真相 後編
家に到着して尚、空気はずっと重苦しいままだった。
この綾蔵雪奈という彼女の立場と義姉の久遠彩音の立場が敵対している関係であるからであるのはわかっている。
詳しいことはわかりえることはできないがこの二人にとってはこの険悪な雰囲気を漂わせる距離感がちょうど良いものだと意識をしている。
眉間にしわを寄せながら食卓の席を囲い、義姉の彩音がゆっくりとこちらのほうに視線を向けると頭を下げた。
「話す前にはまず、ゆっくんに謝罪をするわ。ごめんなさい。今まで騙していて」
『騙して』という言葉が心にグサリと矢が突き刺さるような鈍い痛みが走る。
それは悲しみという痛み。
実際にはまだ何をどう騙されていたのかという根本的な理由はいまいち理解していない。
ただ、義姉や義父は自分を匿っていた。親戚とか自らの優しさという愛情から自分を保護して育てたわけではないということだけがわかっている。
義姉や義父にとっては勇気が危険である存在だったから、匿うことを名目して育て上げた。
(それは小さい頃からなんとなく感じてはいたことだったがな)
それを義姉に伝える気は一切ない。
自分なりの考えと判断での行動だ。
義姉が匿う理由が綾蔵雪奈のいう『妖魔狩り士』という存在が関係していることがわかった。
彼女は言っていた『妖魔狩り士』とは怪物を殺す存在だと。
「姉ちゃん、話をしてくれよ。姉ちゃんたちはどうして本当のことをずっと隠していたんだ?」
「あなたが聖剣の所有者だからよ」
「聖剣?」
「そう、英雄と認められた妖魔狩り士の最強の武器『聖剣』。あなたが実の両親に託されたナイフがあるでしょ。それが『聖剣』」
「これが?」
「ええ。私たちはね、あなたにはその武器を誤った方法で使ってほしくない、妖魔狩り士という危険な存在へとなってほしくないと思った。『聖剣』の強大な力は災いをもたらすほどの能力を有しているから」
義姉は語る。
勇気は綾蔵雪那が言っていた通り『妖魔狩り士』という怪物を殺す存在のその末裔であり、末裔に足る証明の武器『聖剣』を勇気が所持していたからこそ義姉や義父は怖いと感じてその道から勇気を遠ざけるために嘘を貫き通して育てた。
そのウソとは『怪物』という存在、あの勇気が小さき頃に見た両親を殺した化け物はいないという事実をつきつけたことだ。
事実に怪物は存在していた。
だが、はじめの頃が怪物はこの地に現れてはいなかった。
「私たちが危険とは心外だな。私たちは正義のために戦っている。それを危険な者、まるで悪者のような言い回しはやめていただきたい」
「市民を守っていても、周りに与える被害的状況をあなた方は考えたことがあるの? あの場で妖魔への襲撃を受けたのが私だからよかったわ。だけどね、あの時に私でないものであれば怪我をしていた可能性だってあるのよ」
彩音は先ほどの妖魔に捕まり救われた経緯についてを思うところがあった様子で苦情を申し立てた。
あの状況下で危険な要素は見受けられはしなかったがどうにも勇気の認識外の中では危険性が隠されていたようである。
「あの妖魔は明らかな悪魔に関係した妖魔よ。敵への殺意は敏感であるのは妖魔狩り士のあなたなら知っているはずよね。あの場で人質がいる中で敵への襲撃を決行すれば人質に被害が及ぶ可能性もあった。その身を殺す可能性よ」
「そのようなこと重々承知している。私は君が結社の人間であったからわざとあのような方法をとったまでだ」
「っ! あなた……っ!」
険悪な空気が殺伐とし始めていく。
二人は互いに何かを取り出そうという雰囲気が立ち込めていた。
その取り出すものは武器に違いないだろう。
巻き込まれては命に危うい。
勇気は席を立ちあがると二人の目の前に手を出した。
「ちょっと、ストップ。話をするんじゃなかったの? こんな殺し合いを行いに綾蔵さんも来たわけじゃないでしょ、それに、姉ちゃんも挑発しない」
「だけど、ゆっくん!」
「姉ちゃん、文句がるのはわかるけど敵は彼女じゃないんじゃない?」
諭した言葉に義姉は渋々といった感じで頷いてくれた。
話の方向性を元に戻し、本格的に知り得たい情報へ向かう。
「―――この街、聖町は『結社』、妖魔退治を専門に扱う日本政府組織によって秘匿に作られた組織である私たちが管理しているのよ。大きな結界を張ってこの街では怪物も寄せ付けないようにしているから大丈夫だったのよ」
街の謎は義姉や義父が勤めている組織が大きく関与していたということらしかった。
義姉や義父が関わる組織『結社』とは例の黒い怪物のようなものを殺すための日本政府の非公式の組織であった。
この街そのものはその結社によって管理下にあったが故に平和が続いていたようであるが――
「なるほど、この街に張られていた結界は君ら結社の仕業だったわけか。妙に思った原因はそれか。大規模な結界をただの『妖魔狩り士』には張れるはずもない。結社という大組織ならば納得だ。それも結社が管理する町だとするならばな。だが、妙ではないか? ならばどうして怪物が侵入した?」
「今からその答えを教えるわ」
雪奈はゆっくりとソファから立ち上がるとリビングルームから出ていき、しばらくしてから戻ってくるとファイリングされた書類のようなものを持ってきた。
ファイリングされた書類を一枚一枚取り出した。それらはグラフ表記と衛星写真のようなものであった。
衛星写真はどれもピンボケで分かりずらい。
ゆっくりと義姉は続きを説明した。
この地に生まれた綻びが生じたことを。
「数年前のある時に結界にヒビが生じたのよ。この原因は未だわからないけど内部で起こった膨大な力の波動を検知しただけでその力が何だったかは謎。大分古びれていたからこの街を覆い隠す結界も能力維持についには限界も生じたッてのが上の見解。一応は保全を行ってきたんだけど、聖剣が内部にあったから多数の外部の妖魔に力を気取られて、多くの怪物にこの街への侵入を許した」
「なるほどな。だが、妖魔の侵入を気付いていたのになぜに対処をしていない? 君らはこの街の住人のリストも把握しているはずだし、その人物のプロフィールも把握しているはずだ。ならば、その人物たちで不審な行動をしているものがいればそいつが妖魔だとわかり始末も容易じゃないのか?」
「対処はしてるのよ! だけど、問題が起こったの。最初はわかっていた怪物を何人かは抹殺した。けどね、後に彼らは賢くも我々結社の基地社に侵入してこの街の人名リストを改ざんした。おかげでどいつが怪物であったのかもわからなくなった。さらには侵入した怪物は自らの姿形を変えた」
それにより、徐々に結社での秘密裏の怪物への対処は根を詰めていったらしい。
ついには例の狭間修の事件を隠せなくなったまでに至った。
妙に、綾蔵雪奈の表情はまだ納得のいかぬ要因が残っているとでも言うように口をつぐみ険しい顔を崩さない。
「まだ、説明が足りてはいない。狭間修を殺したのは誰だ?」
その質問に衝撃を受けた。
何しろ、こちらの認識では綾蔵雪奈本人が狭間修を『妖魔』と認識して断罪したと考えていたのだが、先刻にそれが彼女の口から違うということはわかった。
だからこそ、次はこの町の管理者であり妖魔を知っている存在の組織『結社』の仕業だと思っていたがこの質問はそうではないということを示唆している。
犯人は他にいるとでもいうような質問の仕方だ。
「えっと、綾蔵さん質問の意味が違くねぇか? 狭間修の件は姉ちゃんたちが所属する組織が始末して隠せなかっただけの話だろう?」
「九条彩音、説明をしてもらおうか。あの死体を第一に発見した私にはわかるぞ。あの死体は明らかに妖魔狩り士や結社による殺害方法ではない。私たちは死体を残さず処理をする。なのに、あれはバラバラに弄んで殺したくだらない殺害だ」
殺害にくだらないもくだらなくないもあるのかどうかを思ったが彼女の言い分は筋が通っているように感じられた。
思い起こせば、聖剣で切裂いた後の妖魔は塵となって消滅していた。
雪奈の言う意味がよく理解でき、つまりはあの狭間修を殺したのは別の何かだということであるのに結論は至ろう。
狭間修が怪物だったということは正直納得はいかないけれども、彼女の説明の点には正直興味があるので今は彼が怪物の有無は放置し義姉の説明を待つ。
「やはり、気づくわよね。ええ、あれは結社の仕業じゃない。あれは妖魔の仕業よ」
「なに? どうして妖魔同士で争う。奴らは何かがない限りは争わないはずだ」
「ええ、何かがない限りね。でも、あるでしょその何かは」
義姉の彩音の言葉に何かを察したのか雪奈が勇気に振り返り納得したように手で顔を覆う。
未だに察しがつかなかった。
自分を見たということは自分に関係していることだけは分かったがそれが何か。
懐に手を自然と伸ばした。
普段の癖で空の上で見守ってくれている親に力を貸してとでも願うときについぞやってしまう癖。
その時になってわかった。
「聖剣……」
「ええ、そうよゆっくん。だから、私たちはゆっくんを守ってかなきゃいけないの。特に今は学校も危険だから本当は家にずっといてほしいくらいなんだけどね」
「俺はそんなの嫌だよ!」
「そういうと思ってるわ。だから、物は相談よ綾蔵雪奈」
「なんだ?」
「彼の護衛をお願いできる?」
ありえないような提案に彼女が失笑した。
「何を馬鹿なことを言うかと思えば聖剣もちの護衛だと? そんなの結社の人間にさせればいいことだろう」
「いったでしょ。結社の中にも妖魔が侵入した経緯があった。始末したとはいえまだ結社内部にはいる可能性だってあるの。妖魔は人間に化けるのはすごく得意よ。アイツらは捕食する時にしかその正体を明かさない。私が今日狙われたようにね」
「わかっているが、外部のそれも君らが嫌う存在たる私に任せて君らは良いのか? それこそ、君が行ったほうがいいのではないか? 九条彩音」
「私は放課後には結社として町の巡回活動があるのよ。それに私には戦力はないの。見たでしょ、あの憐れにも妖魔に蹂躙されかけた姿を」
放課後のバイトとやらは実は結社の仕事であったようである。
ということは、数日間にわたり、義姉の認識と自分の認識がたまに食い違う要因はそこなのだろう。
義父もまた警察の仕事ではなさそうだ。
たぶん、結社の人間でそれも偉い立場にあるのだろう。
「…………」
雪菜は無言を続けてから勇気を見た。
「私が彼に何かを行うかもしれないぞ」
「…………聖剣を持つ存在を何よりも敬っているのはあなた方妖魔狩り士でしょ。そんなことしないのはわかってるわ。脅しても無駄よ」
「…………一つ条件だ。私がこの地で妖魔を狩る活動を見逃せ」
「もとよりそのつもり。そのために彼を護衛しろということよ」
彼女がため息をついた。
操られているのは正直納得いかないがこの条件は自分に有利だから仕方ないから飲み込む。
そんなような考えが見えた。
「わかった。いいだろう。この馬鹿、安生……いや、今は九条だったな。勇気を私が護衛をしよう」
「ありがとう」
「ちょっと、待ってくれよ! 二人で勝手に話を進めてもらっては困るぞ。俺は女に守ってもらうなんて御免だ! 俺も鍛えれば戦える!」
女に守ってもらう以前に計画のためには自分のテリトリーを乱されるのはごめんである。
彼女に付きっきりで見張られているのでは『あの場所』に通うことさえできそうにない。
「なんだ? 文句があるのか? 私では不服といいたいのか?」
「そうじゃない。男と支店のプライドっていうか……」
適当なごまかしで彼女にあきらめてもらうしかないがうまくいくような空気ではないだろう。
どうするべきか。
妖魔への対処法というよりも、完璧に内部事情を知った今でならば対応策を計画できるのにこのままでは他人が介入される。
それだけは嫌なのだ。
二人してこちらを怪訝に見ていた。
「だそうだが、九条」
「ゆっくん、あなたはまだ子供よ。彼女に守ってもらうのよ。これはもう男とか女とか関係ないの。実力的には彼女は申し分ない。だから、守って――」
「嫌だ! 俺にだって主張できる権利くらいある! それに子供っていうけど年齢差なんて大してかわらないじゃないか! そもそも雪奈さんとはおないど――」
次の時である。
視界が一瞬で反転したと思ったら腹部に衝撃が走った。
次の瞬間、首筋に冷たい感触が伝わる。
「二度目だな。これでも、私が弱いと君が思うならそれでもいい。だが、私もこの地で妖魔を狩りつくしたいためならば交渉をのむ必要があるんだ。私にもそれなりの事情もあるしな」
「…………」
どうやら綾蔵に叩き伏せられていたようだ。
一瞬気が緩んで、隙を生んでしまっていた。
というよりも、今の自分はそういう人間を装っていたからしょうがない。
受け身は取ったがダメージはそれなりに受けてしまったようで身体が悲鳴を上げている。
この感じは屋上での一件を思い出させるかのような状況であった。
思わず、悔しさに歯噛みする。
あまりにもみじめだな。
女に叩き伏せられる姿とはプライドはズタボロだ。
この状況で反論を重ねれば不審がられるだろう。
ここは条件をのむしかない。
「わかったよ。従うよ。何かあったらお願いする」
こちらの姿を見下ろす彼女がほくそ笑んだ。。
何を考えた?
不気味な笑みに身震いがする。
「……九条彩音、もう一つ条件を付けたす」
「何かしら?」
「コイツを一人前の妖魔狩り士にする。それも条件だ」
「なんですって!?」
その一言は身体を硬直させるのに十分であった。
(弟子だと!? ふざけんな! こっちの時間が削られるのは勘弁しろ!)
勇気もまた彼女と目を合わせると彼女は含み笑いを浮かべていた。
ここはどう反論をするべきか悩むが反論の余地がなく話は進み――
「今日から彼、勇気を私の弟子にさせるそれが最後の条件だ」
結果としてこの日、九条勇気は綾蔵雪奈の弟子になった。