誰が為の物語
死地に足を踏み入れた、と悟ったその瞬間には時既に遅し。
ちょっと良いかな?
貴方はここは初めて……それともどこかで会ったことあったかな?
まぁ、どっちでも良いか。
マスター、こちらのお客さんと私に本日のお勧め果実酒宜しくね!
さて、と。
あ、ごめんちょった待った。
マスター、さっきの注文ちゃんと冷えたの持ってきてよ!
……ごめんごめん。
ぬるいのが好みだった?
冷えたのも美味しいから、ね?
さて、初めての人は初めまして、そうじゃない人は再会を祝して乾杯?
知ってる人もキンキンに冷えた果実酒でも飲みながら聞き流していてよ。
……えー、コホン。
まず始めにようこそユールフワへ。
神話によるとここは神々が初めて人界に降臨したと記されている地。
そして、人族発祥の地とされ、誰が呼んだか始まりの島なんて呼ぶ人もいるらしいよ?
北方の方にある大陸に移り住んでしまった人も多いけど、歴史上とても意味のある島である事は確かだよね。
どんな島かって?
よくぞ聞いてくれました!
それはもう山あり谷あり森あり荒野あり、とそんな大きな島でも無いのに色々な顔を持つ表情の豊かさは観光に最適!
島の大部分はハージマーリという王国によって統治されていて、人族最古の王国と言われる程、それはもう長い歴史を持つ由緒正しい国家だよ。
古すぎて誇りどころか埃を被っているとか、華美ではなくカビが生えている、なんて揶揄されたりもするけど……。
ま、まぁ、空気は美味しいし、住んでいる人々も良い人ばかりでとても魅力的な国だよ、うん!
私もその一人だし……え、信憑性が下がったって?
失礼な!
みんなも住もうハージマーリ、キョーヘン地方は若い君の力を求めている!
合い言葉は『住まねばユールフワ』で。
……故郷への呼び込みはこの程度にして話を進めようか。
聞き飽きている人がそろそろ二杯目と付け合わせを注文し始める頃合いだし。
大事な事から話すとハージマーリは……と言うか、人界全体は今とても大変な危機に瀕してる。
今……って訳でもないか。
それはもうずっと昔から?
貴方は魔族とか魔物、悪魔って聞いたこと、或いは見たことあるかな?
あーいや、右腕の封印がどうだとか、年頃の少年少女が患う奴じゃ無いからね?
よし、まずはこの世界について少し説明しようか。
私達の住むこの世界は幾つかの界層に隔てられていると言われている。
まず、人間やエルフなど人族が住まう人界。
そして、魔族や魔物達が暮らす魔界。
他には精霊達が飛び回っている世界が精霊界で、神様達が酒池肉林に耽っている世界を神界と呼ぶ。
今現在知られている限りではこの四層の存在が確認されていて、人界と魔界は転移門を介して行き来する事が出来る。
人界と精霊界は精霊の通り道と呼ばれる穴を介して行き来が出来るらしいけど、その穴は精霊達にしか見えないし、いつでも開いている訳では無いらしい。
極稀に偶然穴に迷い込む人がいて、そういう人達は大抵そのまま行方不明となるか、何十年も経ってから戻ってきたりする。
なので、人が突然消えたりする事を精霊の悪戯と言ったりするのだけれど、別に精霊達は何も悪いことしていないよね?
で、何の話だっけ。
あぁ、そうそう最後に神界ね。
神様達だけが行き来する方法を知っていて、彼らに選ばれた人族しか行くことが出来ないと言われている。
でも、戻ってきた人はいないらしいから真偽は不明なんだよね。
光の女神様曰く、人族の想像するような平和に溢れた理想郷とは程遠い場所だとの事。
どんな所なのだろうね?
とりあえずこの四つが世界を構成している界層だと言うのが定説?らしい。
何故疑問系かと言うと私自身そんな学がある訳ではないし、読み書きも仲間に教えて貰うまで満足に出来なかったぐらいだからさ。
昔酒場で酔った学者さんから聞いた話だと死した魂が行く霊界があるのでは無いか、という説も出ているらしいけれど、死者と会話する術が無くて今のところ信憑性は低い。
後は、召還の儀式によって呼び出される悪魔がどこの界層から来るのかもはっきりしてない。
魔界を漂う残留思念の塊じゃないの?って言うのが定説だって言ってたけどそれにしては破壊衝動に溢れすぎてる気がするのだよねぇ。
魔物や魔族なんて迸る破壊衝動を抑えきれない生き物じゃないかって?
いやいや、それは偏見に満ちすぎだよ。
勇者は人類最強とか、エルフはサラダにしたら美味しいとか、そういうレベルの認識だと思った方が良いね、うん。
彼らも人族と一緒で個体によって千差万別。
魔界は勢力が群雄割拠していて力が無ければ生き残れない、って言うのは否定しないけどもみんながみんな暑苦しい脳筋って訳じゃない。
ジェル族みたいにその辺の下手な村人より弱い魔物もいるしね。
まぁ、以上が界層学と言われる私の記憶しているこの世界の形。
どうかな?貴方の世界と大して変わらないよね?
え、全然違う?
大丈夫、大丈夫!
こんな所に足を運ぶ程だし貴方は順応性高そうだからすぐ慣れるよ。
それに私が足を運べるのなんて人界と魔界ぐらいだから他なんて見に行く機会も無いしね。
とりあえず理解して貰えれば良いことは、魔王軍を名乗る魔物の群れが魔界から人界へと侵攻していて、一進一退の戦いを繰り広げている、ってこと。
そして!
その戦いの先陣を切る神々の加護を受けし勇者がいる、ってことかな。
え、なんで絶壁を強調して偉そうにしてるのかって?
なに?イルユ川に沈められたいの?
……コホン。
何を隠そう、私も神々の加護を受けし勇者の一人なんだよ!
え、知ってた?
そうなの……。
まぁ、そうだよねー。
勇者なんて珍しくも何とも無いし。
大陸の方にある勇者の国なんて町中で石を投げたら必ず勇者に当たるって言うしね。
私はどこの勇者かって?
そうそう!
そう言う質問を待ってたのだよね。
私はハージマーリで国教として崇められし、光の女神様の加護を受けた勇者だよ。
え、どうして私みたいな村に一人はいそうな娘っ子が勇者に選ばれたのかって?
神の啓示?秘められし力?
あー、無い無いそんなの。
私が勇者になったのは単なる偶然……いや、女神様の気紛れかな。
勇者に溢れた世界ではあるけど、普通の勇者ってちゃんとした手順を経て勇者になるものらしいよ。
幼い頃に神からの啓示を受けて、国主導で専門の訓練を受けてさ、そうして国を背負う代表としての勇者って誕生するのだって。
老衰で死んじゃったけど、何年か前までハージマーリにもちゃんとした勇者っていたしね。
私が勇者になったのは本当にどうしようもなくと言うか、女神様と利害が一致したと言うか……。
とりあえずさ、魔王軍を何とかしないと人族は非常に不味い状況なんだ。
戦争による疲労もそうなんだけど、その、なんだ。
人族って飽きっぽいからさ。
魔王軍の脅威があるって言うのに、同族同士で足の引っ張り合いし始めるからね。
私が言うのも何だけど本当、禄な物じゃないよ人族って。
魔王軍によって滅ぼされるのが先か、人族自身の過ちによって滅ぶのが先か……あぁ、呆れた神々の気紛れで滅ぶ、って言う選択肢もあるかな。
ここで飲んだ一杯が、この世での最後の一滴になるかもしれない。
そう思えばこんな場末の酒場で飲む安酒も少しは……って、マスター嘘嘘!
ここのお酒は何時でも最高だよ!
はぁ……貴方はどうか後悔のない選択をね。
そんなに危ないならさっさと魔王を倒しに行けって?
そうだね、みんなそれを期待しているだろうね。
でもさ、魔王ってどこにいるのだろう?
誰も見たことなくてどんな人と形で、どんな事を考えているのか、全く知られていないのだよ。
そんな相手どうやって探せば良いのかな?
むしろ、本当にいるのかも怪しいぐらい。
勇者として勿論探しには行くよ?
でも、倒すかどうかは別問題かな。
話も聞かないでいきなり斬りかかるほど自分は脳筋じゃないと思っているのだけど。
本当だよ?
狂戦士でも血に飢えている訳でも無いし、何でもかんでも倒そうとなんてしないよ。
そんな勇者はもう間に合ってるだろうし、私の役目ではない。
女神様もそんな事を期待するなら、私なんかではなくもっと別の人選をするだろうし。
正義の神の公認勇者とか魔物死すべし慈悲はない、とか平気で言いそうだしなぁ。
そう考えるとやっぱり私は今のこのまま自分が思って、感じた通りに行動するのが一番だね。
……さて、私はそろそろ行こうかな。
そっちの人は四杯目を手にしたまま潰れちゃってるし。
邪魔して悪かったね。
でも、今この瞬間にも紡がれ続けている物語に注目していてくれると嬉しいな!
これは勇者の、勇者による…………あれ、誰の為の物語なのだろう?