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オタクも内心ではよく喋る

 

「オー、マイゴーーッ!!!」


 何故だ、何故なんだ!

 眼前にはブラックアウトした画面。映るのはキラキラしたイケメンではなく、某有名絵画のように禍々しい顔で叫んでいる自分の顔だ。ついでに振り乱したボサボサの髪にノーメイク、くたびれた部屋着。丸一日、寝食も忘れてゲームに没頭していた女の成れの果てである。連休を免罪符にやりかけのゲームに手を出したが最後、エンディングを見るまでやめられるわけがなかった。それが、一歩手前のセーブ画面で! 早く次に進めとボタンを連打しまくっていたら、一気に画面が真っ暗になった。もしや充電切れか!?と大急ぎでコードを挿すも変化なし。…………終わった、マジで終わった。神とはなんと非情なことか……!


 プレイしていたのは、いわゆる乙女ゲーというやつだ。タイトルは「ときめき☆スクールデイズ」、略してときスク。高校2年生の主人公と先輩・同級生・後輩、さまざまに取り揃えられたイケメンたちとの甘酸っぱい恋愛模様を楽しむゲームである。正直、攻略対象の中にはそこまで好みじゃないキャラもいる……が、個別のストーリー同士は繋がっていることがある。別ルートで他のキャラが登場することもある。何より、お金を出して買ったソフトは遊び倒さないと勿体無い気がして、とりあえず全員攻略することにしていた。

 私は好きなものを最後に食べる派である。このゲームで残されていたのも、一番お気に入りのキャラ(いわゆる推しキャラ)の攻略だった。私の推しキャラは無口な先輩で、剣道部の主将。キリッとした硬派な雰囲気の黒髪イケメンだ。はじめは少しそっけないけど、気を許してから見せてくれる笑顔がそれはもう優しいのだ。部活に真剣に打ち込んでるところはかっこいいし、低めで落ち着いた声もいい。ドラマCDは予約した。そんな彼がエンディングでどんなデレを見せてくれるのか、ずっと、ずっと楽しみにしてきたというのに……! このご時世、シナリオを知る手段はいくらでもある。動画サイトの実況? 攻略サイト? 個人ブログのネタバレ? そんなものは邪道だ。自分でプレイしてこそ、得られるものがある。それが私のポリシー! しかし、壊れたゲームは戻らない。今までのセーブデータは帰ってこない。終わった、これマジで終わった……。


 この世界に絶望した私は、ベッドに倒れこんだ。そのまま意識もぷっつりブラックアウト。




 で、気づいたら幼女になっていた。

 ピンクのフリフリした裾からのぞく小さな手足。以前なら踏み台にできそうな目の前のテーブルさえ何だか大きく見える。たしか、3歳になっていたはずだ。先週食べた誕生日ケーキ、吹き消したろうそくも3本だった。……悲しいことに、今まで生きてきた記憶はがっつりある。さっきまで、出かけるならお気に入りのキャラものトレーナーじゃないとヤダ!とゴネにゴネていたのだ。母は困りきった顔をしていた。それもそうだ。今朝、私が野菜ジュースをこぼしたせいでくだんのトレーナーは洗濯中。恥ずかしすぎて穴を掘って埋まりたい。でも、プリティーな少女戦士への愛着はまだ捨てられない。ちょっぴり大人な精神をもっていようとも、私が3歳であることに変わりはなかった。


 ……とはいっても、何だこれ。リアルすぎる夢? それとも生まれ変わりとかいうやつ? え、前世の私ってあのまま死んだの? 記憶を持った転生なんて小説の中だけだと思ってたんだけど……このままで私、大丈夫なの?

 頭をぐるぐるさせている間に到着したのはスーパーである。買い物カートを追いかけながらも、私は混乱していた。車内から黙りこんでいる娘の顔を母が覗き込む。


「みっちゃん、さっきから元気がないねえ。 どうかした?」

「う、ううん! なんでもないよ! 大丈夫!」

「…………そう?」


 どこか調子が悪いのではないかと訝しがる母を納得させるため、私はテンション高めに振る舞うことになった……、いつもの私ってどんな感じだったっけ? お菓子ってねだってもいいんだっけ? 私はほんだみずほ、3歳、好きな食べものはミートスパゲティ……。

 変なテンションで足元が疎かになっていた私は、スーパーの出口で盛大に転んだ。打ちつけた額が痛すぎて、思わず泣いた。……これは絶対、夢じゃない。その日から少しだけ分別のよくなった私に「みっちゃんも少しお姉さんになったのかな?」と両親は首を傾げた。着替えだって自分でできるし、ごはんだって綺麗に食べられる。あと、さすがに自分のことをみっちゃんとはもう呼べない。ただ、今までどおり、日曜午前8時半からのアニメは欠かさず見ている。




 それから幼稚園に通うようになって5歳の夏休み。蝉がミンミン鳴く7月に事件は起こった。お隣にピカピカの家が建って、1組の家族が引っ越してきたのである。


「足立さん家には、みっちゃんと同い年の男の子がいるんだって。仲良くなれるといいね」


 一足早く、母はお隣の奥さんと挨拶をすませてきたらしい。


「なんて名前の子なの?」

「ゆうとくんだよ」


 あだち、ゆうと……何だか聞き覚えがある。何度も名前を繰り返す私を見て、「近いうちに会えると思うな」と母は笑った。違う、そうじゃない。絶対知ってるはずだ!とウンウン唸った末に思い出したのは、前世の自分が最期にプレイしていた乙女ゲーム。その攻略キャラの内の一人と同姓同名なのだ。なるほど、すごい偶然だ。まさか本人だったりして……いや、そんなまさかね。


 お隣の男の子と顔を合わせる日は、意外とすぐにやってきた。数日後、ピアノの体験教室に行ってきた帰りに、家の前で足立親子に遭遇したのである。


「ほら、侑斗。お隣の瑞穂ちゃんよ。侑斗が今度から行く幼稚園に通ってるんですって」


 おばさんの後ろから、男の子がおずおず顔を覗かせた。私は彼をガン見した。


 ……似てる。


 乙女ゲーム・ときめき☆スクールデイズの攻略対象、足立侑斗。主人公のクラスメイトで、性格は明るくフレンドリー。爽やかでどこか甘さのある顔立ちの彼は、プレイヤーの間でそこそこ人気だった。ときスク内の人気投票でいえば、2位か3位ぐらい? 私の推しキャラはどちらかといえばマイナーだったというのに。正直、足立侑斗のルート自体は流したのでよく覚えていない。目の前にいる男の子の地毛は、明るいダークブラウン。大きくてつぶらな瞳は心細げに揺れていて、へにゃんと下がった眉毛が可愛らしい。まさに彼が子どもの頃はこんな顔だったんだろうな、と思う。イケメンは、小さい頃から整っている。


「……瑞穂、瑞穂ってば!」


 お母さんの声で私は我に返った。見知らぬ子どもにガン見された男の子は、どこか怯えた目を向けてくる。私はとりあえず笑顔を作ってみた。


「え、えっと。お隣りにすむ本田瑞穂です! これからよろしくね」


 返事はなかった。



 関係構築に失敗したお隣さんのことは後々考えていくとして、私の前には大きな問題が立ちはだかっていた。すなわち、この世界は乙女ゲームなのか? ということだ。確かめる手段は……ないこともない。勝負は夕方、買い物に行く前である。


「お母さん、今日はみどりモールに行きたい!」

「ええ〜、みどりモール? いつもみたいにニコニコマートじゃダメ?」

「ダメ!」

「……まあ、車だしいっか……」


 母に連れて行ってもらったみどりモールは、このあたりで一番大きなショッピングモールだ。服屋からフードコート、ゲームセンターまで、大抵の店はある。モールの入り口近くで私はキョロキョロと辺りを見回した。……やっぱりいた! 目当てのものを見つけて、母の腕を引く。


「なあに? みっちゃん」


 私はファストフード店を指差した。


「わたしもあれと同じ服着たい!」


 そちらに視線を向けて、ああ、と母は顔を緩めた。


「あれは緑ヶ丘高校の制服だね。みっちゃんも、あのお姉さんたちぐらい大きくなったら着れるよ」

「ふうん……」


 紺のブレザーに赤いチェックのスカート。首元のリボンが可愛らしい制服のことはよく知っている。ときスクの舞台は、公立緑ヶ丘高校。他ならぬ主人公が着ていたものだ。


 一つ気づけば不思議なもので、見慣れたはずのショッピングモールもガラリと違って見えてくる。ゲームのイベントで何回か登場した場所はここだったんじゃ? 放課後にぬいぐるみを取ってもらったゲームセンター、休日に妹連れの彼と遭遇したフードコート、初デートで訪れた映画館だってある。


 ここまで確認したところで、私はホッと胸を撫で下ろした。たとえ乙女ゲームだったとしても、この世界ならやっていけそう。昨今の乙女ゲームはバラエティに富んでいる。吸血鬼やら妖やらヤバイ性格の攻略対象やら、現実にいたら即逃亡な案件は多い。タイムスリップものやファンタジーものだと、前世の記憶を持ったまま生きていくのは大変そうだ。それに比べて、現代青春系乙女ゲームのなんと平和なことか。しかも私は間違いなくモブ。いける。これならいける。それからの夏休みは、幼児らしく遊びに遊んだ。




 そして夏休みも終わり。私はすっかり忘れていた存在を見つけた。お隣に住む、未来の攻略対象である。今日は幼稚園の登園日。迎えのバスが家の前にやってきたが、彼は乗ろうとしない。彼の母親がほら、と前に出そうとしても首を振るばかり。私は母と顔を見合わせた。……これって、たぶん私の出番だよね? そっと彼に向けて手を差し出す。


「行こ、ゆうとくん」


 そのままじっと待つ。二人の大人が温かく見守る中、恐る恐る手は伸ばされた。その手を掴み、二人でバスに乗り込む。よし、ミッションコンプリート。席に座って母親たちに手を振る。チラリと横を見ると、目と目がばっちり合った。


「……わたし、本田瑞穂っていうんだ。よろしくね」


 一回しか挨拶してないから覚えてないだろうな……。すると、小さな声で返事があった。


「……知ってるよ。みっちゃんって、ママがいつも呼んでたもん」


 ありゃ。


「そっか」


 笑いかけると、ダークブラウンの瞳がほわっと緩んだ。ポツリポツリと彼から話し始める。そのときは、これなら幼稚園でも大丈夫そうかなあ……なんて思っていたのである。



 結論から言う。大丈夫じゃなかった。

 足立侑斗はよく泣いた。初対面のときの印象に違わず、彼は人見知りだった。そのため、ちょっと他の子に強く言われたりするとすぐに泣き出してしまったのである。それを面白がったお調子者の男の子たちに目をつけられたのだ。顔が可愛いのも影響していたんじゃないかと思う。大きな目が潤んでボロボロ泣いているのを見ると、いじめたくなるのも分かる気がしてしまうというか……。

 彼の母親に「みっちゃん、侑斗のことをお願いね」と頼まれてしまった私は、彼を守るべく奔走した。結果、足立侑斗は私にますます懐いて、いつもひっついてくるようになった。これはダメだ……と思った私は、他の子と侑斗を仲良くさせようとした。彼はこちらの人形遊びやままごとに付き合ってくれるが、男の子たちはブロックや車のおもちゃで遊んでいたりする。本当は侑斗だって遊んでみたいんじゃない? お互いに違う相手と遊ぶこともたまには必要なんじゃないかな。そんなことをオブラートに三重ぐらい包んで提案してみたら、泣かれた。


「みっちゃんは僕のこと嫌いなの?」

「いや……」


 決して、そんなことはないけど。私が口ごもると、侑斗は涙でぐしゃぐしゃになった顔をパッと輝かせた。


「じゃあ、好き!?」

「普通」


 ガーン!と言わんばかりの顔に少しばかり心が痛んだが、「好き?」「うん、好き!」「僕も!」なんてやりとりをするのはごめんだ。だって、あとから思い出したら絶対に恥ずかしい。向こうは大きくなったら忘れているかもしれないが、自分はおそらく覚えているはず。抹消したい黒歴史をこれ以上量産したくはない。

 男の子がダメなら、女の子はどうか……と試してみるものの、結果は芳しくない。私から離れない侑斗が主な原因だが、女の子のほうもイマイチ乗り気じゃないのだ。何故だ、顔はいいはずなのに。理由を尋ねた花ちゃんによると、「たしかに顔はわるくないけど、泣き虫なおとこはちょっと……」とのことである。……時間が解決してくれるのを私は待つことにした。


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