくださいっ!」

「それは出来ないな・・・、外すつもりもない、ここに君を連れてきたのは俺だからな」

「何を言って・・・、信じられないです、あんなに優しくしてくれたのに・・・」

 目の前にいる人が誰なのか、先ほどまでの優しく紳士的な石毛さんはどこへ行ったのか、あまりに冷酷に言葉を放つ姿は、何ものをも悟ったようだった。

「演技だ。すべてな、やっと二人きりになれたんだ、怖がることはないだろう、抵抗しなければ少しは優しくしてやるよ」

「何をするつもりですかっ、一体どうして・・・、こんな無意味なことを、そんなに警察に捕まりたいんですか!!」

「ここまで来てわからないかな? 君はあまりに浅はかかつ無防備だ、どうしようもないくらい愚かだね。永続的な檻の中の日々などに何の楽しみもないだろう? 快楽っていうのは一時の刹那の中にある、人の殻をして、人になりきれないのは今の人間の方だろう。

 俺は至極真っ当なことを言っている、違うか赤津?」

「あなたの言うことは理解できません・・・、自分のアイデンティティを満たすためだけに、自分の利己のために人を傷つけるなど、あってはならないことです」

「だから子どもなんだよ・・・、人間は誰だって受け入れる強さを持っているものだ、それから逃げているのは軟弱者だ。だってそうだろう? 何を失うものがあるっていうんだ? 事後だってただこの先も快楽が得られることが続いていくのに、そうして人の心は身体を通して繋がっていくのに、何の違いがあるんだ? 愛しているのも、愛していないのも結局は同じじゃあないのか? それはこじつけのように解釈して自分を守ろうとしているだけじゃあないのか? 愚かだよ・・・、愛していても、愛していなくても、結局は同じ顔をする、苦痛に歪んでくれるのも長くは続かない。

 飽き飽きするだろう? その程度の人間性しか持ち合わせていないのに、どうしてこうまでして自由が抑制される? 間違っているんだよ、この世界は」

 どれほどの憎しみがこの男を覆っているのか、暗闇の中から手を伸ばすように、男は私に近寄ってきた。

「近寄らないで変質者っ!! 理解できないわよそんなこと・・・」

「そうか・・・、君は人よりも優れた感性を持っていると思ったのだがな、今の大人は頭の固いばかりで何も出来ないやつばかりだ。なぜあんな奴らが利権を持ち権力を振るうのか理解できないな」

「自分の価値観でしかものが言えないなら、こんなことをしないと自分の主張も出来ないなら、理解なんてあなたにはできやしませんよ」

「ふふふっ、そうか、本当に面白いな赤津は。何もかもを壊したくなる、俺を否定できるものなら抵抗してみればいい」

 石毛が取り出したのは長細いナイフだった、明らかに銃刀法違反の代物。それはトンネルの中で瑠美を襲ったナイフを連想させた。

 白いワイシャツにズボン姿のまま石毛は私に近寄る、無尽蔵な嫌悪感が溢れてくるがどれだけ力を入れて布を解こうと動いても解ける気配はない。

「こんな事したって何にもならないってわかっているはずでしょう。社会から否定されて、罪を背負って、一体何になるのよ!!」

「人間風情が同じだと思うな・・・、法律など人が使った檻だ、最後に残るのは苦痛と快楽だけだよ。何もかもを分かり合うなんて不可能だよ」

「そんなことない・・・、幾らだって分かり合うための時間はある。あなたはそれから逃げているだけ。目を背けているだけよ!!」

「そうか・・・、ならばその身体で答えてもらおう・・・」

 男は何の迷いもなくナイフの切っ先をブラトップに包まれた胸にそのまま当てる。

突き刺すのではなく、当てるだけの行為は徐々に痛みを身体全体に反映させていく、皮膚に触れる切っ先はやがて赤い血液を滴らせブラトップをより濃いい赤に染め上げていく。

「痛いっ・・・、やめてっ」

 私の表情は苦痛に歪んだ、じわじわと来る明確な苦痛、これが深く刺されば一体どれだけの痛みになるのか、想像も出来なかった。

「そういえば、赤津には彼氏がいるんだったな? もうしたのか? 快楽を通じ合う仲になったのか?」

「あなたには関係ないでしょうっ!!」

 触れられたくもない話題に私は声を荒げた。

「はははっ、そうか、まだしてないのか。それで全部分かり合えたつもりなのか? それでお互いのことを知り得たつもりなのか?」

「あなたには一生理解できないことよっ、目を覚ましなさいよ」

 バンっ!! 男の左手が一瞬で振りかぶられ、私を頬を叩き、もの凄い反動と共に私は真横に倒された。手首を縛られていて私は立ち上がることも姿勢を直すことも出来ない。男が私を見下ろす、あまりに冷酷を目でそれは憎悪に満ちたものだった。

「そんな強がりがいつまでも続けられると思うな。教えてやるよ、お前の見てきたものが全部幻想だってことをな。

お前は恐れているだけだよ、愛し合うことの最後には快楽しか残らないことに気付いてしまうのを」

 男はナイフを握ったままブラトップの紐を強引に引っ張って外しに掛かる。恥辱誘うように胸を鷲づかみにして力を込める。あまりの不快さにさすがに表情が歪んだ、卑劣な行為に私は許せない感情に熱を急速に灯して素早く男の手首に全力の力を持って噛み付いた。

「くっ!! こいつっ!!」

 予想外の抵抗に石毛の表情が歪んだ、私は胸を外気に晒しながらも絶対に離さないように必死の抵抗を続け、力をなくした手首からナイフを落とさせる。

 カラカランっ!! 中空から力なく落ちたナイフはフローリングの床で鈍い音を立てて落下した。私はノンウェイトで必死に身体を傾け縛られたままの手首で落ちたナイフを拾い身体を束縛する布を切り裂いた。

「子どもがぁぁっ!! 何をしやがる!!」

 男が初めて大きな声を上げた、今までとは一線を脱したような怒りを表面化させた表情に恐怖のあまり私の心臓も信じられないぐらいに驚き膨れあがる。

「近づかないでっ!!」

 必死の叫び声を上げて制止を促し、私は刃を男の方に伸ばして徐々に距離を取ろうと一歩に二歩と下がる。

「せっかく可愛がってやろうと言うのに・・・、美人に生まれてきたのが台無しだ」

「変なことを言わないでっ! もうこんなことはやめて!!」

 男は今なお舐めるように私の胸を見る、それはもう私から見れば異常者のそれと同じに思えた。

「ジャックナイフ・・・、それは憎しみに染まったモノだ。憎しみの力を持ってこの俺を殺すか赤津? まぁ無駄だと分かっているがな・・・、どれだけ期待してもお前にはそんな度胸はないよな」

「もしかして・・・、あなたがっ・・・」

 ナイフを男の方に向けたまま私は膠着した。

「ああ、そうだ。あのトンネルの中で君の友人を襲ったのはこの俺だ」

「そんな・・・、見損ないました。残念です、もう私はあなたを許しません」

 衝撃の事実に涙が目の奥で滲む、しかし私は覚悟を決めて目の前の犯罪者に向き合う。

 戦うと決めたから、みんなを守ると決めたから、もう私は逃げない。

「どう許さないと言うんだ。今まで俺の正体にも気付かなかったというのに」

「罪は償ってもらいます。―――私の決意と共に」

 私は勢いよく足を蹴ってナイフを男に突きつける、時を待たずして二人は交錯した。

高速で繰り出した一撃を軽いステップで男はかわす。私はそれに動揺することなく二撃目、三撃目と連続で繰り出していく。

「覚悟を決めたか、勢いはあるようだがどうかな」

 まるでこの状況を楽しむように私の攻撃を怯むことなく回避していく。私の方が圧倒的有利なはずなのに、経験の差か体格の差からかまるで状況は好転しない。

 そうして何度となくナイフを振りかざし、ようやく私は追い詰めた。

「はっはっ・・・、後悔はありません、死んでください」

 息を切らしながら、今最大限出来る速度で最後の一撃を繰り出す。

「甘いよ、人を殺したこともない分際で」

 ナイフを手に迫った私に男はカウンターを掛けるように腕を伸ばして私の胸に触れ、そのままの勢いで私を突き飛ばす、そして私が倒れ掛かろうという刹那、男は信じられないものを取り出して私に突きつけた。

「残念だが、チェックメイトだ。遊びはこれで終わらせてもらう」

「そんな・・・」

 私は目を疑った、男が手に持っているのは紛れもなく拳銃だった。

「殺さずに連れて行くつもりだったが・・・、生憎元気がよすぎるようだ・・・。

抵抗するものならここで死んでもらうぞ」

「何で・・・、私はこんな油断をして」

「死ぬ覚悟でもしてもらおうか。何か言い残したことはあるか?」

 あまりに容赦のない身勝手な結末に目を逸らしそうになる、このまま諦めて屈してしまうしかないのか、これ以上抵抗してもこの強大な暴力の前には対処のしようがない。

 ただ少し男の人差し指の力を込めただけで一瞬にして銃弾が私を貫きこの世から消え去ってしまう、圧倒的な恐怖感が私を襲っていた。

「私の親友を・・・、由佳里を襲ったのもあなたなの・・・?」

 もう私は悔しさのあまり顔を下に向けていた、集中を切らせば死ぬことの恐怖心から涙が出そうになる、私には必死にこらえるほかなかった。

「ふっ、親友とやらを存じてはいないが・・・、まぁいいだろう、秘密にしておくべきだろうが殺してしまうなら言ってしまっても構わんだろう。

 そういった怨恨の類にこだわるのはクイーンだ。あいつはじわじわといたぶるのが好きだからな、さぁ、もう時間切れだ、退場してもらおう」

「そうですか・・・、あなたじゃないんですね、それじゃあ覚悟は決まりました」

 犯人は一人ではない、私や由佳里を付け狙う犯人はまた別にいる。私にとってはその理由だけで十分だった。

 この余裕をかました長身の男にはもううんざりだ、石毛さんは優しい人だと思っていたのに、本当に残念でならない。感情は感情と認めたまま、それでも決意を揺るがさないように冷酷に、私は覚悟を決めた。

 ここで死ぬわけにはいかない・・・、伝えなきゃならない、捕まえなければならない、誰かが傷つかないように、また大切な人を傷つけられないように。

 

 男の手首がぴくっと動いた、―――来る。

 バンっ!! 室外にも響きそうなほどの大きな銃声が響き渡る。

私は寸でのところで手首が動くと同時にナイフを男の手首に向かって必中の願いを込めて投げた、銃弾は男の思うところとは別の方向に飛び、思わぬところに弾痕を残した。

男は銃を落としナイフが当たり流血する手首を押さえた。

「貴様っっ!!!!」

「私は、こんなところでは死ねないから!! 私のことを待ってくれている人がいるからっ!!」

私はリビングに脱ぎ捨てられた衣類の中から予め目を付けていたトレンチコートを迷うことなく拾い上げ、男が再び起き上がる前に全速力でリビングを出て、振り返ることなくホテルの部屋から逃げ出した。

それからはもう必死だった。追いかけてくるだろう男を警戒し、トレンチコートを走りながら着用し、全力でホテルを出る。

冷たい風に吹かれながら、でも一秒でもこんな場所にいたくなくて、視界からすべてを消し去って、自分の安心できる場所まで走り抜けた。

人気のない場所まで走って、もう追ってこないと安心できたところで私はなんとか呼吸を整えようと足を止めた。

落ち着いたところで私は携帯電話を取り出して思う人に電話を掛けた。

「あれ・・・、出ない」

 しかし頼みの綱の霧島さんは電話には出なかった。

「仕事かな・・・、くそ・・・」

 予想外の事態に動揺しそうになったが、なんとか気持ちを落ち着かせ次の手段を考える、誰か頼れそうな人・・・、私は心臓がドクドクと感じたこともないように早く大きな鼓動をしているのを必死に抑えながら、緊張感の抜けない状況で誰に頼るべきか考える。

「(お願いっ! 出てっ!!!)

 心からの願いだった、祈るような気持ちで携帯電話を握りしめ伝える言葉を考える。

「―――こんな時間にどうした?」

 頼れる男の人の声。私が電話を掛けたのは畑山刑事だった。

「助けてください!! 犯人に追われています」

 私は間髪入れずに今の状況を伝えた。畑山さんは動揺する私をなんとか落ち着かせて、今すぐ迎えに行くと私のいる場所を聞いた。

「ごめんなさい・・・、私・・・、戦うって決めたのに、全然弱くて・・・」

 私はもう畑山刑事が相手なのに涙を流すのを止められなかった。ようやく解放される不安に私は感情的にならざるおえない、やがて畑山刑事の乗った車がホテルの近くで隠れる私の前にやってきた。私は迷うことなく早くこの恐怖から逃れる一点で助手席に乗り込んだ。


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