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010《番外編01不敬狩り》

 私の名はたまき 櫻子さくらこ。17歳。

 ジアース・ファーイースト連邦・ニッポン自治区、

 バラキ県イタチシティーに住む、中学5年生。

 第十三皇女RING様とは、同じなぎなたクラブで切磋琢磨し、

 中学校の寮でも2年間同室だったので、

 ご学友として、とても仲良くさせていただいた。


挿絵(By みてみん)

『環宮 お印 勾玉』

 ジアース・ファーイースト連邦・ニッポン自治区、

 バラキ県イタチシティー。

 イタチ中央広場に隣接した体育館、

「イタチさくらアリーナ」に併設された武道場。

 稽古中のイタチなぎなたクラブ。

 かつて第十三皇女RING様が所属していたということで、

 入団希望者が殺到しているが、

 今回は自主稽古という名目で、

 古参の十代メンバーのみが招集されていた。

 開始早々、道場は内側から施錠されしまった。


 環櫻子(たまきさくらこ)が、板張りの壁に叩きつけられる。

 ガタ中学校の5年生、17歳。

 腰までの綺麗な長い黒髪は結わいが解けた。

 小さなシルバーのペンダントは勾玉のデザイン。

 面の下の唇をキッと結び立ち上がる。

 総懸りという名のリンチが行われていた。


「環さん、何かご不満かしら?」

「……」

「あなたがRING様へ行った仕打ちは、

 絶対に許されないことなのよ!」

 とんでもない言い掛かりだった。

 櫻子は薙刀3段。

 同年代の試合では大将を務める、十代のリーダー格。

 クラブ員に対しては誰にでも等しく、

 愛情を持って、時には厳しくも接していた。

 召還前の三鈴とは、中学校の寮で2年間同室だったこともあり、

 実の姉妹の様に接していた。

 かつての仲の良さが嫉妬を呼んで、

 不敬狩りのターゲットにされたのだ。


 第十三皇女の召還以来イタチシティーでは、

 シンデレラ・フィーバーが過熱気味だ。

 行き過ぎが高じ、

 RING様への過去のご無礼を、

 どんな些細なことでも掘り起こそうとする者が現われる。

 それが帝国への忠誠だと信じ込んでいるから始末が悪い。

 やんごとなきお方の市民時代のあれこれは不問。

 とアナウンスされてはいるが、

 それが却って、不敬狩りを地下へ潜らせることとなった。


 櫻子は取り落とした競技用なぎなた(竹刀)を拾い上げた。

 その瞬間、次の懸り手が襲いかかる。

 相手は全員、薙刀の木刀を手にしている。

 この総懸りは、ターゲットが気絶でもしない限り、終わらない。

 倒されては立ち上がり、

 倒されては立ち上がる。

 とうに限界は超えているが、決して弱音を吐かない。

 それが生意気に受け取られた。

 泣いて詫びる姿を見下して、

 留飲を下げるつもりだった集団の苛立ちに拍車をかけた。


 業を煮やしたか、後ろから故意に足を掛けられた。

 引き起こされた時、強引に面も外される。

 群集心理がエスカレートし、

 危険への認識が低下している。

 櫻子は必死で木刀を竹刀で受け続けたが、

 遂には竹刀を弾き飛ばされた。

 相手は動きを止めることができない、

 上段から木刀を振り降ろす。


「ハッ!」

 同級生の滝三春(たきみはる)が介入した。

 間一髪、木刀で木刀を受け止める。

「いい加減にして下さい」

 影として櫻子に随行しているが、

 その正体を明かす訳にはいかない。

 我慢に我慢を重ね、

 総懸りにも手加減しつつ加わっていたが、

 さすがにこの一線を越えさせることはできない。

「滝さん、何のつもりかしら?」

「あなたもご無礼に加担するのね」

 スマートなやり方ではないが、

 ターゲットが自分に移れば櫻子が助かる。

「こっちに来なさい」

 意に反して三春は櫻子から引き離された。

 どさくさに紛れて四方から小突かれる。

 このままでは任務が果たせなくなる。

 力で制圧することは可能だろうが、

 間違いなく相手に大怪我をさせてしまう。

 それだけは何としても避けなければならない。


 櫻子が三春に向けて目で訴えた。

 耐えなさい。私は大丈夫。

 三春の目に悔し涙がにじむ。

 これまでは完璧に務めを果たしてきた。

 何としても他の従者へ現状を伝えなければ。

 本巣師範代、北杜先生、北本先輩、双子の後輩富士宮姉妹。

 自分を含めたこの六忍がお側の護衛役。

 他にもいる可能性はあるが、知らされているのはそれだけ。


 集団ヒステリーは止むことがない。

 一種のトランス状態に陥っている。

 面をはぎ取られた頭部は辛うじて守ったが、

 暴徒の木刀は防具のない部分を容赦なく狙ってくる。

 もはや武道ではない。

 疲弊した櫻子の足がもつれ、尻餅をつく。

 再び、容赦のない太刀筋で木刀が襲いかかる。

「ダメ!」

 袋叩きにあいながらも、三春が叫んだ。



 内側から掛けられた武道場のロックが弾け飛ぶ、

 大中小、三つの影が道場を駆けた。

 櫻子の頭部を狙った木刀は砕け散る、

 小さな影が掌底で受けたのだ。

 櫻子は大中の影が連れ去った、

 常人ならざる動き。

「間に合ってよかった。

 滝くん、よく粘ってくれた」

「本巣師範代……」

 なぎなた道場の本巣淡墨(もとすあわずみ)師範代が、

 抱きかかえた櫻子を静かに立たせた。

 隣では北杜神代(きたもりかみよ)が櫻子を支えている。

「北杜先生……」

 この二人はやはりそういう存在(アンドロイド)だったのだ。

 しかもジアースの1G影響下でこの動き。

 かなりの高性能であることは間違いない。


 主人の安全が確保された。

 三春を先輩の北本蒲公英(きたもとたんぽぽ)が助け起こす。

 後輩の富士宮アカメ・シロハ姉妹も一緒だ。

 六忍が一般市民の前で勢揃い。


 ネクタイピン、イヤリング、ブローチ、指輪、ペンダントなど、

 全員が勾玉の意匠を身につけている。

 由緒正しい家柄から選抜された六忍、

 通常の警護役は五忍だが、

 双子の富士宮姉妹がいるのでこの構成になった。

 宮中からはかばねを賜り、家族との縁は切れた。

 源朝臣みなもとのあそん淡墨、平朝臣たいらのあそん神代、藤原朝臣ふじわらのあそん蒲公英、

 橘三春朝臣、豊臣アカメ朝臣、豊臣シロハ朝臣。

 もちろん、市民としては別のコードネームを使用する。

 全員が「さくら」にちなんだせいを名乗る。


 滝三春は悟った、

 このミッションはどうやら終わりを迎えるらしい。

 しかし……。


 突然の事態に一同が絶句している。

 木刀の破壊も、櫻子の瞬間移動も認識の外にある。

 小柄な影の姿に言葉を失ったのだ。


 木刀を破壊されたクラブ生が目を見開く。

「り、RING様……?」

 黒いスーツにサングラス姿だが、

 髪型から背格好まで見覚えのある、

 懐かしい高槻三鈴がそこにいる。

 しかしRING様は先の大事件で療養中のはず。

 信じられないことばかりで思考は停止する。

 他の者も、頭に上った血が一気に引き失せた。


〈私は帝国情報部、ファーイースト支部所属のフブキZⅡ。

 あなたたちの知る人物ではありません〉

 帝国のアンドロイドにして、皇子・皇女の影武者。

 そして、Zの型番を持つ諜報部員が介入してきた。

 どう考えても環櫻子の正体は普通ではない。

 近くに侍る六人も警護役に違いない。

 自主稽古の名目でリンチを加えた自分たちはどうなるのか。

 帝国諜報部のZに出会った者は命がないとも聞いている。

 腰を抜かして泣くしかない。


「フブキZⅡ様、これは一体どういうことでしょうか?」

〈タマキノミヤ様、お初にお目にかかります。

 フブキZⅡ。コードネーム、染井ヨシノと申します〉

「では、改めて染井様。

 助けて頂いたこと、感謝申し上げます」

〈いいえ。お助けしたのはタマキノミヤ様の従者(しのび)たちです。

 私は別の用件でこちらに伺いました。

 そのため一時的に護衛が手薄になってしまいましたこと、

 心よりお詫びいたします〉


 滝三春は改めて帝国のアンドロイドを注視する。

 見れば見るほどRING様に瓜二つ。

 最新スペックであることは疑う余地もない。

 体制に組み込まれ、自治区内では自由に動ける、

 本巣師範代や北杜先生と違い、

 各種センサー対策のミミクリー(擬態)も完璧に相違ない。

 三春が控え目に口を挟む。

「申し訳ございません。

 この場でそのようなお話は、いかがなものかと存じます」

 北杜先生がその意図を即座に理解した。

「滝さん。大丈夫です。

 ミヤ様への無礼は目をつぶることになります……」

 櫻子が静かに頷く。

「ここにいる者たちを殺めることはありません。

 ただし、このことは墓場まで持って行くことになります。

 私たち六忍の新たなミッションは、

 姿かたちを変えてこの者たちを監視する事です」


 クラブ員たちはとりあえず安堵した、

 どうやら一命は取り留めたようだ。

 環櫻子様の正体には察しがついた。

 大変な相手にリンチを仕掛けてしまった、

 それが明るみになれば到底無事で済むはずがない。

 死ぬまで気を抜くことはできないだろう。



 翌週、環一家がニッポン自治区から離れて行った。

 父親がLEOネットへ栄転、という名目だ。

 六忍は相変わらずイタチシティーで生活している。

 なぎなたクラブ員にも表面上目立った変化はない。

 そんな中、相反する二つの噂が故意に流された、

「環櫻子はミカド様の血縁である」

「環櫻子は家族共々粛清された」と。

 しかし、誰もそれを証明することはできない。

 帝国の皇女とミカド様の子女が同室だった。

 そんな僥倖が都合よく重なる訳がないと、誰もが否定的だった。

 頑なに沈黙を守るなぎなたクラブ員たちの姿も、

 何かを暗示していると解釈された。

 皇女召還の大イベント、それに続く大事件の後では、

 どうしても一市民の話題など霞んでしまう。

 いつしか環櫻子の存在は忘れ去られてしまった。

 一握りの市民の、胸の奥に仕舞われたまま。


 私の名は環宮たまきのみや 櫻子さくらこ。17歳。

 ジアース・ファーイースト連邦・ニッポン自治区、

 バラキ県イタチシティーで暮らしていた中学5年生。

 宮中でのお印は勾玉。

 でも一般市民としての生活はもうおしまい。

 第十三皇女RING様が先の騒動で大変なことになっている。

 お爺さまからの要請で離宮に赴き、お側に仕えることになった。

 お父さまは未だに反対しているようだけれど、

 RING様と一緒ならきっと、

 お堅い宮中生活より楽しめるはずだわ。


挿絵(By みてみん)

『環宮 六忍紋』

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