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朝の食卓

「はい、ゆっくん。ごはん」

「ありがとう姉ちゃん」


 朝の食卓に並ぶ豪勢な朝食を前に勇気は憂鬱な気持ちで箸を手にしてふっくらした白米を咀嚼する。

 その様子を目の前に座っている一人の男性に心配の目を向けられる。

 厳格な目つきと筋肉質で大柄な体つきは見る者を圧倒させる威圧感があった。

 男はこの家の主で勇気の養父である男性、九条武蔵(くじょうむさし)

 勇気はこの男によって小さいころに命を救われて育てられている。

 養父は心配して声をかけた。


「どうした元気ないぞ? 昨日も帰ってきてから様子がおかしかったな」

「それは……」

「何かあるなら話せ」


 小さい頃の恩義もあり、生きていられるのも彼のおかげで何一つ隠し事ができない身の上であるのは承知であった。

 それでも、勇気を悩ませる要因である昨日の事件を目撃したことを話すわけにはいかずに口をつぐみ続ける。

 その事件はテレビニュースで放送されている。


『昨晩未明、市内に通う16歳の男子高校生が下校途中に何者かに殺害される事件が起こり――』


 生徒の名前と学園の名前は伏せられてはいるが、いずれは公開される。

 そうなれば、家にいる者たちが自分を心配してしまうことだろう。

 そう、それはこの父と――


「そうだよ、ゆっくん。ゆっくんはもうこのお家の子供なんだし、抱え込まないでお姉ちゃんやお父さんに相談しなさい」


 と心配そうに養父に便乗して窘めたのは義姉の九条彩音(くじょうあやね)

 流れるような茶髪にきれいな目鼻立ちはテレビのアイドルに負けないほどの美貌。モデルにも負けないようなスタイルのまさに美の化身である美女の義姉。

 彼女はゆっくりと、朝食の支度を終えたように勇気の隣に腰掛けた。

 いつも家事をしてくれている義姉にも申し訳なくおもい、さらなる罪悪感が心を埋める。


(そんなこと言われてもさらに心配かけて話せるわけないんだよ)


 正直に思えばそれが本音である。

 あの事件が妙に気になってしまうのは自分が過去に受けた凄惨な事件と類似性があるからだ。

 母と父を殺したあの怪物の存在。

 そんなものがいるはずもないというのはわかっている。

 養父もあれは幻を見た、犯人は人間だと教えてくれた。

 ずっと、勇気の人生はあの過去に悩まされている。


「また、昔のことを思い出したのか?」

「え? そうなのゆっくん」

「いや、違うよ……うん」


 正直に言うとそうだけれど、ここはウソを突き通す。

 これ以上この二人には心配をしてほしくない。

 平静にとりつくろいながら別のことを考えて口にした。


「学校の勉強がちょっとわからなくってね。それで……あはは」

「なんだ、そんなことか」

「それなら、私が教えてあげるよゆっくん」


 養父は呆れ、義姉は温情心をあらわにしてやる気に満ちた瞳で勇気の手を取って任せてと言いたげにぐいぐい迫る。

 その手を離すと義姉にお願いの言葉を口にして食事へ戻った。


「っと、わるい。電話だ」

「お父さん、食事中は携帯を切っていてといいましたよね?」

「わるい。あー、もしもし。どうした?」

「ったくもう」


 義姉が父の態度に怒りつつ箸を進めて食事を進める。

 義姉がテレビへ目を向けながら目を細めた。


「これって、近所だよね。ゆっくん、今日はお姉ちゃんと一緒に帰ろうか。お姉ちゃん今日はバイトもないし一緒に帰れるから」

「ああ、うん」


 義姉は下校時間の約束を取り付ける。

 義姉に言われた時間はちょうど、自分も授業終了後だ。

 そもそも、義姉とは同じ学園だから下校時間はいつでも合わせられる。

 だけど、普段は義姉は学校が終わると家のためにとバイトを行っていた。

 いつも一緒に帰れることはない。

 登校は同じなのだが。


「姉ちゃん、俺もバイトするよ。生活費困ってるんだろ。俺の稼いだ資金も受け取ってくれないし」

「ゆっくんはバイトは禁止!」


 いつものように彼女の強気な反論。

 バイトの話をすると血相を変えた彼女がバイトをすることを禁止という。

(どうしてそこまで拒否するんだよ)

 以前に、勇気はバイトをしていたがそれがバレた時、義姉と養父にものすごく怒られたこともあった。

 危険だとでも言うように。

 勇気が過去に受けた心の傷や過去に両親を殺し逃亡した犯人が勇気を襲うことを懸念しているのかもしれないことを理解していても勇気にはその気遣いは正直に言えばつらいだけだ。

 心の傷は当に癒えている。それに逃亡した犯人がもしも襲うのだとすれば一人になったとき。下校の時ぐらいだ。実際にそのためによく下校時は一人になるなと口を酸っぱく言われているが事実それを無視してよく一人で下校をしてしまっているのは言うまでもない。

(第一俺は犯人を捕まえたいんだよ)

 しかし、その気持ちを表立って言えないのは言うまでもない。

 だからか、少しでも犯人近づけるようにと一人で行動をしているのが多い。

 過去に両親を殺したやつが自分だけを逃したのは何か理由があるだろうことも明確であり、また接触をしてくる気がしてならないのだ。

 昨日の奴だって何かあるに決まっていると推測できる。


「そうえいば、しっかりと下校時は二人で帰ってるんだよね? 昨日もお友達と一緒だったの?」

「ああ、大丈夫だよ。昨日もサッカーの試合の帰りに友達と一緒に帰った」


 すまないという言葉を胸に抱きながら嘘を吐く自分。

 心底、殴り飛ばしたいがこれも今以上の心配を相手に与えないために必要だ。

 実際は昨日も下校は一人だったし行きつけの廃墟にも出向いている。

 結果、あんなものを目撃してしまっては自業自得でもあるがある意味ではあれはいいことである。

 なぜなら、待っていた両親を殺した犯人への手がかりである可能性があるのだから。

 バイトしていればもっと早めに近づけた可能性もあるが、その場合は自分が死ぬ可能性もあったといえる。

 それに、バイトはなおのこと義姉に怒られるだろうからできない。

 過去に一度だけバイトを隠れて行っていたことがバレた時の義姉の怒りようは今でも忘れない。

 その恐怖があるから、バイトは控えている。

 それに、別に両親を殺した犯人捜索は本命の一つだが資金を稼ぎたいというのも勇気の心の気持ちのもう一つでもあるのだ。

 だからこそ、裏でこそこそとボランティアで資金稼ぎをし、来る時にお金を渡せるように貯金をしている。そのボランティアが昨日のサッカーの試合だ。


「わるい、彩音、勇気。父さん仕事に行ってくる」

「まだ、ご飯残ってるけど」

「あー」


 父は一気に飯を行儀悪くかっこんで食べてしまい、てきぱきとスーツを羽織って出ていく。

 挨拶もできぬままに仕事へ行ってしまった。

 一瞬だけ父の警察手帳が見えた。

 いつものような感じだ。

 養父、九条武蔵はこの街を守る警察官である。

 日々、忙しくこの街を夜遅くまで警邏している。

 しっかりと帰宅してくるあたりは良き養父で自分たちを気にしてくれてるのだと身に染みて痛感している。警察官あらば忙しすぎて帰ってこれないように思えるのだが。


「また、物騒な事件に巻き込まれてなきゃいいけど」

「父さんも忙しそうだね。やっぱり警察って大変なんだな」

「え? 警察?」

「うん?」


 義姉の彩音がきょとんとした顔でこちらを見てくる。

 何か間違ったことを言ったのだろうか。

 たまによくあるが義姉が自分の言葉に対して困惑するような反応を示す。

 こっちが間違ったことも言ってないはずなのにその言葉に対してまるで知らないようなことを言われて困惑するという反応。知っているはずのことをまるで知らないように。

 またしてもそれなのだろうか。

 すると、何かを思い出したように「あー、そうね」と口にした。

 やはり、普段のそれであった。


「それよりも、私たちも急いで食べちゃいましょう」


 ごまかすように食事をせかす。


「あ、うん」


 義姉に言われるように急いでご飯を食べ勧めながらテレビのニュースを見入った。

 父が出ていったのはこの事件の捜査に関することなのだろうか。

 何かの進展でもあったのか。

(そういえば、昨日のあの事件は両親が殺された事件に似ていることを除けば気になることが一つあったな)

 それはあの狭間修の死体の傍にいた黒髪の美女の存在だ。

 あの彼女がもしも殺人犯なのだとすれば自分は狙われる恐れもあるのだろうか。


「ゆっくん?」


 顔に出てしまったばかりに義姉が肩に手を触れて安心させようとする。


「ごめん、もう大丈夫だから」


 勇気はこれ以上事件のことを忘れるようにテレビのチャンネルを切り替えた。

 昨日のことを前向きに考える。


(あの暗がりで顔なんて把握できるのは難しかった。そうさ、狙われるなんてない)


 そう、自分に言い聞かせた。

 だが、雁に狙われたとするのならばその時自分はどう対応をするのだろうか。

 そのような一抹の考えもよぎっていたのであった。

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