騒然とする生徒たちと転校生 改稿版
朝は用事を済ませるために早めに登校をする。
L字形状をした建造物『戸澗学園』を前にして一呼吸をつく。
周囲の注目が集まる視線を気にせず勇気は建物を目指して校門を潜りずかずかと歩いていく。
学園敷地内に入り、グラウンドへ向かうとそこでは勇ましく練習に励む『戸澗学園』のサッカー部の人たちが見えていた。
勇気を部員の一人が見つけると元気良く手を振って駆け寄ってきた。
「よう、どうしたんだよ、こんな朝早く。まさか、ついに転校してうちに来る気になったか?」
「悪いがそうじゃない。というか、そうそう転校なんてできない。ほら、これ」
勇気はカバンから戸澗学園のサッカー部ユニフォームを取り出した。
それを戸澗学園のサッカー部員の一人が返すために持ってきたもので渡し、快く彼は受け取る。
「おう、サンキュー」
「じゃあ、俺はこれで」
「あ、ちょい待った」
急に肩をつかまれて勇気の体は後ろ向きに傾けさせられる。
運動部だから腕力もそこそこで急な引力は身体を傾けさせバランスを崩すには十分だ。
勇気も伊達にいざという時のために体を鍛えていないわけではない。
足を踏ん張ってその手を振り払い睨みつける。
「怖い顔すんなよ! 悪い悪いって。悪気がある訳じゃないからさ」
「んで、なにさ?」
「お前のところにあのクソイケメンいるだろ?」
「ああ、狭間か」
「そう、最近さ狭間に惚れて帰ってこなくなったウチの部員の元カノがいるんだよ」
勇気は狭間の名前に敏感に反応をしてしまう。
昨日の悪夢がフラッシュバックして気分が悪くなる。
話の途中で吐き気を催すような行動をすれば相手に怪訝に思われるのが目に見えて明らかだ。
どうにか飲み下すと平静な顔を取り繕い聞き耳を立て続ける。
内容は簡単なことだった。
戸澗学園のサッカー部員の元カノだけではなく、他の女子生徒も数多くが狭間と一緒に下校した次の日には学校へ来なくなっている。
学園には失踪届は出されてはいないらしいがそれを不審に思っているということだった。
「というわけなんだよ。それでさ、調査をしてくれないか?」
「は?」
急な申し出に勇気は困惑する。
調査というのは狭間本人のことなのだろうがそれを請け負うことには抵抗があった。
なにせ、調査対象の狭間修は昨日死んでいるのをこの目で目撃している。
調査なんかできるはずもない。
「なんか、まずいか?」
「まずいっていうか、男の調査とかしたくないよ。それに、俺は狭間と仲悪いのは知っているだろう」
「そこを何とか頼むって!」
「そうは言われても困るんだが」
勇気は悩まし気に顎先に手を置いて考え込む仕草をして言い逃れを考えた。
調査をしようとしても調査対象がいない以上それができない。
実際、彼が死んでいることをまだ戸澗学園の生徒も知らないということであろうことも窺えた。
さらには女生徒失踪があること自体が知らなかった。
(不気味だ。なんで、失踪者と関係している狭間が殺されているんだ?)
ふと、脳裏には昨日光景が再び蘇り、最後に目撃した女の子がいたというのを思い出した。
もしかすれば、復讐や因縁が彼を死へと導いたのだろうか。
目の前の彼を放置して思考に陥っていると柏手をうったような『パン』という乾いた音が現実へ呼び戻した。
「おいおい、聞いているか?」
「ああ、ごめん。その調査は考えさせてくれ。今はちょっと、見ての通り体調も良くないんだ」
思考に落ちていたことをうまく理由付けにして言い逃れを行う。
これが良き具合に相手へ与えて、戸澗のサッカー部員も頷いた。
「み、みたいだな。無理はすんなよ。楯宮の人にもよろしく言っておいてくれ。特に彩音先輩に」
勇気は後半の言葉を一方的に無視を行い、その場を立ち去るように後ろ手に手を上げて振った。
義姉に対するちょっとした独占欲を抱きながら。
*******
凹凸とした建造物、私立楯宮学園へ登校し、教室へ入ると多くの生徒が騒々しく騒めいていた。
勇気は訝しみながら席へ座ると周囲に耳を傾けた。
「そうそう、すっごい美人だったって」
「でも、こんな時期に転入?」
周囲は何やら職員室で見かけたという謎の転入生。
かなりの美人であったことが噂の種となって盛り上がっているようだった。
勇気は特に興味のない話題でありクラスでも特に仲のいい友人はいないために話の中にはいる度胸もなく理由もなかった。
勇気は普段通り自分の席に腰を下ろした。。
席について早々に転入生の話題で持ち切りな教室に正直に言えば安心していた。
(こっちも同じくまだ昨日のあの事件はまだ学校内では知られていないのか)
勇気が目撃してしまった狭間修の遺体現場。
彼の死がまだ学園全体に噂となって広がっていないことを安堵する。
彼という存在は学校でも有名な人物であるので死亡したなどと分かれば学園中がパニックになるだろう。
見るからに教室ではそのことは知らぬ様子で目先の転入生という存在に注目が向いている。
「そうだ!」
誰かが声を上げて勇気のほうへ歩み寄ってくる。
クラス内のカーストでも上位に当たる生徒で勇気の苦手とする部類の人物。
チャラい感じで狭間修ほどではないけれどもそれなりに精悍な顔立ちをした優男風の男子。
一ノ瀬卓也はクラスたちの意志を継いだかのように周りの注目を一身に浴びながら勇気の前に立ち、その机に手をついた。
「なぁ、勇気君。君はボランティアで生徒のあらゆる悩みを解決するのを行っているだろう! クラスのよしみで無料保証で転入生のことを探って来てくれないか!」
目の前で意気込んで何を言われるのかと思っていた勇気は拍子抜けにもほどがある頼まれごとにおもわず席からずり落ちそうになる。
(こいつら、どんだけ転入生に興味津々なんだよ)
それほどの美人と分かれば気になるのもしょうがないわけだろうけど。
「どこの学年でどのクラスか! 名前やそうだ! 写真もお願いしたい!」
「いや、あのさ、それ犯罪だと思うんだけど」
「君は、他校の協力はするのに僕たちクラスメイトのお願いは聞かないのかい?」
まるで脅迫じみた言い回し。
周囲からの圧迫感が半端なくのしかかった。
勇気は大仰にため息をつきながら腕時計で時間を確認した。
八時半を少し回ったころである。
あと30分は余裕があった。
「わかった。ただし、写真はあまり期待しないでくれよ」
このまま拒否をすれば後々に嫌な噂が流されそうな勢いであった。
仕方なく、勇気は転入生の捜索に向かいに教室を出ていった。
++++++
「で……来てみたはいいものの」
クラスメイト達の気迫に根負けし転入生の目撃されていたという噂の職員室前にやってきた。
ここでは先生たちが多く業務を行っている学生ならば誰しもが緊張する恐怖の部屋だろう。
勇気は職員室前で眉間にしわを寄せながら中を探る方法を模索した。
扉を少し開けて覗き込んでいたりしたら先生に何を言われるかわかったものではないのでその行為だけは避けたい。
ならば、適当な理由をつけて職員室訪問をすればいいか。
だが、いなかったパターンも想定できるために一歩が踏み出せない。
「悩むな」
その時、タイミング悪く職員室の扉が開いた。
勇気は職員室から出てきた教師と一人の女子生徒と目が合う。
「なんだ、九条? こんなところでどうした? 何か用事か?」
「あーいやー」
教室から出てきた教師は運悪く、勇気のクラス担当の先生であった。
長い黒髪、モデルのようなスレンダーな体つき、鋭く眼力で相手を射殺せるような瞳、それらすべては彼女の特徴的なパーツだけそれらを兼ね合わせるほどな美貌と美脚を併せ持ったスーツ姿の美人教師である如月冴が勇気のクラス担任である。
勇気のことを知っているのも当たり前であり勇気を怪訝に見ていた。
その眼光ににらまれると身体が委縮しそうなものだが、この学園の全男子生徒は思っていることで、如月先生ににらまれるとゾクゾクするという感覚が走る。
それは勇気も当てはまり、変な性癖に目覚めかける。
それを振り払うように勇気は理由を考えた。
「きょ、今日のHRで何か準備するものがあるかどうかを確認しに来たんです。クラスの人たちがそれを気になっておりまして」
「あ? そんなものあれば先週のHRで伝えているはずだろう。今日はそんなものはない」
「で、ですよね! すみませんでした!」
勇気は去り際にそっと先生の隣にいる女子生徒を観察した。
女神に愛されているのかと表現できうるほどに美しすぎる目鼻立ちの整いすぎている美貌と泣きボクロ、ゆるくウェーブのかかった茶髪、キュッと引き締まっている身体つきながらにしっかりと女性らしいフォルムが現れたスタイルをしている女性。
彼女が言うまでもなく件の転入生だとわかった。
勇気はそれだけで収穫あったと去ろうとするがその勇気の背中に如月先生が声をかけた。
「なんすか先生?」
「おまえ、今は暇だろう? まだ、少し時間あるから少々、綾蔵に学園を案内して回ろうと考えていたんだ。つーわけで付き合え」
「案内とは彼女に?」
「そうだ。彼女は……綾蔵」
「綾蔵雪奈です」
如月先生に命令されるように彼女は名前を名乗って頭を下げた。
勇気も礼儀にならい、自己紹介をする。
「おいおい、簡潔な自己紹介だな。まぁ、いい。彼女は今日からお前たちのクラスと同じだ。つまり、仲間だ。仲良くしてやれ。というわけで案内はお前に任せよう。時間内に教室まで戻ってくればそれでいい」
「え? 先生俺に任せるっていやいや、冗談ですよね? 先生も同伴するんじゃ……」
「冗談? お前はクラスで浮いているんだ。これを気に彼女と仲良くしろ」
彼女みたいな美人と仲良くすればさらに浮くのではないか。
さらに先ほどの言い回しは自分も案内に同伴する様子であったはずだが、めんどくさそうな顔をして、煙草を片手にどこかへ歩き去っていた。
あの様子から先生は責任放棄を生徒へ擦り付け自分は優雅にタバコタイムを行うつもりなのだろう。
なんとも、身勝手な不良教師だろうか。
「はぁ、あの教師」
「…………」
困り果てながら天井に目を向けて思考をフル回転させる。
視線をその時に感じて横眼を見ればジッとこちらを転入生が見ていたことに気付いた。
美しい黒い瞳で見つめられる。なぜだろうか、それは照れるというよりも勇気には恐怖に感じられた。
「あ、あの何か?」
「君はどこかでお会いしたか?」
「へ?」
「いや、なんでもない」
勇気は何を今言われたのかわからずに上ずった声を出してしまった。
(逆ナンされた?)
そんなことないだろうと笑いながら勇気は彼女を誘導するように歩いていく。
「ど、どこに行く?」
「あー、まずは手ごろに重要な部屋だけでも教えておくよ。時間的にもそれくらいがせいぜいだろうしね」
それだけ言うと勇気は図書室などの部屋を向けて歩き始めた。
彼女に聞かれた言葉を思い出して、そっと隣の彼女の顔を窺いみてみれば彼女と目が合った。
運命的なものを普通は感じるところであるがこの時に勇気が感じたのは既視感だった。
すでに見たというデジャブとも呼ばれるあの感覚だ。
彼女に言われた『どこかでお会いしたか』という言葉が頭にフィードバックして繰り返し巻き戻し再生のように流れた。
難しく考え込んでも馬鹿な自分には頭がついていけないので意味もなくあきらめ始めた。
そのタイミングでふいに彼女が足を止めて振り返った。
「なぁ、やはりどこかであっただろう?」
「へ?」
今度は耐えかねたのか綾蔵が憤慨したような気持ちをぶつけるように睨んできていた。
どうにもジッと顔を見ていたことに気付いていた様子で気分を害してしまったのだと思った。
勇気も悪気があってずっと見ていたわけではないがそうしてしまったのならば謝るほかない。
「ご、ごめん。見覚えがあるからってジッと見ていたとかそうじゃないんだ。綾蔵さんってホラ、かわいいからつい……」
勇気は全力で心の中で発狂した。
(俺は何を言ってるんだぁああああ!)
たしかに正直に言って彼女は美人だ。
だから、その美貌に魅了されたのは言うまでもなく事実だが、じっと見ていた理由は決してそうじゃない。
変に思われても仕方ないから下手な言い訳をしてしまった。
「君は普段からそうやって女性を口説く男性なのか?」
「あ、いや、そういうわけでは」
彼女も顔を赤くして困惑した顔をしている。
普通に考えてそれはそうだろう。
人間だれしも意図があってもなくても顔を凝視し続けられ、その理由が急なナンパまがいの言動であれば照れもするか。
いや、照れずそこは殴るのか。
勇気は女性経験が少ないしDTなので一般的な女性の反応がわからない。
ただ、彼女が好意的に受け取ってくれたことには心が救われる思いだった。
綾蔵がこちらをつま先から顔へと視線を送っていき、何かに気付いたように両目を大きく見開く挙動をする。
すると、顔を背けてまるで何かを隠すかのように狼狽えている。
「あ、綾蔵さん?」
「わ、悪いが私は君は好みではない。すまんな」
なぜか、告白する前に振られてしまい、勇気の心は大ダメージを受けた。
変に気疲れしてしまい、廊下の壁に頭をぶつけて数秒前の自分をぶん殴ってやりたい。
男性にとって彼女の言葉とは致命的に心へ来るものであるのは全世界の男性が同意をしてくれることだろう。
軽く勇気を振った綾蔵はそのまま直進して歩いていく――
******
堅苦しい空気で案内をざっと続けて、始業チャイムが鳴り響いたタイミングで自分たちも教室へ来ていた。
「えっと、ここが自分たちの教室なんだけど……」
「そうか」
教室の前に如月先生が待っていた。
彼女はこちらを見て、ずいぶんと待たされたというように疲れを顔に表して、勇気の胸ぐらをつかみかかった。
先生にあるまじき暴力行為に勇気は驚く。
「せ、先生!?」
「おそいぞっ!」
「いや、先生も仕事を押し付けといてそりゃぁないでしょ!?」
勇気のもっともな言い分を彼女は「それがどうした! しっかりと時間内に戻って来い!」と一蹴した。
気持ち的には「えー」と心底文句を言いたい不満があった。
彼女の性格ではそのような言葉を吐けば一発殴られかねないので決して口にはできない。
この教師は本当にクビにならないのが不思議である。
「大体の重要なところは案内できたのだろうな勇気」
「ええ、それなりには」
「ならいい。それより、お前は席についておけ。綾蔵は一緒に入るぞ」
勇気は教室に入るなり周囲の視線が一心に向けられる。
勇気が自分の席に着席すると目の前の卓也が「どうだったよ?」と声を掛けてきた。
さっそく来たかと思いながら軽く両手を振ってあしらうように答える。
「それなら、すぐにわかるよ」
適当にあしらい答えてやるとすぐに教室が騒々しく喚きだした。
それに如月先生が「静まれ馬鹿ども!」との一括でシーンと静寂。
如月先生と綾蔵雪奈が教壇の前に立っていた。
「えー、お前らも知ってると見えるが、今日からこのクラスに新しい仲間が加わった。綾蔵、挨拶をしろ」
美女教師、如月冴先生の指示に従い、彼女が勇気にしたような自己紹介を行った。
といっても名乗って挨拶しただけの簡単なものだ。
でも、美人だからか簡素なものであってもクラスは大盛り上がりだった。
それは美人な転校生がやってくれば気分も高揚する。
「――ったく、うるせぇぞ! 静まれ! 綾蔵はさっき一緒に回ったあのバカの後ろだ」
教師が一喝と共にチョークをぶん投げてそれが一ノ瀬卓也の額へ直撃して轟沈した彼を見てクラス一同がシーンと静まり返る。
綾蔵も教師の乱暴な振る舞いにビクビクと震えながら勇気の後ろの席へ向かい歩いて指示通りにその座席へ腰を下ろした。
勇気の後ろの席に彼女が着席すると同時に如月先生が朝のホームルームを開始して説明を始めていく。
今日から新学期ということもあって始業式を始めるという手順説明だった。
「というだけだ。今から全員廊下に並べ。九条、お前に彼女の補佐役を頼むぞ。いいな」
「え?」
「文句あんのか?」
「いえ、ございません!」
あまりの気迫に有無を言わせぬ迫力がある。
有無を言えば一ノ瀬卓也のように轟沈させられかねない。
それは正直ごめんであるのでここは従うほかないが、先ほどの告白云々のような一件の後ではどうにも補佐役というのは気分が乗らなかった。
一ノ瀬がその様子を見てか「変わるぞ」と下心丸出しで接触して言ってきたが勇気の手を誰かが掴んできた。
それは件の転入生であり、教室が一瞬静寂した。
「君には悪いが私は彼に補佐役を願いたい。悪いな」
と驚天動地のような勢いの宣告に目の前の一ノ瀬卓也も放心状態。
手を握られた勇気も彼女の急な反応にドギマギするどころか同じく呆けた面を浮かべていた。
「どうした? 廊下に並ぶのだろう? 補佐役として頼むぞ九条」
彼女が優しく勇気へ声を掛けて促した。
クラスはひそひそと騒々しく噂話を広げていた。
彼女のことを気にかけながら一緒に廊下の列に並ぶ。
周囲の生徒はこれだけの絶世の美少女転入生がクラスの浮き出し者の勇気が補佐ということに納得いかないのか嫉妬の怒りが向けられていた。
案の定、勇気はより浮いてしまう存在へとなった。
彼女を傍らに立たせ、如月先生は自分の受け持つクラスの生徒に進行するように促した。
「やはり昨日……」
「え?」
一瞬だが、何かを言われたように聞こえて勇気が声を出せば彼女は愛想もなく、ただ無言で勇気へ微笑みを向けていた。
その微笑みがさらなるクラスへの過剰な怒りという熱を上げさせた。
勇気はそれが怖くて苦笑いを浮かべながら小首をかしげて思う。
(なんだろうか、急なこの心変わり用……)
先ほどまであまり素っ気なかった彼女の態度の急変に疑問を感じ、体育館へクラス一同で進行した。