001《ジアース》
皇帝歴450年2月31日。
ニッポン自治区の元号で言うと『愛継50年』。
今日は私の誕生日。
自由研究で調べて知ったことだけれど、
ジアース時代の暦では2月は28~29日間だったなんて、
なんという不合理。
2・5・8・11月の大の月が31日間で、
その他が小の月で30日間なのは常識でしょう?
そうでなければ曜日がずれてしまう。
曜日が固定されていないなんて不便極まりない。
1月1日の月曜日から始まり、
12月30日が日曜日で終わる。
私の生まれた2月31日は永久に金曜日。
ちなみに今年は12月30日の翌日から『閏週』がある。
皇帝陛下からのお恵みであるエクストラウィーク。
毎回、趣向を凝らしたイベントが開催される。
大昔の学校は新学年が4月とか、9月とかに限られていた。
学習の修得度には個人差があるのに、
進級の機会が年一回に決められていたのは厳し過ぎる。
確かに私たちも、新年の1月に進級を目指してはいるけれど、
進級試験は年に6回もある。
勉強の進捗が一年以上遅れない限りみんな同級生だ。
ちなみにジアース時代の暦で言うと、
皇帝歴450年は『AD2569年』にあたる。
現在でも、ごく一部で使われている地方暦だ。
でもADって起点の根拠があいまいらしい。
皇帝歴元年はもちろん2120年。
太祖KAWASAKI公の初代皇帝即位にさかのぼる。
2119年に、建国から半世紀ほどで、
ユーラシア全土を支配下に治めたKAWASAKI大統領は、
充分な根回しの上で新しい憲法を制定し、議会を解散。
2120年1月1日、月曜日をもって「皇帝」に即位。
皇帝歴1年1月1日、月曜日とした。
伝統的に「帝国歴」ではなく「皇帝歴」と呼ぶ。
そもそもは2070年代に相次いだ、国家の金融破綻が始まりだった。
金融テロを仕組んだとされる天才プログラマーは、
国籍不明で『KAWASAKI』と称されるモンゴロイド。
サイバー国家を建国し、複数の国連加盟国を支配下に置いたとされる。
2095年。熾烈に覇権を争っていた2超大国、
「至高の」「唯一無二の」と称された中国と、
「覚醒した巨象」インドが、時を同じくして突然、経済破綻。
金融クーデターと呼ばれ、内戦が勃発。
国際社会は分裂した中国とインドをそれぞれに支援。
中国は6つに、インドは28に分割され急速に力を失った。
水面下ではサイバー国家KAWASAKIの軍門に下る。
2101年、天才プログラマーの孫である、
KAWASAKI大統領がアジア合衆国(USAs)を宣言。
国際社会から認められた主権範囲はアジア大陸の半分だったが、
実質的には、人口にして全世界の6割を既に支配していた。
KAWASAKI帝国は約150年でジアースの統一を成し遂げた。
並行して衛星軌道開拓、月面開拓を進め、
重力という絶対的優位を確保。
唯一の宇宙軍を保持し、帝国の基盤は盤石だ。
太陽系にも進出を図っている。
帝国はジアース統一後に、
一部の直轄地を除き市民の自治を広く許し、
各王国・連邦国家・自治領を皇帝の名の下に統治し、
全ての宗教を寛容に認め、皇帝の権威によって人心を束ねた。
初期の帝国分裂、何回かの皇帝家の「引き継ぎ」を含め、
ジアース人口の急増や、疫病・災害による急減など、
450年の歴史には紆余曲折はあったが、
『BIBEL』・『KAISER』・『BUND』
BKBの三本柱が帝国の屋台骨を支え、今日に至る。
皇帝陛下はザムーンの『月面宮殿』に住まわれる。
皇太子殿下や皇子さま・皇女さま方は、
対地静止軌道上に建造された『GEO13離宮』にいらっしゃる。
50年ほど前に完成した低軌道上の『LEOネット』は、
赤道上の小さなステーションから発展し、
増設を重ね300年ほど前に赤道軌道を一周し、
250年ほど前には極軌道も一周した。
その後、Nライン、Sラインと呼ばれる、
北緯・南緯15度ごとの軌道と、南北回帰線軌道。
そしてEWラインと呼ばれる、
東経・西経45度ごとの極軌道に、
人工の建造物が張り巡らされた。
EWラインは90分ほどでジアースを一周する。
つまり11分15秒ごとに、
最大直径が1キロにもなる人工の構造物が、
上空400キロを横切るのだ。
スッカスカの鳥かごのようだが、その後も改修・拡張は続き、
今後500年計画の『新LEOネット』計画が発動中だ。
北緯・南緯の0度から75度まで5度ごとに、
残り10本ずつのNライン、Sラインを。
東経・西経15度ごとの極軌道、
残り8本のEWラインを増設する予定だ。
完成すれば3分45秒ごとに、LEOネットが上空を横切る。
そうなればいずれ『ネット住人』の人口が、
全人類の半数を超えることになる。
月面都市や火星への移民も実現するだろう。
全ては強大な帝政のおかげ。
ジアースで生活していると、
EWラインの上空通過は慣れっこだが、
常に上空に存在し続けるNラインは、
私も小学校の修学旅行でホッカイドウに行った時に、
ソウヤシティー上空の『N45ライン』を初めて見た。
その時一気に、自分を取り巻く世界観が拡張した。
それはクラスメートたちも同様だったようだ。
ガタ小学校の六年間は楽しいことばかりだった。
ガタ中学校の六年間も三分の一を過ぎたところ。
勉強は徐々に難しさを増すが、何とかくらいついてきた、
補習プログラムへの参加なんて考えただけでゾッとする。
一月に中学三年生になったばかり。
来年16歳になれば『予備選挙権』と『予備市民権』が付与される。
同時に職業適性試験も定期的に受けなければならない。
当面は免除されるとはいえ、書類上は各個人が納税を行い、
これまで学校行事だった社会奉仕は予備市民の義務となる。
学校の勉強も当然、予備市民の義務であり疎かにはできない。
そして……。
社会の繁栄と継続のための『異性とのマッチング』が開始される。
それこそが私たち少女の最大の関心事だった。
きっと男の子たちも、そうであるに違いない。
父は高槻阿武。45歳。
ニッポン自治区、自治軍の高級将校。
母は高槻さくラ。40歳。
医師免許を持ち、イタチ中央病院に勤務している。
弟は高槻宮之。10歳。
ガタ小学校の四年生。難関のスポーツコースに選抜された。
家族はモンゴロイド90%。
人類の混血が進んだ現在では純血とされる割合だが、
ニッポン自治区では多くがモンゴロイド75%以上なので珍しくはない。
肌の色も典型的なモンゴロイド、
瞳はダークブラウンで、髪は黒の直毛。
ちなみに私はショートカットが好み。
200年ほど前には遺伝子操作で、
好きな肌の色、髪の色、虹彩の色にすることができたが、
人類の自惚れには手厳しいしっぺ返しがあった。
疫病が流行り「LEOネット」の人口数は半減した。
予期せぬ遺伝子の悪影響は、宇宙線が誘因と言われているが、
現在でも確かなことは分からない。
影響の名残は時々発現するが、何とか対処療法は確立されている。
帝国は遺伝子操作を禁忌事項として、研究を独占した。
難しいことはよく分からないが、
元来は二種類だったメラニンが増え、
今では頭髪の色は、自然界にある色なら何でも存在する。
オッドアイも全人口の10%を超えるが、
紫外線対策のカラコンが普及しているため、
外見だけでは分からないことが多い。
究極のところ、見た目だけなら、
ファンデーションやヘアカラーで簡単に変えられる。
わざわざ危険を冒してまで、遺伝子をどうこうする必要はないのだ。
中学校は全寮制だが、授業があるのは週3日。
イタチシティーは一週間のうち、火~木が小中学校の登校日なので、
金曜朝のHRを経て、午前中に自宅に帰り、
月曜の夕方のHRに参加して寮に戻る。
小中学生の子を持つ親は、週3日の出勤シフトを上手くやりくりして、
家族の休日をすり合わせる。
父も母も職務上、緊急時には容赦なく招集されるが、
その分、平時はすり合わせに配慮される。
私と弟が在宅日に選択した、
スポーツクラブにもカルチャークラブにも、頻繁につき合ってくれる。
ちなみに私が今選択しているのは薙刀と書道。
本当は週にもう一日お休みが欲しいけれど、
週休4日はここ100年来の社会習慣。
昔は週休が1日や2日だったなんて信じられない。
そんなに働いていたからこそ、
天網とも呼ばれる「LEOネット」なんかが建設できたんだわ。
ジアースでの市民生活は快適だけど、
一所懸命勉強して、いつか私も「ネット住人」になりたいな。
そして叶うことなら「GEO13離宮」のどこかで、
帝国の皇子さま、皇女さまにお仕えすることこそが私の最大の夢。
今日は私のバースデー休暇の適用を受け、家族揃っての外出。
「LEOネット」にある夢の国『コスモカイザーランド』に出かけた。
弟が10歳を超えたので、対流圏からの離脱が許可されたのだ。
夢の舞台『プリンセス・シアター』には大満足。
プリンセスたちのバックダンサー体験に酔いしれたわ。
特にオシプリの『MAJA・マールル』様のプログラムには、
飽きずに何度も参加、最後にはお褒めの言葉まで頂いた。
弟は『火星飛行士』に憧れている。
男の子の断突一位の、なりたい職業らしいわね。
夢の国『プリンス・アドベンチャー』でも大はしゃぎだった。
「コスモカイザーランド」のシンデレラ城に一泊。
私は母とプリンセス・ルームに、
弟は父とプリンス・ルームでくつろぐ。
こうして私の15歳の誕生日は愛する家族に囲まれて過ごした。
まさかその二週間後に、あんなことが起きるなんて……。