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そうして次の一本に火をつける。僕の思いとは裏腹に、今度はすんなりと点火出来てしまう。
3本目を咥えた時には、何故だかしょっぱい味がした。胸ポケットに入れていたから、海水はかかっていないはずだが。
4本目を取り出した時には、最早咥えられなかった。奥歯はガチガチと音を立て、呼吸も荒くなる。
手足がピリピリと痺れてきて、息が上手く吐き出せない。肩を抱いていた腕は、まるでセメントで固められた様に動かせない。
「ーっーっーっ…」
焦りから、更に呼吸が速くなる。
そして、今までで一番大きな波が打ち寄せた。
胸の辺りまで打ち付けると、動けない僕は簡単に波にさらわれてしまった。肩を抱いた姿勢のまま、後ろに倒れこむ。
それと同時、目や口、鼻から海水がなだれ込み、何が何だか分からなくなる。呼吸をしようとして更に海水を飲み込む。
今海水に飲み込まれているのはぼくなのに。
僕は今どっちを向いてどっちに流されているのだろう。そもそも浮いているのか、沈んでいるのか。まだ生きているのか、もう死んだ後なのか。
体が動かないからもがくこともできない。あぁ、このままいけば本当に死ぬ。
苦しい、のだろうか。
嬉しい、とも違う。
「怖い…」
気付けば僕は浜に打ち上げられていた。僕の呟きは言葉になっていたかは怪しい。何せ今も噎せながら海水を吐き出している。
生きている。
フラフラと立ち上がり、もう一度海を眺める。先程よりも、波の音は小さく聞こえる。
だが、再び足を海水に浸けることは出来なかった。歩行も困難なほどに全身は震え、体を引き摺る様にして波打ち際から離れる。
砂浜から砂利の所まで来ると、一気に体の力が抜けた。
「…怖、かった。死ね…なかった…」
恐怖からか、後悔からか、兎に角泣き叫んだ。
と言っても海水を飲んだこともあるし、何より死が迫った瞬間の感覚が抜けなくて、大声は出なかったが。
僕は、全身を濡らしたまま車へと戻った。
取り敢えず座席に座るが、海水をたっぷり吸い込んだ服は冷たく、どんどん体温を奪っていく。
海があんなに怖いとは知らなかった。
死があんなに恐いとは思わなかった。
未だ体の震えは止まらない。
このままでは低体温で死ぬ。そう頭に過ぎると、更にガタガタと震え、車ごと揺れていた。身に纏っているものを全部脱ぎ、後部座席に常備してあった仮眠用の毛布に包まった。
寒いには寒いが、あのまま濡れた服を着ているよりはマシだろう、と思うと安心感からか意識を失ってしまった。