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第一章 奇跡を紡ぐ者たち――稼ぎ屋と家出少女-1

――西方地域の荒れた大地を一人で旅するヤツなんて自殺志願者か、さもなけりゃとんでもない世間知らずだ。

 そんな誰かの言葉を思い出しながら、一人旅の青年――ギアは、駆け出していた。


「おおおおおっ!」


 わざわざ上げる叫び声は、注意をこちらへ向けるためのものだ。

 ギアが突っ込む前方にいるのは、ドラゴンモドキ。

 それは大蛇のように手足無く地べたを這う生物、『ワーム』の一種だ。

 凶暴な顎と牙を持つ、無眼の『魔物』――印象としては蛇や蜥蜴のようだが、その動くものをなんでも飲み砕く凶暴性と十メートル近い巨体から、俗称としてドラゴンモドキ、または単にモドキなどと旅人からは呼ばれ、恐れられている。

 そんな厄介なものの注意をギアがわざわざ引いたのは、そのモドキがいままさに人を襲おうとしていたからだった。

 ギアは滑り込むように、その獰猛なモドキの横をすり抜ける。そしてその先にへたり込んでいた少女を素早く抱え込んだ。


「――えぇええ!」


 ギアは腕で乱暴に少女を抱え込むが、当の少女は状況を理解できていないようだった。


 ――シァアアアアアア!


 空気を裂くような鳴き声が響く。それは餌を横取りされたとでも思ったのだろうドラゴンモドキの怒りの咆哮だった。

 ギアはその瞳無きモドキの顔を見やり、怒りを宥めるように笑みを送った。

 無論、見るべき眼さえなく獲物を喰らうことしか考えないモドキには理解されず、こちらへ襲い掛かってきた。

 巨体に似合わない俊敏な動きだった。

 だが、モドキの牙が届く刹那の間に、ギアは少女を抱えて横へ跳んでいた。

 ドラゴンモドキの名で呼ばれる魔物はその強靭な顎で、そのまま乾いた地面を抉り喰らう。


 ――ぐぁしゃり、と乾いた土を砕く音がした。


「街道外れの道にしては静かだとは思ったが……こいつに恐れをなしていたってわけか」


 ギアはそのままバックステップで魔物との距離を取った。念のため周囲を警戒するが、他に危険な生物が潜んでいる様子は感じられなかった。


 ギアが歩いてきたこの渓谷は、遺跡都市『イーヴィシス』へ続いている。

だが、一般的には旅人でも移動には街道を利用する。

 特に、東西交易の拠点でもあるイーヴィシスへは大鉄道路が敷設され、線路に沿うように大がかりな街道も整備されている。ヒトやモノはそこを通って都市に出入りする。

 なにしろ西方地域にはいまだに未開拓の危険地帯も多い。


一歩道を外れればどんなことに遭遇するかわからない。魔物や魔獣と呼ばれる生物が生息し、そういう類に襲われる危険性が十分にあるのだ。

 そんな恐れられる魔物同士の世界にも弱肉強食はあるのだろう。

俗称とはいえドラゴンの名を冠される魔物は、同じ括りの魔物にさえ恐れられているのだろう――と比較的静かだった渓谷の道程を思い出し、ギアは思った。


「お嬢ちゃん、大丈夫か?」


 周囲の安全を確認してから、ギアは脇に抱えていた少女を下ろす。

 改めてみても彼女は、全くもってこんな所には場違いな、まだ小さい女の子だった。

 年齢は十を過ぎたくらいだろう。だが、その美麗な顔立ちと透き通るような銀色の瞳がどこか大人びた印象を与える、不思議な少女だ。

まだ小さい背の腰まで、瞳と同じ銀色の艶やかな髪が伸びている。格好も革布のワンピースにケープを申し訳程度に羽織っただけという、旅人らしからぬ軽装だった。

 腕から下ろされ自分の足で立った少女は、やっと状況に意識が追いついたのか、ハッとしてをすぐにギアを見上げた。


 そして、少女は落ち着かせようとするギアへ、見上げると同時に声を上げた。


「――逃げてください!」



 少女はギアへ注意をしたのだ。

「は?」

「早く逃げないと……あなたまで大変なことに、な……なっちゃいますから!」


 先ほど魔物に食われる一歩手前を体験した少女が、いま自分を助けた男のことを心配していた。

 ギアは呆気にとられながらも、少女の瞳を覗き込む。その瞳を見れば、少女が本当に彼を心配しているのだとわかった。

 その場違いな優しさに、ギアは思わず苦笑する。そして、少女を助けるときに浮かんでいた台詞に続きがあったことを思い出した。


「こんなところを一人で旅するヤツなんてのは自殺志願者か、さもなけれりゃとんでもない世間知らずか――よっぽどの変わり者だな」


 ギアは喉で笑うと、少女の頭にその大きな掌を乗せた。


「よし」


 そう言うとギアは、放っておいたモドキの方へと身体を向けた。


「俺は運が悪いが、嬢ちゃんは……運がいい」

 少女をかばう様に一歩前へ出ると、散切りの黒髪を掻き揚げた。

無料(タダ)で、稼ぎ屋に仕事させられるんだからな」


 ギアの背中を眺める少女へ丁度、十字の影が被った。十字架状の影――それは正にギアの背負っているモノの、カタチだった。

 

 ――十字の得物。

 

 黒髪に漆黒の対刃コートを羽織るギアは、その背中に巨大な『白銀の十字』を背負っていた。

 ギアは歩きながら右手を回し、ゆっくりとそれを引き上げる。

 

 背に背負う十字架。

 

 その正体は――異形の大剣だった。

 

 十字架を模したというよりも、巨大な十字架から削り上げたような剣――白銀の十字大剣を、ギアは握りしめて、構えた。

 

 眼前には、土の味に満足いかなかったモドキが、低い唸り声を上げながらこちらに捉えていた。

 ギアは眼光を向ける。獰猛な魔物の威嚇に臆することなく、笑みのままにそれを睨んだ。



 ――少女は、まだ名も知らない男の背中を見つめていた。


 あまりに無謀だろう、その行動を止めることができなかった。

 だが、そのあまりに危険な行為を目の当たりにしながらも、少女は自身の恐怖が薄れていくのを感じていた。

 状況自体は何一つ変わっていない。

 変わっていない、はずなのに。

 妙な安堵を持って、その姿を見ていられた。

 少女は、起こる出来事を逃さず胸に刻もうと思い、その十字の男を見つめ続けた。



 ――超大陸ヴァンは大きく二つの地域に分かれる。

肥沃な大地を持ち複数の国家群から成る東方地域と、乾いた大地を持つ西方地域だ。

 多くの魔物が生息し過酷な環境の西方は、長く未開の大地だった。

それがおよそ二百年前に東方文明が二つの技術を創出し、人々がその結晶を手にしたことにより、〝開拓〟が始まったのだ。


 過酷なる西方開拓を可能にした二つの技術結晶。

 

 ――一つは、産業に革命を起こし、様々な大規模活動を可能にした「蒸気機関(スチームエンジン)」。

 

 ――もう一つは、秘術・迷信・詐術……などと呼ばれ、まやかしとされた類を現実のものと証明した――『魔法』という奇跡を紡ぐ、「儀式機関(マジェスティックアーツ)」だ。

 

 蒸気機関は文明に富と活力を与え、儀式機関は人に実践的な奇跡を与えた。

 


 そして、現在それら儀式機関を駆使し、魔法を行使する者を人は、『魔導士(アーティスト)』と呼ぶ。


 「相手が悪かったな、目玉無し」

 

 口とともに先に動いたのは、ギアだった。

 食事を邪魔され餌を奪われ一層凶暴を増すドラゴンモドキに、ギアは躊躇無く向かっていった。

 鋼線で編まれた重みのあるコートがたなびく。

 ゆっくりとした歩みから、飛ぶように一気に距離を詰めたのだ。

 そして、モドキの眼前に迫ると同時に片足を軸にして、手にした十字大剣を振るった。

 モドキがその行動に気づいた時には、すでに刃がその横顎に当たっていた。

 

 ――ザン!

 

 十字大剣はモドキの頭部を捕らえると、そのまま十メートル近い巨体を弾け飛ばした。

 ギアはそのまま、反動を制しながら、振り切った大剣を構えなおす。

 これで終われば楽だが、手ごたえがまだ獲物を仕留めていないことを伝えていた。


「硬いな……さすがに。蛇革みないな妙な光沢のクセに、岩のように硬――っ!」


 ギアの漏らす感想が、途中で切れる。モドキがすぐさま飛び返ってきたのだ。


 ――ぎしゃああああ!


 モドキの叫びが渓谷に反響する。

 その叫びは、怒りと痛みを同時に表しているように聞こえる。

 モドキは叫びとともに、うねる大木のように突進してきた。

 硬い鱗で覆われた巨躯の体当たりは、喰い千切るようなアクションがなくとも、ただそれだけで凄まじい衝撃となる。


「――チィッ!」


 瞬間、避けられないと判断したギアは僅かに脚を整えるとそのまま刃を構え、真正面から衝突を受けて立った。

 そのまま両者が激突する。


 ――が、ぎゃん!


 鈍く、低い大きな音が鳴り響く。その音が、衝撃の凄まじさを物語る。

そのはずなのだが、凄まじい音に反してその衝撃はギアの足元の地面をひび割らせただけだった。

 ギアは十字大剣だけで、モドキの突撃をその場で押しとどめていた。


「そんなに腹が減っているなら、これでも……」


 突撃の衝撃からドラゴンモドキは口を開いたまま、その場に硬直してしまっていた。その大口へギアは、大剣の刃を放り込んだ。

 口内への侵入に気づいたモドキは、その刃を砕き食おうと口を閉じる。

 だが、強靭なモドキの顎によっても、その刃は砕けない。

 その内に、その刀身が――淡く光りだす。


「お望みのように……喰らってみな!」


 次の瞬間、モドキの口内が――刃が爆発した。

 爆音にモドキの絶叫が絡みつく。

 それを聞きながらギアは、刃を煙の中から引き抜きだす。その刀身にまったく損傷はなく、異変があるとすればそれ自体が淡く光を持っていることだった。


「少し粗雑だが……この奇跡――魔法はお前の舌に合ったかい」


 それは、十字架に似て、刃に似ていた。

 確かにそれは十字架であり、刃の形をしていた。

 だが、男の持つそれの本質は、十字架でも刃でもなかった。


 ――それは、魔法使いの杖。


 奇跡を紡ぐことを可能にする、奇跡。


 魔導白銀を使い、奇跡象形式(バイブル・デザイン)に則り構築された『仕掛け』――奇跡を行使する幾重もの『儀式』を圧縮し、最高効率で事象として顕現させる精巧な『機関』。

 その十字大剣は、魔法を行使するための『儀式機関(マジェスティックアーツ)』。


 現実の魔法は、言い伝えの中の埃をかぶった魔法使いのイメージを破り捨てさせた。

 鍋を煮詰み、箒に跨り、ぶつぶつと呪詛を唱える魔女を、過去のものとした。

 必要なのは、精緻な技術機関とそれを制御する研鑽された精神。


 ――この世界、この時代……その身を用い儀式機関を駆使する者を、『魔導士(アーティスト)』と呼んだ。


 ギアはゆっくりと息を吐き、止める。

 のたうつワームを見やると、儀式機関――十字大剣を握りなおす。

 彼にとって、眼前の生物――〝魔物〟は脅威には、足り得なかった。

 ドラゴンモドキ――竜の名で呼ばれ恐れられようとその名が示す通り、それは幻想の擬態に過ぎない。


「やれやれ……今日は昼間から一騒動だな」


 ――ザンッ!


 ギアは刃を振るい落とし、ワームへ止めを刺した。

 魔法とは――擬態でも劣化でもない正真正銘の、顕わされる奇跡。

 幻想の擬態が、真の奇跡の具現に敵う筈もない。


 稼ぎ屋・ギア――その男は、奇跡を紡ぐ者――魔導士だった。



「本当にありがとうございました!」


 落ち着きを取り戻した少女が、ようやくまとめた言葉でギアへ感謝を言った。

 彼女はいま、道脇の小岩にちょこんと腰をかけている。


「いやいや、どういたしまして」


 ギアはそのまっすぐな言葉を、素直に受け取った。

先ほどギアがドラゴンモドキを仕留めて戻ると、少女はその一部始終をしっかりと見ていたらしく、どこか惚けたようにギアの方を見つめていた。戦いの光景は幼い少女には、さすがに刺激が強かったのか、ギアはそんな様子の少女をその場で落ち着かせていたのだ。

そして、一呼吸を置いて少女は、処理能力を超えた出来事をようやく整理できたのか――自分が助けられたということをやっと思い出したかのように――先ほどのお礼の言葉が出たのだった。


「一人旅……でいいのかい、お嬢さま?」


言いながらギアはコートの内側から携帯用水筒を取り出すと、キャップを外して少女へ渡す。

 少女は遠慮しようとするが、ギアはしっかりとその小さな掌に水筒を載せた。

ギアが言ったその言葉は少女への、出会ってから初めての質問だった。

 ――幸か不幸か、ギアが見る限り、少女の連れ合いがワームに食われたような形跡は見て取れない。周囲にもそういう〝痕跡〟は見られない。

 状況から言えば、少女は一人旅――だが、こんな少女が一人で荒野を旅するというのは、あまり常識的なこと、ではない。


「――はい、そうです。……あっ! ……持っていた荷物は、あの魔物へ食べられてしまったんでした……」


 少女は自分の身軽さに気づいたのか、手をばたばたとさせた後、原因を思い出したらしく、再びしおらしくなった。

 はぁ……と、少女は大きくため息をついた後、気を持ち直して立ち上がった。


「あ、えっと……し、失礼しました! わたしはミスリル・フィフィルスです。これでも、遺跡都市イーヴィシスへの旅の途中でして……先ほどはありがとうございました」


 ミスリルと名乗った少女は、身振り手振りで身体を大きく動かしながらギアへ挨拶をした。

 長い銀色の髪が、そのたびにふわりと風に舞った。


「あれはたまたま通りかかって、勝手にやったことだから別にいいさ。ミスリル、か……ちなみに、俺はギア――稼ぎ屋の魔導士だよ」

「稼ぎ屋……さんですか」


 そう自己紹介するギアの言葉に、ミスリルが興味を示した。


 『稼ぎ屋』とは西方において、賞金稼ぎや魔物退治屋など、とりあえず、その身をもって諸々をこなす、〝何でも屋〟のことを指す総称だった。


「そ。まぁ、魔導士としては三流かもしれないけれど……稼ぎ屋としては、結構ウデもあって、やっていると思うんだがね、自分としては」


 自画自賛――というわけではなく、そんな物騒で狭い世界の小さな話が、見るからに純真無垢そうな少女に伝わらないだろうことをわかりながら、ギアは嘯いてみせる。


――ちなみに独力で稼ぐ、稼ぎ屋は大半が魔導士であり、『魔導士兼稼ぎ屋』というギアのような輩は珍しくはない。


「それはそうと……なるほど、イーヴィシスか。俺もミスリルと同じくそこへ向かっているんだが……自分も通っていてなんだが、どうしてこんな道から」


 ギアは自分の話題をそこで切り上げると、彼女の話へ戻した。

 この渓谷を抜ければ、確かに遺跡都市イーヴィシスはすぐそこだ。だが、こんな獣道よりはマシ程度の 道を好き好んで歩くような奴は普通いない。

 遠回りになっても安全な街道か鉄道を使うだろう。


「その……」

 当然といえば当然の疑問だが、少女は口をつぐんだ。


 悪いことを咎められたかのように、ミスリルが少し視線を伏せる。それを見てギアは誤解を解くように言葉を足した。


「い、いや、別に俺は何者でもないからな。答えたくなければ答えなくてもいいんだぞ……知らないが、それぞれ事情もあるだろうし……なんとなく不思議に思って聞いてみただけなんだが……」


 ギアは自分が思った以上に慌てていたらしい。その姿が可笑しかったのか、責めることが本意ではないというギアの思いが伝わったのか、ミスリルは顔を上げる。そして、眉を下げながらも笑みを返してくれた。


「いえ――ごめんなさい。そういうつもりではなかったんですが……その……ギアさんは、イーヴィシスでの降臨祭の、〝奇跡〟を知っていますか?」


 言いながらミスリルは銀色の瞳に少し期待を込めながら、ギアを見つめた。

 ギアは笑みを戻した少女に安堵しながら、質問に答えるために自分の記憶を手繰る。そして、昔どこかで聞いたことを思い出した。


「そう……あれだ……イーヴィシスで年一回のミドゥー教の降臨祭の時、そのイーヴィシスでしか見られない〝奇跡現象〟が観測されるんだったか……確か、名前は――『光彩雨(エメラルド・レイン)』」


 ギアは瞼を閉じ、眉を寄せながら、一つ一つ記憶を掘り起こした。


「はい!」


 ギアの頼りなげな解説に、ミスリルは嬉しそうな声で答えた。


「しかし、その奇跡がどういった関係が…………あ!」


 そこまで言って、ギアはいまが丁度その降臨祭の時期なのだと気付いた。

 見ると少女は、一層明るい表情でギアを見つめていた。

 銀色の髪と瞳を持ち、美しさが先に来て自然とどこか大人びた印象を与えるような少女なのだが、いまは純真な幼い少女の表情を浮かべていた。


「どうしても、その〝奇跡〟を見てみたいんです」


 表情と言葉の色を見れば、それが真っ直ぐなものなのだとわかる。


「それで……イーヴィシスへ行くと」

「はい」


 ギアはその少女の純真な想いを感じる。

そんな感情をぶつけられ、その気恥ずかしさからギアは少女の頭にぽんと手を置く。


「――で、家出したと?」


 照れ隠しもあり、茶化すように、ギアはミスリルへ聞いてみた。


「え! あ、いえ……その!」


 目の点にして、少女はあたふたし始めた。どうやら本当にその通りだったらしい。

 推量が当たり、ギアは大きく笑うと、ポンポンと少女の頭を二、三度軽く叩いて見せた。


「ど……どうしてわかったんですか?」

 ミスリルが疑問を口にするが、ギアは「雰囲気でなんとなくわかった」とだけ答えた。

「ミスリルはいま、いくつなんだ?」


 ギアがさらに唐突に聞くと、彼女は「十一になりました」と答えた。

 それを聞いたギアは、視線を空に上げ――再び、自分の記憶を辿ってみた。そして、その出てきた記憶に納得したように、うんうん、と自分で頷いてみせる。


「そういう時期もあるだろうな……いいんじゃないか? さっきもいったが、俺は別に何者でもないからな、とやかくいうことでもないだろ」


 ギアは満足げな笑みを、窺うような少女へ向ける。少女も負い目のようなものがあったのか、ギアの反応にホッとしたように落ち着きを取り戻した。


「そうとなれば、イーヴィシスへ急ごうか。ここからならもうすぐだ。昼過ぎにはお目当ての遺跡都市へ着けるかもしれない」


 ギアは振り返ると、進む先を見通した。この渓谷を抜ければすぐに都市が見えてくるはずだった。


「これも縁だろ。都市まではご同行させてもらおうかね」


 ギアがいまさらに、そんな言葉をミスリルに伝える――さすがにギアも、こんな所で少女一人を置いて進むなどできるはずもないが。

 しかし、後ろの少女から反応が返ってこなかった。不思議に思って見てみると、少女は先ほどギアが「稼ぎ屋だ」と告げた時にした、思案気な表情を浮かべていた。


 ギアが不思議に思い、もう一度話しかけようとした時、ミスリルは自分のケープの中から、綺麗な銀細工を取り出した。

 二枚の羽――多分天使の翼をイメージしたのだろう――をデザインしたそれは、非常に精巧に作られた装飾具だった。上質の、一目で値の張る品だとわかる代物だ。


「ギアさんは、稼ぎ屋なのですよね?」


 ミスリルは確かめるように、ギアへと伺った。それから彼女はその取り出した銀細工を、ギアへと差し出してきた。

 ギアは、少女の意図を図りかねる。


「……もしかして、さっきの魔物退治の件か? あれは何度もいうが――」


 ギアが制しようと喋る。しかし、ミスリルは首を左右に振ると、改めてお辞儀をした。


「先ほどの件は、お言葉に甘えさせていただきます。ですが、これは――これからお願いしたいことがあるのです」


 少女の真摯な言葉に、ギアは自然と姿勢を整え、しっかりと身体を向けなおしていた。


「イーヴィシスで〝奇跡〟を見るまでの間……わたしの護衛をお願いできないでしょうか?」

 それは少女から稼ぎ屋への、依頼だった。

「持ち合わせが無くてこんなもので失礼ですが……」

 この銀細工はその報酬――『依頼料』という意味らしい。


 少女は稼ぎ屋への依頼料の相場など知らないだろう。だが、ギアにしてみれば、その想定される距離と期間の護衛料として、それは十分すぎる報酬だった。


「仕事を依頼したいっていうんだったら、了解――このギアに護衛を頼むんだ……奇跡の時刻まで完全無欠にお守りしてみせましょう」


 ギアはそう、うそぶいてみせる。そして、ギアは少女の小さな掌を包むと、手にする銀細工を改めて握り直させた。


「――それは、成功報酬ということで、預かっていてくれ」


 銀細工を握り直されて、持て余すミスリルを後目に、ギアは再び振り返ると、イーヴィシスへの道を先導し始める。


「じゃあ、出発と行きますかね」

 その言葉に釣られ、少女はその後ろを、しっかりと歩みついていく。

「はい――お願いします。ギアさん!」


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