転校生の謎1 改稿版
昼休み。
集中するように勇気の後ろの席には人だかりができていた。
朝の件もあってかクラスの誰もが転校生のことを気にしていろんな話題を振っていたのだ。
さらに他クラスからも綾蔵雪奈という超絶美少女の転校生の噂を聞いて見物に来る野次馬が多く、勇気のいるクラスは大往生していた。
勇気は居心地悪く、席を立ち教室から逃げるように屋上へ向かった。
屋上へ到着して一人昼食をとり始めると屋上の扉が軋む音を上げながら開いた――
「ここにいたか」
屋上に意味深にも勇気を探していたかのようなことを口にして、屋上に現れたのは転校生、綾蔵雪奈であった。勇気はおもわぬ登場人物に食べかけのパンを手元から落とす。
彼女はクスッと勇気を見て笑う。
あまりにもかわいらしい笑い方に一瞬勇気の鼓動は脈動した。
風に髪があおられて彼女が目を細める。
その姿はまるで美麗な絵画の一枚絵を飾ってそうな光景であった。
そんな美女に見惚れて、彼女が近づく足音で正気を取り戻す。
「な、なにか?」
「ちょっと、大事なお話をしたいのだが、今いいか?」
「大事な話?」
まさか、告白かなどという幻想を抱いてみたが、それは完全にありえないと自虐的に物思う。
顔がいいわけでも成績が優れてるわけでもない勇気にいいところなど一つもない。
それに朝に案内したからといってかなり好意印象をもたれたという感じでもないのはわかってしまっている。
だから、今回の大事な話とはもっと別の内容なのだと思い始める。
「そうだ、大事な話だ」
『大事』という言葉を強調する彼女に怪訝に感じ入る。
「俺に大事な話ってそもそも、綾蔵さんと俺は知り合ったのってついさっきだよね?」
その質問に彼女は無言を貫きとおした。
どうやら、そのことに関しては「別にどうでもいいでしょ」といっているように雰囲気が発していた。
勇気もそれにはスルーをして、続きの言葉で問い詰めた。
「話って何?」
「さっそくだが、九条勇気。君は昨日の夜中近くに街のそれも繫華街の路地裏街区にいたな」
まるで決めつけたかのような言い回しにドキリとする。
昨日といえば、勇気は狭間修の死体を目撃したあの日である。
ドキドキとしながら彼女のことをよく観察してみれば思い出すのはあの時現場の近くにいた一人の女性の存在だった。
ずっと、感じていた既視感がようやく朝日が芽吹くかのように自分の中に開けていく記憶。
ゾワッと背筋に悪寒が走った。
「あの時の……」
おもわず、後ろへ徐々に下がっていく。
このままでは殺されそうだと本能が叫んでいた。
だが、一瞬にして彼女が目の前からいなくなっていた。
―――ひんやりと首筋に何かが押し当てられる感触。
鈍い痛みが首筋に走った。
「なるほど、悪魔というわけでもシェイプシフターでもない」
勇気は背後から聞こえてくる冷血な声色に背筋を凍らせる。
涼やかな声色は恐怖を誘う呪いの声、まるで西洋の物語に出てくるローレライの叫びのように聞こえてくる。
脱兎のごとく屋上の扉へ駆け出したが、足元を引っかけられて転倒する。
背中に伸し掛かる重圧。
眼前に銀色に輝くナイフの刀身が突き立てられた。
「逃がしはしない。君には山ほど聞きたいことがある。この学校にいる理由。そして、君の仲間はあと何人いるのか答えろ怪物」
「か、怪物? 何の話をしているんだよ! 俺は九条勇気だ! 怪物なんかじゃない!」
背中に鈍い痛みが走る。
それは何かに斬られたという感触。
斬られた?
その恐怖が勇気の全神経を硬直させ、喚くとその口をふさぐために彼女が首を絞め上げてくる。
「銀のナイフによる殺傷の反応も普通。狼男でも吸血鬼でもない」
「あぐぅ……うぎぃ…あぐっ……うぅ……」
「どういう類の怪物だ? インキュバスを殺したのは君ではないのか?」
今度は何かを顔に塗りつけられた。
生臭く、ひどい匂いが鼻を衝く。
獣の死体の血か。
おもわず、その臭さに絶叫をして悶えた。
「ふむ、天使などの類でもない。インキュバスの仲間の妖怪と思ったが違うのか? たまたま偶然にもあの場に居合わせた人間か」
首の締め付けが徐々に緩むと勇気は身体を力強く跳ねさせて、背中に乗っていた彼女を振り落とした。
彼女から、間合いを取って身構えた。
どうせ、逃げても無駄ならば反撃に出るしかないと考えての行動である。
「綾蔵さんは何者だよ! 昨日あの現場にいたのを俺は見ている!」
「それはこちらのセリフだな。君こそ、何者かと問いたい。本当に普通の人間である君があのような現場に出向けた理由。あそこには人払いの結界を施した。それなのに君がそれを破壊して侵入したおかげで現場には警察や多くの人が来てしまいあの死体を始末するのができなかった。どういうことか」
「まずはこっちの質問に答えろ!」
「そちらこそ、正体を明かせ」
お互いに譲らない。
キリがないいがみあい。
しかし、一つだけわかったのは目の前にいる彼女が狭間修という勇気の友人を殺したかもしれない。
最低最悪な野郎だったが殺されても文句も言えないやつではあっただろう。
だが、あのような残忍な死体になり変わっては、同情を抱いてしまっていた。
だから、彼の仇ではないが殺されてしまった理由くらいは聞いてやろうと考える。
「質問にどうしても答えないっていうなら力づくで聞き出す!」
「そちらも正体を明かさないのならば力づくでも……っ」
彼女は何か呪文のような言葉を紡ぐ。
周囲に炎が着火する。
何かが始まろうとしているのだ。
炎は荒れ狂うように踊り燃え滾る。
このままでは学校が焼け落ちる。
「やめろ! 学校にいる生徒を全員殺す気か!」
「この炎は人には害をなさない。怪物だけにしか効かない」
彼女の言う『怪物』という言葉に勇気は心当たりを思い出した。
自らがもつ複雑な闇の過去。
そこから、思い出すべきは親の死体と昨日の狭間の死体。
「綾蔵さんが探しているのは黒い化け物のことなのか?」
「っ!」
彼女が背中の上でびくりと反応したのを感じ取る。
勇気はその隙に身体を起き上がらせて彼女を突き飛ばして急いで屋上から逃げようとしたが電流が走り勇気は弾かれてフェンスに背中を叩きつける。
「いったい何が……」
「ここからは逃げられないといったはず。それよりも、今黒い化け物といったな。それは君自身が悪魔を見たことがあるということか?」
「悪魔だって?」
脳内に過去が想起させられる。
そして、いろんな書物にたびたび出てきたあの怪物たちの真意。
勇気は彼女のことを値踏みするように睨み付けてから、何かをあきらめたように彼女は一呼吸ついた。
「わからないならいい」
彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
勇気は防衛本能で懐に忍ばせている形見のナイフを取り出し彼女へ果敢に飛び込んだ。
その時彼女の目が大きく見開く。
勇気は手元をとられてそのまま、また彼女にマウントをとられる形で押し倒された。
彼女の顔が近づく。
「――っ君は妖魔狩り士なのか?」
「え」
唐突に聞かれた意味不明な言葉に勇気は素っ頓狂な声をあげる。
「この聖剣は妖魔狩り士の証明だろ?」
「これは親の形見で……」
おもわず、相手の気迫に負けるように説明をする。
その途端に彼女の興奮はどんどんと鎮静化して何かに納得したかのように静まり返った。
「そう、そういうことか。お騒がせした。傷はすぐに消える。それじゃあ、また明日。九条君」
「あ、おいちょっ――」
勇気は扉を開けて屋上から立ち去った彼女を追いかけるように同じく出入り口の扉を開いたがもう、彼女の姿はなかった。
すばやく、教室に戻ったのだろうか。
すごく早い。
いや、早すぎるだろう。
よく考えれば昨日もそうだったように思えた。
「綾蔵雪奈さん、お前はなんだよ……」
彼女の宣言通りに切裂かれた体の傷はとっくに癒えていた。