真相 前編
彼女が現れて、自分を救ったことに唖然となる。
なにせ、彼女は朝方に一度殺そうとしていたのだ。
それが今度は自分を救った行動に疑心暗鬼になる。
この女は一体何だ。
敵なのか味方なのか。
それよりも、勇気は彼女が狭間修を殺した殺人鬼だと疑っていた。
さらに言えば、彼女のほうが怪物だと思っていたのだ。
でも、事実は違った。
怪物が別に存在し、彼女はそれを呆気なく殺して見せた。
いや、彼女だけではない。勇気が手にした武器もまた怪物を容易に切裂き殺した。
あらゆる疑問が頭の中を駆け巡り、頭痛がする。
「ちょっと、大丈夫?」
「一体……」
「え」
「いったいどういうことか説明をしてくれ! わけがわからない! お前は何者だ! あの怪物たちはなんだ!」
「……やっぱりそういうことね。私のほうでも君のことをちょっと調べさせてもらった安生勇気」
「っ! おい、なんで俺の旧姓を知っているんだ」
安生勇気――彼女が呼んだその名前は勇気の旧姓。
勇気が九条家に引き取られる前の名前だ。
元を言えば、それが勇気の本名もであるのだ。だが、九条家に養子として引き取られたときに危険を伴う恐れがあるといわれてその名は闇に葬り去ったはずなのだ。
勇気は緊張に喉を鳴らしながらナイフの握る手に力を込めていた。
彼女は敵ではないことを主張するように両手を上げる。
「待て待て。私は君の敵ではない。これだけは信用しろ。敵ならば先ほどの光景は見逃すはずだろう」
そう言われてみればそうなので、力を緩めてナイフを懐へしまい込んだ。
綾蔵雪奈はスッと視線を腰を抜かして座り込む九条彩音のほうへ向けた。
まるで、悪人を見るかの如く怖い形相で睨みつけると彼女は怪物を斬り伏せた刀の刃先を彩音に向けた。
勇気は咄嗟に彩音の前に飛び出した。
「どういうつもりだ! 姉ちゃんに何をする!」
「姉ちゃんか……。それも義理で君を騙している存在だ」
「騙す?」
「彼女は妖魔狩り士を監督する、正確に言えば妖魔狩り士の存在を何かあれば殺す闇の世界の裁判人『結社』の人間。君が妖魔狩り士の道に行かぬようにずっと観察していた。そうだろう?」
勇気は綾蔵がなんの話をしているのか皆目見当もつかない。
その説明に九条彩音の反応もまた無表情。
「姉ちゃん?」
その無表情の反応が勇気には怖い。
普通は怪物を見たことや今目の前でそれを斬り伏せて自らに刀を向けている存在を目視すれば喚くなり動揺するなりするのが普通の人の反応であろうがそれら一切を見せなかった。
捕縛されたときは叫んでいたけど、あの時に勇気はどうにも違和感を感じていたのだ。
まるで、映画のワンシーンでも見せられてるそんなような気分を味わっていた。
慣れているかのような振る舞い。
彼女はしばらくの間を持ち、失笑した。
「ゆっくん、ごめんね。もう時期が来たみたいね。あーあー、ゆっくんには平和な生活を送ってほしかったなぁ」
普段から見ている義姉の顔とは変わり、まるで鷹のような鋭い目つきへと変わり、綾蔵と眼力をぶつけ合う。
「『結社』がどうして彼をかくまうのかはわからないが、これだけはわかる。彼は貴重な存在なのだということだ。何せ妖魔狩り士の中でも本当の英雄としての妖魔狩り士と認められた存在にしか与えられない聖剣を持つ彼だ。それを持っているのだからな」
勇気は手に握るナイフを見た。
これが彼女は『聖剣』という。
勇気の記憶の中にある聖剣といえば、西洋の民話や伝承で出てくる武器の名称だ。
まさに綾蔵雪奈はそうだと指摘しているのだろうか。
「『結社』は彼と聖剣をかくまっているのか? それとも彼がその剣の契約者であるがために暴走したときにすぐに殺せるように監視しているのか? だから、わざと何も教えず普通の暮らしをさせている?」
「まぁ、そうよ。だって、聖剣の所持者なんて暴れたら大災厄が起きてしまう。それは避けたいのよ。だからこそ、監視も含めて彼には普通の暮らしを与えることで闇の世界とは無縁の生活を遅らせる。そのはずだったんだけど、他の怪物が聖剣の力に反応してこの地にやってきてしまった。この地は結社の管理する安息の場所だったんだけどね」
「そのようだな。この地へ私も怪物を狩りに来た時、すぐに不思議な感覚を味わった。あちこち、魔除けの類が施されている。しかし、どれもが古く錆が走り怪物の侵入を許したと見えるが?」
「ご明察よ」
彩音と綾蔵の二人は二人だけがわかる世界での会話を繰り広げて、勇気を放置して深く弁論闘争を続けていく。
勇気は我慢の限界だった。
「いいかげんにしろよ! 二人とも俺を放置して会話しないでくれ! まずはこの状況! あの怪物! それに姉ちゃんも何を隠しているのか、綾蔵さんお前はなんなのか全部俺に向けて説明をしろ!」
二人は会話を止めて、ようやく勇気のほうに視線を向けてホウッと息を吐く。
綾蔵が先導をして話をする。
「簡単な話だ。君は私のような存在の両親を持つ子供であった。それを管理する組織に君はずっと保護されて育てられていたという話だ」
「私のような存在って……」
「私は妖魔狩り士、先の怪物、『妖魔』を殺すための存在。この地に来たのもあの怪物が多くこの地に集まっている反応を検知してやってきた」
「妖魔狩り士? 怪物を殺す存在ってそんな漫画のような話……」
しかし、事実目の前で先ほど怒っていたことが物語っている。
それああ、勇気がこの手にしているナイフもまた彼女が手にした刀と同じようなものだというのだろうか。
いや、そうだからこそ、『妖魔狩り士』の血を引き継いでいる存在だと彼女は朝に気付いたのだろう。
このナイフを見て。
(やっぱり、そうか。そうなのか! 俺の考えは間違えていなかったんだな!)
勇気はその時に喜びを感じてしまうがその喜びを顔に出せば不審がられてしまうのでそれを押し殺す。
ついに巡り合えた真相であるが――
(計画のためには自分は何も知らない一人の少年を演じるほうが都合がよいか)
うれしさを噛み締めて動揺の表情を作る。
「でも、待ってくれよ? 綾蔵さんが怪物を殺す存在だとするなら狭間修を殺したのはなんでだ? 狭間修は人間だったはずじゃないのか?」
この狭間修に関しても見当はついている事案はある。
だが、勇気の中ではまだ確信できるな概要がないので、彼女に聞く必要もあった。
予測があっていれば、彼は――
「そのことか。彼を殺したのは私ではない。彼を殺したのは別の存在だ。私が駆け付けたころにはもう彼は殺されていた。それにだ、一つ君の私的には間違いもある」
「間違い?」
「狭間修、彼もまた怪物、インキュバスだ」
彼を殺したのは彼女ではないことはお驚きであったが彼が怪物であったことは推測通りの事項であった。
(とするならば、人間に変化する怪物は多くいるんだろう)
結論はそう考えがいきつく。
知っていたかのようにふるまうと不要な疑惑を向けられかねない。
それだけは何としても避けねばならないだろう。
だから、演技を続けるしかない。
「狭間が怪物? そんな馬鹿なことあるか! 狭間と長いこと付き合いがあったけどあんな化け物たちと同じような姿じゃない!」
「それは彼がうまく人間に擬態していたからにすぎない。この世の中には怪物は人間に紛れて生活をしているのだ。その中で悪さをする存在を殺すのが私たちだ」
勇気は今まで知りえなかった世界に突然と放り込まれてしまい、未だに真実味を帯びず足元がかすみふらついてしまうような振る舞いを演じた。
わざと、身体をふらつかせて足元をもつれさせる。
その自分を傍から彩音が支えてくれた。
「一気に説明をしないでくれる。彼には事情もあるのよ」
「そうやって、過保護にすることで彼を妖魔狩り士にしないつもりか? 彼は貴重な戦力となる。聖剣の契約者だ。それに、結社の人間にはいろいろと聞きたいこともある。この地はなんだ? それに怪物はあと何体いる? 昨日のあの殺害も明らかな怪物によるものだ」
「それらの説明をするのはここじゃふさわしくないわ。どこかでまだ妖魔が見ている可能性もあるでしょ」
まるで警戒するかのような発言をする。
その彩音の言葉に促されるように雪奈も周囲に目を向けて小さく頷いた。
「ならば、どこで説明をしてくれる? よもや、話さないということはないな?」
「大丈夫よ。話はするわ。第一こちらも困っている案件だしね。とりあえず、私の家に来ない? 妖魔狩り士、綾蔵雪那さん」
「そういって、私を殺そうというんじゃないだろうな」
また、再び殺気立つ両者。
まさにお互いの立場が引き結ぶ因縁であろうか。
一呼吸をついて、彩音のほうが茶化すかのように言いまわす。
「あら? 疑われてるのかしら?」
「自分の胸に手を当てどこに疑われない要素があるのかよく考えてみたらどうだ?」
また空気は歪に歪み、二人の間に見えない電流のようなものを幻視する。
二人の存在はお互いに相容れぬものであろう。
この二人を一緒にいては何かが起こりかねないことが目に見えていた。
だけれど、勇気にはどうしても知らねばならない。
過去に関係をすることならば知りたい。
怪物や義姉の正体に綾蔵雪奈の正体、妖魔狩り士とは何かを。
それもまた勇気の計画に繋がることならば必要なことだ。
「……はぁ、正直信用できないってのはわかってたわ。だけど、今は信じて頂戴。こちらも事情があるのよ。あなたには少し協力してほしいのよ。だから、今は信じて一緒に来て頂戴」
「……わかった。だが、もしものために保険はかけさせてもらおう」
「好きにしてちょうだい」
綾蔵は彩音へ近づくとその首に触れた。
彩音の首筋にハートマークの痣が浮かび上がる。
「もしも、私に害をなそうとすれば君に呪いが降りかかる」
「呪印ね、妖魔狩り士にしては呪術にも達者なのね」
「これくらい今の妖魔狩り士なら普通だろう」
勇気はその呪術がどういう類のものなのか一目でわかった。
身体には多少害をなすが命に関わるようなものではないので安心をする。
一瞬だが、雪奈が怪訝な表情でこちらを見た気がしたが勇気は平静を取り繕う。
「さて、案内をしてもらえるんだろうな、九条彩音」
「ええ。こっちよ。ゆっくんも帰るわよ」
勇気は最後まで帰ることに躊躇したが今は自分の居場所は彼女の傍にしかないと実感して素直に彼女へ従い帰宅する。
いくら自分を騙していたとはいえ、義姉のやさしさを勇気は知っている。
この後に語られる内容がどんなものであれ、勇気は家族である義姉を信じようと決意するのだった。