第九章前編(シーン1、2)「定めの死闘」
9章は長いため携帯では見づらそうなので分割しました。内容としては後半がメインです、お楽しみに。
第9章「定めの死闘」
シーン1「水面下の内戦」
12月11日 TOSHIO SIDE
「さすがに飲み過ぎじゃないのか?」
「そんなことないわよー! これくらい・・・、全然平気なんだから・・・」
俺の隣に座る涼子からは普段の凛々しい姿はまるで見られなくなってしまった。先ほどから何度となく止めるもののお酒を飲む動作を止めることはなく自分勝手な注文をしては飲み続けている。その飲みっぷりはと言えば立派なものだがペースとは裏腹にどんどん顔色は赤く染まり、何もかも正常ではない。
きっかけは仕事帰りに掛かってきた電話だった。
弁護士としての稼業を続ける涼子が弁護している被告人が敗訴してしまったのだという。本人は前々からの話しの口ぶりから十分に自信があり、弁護材料もしっかり揃えていたようだ。しかしそれが蓋を開けてみれば時に裏目に出ては態勢はどんどんと不利になり、ついに敗訴を迎えてしまった。そのショックは通常の理解を超えるほどのもので尋常な凹み方ではなかった。
その結果、俺は慰めのために誘われ、こうして酒に付き合わされている。といっても俺は今日は自動車通勤だから飲むことは出来ないのだが、そんなことはお構いなし、むしろ飲んでも安心とばかりに愚痴を漏らしながら、ありったけの酒を胃に流し込んでいる。
「・・・私の何が悪かったっていうのよ・・・、何も間違ったことなんて言ってないんだから!そうよね?!」
「ああ・・・、そうだな」
俺は感情的になる涼子に対して頷くことしかできない、どうもこのどうしようもない状態はなかなか解けそうにはなかった。
三時間くらいは居ただろうか、バーを出てヨロヨロと横に揺れる涼子を支えて駐車場へと歩く。
「うううっ・・・・・・」
涼子は気分が悪そうに夜空の下もだえている。
「そんな飲み過ぎるからだ・・・」
俺は何の解決になるわけでもないが、愚痴をこぼすように呟いた。
駐車場に着くと、俺は手早く涼子を支えながら自家用車に乗り込む。涼子を支えながらなんとか助手席に乗せ、頭を打たないようシートベルトを締める。涼子は頭がクラクラするようだが半目になりながらも眠るほどではないようだった。助手席の扉を閉めて運転席に移り、手早くエンジンを掛ける。涼子はすっかり酔いつぶれ頭を助手席の窓ガラスに着けていた。
「今何時?」
たどたどしい言葉で涼子は言った。
「10時半だな」
手早い動作で駐車場を出て車道を走る。俺が答えると涼子は呼吸を荒げながら少し考えるようなそぶりを見せた。
「・・・・・・お願いがあるの」
ゆっくりとした言葉でそう一つ呟いた。俺は軽く返事をして先を急かした。
「家・・・・・・、泊めて」
「はぁ?」
あまりに唐突で俺は返事にならないような返答をした、正直はっきりとした理由が浮かばなかった。
「別にいいでしょ? 私、家に帰ってもどうせ一人になっちゃって寂しいんだから・・・、こんな時ぐらいいいじゃないの・・・、それに今日はあなたも一人なんでしょ? 娘さんは出掛けてるって言ってたじゃない」
「確かにそうだが・・・、長居はさせられんぞ」
「いいのよ・・・、一人暮らしの家に帰らなくて済むだけで」
涼子は窓ガラスに頭を付けながら懸命に声を上げる、身体をもたれさせながら紅いルージュに染まった唇でたどたどしく言葉を紡ぐのが俺にはどこかそれが色っぽく見えてしまってならなかった。
今の家に移り住んでから恋人はおろか年頃の女を家に入れるのさえ初めてだった。
そういった付き合いがこれまでなかったことにも驚くが、それだけ今の相手に気を許している自分がどこか不思議でならなかった。
すっかり夜更けを迎えてしまった室内。
自分で歩けない涼子をなんとか支えて部屋のベッドで寝かせてしばらく経って、やっと落ち着いた頃には涼子はすっかり優しい寝息を立てて眠ってしまった。
しかしあまり気は晴れない、まだどこかに言い知れない罪悪感が渦巻いている。
今までがおかしかったのか、今になって正常に目覚めたのか、自分でもよくわからない、でもこの落ち着かない感情は何か自分に重大なことを気付かせようとしているかのようだった。
俺は何をする気力もなくデスクに座りパソコンの明かりだけの部屋で物思いに耽っていた。
涼子と出会って気付けばもうすぐ一ヶ月。
今の関係をうまく表現する言葉は浮かばなかった。二人の中では付き合っているのだろう、他にお互いそれ以外の相手もいないだろうから、どれほどの覚悟があるかは知れないがそれが今の現実だ。
しかし、涼子は前の夫にどうしても言いたいことがあると言った。一度会わなければならないと、そしてそれが彼女にとって一番大切でどうしても果たさなければならないという覚悟をもっており、そのために俺を頼ってくれているのだろうと思う。
大人になればなるほど感情を表現するのが難しくなる・・・、そんな不条理に俺は怯えているのかもしれない。
あまりに無秩序なネットの中にも、事務所のデータベースにも、情報として整理しているフォルダにも、無数に溜め込まれたメールの中にも情報はどこにだって転がり込んでいる。しかしそれでも見つからないものがある、それゆえの捜査というものだ。
見えない線と線を結びつけて一つの答えに形作る、ずっとそんな作業を繰り返してきた。
時系列としてこれまでを整理すると涼子の元夫の捜索は予想外なほど難航した。それは調べれば調べるほど深い湖の中に沈んでいくかのような顛末、度重なる引っ越しに転職、それはまるで何かから逃げているかのようだった。
そして虚偽な情報に踊らされながら、正確性を求めて捜査を続けた結果ようやく特定することが出来た。それはほんの偶然、少し捜査の手が遅れれば見逃していたかもしれないのような偶然だった。
しかし、ようやく見つけ出したはいいが、果たしてこれを涼子に今伝えるべきなのか判断に苦しむ。会ったとしてもきっと何も変わることはないだろう、むしろ悲しくなるだけだ、もうその夫には新しい家族が居るのだから・・・。
ブルルルル・・・、ブルルルル・・・。
唯一の照明となるパソコンの手前に置いてある携帯電話が光を帯びた。マナーモードのため机の上で鈍い音を立てて振動している、俺は余計な音で起こすわけにもいかず素早く電話に出た。
「・・・赤津か?」
小声で返事をすると畑山刑事の声が聞こえた。
「突然夜遅くにすまないな、少し聞きたいことがある」
「あまり騒がしくしたくない、簡潔に頼む」
俺は横目で涼子のことを見ながら言った。
「例の事件の話しなのだが、まもなく石毛に逮捕状が出る」
「おい・・・、突然何の話しだ? 話しが見えない・・・、俺に話すようなことなのか?」
「もしかしたら何か思い当たることがあるのではないかと思ってな、現在は明確な証拠があるわけでもない、しかし凶器が本人のものであるとほぼ特定されている件があるから、待っていられないという意見が大半だ」
近頃中高生を襲っている猟奇事件、畑山はそれを捜査していたから、話しは聞いていたし、こちらに話が振られるのも予見していたが・・・、あまりに唐突すぎる。
「それで犯人は?」
「俳優の石毛 俊介。もちろん状況証拠などから大体の事件は単独で犯行可能だが、アリバイの関係もある、すべての事件が一人で行われたものではないことはわかっている。しかし今後被害が増えることを懸念すると早めに区切りを付けるのは重要なことだ」
畑山の話を聞きながら長丁場になることを予感して俺は冷たい風の吹くベランダへ出た。
「一昨日の夜に見かけたことがあったな・・・」
俺は記憶の中から一つの出来事を思い出した。
「そうか・・・、参考までに聞かせてくれるか?」
「何も参考になることはないと思うがな」
「気晴らしにはなる・・・、現場では窮屈な話しばかりでな、少し現実を見失いそうになる」
畑山はため息をついた。やはりあまり寝ていないのだろう、声から疲れの色が出ているのが感じられた。
俺は話しを思い出そうと記憶の中から情報を手繰り寄せた。本当になんでもないような話しなのだが・・・、それでも気晴らしになるのならと俺は話しを始めることに決めた。
俺は涼子と二人でいつもとは違うバーに来ていた。割とダイニングレストランのような雰囲気でテーブル席の多い店内で俺たちは夕食を摂っていた。
「ねぇ? あれって芸能人の石毛俊介じゃないかしら?」
涼子が騒ぐように声を上げる。釣られて目を追うと確かにどこかで見たことがあるような女性と店内を歩くのが見えた。
「結構いるもんなのね。芸能人のそういうところってあんまり見たことなかったけど」
「それは近いところにいる人にとっては不思議ではないのかもな」
俺はテーブルに座る二人の姿を訝しげに見ながら言った。
「でも週刊誌とかで話題になってるわよね。彼、前々からかなりの遊び人だって」
「そうなのか? 詳しいことは知らないが・・・」
「そうよ、写真だって撮られてるし、それに相手も特定の一人って訳じゃなくて気まぐれのように変わるようだし、あんまり信用できないわよね、そういう男って」
涼子は「あんな男には興味はない」と言わんばかりに非難した。
石毛は座った席で楽しそうに連れ込んだ女性と話している。その相手がどのような関係の女性かは分からないが、複数の女性との交際が噂されている事を考えると、恋人同士のように堂々と立ち振る舞うさまは不信感を抱かずにはいられなかった。
「そういえば、あの人って娘さんのドラマに出演してるんでしょう?」
「そうか・・・、そういえばそうだったな」
俺は言われて初めて気付いた、ドラマで羽佐奈の父親役を演じているのはすぐそばにいる石毛なのだ、その事実は俺の中に改めて新しい現実感を浮かばせた。
「不遇よね・・・、ドラマでの誠実そうなイメージなんてこれっぽっちもない。所詮フィクションはフィクションに過ぎないのよね、共演しなくちゃならない娘さんが可哀想だわ」
確かにそうだなと俺は頷いた。つい一昨日のことだが事実そんな出会いがあった。
「そうか・・・、そんなことがあったのか。俺としても次の事件がいつ起こるともわからない、早めに逮捕しておきたいところだ」
畑山は話しを聞いてより一層事件の解決の必要性を高めたようだった。
「しかし・・・、その石毛が逮捕されるとなると、出演するドラマにも影響が出そうだな」
「そうだな・・・、その辺りの対応は未知数ではあるから、テレビ局側の判断によるだろうな」
普遍的な問題であるから簡単にはいかないかな、そう畑山は話しを付け足した。
畑山の話によると逮捕されるのも時間の問題だという。
果たして逮捕されることによってどのような影響が出るのか、想像するのは捜査官でも容易ではなかった。
*
シーン2「Memories Melodies」
12月12日
朝の穏やかな日差しを壊すように携帯電話がけたたましい着信音を上げた。
「起きた?」
昨日は気付いたら眠っていた。どれくらい寝たのかも中々浮かんでこない、私は携帯電話を近づけてマネージャーの言葉に応えた。霧島さんは寝起きの私の声を聞いてさすがに呆れたようだった。
「一時間後に迎えに行くから朝食摂ってロビーに来ておいてね」
「はい・・・」
軽く打ち合わせをして電話を切る。少しは目が覚めたと思う、私は立ち上がって洗面所に入った。
着替えを済ませてメイクもそこそこ朝食を摂りにホテルの食堂へ向かう。食堂には朝早い時間にもかかわらず多くの人が静かな談笑を楽しみながら食事をしている。
私は一人、バイキング形式のレストランの中で適当に今日のラインナップを選んでいく。そうして最後にコーヒーを入れて零さないように慎重にトレイを支えながら席を探す。席を探していると白いテーブルクロスの掛けられたテーブルの端の方から手を振る姿が見えた、私はそれに気付いて誰だろうと思いながら近づいていく。
「よう」
素っ気ないとは思わなかったが軽い挨拶だった。
「ホテル、ここだったんですか?」
先に朝食を摂っているのは石毛さんだった、私は偶然とはいえ驚いて足を止めた。
「そうだ、赤津も一緒だなんてな、よかったらまだ来たばかりだから相席をお願いしてもいいかな?」
「はい、一人だったんで是非」
そう言って私は石毛さんの正面に座る、石毛さんは寝間着とかではなくもうすぐにでも現場に行けそうな格好だった。石毛さんは奇遇だなと言いながら話しを始めた。
「しかし、結局プロになったりはしないのか?」
「私はそういうのは向いてないですから・・・、普通に高校行って目立つようなことはしないつもりです」
「もったいないな、度胸があって共演してて楽しかったんだがな」
「本当ですか・・・、信じられないですが、そう言っていただけると嬉しいです」
相当に有名な俳優である石毛さんにこんな風に褒めて貰えるのは光栄だった、自分が?と信じられない気持ちになる。
「赤津はどこに住んでるんだ?」
私はとりあえず質問に答えた、すると石毛さんは近いなと話して、それから幾つか地元トークが続いた。
「そういえば今日の打ち上げには来るのか?」
「はい、初めてで緊張しますけど、一旦ホテルに戻って着替えて・・・、終わったらまたホテル戻って明日には実家に帰ります」
私にとっては大勢の大人がいるところで打ち上げないし飲み会に参加すること自体が初体験で今から楽しみでもありどんなことするんだろうという気持ちがあって緊張している。
「俺は今日は出演者側に出るからな」
「あっそうなんですか?」
「こう見ても、あんまり堅苦しいのは嫌いでな、俺たちの仕事は終わってるのに、まだ仕事の終わってない連中と一緒にいるっていうのは、会話にも困るだろ」
「そういうもんなんですか・・・、主役の二人と仲いいなって思ってましたからついついスタフ側に出るのかと思ってました」
スタッフ側と出演者側、二つの打ち上げ会場はうまい具合に別れることになった。いくつもの設定上の家族が登場する都合上、集まった出演者の人数は多く、スタッフはこれから編集や宣伝に伴う忙しい都合上、別々に別れることとなった。スタッフ側には監督などの希望もあったのか主役陣が何人か引き抜かれていて、出演者側の方は割と親しみやすいメンバー編成で落ち着いた。
「まぁ心配はいらないさ、共演者が大半だろうから緊張することもないだろうからな、自分なりに楽しめばいいんじゃないか」
「はい・・・、やっぱり有名人ばかりを目の前にすれば緊張しますけど、その雰囲気も楽しむことにします」
石毛さんは優しく、これから最後の撮影が行われるというのに自然な会話を作ってくれた。私は話しに夢中になって時間が押していたのに気付いてソワソワと席を立って石毛さんと別れた。
最後の撮影は主役も含めての全体撮影が幾つか続いた。私の所の家族は最終日に至ってはあまり出番もなく、昨日の怒濤のような忙しさを乗り越えたこともあってバタバタすることなく終わることが出来た。
そして慌ただしい撮影の日々は終わりを告げた、最期の撮影が終わる途端にいろんな感情が胸の中に溢れてきて少し私は泣いてしまった。
出演者が多いこともあって現場は撮影が終わっても慌ただしくなっていて、私は霧島さんの勧めもあって早めにホテルに戻り、打ち上げの準備を済ませることにした。
「5時に行かないといけないから・・・、行く時間も考えて早めに準備しないと」
ホテル着いてもあまりゆっくりしている時間はなかった。撮影期間中は何度となく霧島さんに車で送ってもらったが打ち上げ会場には自分で行かないとならない。
「どうしようかな・・・、タクシーで行こうかな・・・」
ついつい迷ってしまった。私はパーティー用に持ってきておいた水色のワンピースに着替えて上にコートを着ても目立ってしまうなぁと思った。迷ったあげくメイクに時間が掛かって結局ホテルの前に連立してならんでいるタクシーに乗り込んで打ち上げ会場に向かった。
打ち上げ会場は思っていたより広く、打ち上げ自体はプログラムに沿って進んでいくようだった。
「あっ、霧島さん」
私は霧島さんの姿を見つけて話しかけた。
「あら、お疲れ様、少しは落ち着いた?」
「はい、ちょっとは力抜けてきたかなって思います」
風邪気味だったり、緊張しまくりだったりいろいろあったけど、ようやく落ち着いて笑うことが出来た。
「まぁ、せっかくだから楽しんでいきなさいね。早々体験できることでもないんだから」
「そうですね、こんな豪華な会場来たことないです」
壇上ではどんどんプログラムは進んで、いろんな人が出てきては話しをしたり笑いを誘ったりしていた、皆大きな仕事を終えた後の和やかな表情をしていて普段のイメージとは違う人間的な部分を見た気がした。
「ビンゴ大会、何かいいものでも当たったら教えてね」
「はい、その時は」
テーブルに配られているビンゴを持って霧島さんは言った。壇上でもまもなくビンゴ大会が始まるところだった、私は霧島さんと離れてまだ話していない人に挨拶に回っていく。
みんなそれぞれ何かしらお世話になった人ばかりでどれだけ私が迷惑を掛けたかは計り知れなかった。
「あ、仲澤さん」
「あら、羽佐奈ちゃん」
「それ、凄いですね」
「持って帰るのが大変なんだけどね・・・、子どもじゃないってのにどうしろと」
仲澤さんは可愛い大きなぬいぐるみを抱えて困り果てていた。ビンゴ大会の景品だけどきっと自分の子どもにでもプレゼントするんだろう、普段からは想像しづらいが大事そうに抱えている姿からなんとなくわかった。
「羽佐奈ちゃんは二次会来るわよね?」
「この後ですか?」
「そうよ、人数的には半分くらいだと思うけど、いいお店貸し切ってあるからよかったら来なさいな」
「はい・・・、ホテルに帰れるならご一緒します」
私は仲澤さんからのお誘いに少し迷ったけど承諾した。
*
霧島さんを二次会に誘うと「私は忙しいのよ」と言って帰って行った。本当は行きたかったんだろうと思う、可愛いくらいに悔しそうな顔をしていたから。
二次会に店を移した頃には打ちあげの時からのお酒の力もあってか皆開放的にすっかり出来上がっていた。
「ちょいちょいやれやれー!!」「しっかり歌いなさいよー!」
貸し切りだというのに異様に騒がしい店内は変に落ち着かない。こんなお酒の臭いの強い場所に来るのも四方八方から野次が飛ぶような会場に来るのも初めてかもしれない、カラオケの機械が置かれた壇上には派手なミラーボールが光り、歌手の交代毎にその輝きを光らし疾走感を描くようにグルグルと光を回している。
「お酒ってこんなに種類があるんですね・・・」
私はお父さんと飲み屋やバーに来たことはないからスーパーやコンビニのような場所でしかお酒を見たことがなくこんなに訳の分からない名前のお酒が沢山置かれているなんて話しでしか聞いたことがなかった。
周りに何人かと出演者が座っていて石毛さんや仲澤さんもそばにいた。
「それじゃあ、試しに飲んでみる」
「えっ?」
それは一度も言われたことがなかったわけではなかったけれど、突然の誘惑だった。
「せっかくの二次会だし、みんなあなたぐらいの年で飲んでるから気にしなくていいわよ」
「えと・・・、えと・・・」
私は頼る人がいなくて困惑した・・・、本当どうしよう、場の空気というのだろうか、周りのみんなが楽しそうに飲んでいるのに私だけ特別っていうのは気が引けた。
「いいんじゃないか、大人になる前に飲んでおくのも、俺が責任とるよ」
「えっ・・・、石毛さん」
困っている私を見かねて間に入るように石毛さんが勧めてくれた。
「いいんですか? 全然飲めないかもしれないですけど・・・」
「飲んでみないと分からないだろう、不味かったら飲まないでもいいさ」
「はい・・・、それならすみませんが少しだけ」
石毛さんに視線を送られてそれだけ言われたら断りようがなかった。
「いいわね、せっかくの機会だから」
そういって仲澤さんは店員を呼んで手早く注文を済ませた。
「これぐらいのカクテルだったら最初でも飲めると思うから、飲んでみなさい」
「はい・・・、それじゃあいただきます」
渡されたコップはオレンジジュースのような色をしていて光に反射して綺麗に輝いている。
「うっ・・・、これ、きつくないですか?」
「全然きつくないわよ、普通のファジー・ネーブルだし、もちろん居酒屋に置いてあるようなものほどヤワではないけれど」
「ふぁじー・ねーぶる?」
私は名前すらも知らなかったので疑問詞のように呟いた。
「ピーチ・リキュールにオレンジジュースを合わせたカクテルよ、飲みやすいから若い子が比較的飲んだりするから、大丈夫だと思うけど」
「確かに思ってたり香りもよくて、オレンジが入ってるからキツさもあんまりないですけど・・・」
「ビールばっかりがお酒じゃないのよ、おしゃれに飲む方法だって沢山あるんだから」
仲澤さんは丁寧に教えてくれるけど、お酒をよく理解するには至らなかったら。でも何度もちょっとずつ飲んでいると少しずつ慣れてくる。
「意外に飲めるんですね・・・」
「そう? それじゃあ次行きましょうか」
「えっ? そんな、もうですか?」
一杯目を飲んでちょっと熱帯びてきてよく感覚が分からなくなってるのに・・・。
「こういうのは勢いよ、飲まないと損なんだから飲んどきなさい」
そういって仲澤さんは次々と言う感じに大きな声で店員さんを呼んで注文をした。
次に運ばれたのはカルーア・ミルクというお酒だった、コーヒー・リキュールのカルーアに牛乳を混ぜたお酒、教えてくれなかったがお酒と疑わしいほどの飲みやすさの割にアルコール度数は決して低くはない。
私は自然とそれを飲み物と同じように飲んでしまったからまた次のお酒を勧められてしまった。
「なんですか・・・、凄い色してますけど」
私はつい大きな声を上げてしまった、それだけ興奮していたのか、ここにいるから麻痺して分からないだけだったんだろう、私の頬はもう赤くなっていて、体中が今まで感じたことのないような心地よい熱を帯びていた。私の大きな声は周りの喧噪にかき消されてそばにいる人にだけ聞こえた、一瞬感覚が分からなくなるようにBGMだけが途切れて一気一気と急かし騒ぐような声だけが耳に響いたりした。
こんな感覚は生まれて初めてだった。
「おい、結構赤津赤くなってないか?」
「大丈夫でしょ、まだまだ若いんだし・・・」
仲澤さんと石毛さんが話していた、私には声が遠くてあまり聞こえなかった。
「それはね、ジャック・ローズよ」
「ジャック・ローズ?」
綺麗なカクテルグラスに注がれた綺麗に透明な赤に染まった液体。
「アップル・ブランデーベースのカクテルよ、綺麗でしょ?」
「はい・・・」
この懐かしいような香りはリンゴの匂いだったんだ・・・、派手な名前の割によく知る果物が使われていて私は安心した。
「ジャック・ローズか・・・、策士だなこりゃ・・・」
石毛さんがなにやら笑みを浮かべて呟いた。
「次は誰に歌って貰いましょうか」
壇上のステージに立つ見知った司会を担当している人が辺りを見渡して次の代表を探す、歌いたいっていう積極的な人は大体もう歌った後で今に至っては司会の人の独断と偏見で歌う人を決めていた。
「それじゃあ、大人ばっかりが歌ってもアレなんで、子役から選べましょうか」
そう司会の人が言うと場はバっと盛り上がるように歓声が上がった。私はうわぁと思ってドキドキが止まらなくなった。
「それじゃあ、赤津さん、せっかくですから一曲どうぞ」
ここには子役なんて二人しかいなかった、当たらなければいいのにという私の希望はあえなく潰えて仕方なく私は立ち上がった。
「あっ・・・!!」
私は頭がクラっとして足下がおぼつかず転びそうになった。それを見て石毛さんも含めみんな笑っていた。
「ちょっと!! そんなに見ないでください・・・」
恥ずかしすぎて死にそうだった、私は怖いぐらいに視線を感じながら仕方なく壇上に上がった。そして小声でどうすればいいんですか?と司会者に聞いて曲入れ方など教えて貰う、こんな所で歌うのは初めてだ・・・、人前で歌うこと自体ほとんどないのにこんな大勢の人がいる場所で歌うなんて、急に実感が沸いてきて緊張感が私を襲う、下手したら役者を演技するときより緊張するんじゃないかと思いながらちょっと震える手でマイクを握って曲を私は入れた。
「すみません・・・、私なんかで・・・。全然うまくないですけど歌いますね」
視線を送る人に答えるようにマイクを通して私は言った。自信なんて全然なかった、でも私はここに立ってしまったら仕方ないと覚悟を決めて一度を目を閉じて集中力を高めた、意識してしまうと声が出なくなりそうだから・・・、なんとか気持ちを落ち着かせて、私はモニターの画面を見た。
そして音楽が時を待たずして鳴り始めた。
一瞬にして緊張感がすり抜けるようにあるはずのない風が吹いて、統制しようのない喧噪に包まれていた会場がアコースティックギターの音色の中に吸い込まれる。
急にマイクを握る手に力が入った、異様に静まり返る店内、私は視線を感じないようにできるだけ人の視線を合わせないように歌詞の赴くままに歌おうと目を閉じた。
Let's send holiday
But you are not towardly ray
It's only faraway than we'll be together
Let's send a feather
Let's send a funny day
Bad thunder faraway is we'll be Together
to be star
to be feel
to be fool
finding you
to be...
and you...
and we...
to be...
Lovin' Forever Lovin' Forever
歌はメロディーとなって、音の波となって人々の心に響いていく。
静かな始まりからは想像も付かないような高音が人の意識の範疇を越えて心に響いていく。想いは力に、私は自分の出来る限り歌いきった、すると自然と周りのことは気にならなくなっていた。
無音に還る店内から歓声が上がった。
うまいとかうまくないとかそんなことはこの際どうでもよかった、この予想外なぐらいに伝わったのだと思えるこの歓声こそが歌ったことに対する評価であり意味だと思った。
どれくらいの時間を過ごしたんだろう、途中からはあまり携帯の時計を見ることはなくなって、一人だって思ってしまうような孤独も消えて、今日一緒にいてくれている仲間と共に最期の夜を過ごした。
きっと明日にはいつもの日常に戻っていってしまうから、そんなことを思って今だけだと私は言い聞かせて沢山食べて、飲んだこともないお酒を飲んで、楽しい時を過ごした。




