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高校生から変われると思ってた

 

「……瑞穂?」

「……結奈?」


 高校の入学式当日。割り当てられたクラスに行けば、小学校の頃の同級生とばったり再会──これなんて乙女ゲー? まあ、相手は女子なんだけど。


「久しぶり! また瑞穂と同じ学校に通えるなんて嬉しいな」

「私も。元気にしてた?」


 ほんのり下がったタレ目が懐かしいのは、小5からの2年間、同じクラスだった結奈。何を隠そう、小6のバレンタインデーにお菓子作りを手伝った友達が彼女である。卒業と同時に引っ越してしまい何度か手紙をやりとりした後、すっかり疎遠になってしまっていた。ホワイトデーから付き合うことになった彼とは、なんと今でも仲良くしているらしい──それどこの少女漫画? 友情よりも恋が大事か!という問題はさておき、お互いに近況を報告し合う。


「そういえば、瑞穂と仲が良かった侑斗くんもこの高校にいるの?」

「いや、侑斗は緑ヶ丘」

「ああ、サッカーしてたもんね。緑ヶ丘は運動部強いし……」


 結奈は納得したようで、侑斗の話題はそこで終わった。


 あの1月には願書を提出し、3月に受験。

 私が緑ヶ丘を受けなかったことは、合格発表後にもちろんバレた。


「何で言ってくれなかったんだよ!」

「ギリギリまで受けるか微妙なラインだったし、お互い受験に集中しなきゃいけない時期だったでしょ」


 声を荒げる侑斗に言い返せば、彼はぐっと詰まった。そもそも、志望校をどこにするかは私の自由だ。わざわざ他人に教える理由もない。


「……それでも、相談ぐらいはしてほしかった。みっちゃんが他の高校に行きたいと思ってたなんて、俺は全然知らなかったよ。おばさんだって、昔からみっちゃんは緑ヶ丘に行くと思ってたらしいし」


 そうだろう。制服は可愛いし、学校としての評判もいい。少し遠いものの自転車でも通える距離だ。私に前世の記憶さえなければ、緑ヶ丘を目指していた可能性は高い。唇を噛みしめた幼馴染をわざわざ宥めるようなことは言わなかった。


 高校生になれば、私たちの関係も変わるはずなのだから。




「じゃあね、瑞穂!」

「うん、また明日」


 入学式を終えて、結奈とは校門の前で別れた。彼女は徒歩で通える距離に家があるらしい。私の家から高校までは電車で30分、そこから歩いて約15分。駅に向かう道中、教室で初めて会ったクラスメイトたちの顔を思い返す。高校では校区の範囲が一気に広くなるため、中学校の出身も様々だ。同じ中学校からこの高校に来た友達はほとんどいないが、クラスには結奈がいるので何とかなるだろう。


 改札をくぐって電車を待つ間、スマホのアプリを確認した。"昼ごはんはミートスパゲティだよ!"というメッセージとニコニコマークのスタンプを送ってきたのが母。こちらもハートを飛ばしたスタンプを返す。春休み中に初めて買ってもらったスマホは、だいぶ操作にも慣れてきた。ピコン、とまた新しい通知がくる。少し悩んだあと、後で見ることに決めた。


 代わりに開いたのは、別のアプリ。ちょうど電車がやってきたので、人も疎らな車内で席に座る。よしよし、と私は内心ほくそ笑んだ。何故かって? スライドさせたホーム画面にズラリと並ぶアイコン。やっとスマホを手に入れた私は、乙女ゲームのアプリを片っ端からインストールしていた。


 数打ちゃ当たるとは言ったもので、ついに! 私は推しキャラ候補を見つけたのである。現在の推し候補は、女好きの実力派若手俳優、柔和な天然王子、セレブな俺様御曹司。未だ一人を決めきれていないのは、スマホのゲーム仕様が原因だった。メインストーリーをプレイするには毎日配布されるチケットが必要で、攻略がなかなか進まない。その間にも、投下され続けるイベント。しかも、全てにおいてミニゲームのステータス上げが必須。ユーザーがアプリを開かない日はない……もはや作業ゲーである。イベントのためにゲームをやっているのか、メインストーリーのためにゲームをやっているのか、よく分からない状況だ。課金という魔法を使えば話は早いのだが、あいにくお年玉は有料のボイスつきシナリオにつぎ込んでしまった。


 そんなわけで、私は地道にミニゲームをこなしている。時間さえ投資すれば、イベントでは全キャラ攻略することも不可能ではない。シナリオにも当たり外れがあって、普段興味がなかったキャラの意外な一面を見られることもある。要するに、フルコンプするまでやめられない。こうしてユーザーは深みにはまっていくのだ。乙女ゲームというものは、つくづく罪深いものであった。




 その日の夜。

 結奈から送られてきたメッセージに返信したあと、私は未読だったメッセージを開いた。


「入学式はどうだった……か」


 送り主は、足立侑斗。お隣のよしみもあって、連絡先を交換しないという選択肢はなかった。当たり障りのない返事をしたものの、数秒後。ピコンと通知が来た。送り主は、またもや足立侑斗……早すぎる。これ以上続かないよう、やりとりを切り上げるつもりでメッセージを再度送った。


「あーもー…………」


 スマホを放り出してベッドにゴロゴロと転がる。侑斗は高校でもサッカー部に入るだろうし、私は家が遠いから帰るのが遅くなる。学校帰りに寄り道だってするかもしれない。人間関係だって、中学時代とは違ったものになるだろう。たとえ家が近くても、生活スタイルはお互い変わるはずなのだ。連絡が来るのなんて今だけ。だから大丈夫。これから徐々に距離をおいていけばいい。いつか、「昔は仲良かったよね」なんて振り返れるぐらいに。




 結論から言わせてもらう。大丈夫じゃなかった。


 高校に入学して半年。体育祭も夏休みも文化祭も駆け足で過ぎ去って、季節は秋。


「そういえば瑞穂ー、まだ帰らなくていいの?」

「んー……、今日はもう少しいる」

「おっけー。それで匠くんがね〜」


 彼氏について楽しそうに話す女友達は、以前よりも可愛くなったと思う。前髪の長さとかリップの色とか、中学時代の友達とは話題にしたこともなかったな……。すでに暗くなった窓の外を眺めながら、私はとっくの昔になくなっているアイスドリンクをズズッと吸い込んだ。放課後に結奈と寄り道したのは、駅の近くにある有名チェーン店のカフェだ。高校生に人気で値段設定はわりと高め。私の懐事情では毎日通うどころかたまに来れればいいほうなのだが、なんと先週も来たばかりである。新作が出たことを口実に甘党の結奈を誘った私は、どうしても家に帰りたくなかった。


 家に帰れば奴がいる。だんだんと距離をおいて疎遠になる予定だった幼馴染は、高校生になっても変わらなかった。中学生の頃に比べれば頻度は減ったけれど、相変わらず部屋に上がり込んでは漫画を読んだりゲームをしたり。ついでにスマホという連絡手段が加わってしまった。これでも、それとなく仄めかしてはみたのだ。


 "みっちゃんー、今日遊びに行っていい?"

 "授業の予習があるから無理。明日は出席番号で当てられる"

 "えー、最近全然会ってないじゃん。俺がメッセージ送ってもなかなか返事こないしさ"

 "隣に住んでるんだし、別に会わなくても困らないでしょ。てか、遊びたいなら同じ高校の友達誘ったらいいんじゃないの。私じゃなくて"

 "あいつらとは学校で会うけど、みっちゃんとは会えない"

 "いや、だから"


 会えないじゃなくて、会わなくていいんだよ!

 気づけよ。距離をおきたがってることを察しろよ。

 今日は部活がないと聞いているので、侑斗がうちにいる可能性が高い。学校を出てからメッセージアプリは見ていない。




 たった一杯のドリンクで数時間語り尽くしたあと、二人でカフェを出た。学生やサラリーマンが行き交う駅前の繁華街。金曜の夜はどこかガヤガヤとした明るい雰囲気が漂っている。


 そこで。

 雑踏に紛れた柔らかいダークブラウンの頭を、私は見つけてしまった。


「……え、」

「どうしたの? 瑞穂」


 結奈が振り返ろうとするのを止める。


「な、何でもない! 近所の知り合いに似てた気がしたんだけど、見間違いだった」


 首を傾げた彼女をグイグイと引っ張る。



 ライトで浮かび上がるカラオケの看板の下には、見慣れた制服姿の幼馴染。その隣に、女の子がいた。


 背中の真ん中ぐらいまでのびたサラサラの黒髪。赤いチェックのスカートからすらりと覗く華奢な脚。細い指が耳に髪をかける仕草は女の子らしい。小さな頭は幼馴染の鼻先あたりにあって、カップルなら理想的な身長差になるだろう。


 顔は見えなかった。彼女は乙女ゲームの主人公かもしれないし、そうではないのかもしれない。


 ……緑ヶ丘からはけっこう遠いのにな。

 "ときスク"のスチルには繁華街なんてなかった。でも、この世界は現実だから移動が制限されることもない。主人公も攻略対象も脇役も彼らの人生を生きている。


 侑斗が主人公を選ぶとは限らないけれど、彼女と二人でいるところを見かける日だって、きっとそう遠くはない。現に幼馴染は緩んだ顔で笑いかけていたことだし。




 次の日は土曜日で、午後には部活を終えた侑斗がうちにやってきた。隣でクッションを弄ぶ幼馴染の機嫌は良さそうだと判断して、昨夜から考えていたことをおもむろに切り出す。


「……あのさ、こうやってうちに来るの、もうやめない?」

「なんで?」


 間髪入れずに返ってきた声に怯んだ。

 私はタイミングを誤ったのかもしれない。でももう遅い。口に出してしまった以上、このままいくしかない。それに、結局はどこかで言わなければならないことだった。


「わたしたちも高校生でしょ。お互いに彼女とか彼氏とかできるだろうし、もうちょっとこう……適切な距離をとるというか。連絡もスマホでできるから、わざわざ家で遊ぶ必要はないと思う」


「……は? いきなりどうしたの? みっちゃん、今までそういう話したことなかったじゃん。好きな男でもできたわけ?」


「いや、好きな人がいるとしたら私じゃなくて侑斗のほうでしょ」


 険しい顔をしていた侑斗は、深く息を吐いてこちらに強い視線を向ける。


「何か勘違いしてない? まさか、俺にそういう相手がいるとでも思ってるの?」


「いるっていうか、たとえ今はいなくてもこれからできるものだと思う。昨日、うちの高校の最寄駅周辺で女の子といるの見かけたよ。仮に彼女ができたとして、放課後や休日もうちに来てばかりってわけにはいかないでしょ」


「あれは部活のマネージャーで他の奴らも一緒にいたし、みっちゃんが思ってるような事実はないから!」


 きっぱりと言い切った幼馴染を見返す。


「……今はそうかもね。でも、いずれは好きな子とか彼女ができるかもしれない。そういう相手がいるのに、幼馴染の女子の家に遊びにくるのってよくないと思う。私たちって今のうちに距離を見直すべきなんじゃないかな」


 言い終えるまもなく、ぐいっと腕が引き寄せられた。吐息が触れそうなほど顔が近づく。ダークブラウンの瞳が責めるように私を捕らえた。


「────俺は好きになるのも彼女にするのも、みっちゃんがいい」


 逃げられない。


「それは、」


 そのまま見ていられなくて、目を伏せた。


「……勘違いだと思う。幼馴染でずっと近くにいた相手だから、好きだと思い込んでるだけだよ」


 彼が知らないだけで、私はずるいことをしている。


 前世の記憶をもっている本田瑞穂は、子どもの頃から周囲に合わせて振るまうことができた。大人の望みと子どもの気持ちの間で上手くバランスをとれば、大人びた"いい子"の出来上がり。女同士のいざこざには巻き込まれないようにしてきたし、当たり前のことだが、塾に行かなくても勉強はそれなりにできた。もし、前世の記憶がなかったのなら"私"にそんなことができただろうか。侑斗から好意を向けられていると気づいたとき、本当の自分を見抜かれるのではないかと怖かった。前世で積んできた人生経験には限りがある。他の女の子たちと違って、張りぼての私はフェアに勝負できる立場じゃない。


 最初から好きになってもらえる資格はなかった。


 ところが、幼馴染は私の言うことをまったく聞いていなかったようだ。


「大体、みっちゃんだって俺のこと好きだよね」


「なっ!? ちが、」

「違わない。今みっちゃんの1番近くにいるのは俺だ」


 喋りはじめた侑斗は止まらない。


「10年以上見てきたんだ、みっちゃんのことは俺が1番よく分かってる。本当は幼馴染だろうが何だろうが、好きでもない男とここまで一緒にいられる性格じゃないだろ。うちの母さんに頼まれて、みっちゃんが俺の面倒を見なきゃって気にしてきたのは知ってる。昔から同い年なのに年上ぶるところがあることも」


 続けて、爆弾発言を落とした。


「でも俺、みっちゃんのほうが大人だとか思ってないし」


 …………何だと?


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