002《かぐや姫》
私の名は「たかりん」こと、高槻三鈴。15歳。
ジアース・ファーイースト連邦・ニッポン自治区、
バラキ県イタチシティーに住む、中学三年生。
愛する家族と、仲の良いクラスメートと愉快に暮らし、
帝国皇子・皇女に憧れる典型的なティーンエイジャー。
『ザッパー家』紋章(略章)
皇帝歴450年3月14日。金曜日。
早朝に帝国から緊急招集命令が発せられた。
イタチシティーでは初めての事態。
ニッポン自治区でも首都オオサカ以来、半世紀振りの椿事だ。
その時は『かぐや姫』様がザムーンにご帰還なされた。
皇帝陛下の子女は身分を隠され、
養父母の下、ジアースで市民と同様に育てられる。
そして、皇子・皇女に欠員ができると、
その都度、候補者の中から選抜され、
ザムーンに召されることとなる。
ただし、欠員の理由は婚姻等の慶事は別にして、
明かされないことも多い。
その代わりに何かきな臭い噂が、
まことしやかに囁かれることになる。
イタチシティーにやんごとなきお方がいらっしゃる。
その名誉にもかかわらず市民は動揺を隠せない。
知らぬとはいえ、もしも無礼を働いていたとしたなら、
直接不利益を被ることはないのが建前だが、
シンデレラ・フィーバーの行き過ぎがもたらす「不敬狩り」により、
間接的には社会から抹殺されてしまう可能性もある。
イタチ中央広場にほとんどの市民が集合した。
約20万人。
職務上、持ち場を離れられない者も、中継の視聴が許可されている。
私も学校のクラスメートと一緒に広場に整列する。
全員が招集からずっと「かぐや姫」様の噂でもちきりだ。
同級生の誰かがシンデレラかもしれない。
だなんて、考えただけでワクワクする。
もちろん願望にすぎないけれど、私にも一人心当たりがある。
その人は二つ年上の17歳、中学5年生。
去年まで二年間、寮の同室で、なぎなたクラブの先輩でもある。
腰までの長いきれいな黒髪が印象的な美少女だ。
一緒に生活していると、気品というか、
育ちの良さが隠し切れない。
先ほど見かけたときにも、仲間と談笑しながらも、
私に気づき、小さく手を振ってくれた。
手を振り返し、同級生たちと、
「あり得るよね」と、他愛のないおしゃべりを続けている。
でも私は一抹の不安を覚えた。
帝国の緊急招集命令は何も吉兆だけとは限らない。
一か所に集められた市民の上に、
軌道上からとてつもなく重い物を落下させるという、
帝国反乱分子への処刑、
見せしめが行われることがあると聞いている。
もちろん真実の報道はされないし、
証拠が示されることもないが、
不幸な「事故」は皇帝歴450年のうち、
数十回起きているとされている。
『雷帝』と称される現・皇帝陛下の統治下では、
両手に余る回数の「大惨事」が語られている。
昔は「杞憂」という言葉があって、
古代人が「天が落ちてこないか」と心配していたことを、
取り越し苦労と笑ったらしい。
その杞の国の子孫たちの住む大地には、
何十回も「天」が落とされている。
勝てる見込みなどないのに、帝国をみくびって、
ジアースでは厳しく取り締まられている、
航空機やロケットの開発を密かに進め、
露見しては手痛いしっぺ返しを受ける。
しかし忘れた頃に、また同じ愚を繰り返す。
懲りない連中が途方に暮れるという意味で、
今は「華憂」という言葉の方が一般的だ。
「かぐや姫」様の召還は当然不定期。
もちろん何回もその中継を見たことがある。
まさにシンデレラ・ストーリー。
養父母にも帝国を支える高級官僚の子女としか知らされていない。
突然知らされた本人も含めて、
立派な立ち居振る舞いには感動するばかり。
私だったら動揺して何もできないに違いない。
午前9時。
定刻となり上空に自治軍の先遣ヘリが到着。
続いて帝国の真っ白な大型垂直離着陸機、
イタチ中央広場に隣接するスタジアムに着陸した。
すぐに大型スクリーンの画像が切り替わる。
眼鏡型の端末や自前の投影スクリーンで視聴する市民も多数。
帝国機の下部ハッチが開き、そこが式典の会場となる。
今まで食い入るように見てきたシンデレラ中継そのもの。
会場には有名人の顔が多数。
イタチシティー市長に、バラキ県知事、自治政府首相。
あれはファーイースト連邦のシュー大統領。
あっ! 『ミカド』様までいらっしゃる。
ニッポン自治区は立憲君主制が認められた自治領だが、
他の王制国家とは趣を異にする。
歴史的にも貴重な伝統と文化が認められ、
帝国から唯一『EMPEROR』の称号が許されている。
帝国設立初期には、その体制を大いに参考にしたそうだ。
凄いメンバーが勢揃いで、市民はざわつく。
そして機中から姿を現わしたのが、
帝国大使のローゼンシュトック枢機卿。
「おお!」という感嘆の声。
これは吉兆に違いないという確信が市民に広まる。
あら、画面の隅に父の姿が。
そりゃあLEOネットにも勤務した経験がある、
いずれトップにもなろうかという自治軍の高級将校ですもの、
そこにいても不思議ではないけれど、
揃ったメンバーの豪華さの中では霞んでしまいそうな存在。
見えたのは気のせいだったかな。
この後、シンデレラの俗名が呼ばれ、式典会場にいざなわれる。
厳かに宣誓儀式が行われ、枢機卿より新たな名を賜る。
身分証明のため誕生時に埋め込まれた生体チップの書き換えが行われ、
この瞬間から、身分は一市民から皇帝一族となる。
すぐに養父母や家族との惜別の儀式。
臣下の一市民となる者へ、お言葉をお与えになる。
今までの中継ではお言葉の音声は伝えられていない。
ただ、非常に短い単語であることは間違いない。
はるか昔には、どうしてもお言葉が発せなかったことから、
不興を買ったと思い込み、悲しい結末を迎えた家族もいたらしい。
帝国大使のローゼンシュトック猊下のお姿は、
ユーロ連邦ガリア自治区の古風ないでたち。
髪も音楽の授業で習った、800年前のミュージシャンみたい。
革紐で巻かれた、帝国紋章入りの羊皮紙を恭しく掲げると、
優雅な仕草で紐をほどき、目前で皇帝陛下からの召喚状を広げる。
「太陽の化身たる皇帝の名において命じる
ミスズ・タカツキ・BKB・ザッパー
汝を
『ザ・サーティーンスプリンセス・オブ・KAWASAKI』
として迎える
皇帝歴450年 3月 14日
カイザー・DONNER・ホーハイト・BKB・ザッパー」
地鳴りのような歓声が沸き起こる。
シンデレラの名は「ミスズ・タカツキ」様。
市民は口ぐちに「ミスズ・タカツキ」様の名を呼ぶ。
次第に「ミスズ・タカツキ」様コールとなる。
腕を振り上げ、私も一緒になって声を合わせる。
「ミスズ・タカツキ」様、どこかで聞いたことがあるな。
なぜか私の周囲だけ徐々に静まって行く。
クラスメートたちの表情が固まっている。
「ミスズ・タカツキ?」
「ミスズ……タカツキ……?」
「三鈴……高槻……?」
それって奇しくも、私と同じ名だ……?
えっ、えっ、意味分かんない!
すぐに私の周囲を紫色のレーザー光線が包み込む。
頭上にはいつの間にか帝国紋章入りの小型無人機。
光線に触れても害はないようだが、
取り巻く同級生たちは慌てて後退した。
市民たちもシンデレラの出現に気付く。
大型スクリーンには戸惑う私の姿。
すぐに帝国の護衛兵に囲まれた。
そこから先のことは実は良く覚えていない。
護衛兵の一人が、ガタ中学校制服姿の私に、
帝国紋章入りの小さなティアラを被せた。
骨伝導のスピーカーが内蔵されている。
突然の事態に感極まったのか、
仲の良い友達が号泣する姿は脳裏に焼きついた。
この際だから私の分もいっぱい動揺してね。
次に視界に飛び込んだのが両親と弟。
式典舞台前の地面で頭を垂れる三人の後ろ姿。
見間違えるはずがない私の愛する家族。
「養父母」の家族はここで顔を上げることはない。
映像もはっきり映し出しはしない。
「かぐや姫」様の育成に直接かかわった者は、
将来どのような事態に遭遇するか分からないからだ。
その身分は直ちに保護され、
LEOネットでの生活が保障される。
新しい姓名と経歴が与えられ、エリートとして生きることになる、
共に過ごした、やんごとなきお方が失脚しない限りにおいては。だ。
可愛らしい王冠からの指示で、私は操り人形状態。
何らかの薬物か催眠術の影響かもしれない。
護衛兵たちは絶妙な距離を保ちながら私をエスコート。
帝国大使のローゼンシュトック枢機卿に正対する。
煌びやかな軍服の兵隊は周囲を警戒しながらも片膝をつく。
この時点ではまだ帝国大使の方が格上だ。
ティアラからの音声指示でひざまずく。
どうやら指示は兵士の一人が出しているようだ、
第十三皇女付の執事だと自己紹介があったが名前は忘れた。
執事が護衛兵の格好をしているだけかもしれない。
ローゼンシュトック枢機卿が、
帝国紋章入りの『聖なる書』を恭しく掲げる。
「市民の自治を広く許し(BUND)、
全ての共和国・王国を統治し(KAISER)、
全ての宗教を容認し束ねる(BIBEL)、
BKBの名において……」
猊下は大仰に間を取る。
「ミスズ・タカツキ・BKB・ザッパー。
汝を、
『ザ・サーティーンスプリンセス・オブ・KAWASAKI』
として迎える。
受容するなら左手にて聖なる書を開け……」
私はゆっくり左手で聖なる書を開いた、
もちろん指示通りに中央辺りを。
「おお!」
帝国大使は目を見開いた。
私の左手薬指が示す文字は、
『RING』
「……リン、この自治区の古い言葉で輪、
なんという吉祥……。
汝の名はこれより、
RING・タカツキ・BKB・ザッパー。
『ザ・サーティーンスプリンセス・オブ・KAWASAKI』
であることをここに宣言する」
市民から再び地鳴りのような歓声が沸き起こった。
「ピッ!」
私の左手から短い電子音。
そこには生体チップが埋め込められている。と聞いている。
ローゼンシュトック枢機卿は聞き逃さなかった、
大きく頷くと後ずさりしながら右手に回り込んで畏まる。
この瞬間、皇帝陛下の御息女が猊下よりも格上となった。
会場周辺の各種センサーがアラートを発動する。
『やんごとなきお方がおられます。
礼を失することなきように』
皇帝一族への特級警護を促すパープルアラートだ。
敵対行為が認められれば、裁判抜きで極刑に処せられる。
本当にこんなものがあるなんて、
知識はあったがイタチ市民は誰も見たことなどない。
ティアラからの指示も言葉遣いが敬語に変化した。
養父母家族への「お言葉」を促される。
「姫様、一言『大儀』と仰ってください」
たったそれだけで父・母・弟への感謝を伝えるなんて無理よ。
心情的には家族のままなのに。
父も母も弟も頭を垂れたまま縮こまっている。
もう二度と会えないことを直感的に理解した。
言わなきゃ大変なことになってしまう。
私はゆっくり何度も頷いた。
声が出るまでの時間稼ぎだ、
ようやく絞り出すように言った。
「……大儀……」
養父母家族がピクリと震える。
その瞬間「家族」との思い出が走馬灯のように私の脳裏を過った。
そのまま身を翻すようにとティアラに促される。が。
「……お世話になりました……」
(お父さん、お母さんさんありがとう。宮之、元気でね)
「……お健やかで……」
囁くように続けた。
言ってしまった。
良かったのかな?
枢機卿の眉間にしわ、怖っ!
「姫様、移動宮殿にお進みください。
決して振り返ってはなりません」
心なしかティアラから伝わるアドバイスの声も上擦っている。
帝国機は移動宮殿と改められた。
白い機体には皇帝一族、ザッパー家の紋章(略章)が浮き出ている。
盾を象ったエンブレムの地はオリーブ色。
馬蹄形で金と銀の月桂樹の葉に囲まれた、青い惑星ジアース。
中心に輝く文字で「BKB」、
ジアースにはKAWASAKI帝国の「K」を刻んだ王冠。
上空に「太陽」と「ザムーン」、
周囲を13離宮の「記号」が取り囲む。
下部に紫の飾りリボンで「ZAPPER」の金文字。
『天蝎宮』を意味する数字「13」を挟んで、
下に示されるものが、私の皇帝一族としての略章となる。
盾を象ったエンブレムは十字に分割され、
右下の朱雀は赤地に輝く文字で「BKB」、
帝国の支柱となる三本柱の頭文字。
左上の玄武は黒地に第十三皇女を示す「銀の裏蠍座」、
皇帝一族は天球に張り付いた星座を見下ろしているという意味だ。
ちなみに第十三皇子なら「金の裏蠍座」となる。
ここまでは歴代の「天蝎宮」プリンセスに共通する意匠だ。
ここからがオリジナルになる。
右上は青地で、まだデザインはない。
鬼門を意味するここには当人にちなんだ武器・武具が配される。
左下は白地。ここには「個人のお印」が意匠されるが、
とりあえず出身地の「日の丸」が配置されている。
そして中央には紫の飾りリボンに賜った御名「RING」の銀文字。
これが完成すれば私の紋章となる。
下部ハッチ、式典会場の奥には数十人の召使いたち。
私はゆっくりと緋毛氈の上を進む。
護衛兵が歩を合わせる。
美しい女官たちが十重二十重に私を取り囲んだ。
ああ、この様子も見た覚えがある。
今は主人公だが依然、操り人形状態のままだ。
余計なことを言ってしまったのかな。
意識がもうろうとなる。
それでも歩みは止まらない。
女召使いたちが囲みを解く。
三度目の地鳴りのような歓声が沸き起こった。
私は華麗なドレスに着替えさせられている。
そして二度と故郷を振り向くことなく移動宮殿の中に。
静かに垂直発進し、機影が見えなくなるまで、
イタチシティー中央広場では万歳が途切れることはなかった。
移動宮殿はカゴシマシティーのスペースポートに向かい、
そこから帝国専用シャトルに乗り換える。
ジアース上空400キロに張り巡らされた、
LEOネットにしばらく滞在することになる。
ここで皇帝一族としての最低限のレクチャーを受け、
いよいよザムーンへ行く。
そこには私の本当のお父様、この太陽系を支配する、
KAWASAKI帝国第25代皇帝がいらっしゃる。