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003《LEOネット》

 私の名は「たかりん」こと、RING・タカツキ・BKB・ザッパー。

 ザ・サーティーンスプリンセス・オブ・KAWASAKI。

 要するにKAWASAKI帝国ザッパー家の第十三皇女。

 でもそれを知らされたのはつい先日。

 それまではごく普通の女子学生だった。


挿絵(By みてみん)

『RING』(天蝎宮仮略章)

 皇帝歴450年3月14日は慌ただしく過ぎ去った。


 あくる3月15日。

 私は仮宮殿の天蓋つきベッドで目覚めた……ん?

 まだ寝ぼけているらしい。

 二週間前に夢の国「コスモカイザーランド」で体感した、

「プリンセス・シアター」の影響か、おかしな夢を見た。

 乙女なら誰でも憧れるシンデレラ・ストーリー。

 どうせならもうちょっと続きを見てみよう。

 今日は土曜日のはずだから、午前中はゆっくりできる。

 寝ちゃおう、寝ちゃおう。

 オヤスミナサイ、むにゃ、むにゃ、むにゃ……。



 夢や憧れ、なりたい職業。

 みんな実現にむけて努力している。

 もちろん絶対に叶わない希望もあるが、

 今日を生き抜くモチベーションにはなる。


 ジアースの少女なら、誰もが帝国皇子に恋をし、

 ジアースの少女なら、誰もが帝国皇女に自分を重ねる。

 素敵な衣装で歌って踊って市民をねぎらう、年越しのフェスティバル。

 衛星軌道上や月面で行われる宇宙軍同士の模擬戦。

 年間通して配信される、皇子・皇女が演じる歴史物語の人気は絶大だ。

 ジアースのアイドルや俳優とは似て非なるお方たち。

 だから「GEO13離宮」のどこかで働くことができたなら、

 プリンセスのバックダンサーに抜擢される可能性がある。

 多分ある……。

 きっとある……。

 希望は持ち続けよう……。


 私のオシプリはなんと言っても、

 プリンセス・オブ・ザムーン。

 プリンセス・オブ・プリンセス。

 最大の離宮『処女宮』におわす、

 MAJA・マールル・BKB・ザッパー様。

 お会いするなんて、無茶なことはいわない。

 遠くからでも、一目でも見ることが叶えば至上の喜び。



 でも、でも……。

 夢が現実になるなんて、こんなに過酷なものとは知らなかった。

 私は「おかあさん!」と呼びながら泣き続けた。

 落ち着いたところで、メンタルサポーターとの引見(面談)。

 お抱え医師(女医)との引見(問診)。

 執事や召使いたちとの引見。

 護衛兵との引見。


 第13離宮「天蝎宮」マザーAIとの引見、そして仮命名。

 マザーAIは各離宮に一つだが、

 皇子用と皇女用では「キャラ」が異なるらしい。

 皇子と皇女が自由に名前をつけて下僕となす。

 私は母の名「さくラ」と名づけようとしたが、拒絶された。

 自由じゃないじゃん!

 結局マザーAIのアドバイスもあり、

『プラターネ』と仮命名した。

 篠懸の木(すずかけのき)? 意味分かんない。

 何か浮遊する物体と生体アンドロイドも紹介されたが、

 もう、限界寸前。



 プラターネ(仮)の提案で軽食。

 臨時でメンタルサポーターとの引見(面談)。

 公務スケジュールを組み直し、しばらく休憩となった。


 一息つき、周囲を見回す余裕ができた。

 仮宮殿はホテルのロイヤルスイートルーム。

 広いお部屋。出入り口付近に二人の兵士。

 部屋の隅にも一人ずつ、計6名の護衛兵。

 私は一段高い床に置かれた玉座(?)に座り、

 床からせり出したテーブルにはお茶セット。

 背後には立派なデスクと巨大なスクリーン。

 低い床の最も近い位置に召使いが二人ずつ、左右に控えている。


 何か浮遊する物体は良く見ると円盤型をしていた、

 直径30センチ、厚さ10センチくらい。

 常に皇女につき従い、プラターネ(仮)との中継機能を持つ。

 一旦事あれば、大きく広がって盾となるらしい。

 プラターネ(仮)の進言により『クリンゲル』と仮命名。

 鈴という意味の単語らしい。


 もう一人(?)の生体アンドロイドは、

 私の背後、手の届く距離に控える。

 動きがどことなくぎごちない。

 本当は人間そっくり、スムーズに動けるのだが、

 わざと作りモノっぽい動きをしているそうだ。

 服装は召使いたちと一緒だが、仮面をしている。

 いざという時には、影武者となって主人を守る、

 仮面の下は私とそっくりの顔らしい。

 軍の戦闘アンドロイド以上の機能を持っているとか。

 こちらもクリンゲル(仮)同様、常に皇女の傍に侍り、

 マザーAIとの窓口になる。

 プラターネ(仮)に促され『フブキ』と仮命名。

 サクラ吹雪ってこと?

 気を遣っているのかいないのか、AIの思考は良く分からない。



 公務再開。

 部外者と接する行事は後回しになった。

 玉座の向きはそのままで、立派なデスクが回転してきた。

 第十三皇女付きの首席執事が書類を持参。

 トカルスカという女性。40歳。

 髪は栗毛で瞳はアンバー、コーカソイド60%。

 デスクには立体スクリーンなどが組み込まれているが、

 わざわざプリントアウトされたところを見ると、

 かなり重要な文書であるに違いない。


 引見の時に言えなかったことを聞いてみる。

「ティアラを被せてくれたのはあなたでございますか?

 男性の方だとお思いいたしました」

「姫様、無理して間違った丁寧語をお使いになりませぬように。

 それに私どもは臣下でございます。

 すぐにお慣れになるかと……」

 嫌みのない笑顔。信頼できそう。

「質問の答えですが、

 イタチシティーに向かったのは私の前任者です。

 急な病により首席執事を辞任いたしました」

「そうですか……早く治るといいですね」

「姫様のお優しい心遣い。

 さぞや当人も喜ぶことでしょう……」

 後で知ったことだが、この話題は避けるべきだったようだ。


 トカルスカは事務的に書類を広げる。

 パーソナル紋章・サイン・花押等の予備登録。

 プラターネ・クリンゲル・フブキの仮設定。

 指紋・掌紋・網膜・虹彩・静脈・声紋等の生体認証キー登録。

 正装・ドレス・軍服等々の採寸。

 肖像撮影。

 各種団体の名誉総裁・名誉副総裁、就任挨拶の署名・撮影。


 ティータイムで一息。 

 でも、すぐにお仕事の時間。

 召使いによって、第13師団副司令官の軍服に着替えさせられた。

 ずっと背にしていた、メインスクリーンに正対。

 第13離宮「天蝎宮」の主であり、

 第13師団司令官の第十三皇子へのご挨拶。

 プラターネ(仮)と表裏一体である『スクリール』を介した中継だ。

LEBHAFT(レープハフト)・クーペル・BKB・ザッパー』様は、

 金髪でバイオレッドの瞳。

 ブエノスアイレス自治区出身。

 コーカソイドの出現率が高い『フィアテル』。

 皇子に召還されてまだ一年くらいだが、

 とても活発で気さくな方、クラスメートたちの人気も上位だ。

 私の体調とメンタルを気遣う、お優しい言葉をいただいた。


 公務は続く。

 滞在地であるLEOネット『E135N』管区、

 大統領、副大統領との接見。

 第13離宮「天蝎宮」首席執事との接見。

 第13師団、副司令官わたしの首席補佐官との接見。

 第13師団、旗艦OIPROCS(オイプロクス)艦長との接見。

 第13師団、二番艦IROSAS(イロサス)艦長との接見。

 戦闘用の旗艦は第十三皇子、

 後方支援用の二番艦は第十三皇女の艦船となる。

 全軍総司令官(皇太子殿下)首席補佐官との接見。

 等々……。


 食事の間も気が抜けない。

 お抱えシェフ、そのスタッフとの引見。

 帝国マナーの実習。


 仕事の合間に帝国広報局のインタビュー、撮影。

 門外不出の裏歴史を含む、帝国史の講義。

 身だしなみや所作、立ち居振る舞いの稽古。

 敬語や丁寧語の研修。

 もちろん、中学三年生の学習の時間もある。

 ジアースの少女がいきなりお姫様に。

 ドキュメント調の朝ドラにしたら高視聴率間違いない。

 公務終了後も、三度目のメンタルサポーターとの引見(面談)。


 身の回りの事を、全て召使いたちがしてくれる。

 ……わけではない。

 自分のことは自分でする。

 あたり前のことだが、ちょっと意外。

 従者たちがプリンセスに常にかしづき、

 あれこれ世話を焼くのは歴史物語の中だけのようだ。

 その代わり、クリンゲル(仮)とフブキ(仮)が24時間、

 休みなく、つきっきりで私を警護する。

 お風呂もそうだ、クリンゲル(仮)は脱衣所で待機、

 フブキ(仮)は防水仕様で一緒に入浴。

 命じれば背中ぐらいは流してくれる。

 他に誰もいなければ、フブキ(仮)は仮面をしていないが、

 器用なことに、肌のどこかに「認識章」が浮き出ている。

 フブキ(仮)は身体つきも私にそっくり似せているようだ。

 身長はプラスマイナス30センチくらいなら、

 自由に変えられるといっている。

 普段はあえてプラス10センチでいるのだそうだ……ん?

 いったい! いつ!! だれが!!!



 召使いたちは12時間勤務の3交代制と聞いた。

 離宮に仕える以上、週休という概念は存在しないが、

 直接、皇子・皇女のおそばに侍るのは週に3日程度。

 残る4日は自己啓発と待機の時間となる。

 薄給だが遣い道はないに等しく、

 里下りの際には富と名誉がついてくる。


 つまるところ、

 私が独りになれる時間は、多少なりとも確保されていた。

 多分、監視はされているのだろうが、

 クリンゲル(仮)とフブキ(仮)は気にしないことにする。

 そうでなければ、やってられない。


 今日は就寝前に四度目のメンタルサポーターとの引見(面談)を行った。

「長い夢を見た」

 というオチを期待したが、どうやら違うらしい。

 何の努力もする前に、希望が叶ってしまうなんて、

 こんなにも厳しいものとは知らなかった。

 少量の睡眠導入剤を処方されたが、使わない。

 体質的に効き過ぎるきらいがある。

 ベッドに横になったら深い眠りに落ちた。

 夢の中までは従者たちもついてこない。



 すねたり、泣いたり、駄々をこねたり。

 抵抗むなしく、皇帝一族としての生活は日常となった。

 見かけだけは、愛らしい、

 ザ・サーティーンスプリンセス・オブ・KAWASAKI。

 肖像のダウンロードは記録的、

 印刷媒体の販売も絶好調らしい、

 特にニッポン自治区での普及率は100%近い。

 イタチシティーではシンデレラ・フィーバーがすさまじい。

 等身大の印刷された肖像がそこかしこに飾られている。

 ガタ中学校は既に聖地化、巡礼者が引きも切らない。

 公式グッズの売り上げも、製造が間に合わないほど凄いらしい。

 ご学友たちのインタビューブックも出版、即ベストセラー。


 肖像は各媒体の目玉となり、様々な雑誌の表紙を飾る。

 帝国広報局から発せられた、10枚ほどの日常の姿は特集ページに。

 まだ公務の様子しか開示されていないが、

 落ち着いたら「プライベート」姿も当然公開される。

 相応の年になれば、女性美溢れる画像も。

 私もオシプリのMAJA・マールル様のお姿は、

 お小遣いでダウンロードして、写真集にしていた。

 凛々しいお姿の肖像も、プリントアウトして飾っていた。

 私の写真もそんな風に……。

 ちょっと! 男の子たち!! 自粛してよね!!!



〈RING様、いい加減起きて下さい〉

 初老の紳士が私を促す。

 ロマンスグレーの髪、ヘーゼルの瞳、

 浅黒い肌は混血が進んだフィアテルの証。

 ネット住人には珍しいビア樽体型。

 なによ! 乙女の寝室に!! 失礼じゃない!!!


 元来、目覚めは良い方だが、

 一週間のLEOネットでの生活で体調が微妙に狂い、

 スッキリ起きられない。

 先程までフブキ(仮)が私を起こそうとしていたが、

 諦めてクリンゲル(仮)にバトンタッチ。

 そう、浮遊する円盤は人型に変化する。

 正確にいうと、執事然とした生体アンドロイドの「腹部」に収まる。

 クリンゲル(仮)もフブキ(仮)も私へ触れることはしてこない、

 もちろん攻撃もできない。

 大音量や微弱電流も皇帝一族に対してはご法度だ。

 どうやって私を目覚めさせるか、毎朝の攻防が続く。

 しかし、AIの悪知恵も日々進化する。

 アンドロイド執事を介せば直接触れても問題ない。

 そんな屁理屈をひねり出した。


 昨日は執事がベッドを傾け、

 転がり落ちる私をフブキ(仮)が受け止めた。

 皇女を助けるためなら当然触れても構わない。

 今日は強硬にお布団にしがみつく。

 お布団ごとクリンゲル(仮)とフブキ(仮)が私を持ち上げる。

 ナマケモノの行進? 豚の丸焼き?

 向かったのは浴室……。

〈RING様、起きないと入浴の時間と被ってしまいますよ〉

 フブキ(仮)が宣言する。

 仕方ない、降参するか。

「負け……」

 パシャン!

 湯船に落とされた。

 信じられない!

〈これは失礼いたしました。すぐにお着替えください〉

 含み笑いでそそくさと出て行くクリンゲル(仮)。

 バスタオルを手にした笑顔のフブキ(仮)。

 左の頬に「認識章」が浮き出ている。

 朝の攻防を楽しみにしていたのが、ばれていたみたい。

 悪戯するAIなんて、どう扱えばいいのよ!


 着替えは薙刀の稽古着と袴だった。

 クロワッサンとフルーツ、ベジタブルジュースの朝食。

 クリンゲル(仮)とフブキ(仮)、

 執事トカルスカ、召使いと護衛兵が控え、

 今日のブリーフィングが始まる。

「本日は皇帝歴450年3月22日、土曜日。

 RING様、ご公務続きで運動不足気味のようです。

 今日から朝稽古を行います。

 召使いたちもご一緒したいと申しておりますのでご承知おき下さい」

 ハイハイ、わかりました。

「……ジアースなぎなた連盟の名誉総裁になられましたので、

 名刀『あさひ丸』の献上と、

『名誉なぎなた範士 十段』を受けております」

 それは初耳。

 巴型薙刀の「あさひ丸」といえば、確かニッポン自治区の至宝。

「姫様の腕前は『初段』でありますので一日も早く、

 追いつくようにご精進なさってください」

 余計なお世話よ、来月は二段の試験だったのに……。

「……9時に朝稽古は終了」

 に、2時間もお稽古するの。

「……11時よりお披露目のパレードとなりますので、

 10時にはご準備整いますように。

 10時30分から出発の式典が始まります」

 トカルスカの指示に召使いたちは大きく頷いた。


 LEOネット住民に向けた、新しい第十三皇女のパレード。

 拡張の続くLEOネットの中心部には、

『Sチューブ』と呼ばれる真空磁気浮上式車両が走っている。

 最高で時速1000キロを超えると言われているが、

 VIP用、緊急時にしか使われない。

 ネット市民は通常、最高時速500キロの『Bチューブ』か、

 外縁部に設置された最高時速250キロの『Eチューブ』を利用する。

「……お帰りは3月24日、月曜日。15時の予定です」

「52時間も……」

 もしかして、高速移動するお召列車の中から、

 愛敬を振りまき続けることになるのかな。

 まあ、公務から解放されるならそれでも良いか。

 と思っていたら、LEOネットを巡るパレードの期間中、

 しっかりと「ご公務」もついてきた。

 専用に飾られたお召列車は、いわば移動執務室だ。

 当然クリンゲル(仮)とフブキ(仮)も随伴するので、

 プラターネ(仮)も常時接続。

 一蓮托生ということなのね。


 お披露目のパレードから仮宮殿に戻ると、

 溜まった公務を片付け、

 翌日、3月25日。火曜日。

 ようやく丸一日のお休みとなったが、

 パレード中も欠かさなかった薙刀の朝稽古だけは行う。

 だって、召使いたちが楽しそうだし、

 余計なことを考えなくていいのはお稽古に没頭している間だけ。

 おかげで薙刀だけは上達しそう。



 私の戴冠式。

 皇帝陛下への御拝謁は4月1日、月曜日に決まった。


 私の名は「たかりん」こと、RING・タカツキ・BKB・ザッパー。

 ザ・サーティーンスプリンセス・オブ・KAWASAKI。

 要するにKAWASAKI帝国ザッパー家の第十三皇女。

月面宮殿モーントシュレッサー」におわす、

 皇帝陛下には初めておめもじすることになるけれど、

 歴代最強の「雷帝」と称されるお方だけに、

 逢いたいけれどちょっとだけ怖い。 


挿絵(By みてみん)

『フブキ、プラターネ、クリンゲル』仮認識章

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