004《ザムーン『月面宮殿』・前》
私の名は「たかりん」こと、RING・タカツキ・BKB・ザッパー。
ザ・サーティーンスプリンセス・オブ・KAWASAKI。
要するにKAWASAKI帝国ザッパー家の第十三皇女。
「月面宮殿」におわす、
皇帝陛下には初めておめもじすることになるけれど、
歴代最強の「雷帝」と称されるお方だけに、
逢いたいけれどちょっとだけ怖い。
『雷帝』紋章(略章)
月面宮殿は『静かの海』の地下にある。
LEOネットからは、月シャトル『セレーネ』を貸し切った。
運用されているシャトルは他に5台、
『ムーンⅢ』『ルーナⅡ』『モーントⅡ』『リュヌ』『チャンドラ』があるが、
ニッポンの「かぐや姫」なら「SERENE」しか考えられない。
シャトルの船体ロゴも有名な「振向きジアース」。
およそ560年前に約11万キロの距離から捉えた、
クロワッサンのような青い惑星の姿がそのまま採用されている。
ガタ小学校の修学旅行でソウヤシティーに行った時、
天体観測の一つでザムーンの大きさを調べた。
担任の春山先生が観測器具として『御縁玉』をみんなに配った。
今では実際にコインを使う機会など皆無だが、
この穴あき古銭は信仰のアイテムとして使われている。
現在でも「ミカド」様ご一家の慶事には、復刻版が作られる。
手を伸ばして「御縁玉」をかざすと、ザムーンは穴の中に収まった。
穴は直径の約4分の1。
つまり逆に月面から見るジアースの大きさは、
手を伸ばして持った「御縁玉」と同じくらいの大きさになるはずだ。
「この中の誰かがザムーンに行って確かめて欲しい」
先生はそんなことを仰っていた。
お守りのように持っていた「御縁玉」は、
私がジアースから持ち出せた数少ないアイテムの一つだ。
先生、もうすぐ私が答えをお知らせしますね。
月シャトルで片道約一日の行程。
宇宙軍の最新鋭戦艦なら約6時間で行けるらしい。
途中で最大の離宮「処女宮」に接近した。
皇太子『GENIUS・サウスゲート・BKB・ザッパー』様、
皇女MAJA・マールル・BKB・ザッパー様がお住まいに。
私が住む予定の第13離宮「天蝎宮」よりも7倍以上の大きさを誇る。
直径733.3m。召使いなどの人員は2000名ほど。
宇宙軍第1師団は戦艦1、巡洋艦7、駆逐艦7、フリゲート7。
二番艦(空母)1、揚陸艦7。宇宙軍兵士は2400名。
13の離宮には厳然と格差がある。
構造は正六角柱ユニット数種類の組み合わせ。
ハニカム構造が基本となるが、
序列によって規模、人員が決められている。
傘下の宇宙軍兵士数、艦艇数も同様だ。
黄道に占める各星座の割合が基本になっているらしい。
ほとんど凹凸のない球形の離宮は、
南北に接続ゲートが設置され、
姿勢制御用のノズルも航行用には適さない。
太陽光パネルは離宮ごとに、星座にちなんだ独特のデザインをしている。
いざという時には、宇宙軍の旗艦や二番艦を接続して、
そのメインエンジンを動力源として移動する。
未だかつて帝国の離宮が攻撃されたことはないが、
『アステロイド12』と呼ばれる制御された岩石が、
衛星のように、離宮を旋回して守る。
もとはザムーンの岩石や小惑星だったもので、
直径は50~100メートルでそろばんの玉型。
これまでに何度か、ジアースへの「贈り物」として、
ピンポイントで落下させたことがある。らしい。
離宮自体が球形であることも、
最終兵器としての役割があるとされている。怖っ!
私の乗る月シャトル「セレーネ」は、
第1師団の旗艦OGRIVと二番艦EMOTOとランデブー。
皇太子GENIUS・サウスゲート様と、
皇女MAJA・マールル様にご挨拶。
「プリンス・オブ・ジアース」
「プリンス・オブ・プリンス」
皇太子殿下は親子ほどに年の離れた兄君。
天才的頭脳を持つと言われている。
私の義父と同じ年の45歳。金髪でブルーの瞳。
フィアテル。
四人種の混血が進み、各血筋が20~30%の範囲内なら、
「フィアテル」と呼称される。
それ以外は最も多い血筋で、
「コーカソイド」、
「ネグロイド」、
「モンゴロイド」、
「オーストラロイド」と呼ばれる。
私は「モンゴロイド90%」とされてきたが、
皇帝一族となり「モンゴロイド60%」と訂正された。
かぐや姫育成の過程ではよくあることらしい。
フィアテルの場合、浅黒い肌が多いが、
出現する遺伝的形質は多彩を極める。
皇太子殿下は「コーカソイド」の特性が顕著。
私の挨拶に温かなお言葉、柔和な瞳で応じてくれた。
印象は兄君と言うよりも父親……伯父さまかな。
「プリンセス・オブ・ザムーン」
「プリンセス・オブ・プリンセス」
皇女MAJA・マールル様は気品あふれる才女。
全軍副司令官として、災害救助に処女宮二番艦「EMOTO」で駆けつける。
最高速度だけなら処女宮旗艦「OGRIV」をも凌駕するといわれている。
今年30歳となられるフィアテル。
黒髪の巻き毛で、ブラウンの瞳。
チュニジア自治区出身。
ベルベル人の養父母に育てられたムスリマ。
プラターネ(仮)を介した面会だが、最高に緊張した。
だってMAJA・マールル様は私のオシプリ。
お会いするのが夢だったが、なんとお食事に誘われてしまった。
断る理由はないけれど、良いのかしら?
「セレーネ」と「EMOTO」がドッキング。
クリンゲル(仮)とフブキ(仮)だけでなく、
召使い全員を同伴するように言われたので従うと、
正式な晩さん会が準備されていた。
月面宮殿での公式行事への予行演習に、との配慮だった。
緊張する私へ気さくに話しかけてくれる。
私がずっと応援していたことを知っておられた。
晩さん会後に二人っきりでお茶。
夢みたい。
クリンゲル(仮)とフブキ(仮)も一緒だが、
皇女MAJA・マールル様には特別に6体の「影」が付き従う。
生体アンドロイドの『アリアナ』『カスリーヌ』『シリアナ』。
執事スタイルの『ベンナラス』、浮遊円盤の『ビゼルト』『ザグアン』。
マザーAIは『グリュック』。
プライベートな空間ということで、ヒジャブを着用している。
私の市民としてのIDは既に消去。
その痕跡はキレイに隠ぺいされているが、
皇帝一族なら調べるのは簡単らしい。
「プリンセス・シアター」での成績も、
肖像のダウンロード履歴も把握なされていた。
終始一貫してオシプリだったのが露見してしまい、恥ずかしいが、
皇女中の皇女はとても喜んでくれた。
バックダンサーとしてのゲームスコアも素晴らしかったと、
リアルなお褒めの言葉まで頂いてしまった。
こんなお姉様、最高!
他にも色々なお話をしてくださったが、
ティアラの役割について、
「私たちが身につけているティアラこそが家族の証。
たとえ血のつながりは薄くても、
ティアラを通して私たちは繋がっているの。
今、貴女が身につけているものは仮の王冠。
皇帝陛下から賜ることになるティアラは、大切にしなさい」
といわれた言葉が、強く印象に残った。
そのときは本当の意味までは分からなかったけれど……。
離宮「処女宮」を出発するとすぐに、
私の乗る月シャトル「セレーネ」に、
『6F』と呼ばれる宇宙軍月面師団の護衛艦、
五番艦『L・HYOUE』と六番艦『R・HYOUE』が左右についた。
月周回軌道に入ると、
三番艦『L・EMON』と四番艦『R・EMON』が加わりデモ飛行。
「静かの海」に差しかかると、
一番艦『L・KONOE』と二番艦『R・KONOE』が出迎え、
宇宙軍月面師団の護衛艦「6F」が勢揃いした。
地上絵として碁盤の目のように描かれた月面宮殿を周回飛行の後、
宮殿の南10キロにある、
『ムーンポートSUZAKU』に「セレーネ」は着陸した。
月面基地や各観測所、研究学園都市、
月面開拓都市は全て地下に建設されている。
そこから集まった人々の熱狂的な歓迎を受けた。
特に低重力下でなら緩和されるような持病のあるお年寄りたちは、
75歳を超えて希望すれば、
LEOネット、月面都市のいずれかを、
終の栖とすることができる。
片道切符だが、症状は改善することが多く、
隠棲市民として、帝国の熱狂的な支持者になるという。
家族との通信も頻繁に行える。
私の曽祖父や曾祖母もLEOネットと月面都市に、
二人ずつ暮らしている。
きっと、お披露目パレードの時も、今回も、
大騒ぎして歓迎してくれたに違いない。
ザムーンで働く市民は、エリート中のエリートとされている。
「宇宙医療・宇宙生理学」を始め、
ジアースでは禁忌事項とされている、
「遺伝子研究」「航空宇宙技術研究」「兵器開発」が、
専門の学園都市で行われているのは周知の事実。
ザムーンに一年滞在すれば、ジアースで一年の休暇が約束されている。
公式には、宇宙滞在が長引くと、
ジアースの重力に対応できなくなってしまうとされている。
LEOネット市民も、年に最低2カ月のジアース滞在が義務だ。
しかし最先端技術の研究者には変わり者が多く、
義務であるジアース休暇を返上して研究に没頭する者が多い。
時々、月シャトルでの帰還直後に亡くなる研究者もいるらしい。
誰も重力のくびきからは逃れられないのだ。
原則的に10歳に至らない子供は対流圏からの脱出は許されていない。
だから熱圏にあるLEOネットにも行くことはできない、
人類の宇宙適応は未だ道半ばだ。
月面宮殿へは『Mチューブ』と呼ばれる真空磁気浮上式車両で行く。
首席執事トカルスカ以下の召使いたちと、
ジアース・LEOネットからの同行取材陣は、
「ムーンポートSUZAKU」の併設ホテル、
『RASYOU』に待機となる。
同伴するのはクリンゲル(仮)とフブキ(仮)のみ。
迎えにきたのは皇帝次席執事のリューリック。
栗毛でブラウンの瞳、フィアテル。
もう一人、皇帝後宮女執事のクロービス。
白髪でブルーの瞳、フィアテル。
そして一個小隊の護衛兵。
上空では引き続き「L・KONOE」と「R・KONOE」が警戒。
「雷帝」こと、現皇帝陛下の紋章(略章)は一族同様、
盾を象ったエンブレムは十字に分割され、
右下の朱雀は赤地に輝く文字で「BKB」、
帝国の支柱となる三本柱の頭文字。
左上の玄武は黒地に「太陽」、
皇帝陛下は太陽の化身とされている。
右上の鬼門を意味する青龍には「ザムーン」と重力加速度を表す「数式」、
KAWASAKI帝国は制空権・制宙権を一手に握り、
重力という絶対的優位を背景にジアースに睨みを利かす。
LEOネットの市民とて油断はできない。
ユニットごと切り離されて、地上に落とされた実例がある。
13の離宮から派遣される宇宙軍戦艦の火力も強大だ。
左下の白虎は白地に金で「三つカミナリ」、
「雷帝」は容赦なく地上に鉄槌を下される。
三つの稲妻の由来は、これまでジアースに落とされた、
「小惑星・LEOネット・戦艦からの攻撃」の象徴といわれている。
もちろん中央には紫の飾りリボンに「KAISER」の金文字。
月面宮殿では儀仗兵や召使いたちが整列してお出迎え。
先頭に立つのは皇帝首席執事のエグバート。
黒髪でアンバーの瞳、フィアテル。
静寂に包まれた、厳かな儀式が既に始まっているようだ。
もちろんジアースやLEOネットには、
多少のタイムラグはあるけれどLIVE中継されている。
きっとイタチシティーはお祭り騒ぎに違いない。
帝国広報局とザムーン滞在の取材陣も多数。
そこだけ何故か人の温もりを感じた。
その他は、執事さんたちをはじめ冷たい雰囲気を醸し出している。
これが皇帝陛下に仕える緊張感なのかな……。
儀式の段取りは頭に叩き込んである。
心配性なのかAIプラターネ(仮)から何度も進言された。
《召喚式のような勝手な振る舞いはお慎み下さい》
あの時わたし、何かやらかしていたのかな?
ティアラでフブキ(仮)からの助言も受けられるから心配ないはず。