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悪魔の笑い

  雪奈は目の前で空間の裂け目に入っていったのを最後に意識を失っていたがようやく意識を取り戻した。

 目の前では未だに空間の裂け目が広がりつつあり、この悪魔が作り出した異空間と融合しつつあることに気付き、早いところ彼を追いかけることを決意する。

 その前にするべきこともあった。

 魔剣や聖剣の回収と九条彩音をこの場所から連れ出すことだった。

「なに?」

 剣を回収しようとしたが剣はなく消えていた。

 ただ、その場には雪奈と死体だけが存在している。

「不気味な光景だ」

 九条彩音を背負い、九条勇気を追いかけ、自らも裂け目の中に入っていく。

 背負った彼女を下ろしてさっそく治療を始めるために彼女の服をはだけさせた。

「やはりか」

 死んでいたと思われた九条彩音。

 綾蔵雪奈は不可解に感じていた。

 自らと戦をして対等な力関係を持っている彼女ほどの実力者が容易に死ぬとは思えなかった。

 何か策を練っているのではないかと思っていたのだ。

 そもそも、彼女は危険性を感じていたがために雪菜へ連絡もしていた。

 その危険性を感じとっていた彼女が防衛の手段をとっていないことなんてありえない。

 その予想は見事的中した。

 彼女の腹には魔術の刻印が刻み込まれていた。

 自らで施した緊急止血用の魔法陣だと思われた。

 傷口の血もさほど流れてはいない。

 これは自らの身体を完全な仮死状態へする方法のようでもあった。

「つまりは治癒魔法を施し、この魔法を解けば……」

 魔法を解除すると彼女が息を吹き返したように「すはぁ、はぁ、はぁ」と勢いよく酸素を吸い込んだ。

 蘇生に成功した。

「さすがは結社の人間だな。自らに仮死の魔法を施し死を演じるとは。傷は治癒しておいた」

「そう……あの魔法が起動したのね。危険が起こるときに起動するように自らに施していたのだけど役に立ったようね」

「結社はやはり用心深いが自らに引き起る悲劇までは覆せないか」

「何の話よ」

 彼女はようやく周囲の状況を見て、唖然と息をのんでいた。

 驚くの無理はないであろう。

 自らが慣れ親しんでいる環境が壮絶な血の海と瓦礫の山になっていれば誰しも壮絶な顔を浮かべてしまう者である。

「な、何があったのよ!」

「君が寝ている間にいろいろとな。話せば長くなるが聞くか?」

「聞かないわけないでしょ! 話して」

 めんどうながらも搔い摘んで事のあらましを話していく。

 勇気が一ノ瀬という悪魔に罠にはめられてしまったこと。

 結社の人間が助けに来て助かったが魔剣に侵食されたこと。

 私が結社の人間を殺したこと。

 そして、彼が魔へ転じ始めたことである。

「ちょっと、待って。意味が分からないわよ。お父さんが死んだ? ゆっくんが悪魔に変わっていく? あはは、何の冗談よ。そんな話信じられるわけないでしょ!」

「だったら、直接その目で確かめてくればいい。空間の裂け目のほうへ行けば君の父の死体がある」

 少々酷なことだがこれが綾蔵雪奈ができる限りのことだった。

 綾蔵雪奈は人への優しさなど忘れてしまった人間である。

 だからこそ、多くの妖魔を狩る存在『放浪の妖魔狩り士』という存在へなったのだ。

 ようやく、裂け目から戻ってきた彼女が顔を青ざめさせながら雪菜につかみかかった。

「あれはどういうことよ!」

「だから、話した通りだ。魔に侵食された人間は切るしかない。この私の刀でな」

「魔剣とか言ったわね、それは何?」

「…………」

「答えて!」

 これを言えば彼女はさらに絶望に落ちるだろう。

 絶望とは今この場の環境では危険な類だ。

 特に今この状況は悪魔の狩場になっているのは見るも明らかな証拠となっている。

「答えられない。それを言うことによって悪魔を有利な状況へ立たせる」

「意味が分からない。あなたは何を知っているの!」

「私は君たちよりは知っているだけだ。悪魔という存在。魔という存在をな」

「っ! ゆっくんのことにしても魔剣のことにしてもよくわからないけれどとにかくゆっくんだけは救うから! あなたに彼は殺させない!」

「……だが、完全な魔に落ちた時、私は容赦なく殺すぞ」

「そんなこと絶対にさせないわ!」

 彼女はそう言い残しながら走っていった。

 居場所を知っているのだろうか。

(馬鹿な女だ。何も知らぬのだ。魔に落ちた人間がどれほど危険か)

 過去の壮絶さが蘇るように心を蝕む。

 雪奈は胸元を抑えながら急いで彼を追いかけた。


 ********


「あれここは……」

 いつからいたのかわからない。

 どうやら、無心で歩き回っていたのだろうか。

 体育館にポツンと立っていた。

 一歩歩みを進めると何かを踏んづけた。

「え」

 そこには血まみれの楯宮学園生徒の死体が転がっていた。

 それは一体だけではない。

 体育館を埋めつくすほどの死体の山々。

「これは俺が全部やったのか……」

 おもわず吐き気を催して口元を抑え込む。

 そんなそんなそんな……。

 無害な人を殺したことへの罪悪感が感情を埋め尽くしていく。

 自我意識が崩壊しそうだった。

「アハハハハハ! まったくもって最高の出来栄えだよ! 待っていた待っていただけあった! ようやくようやく完成するのか。嬉しいよ」

「え」

 聞き覚えのある声。

 普段から聞きなれている声に反応を示して振り返る。

 そこには黒き羽を生やし紫色の瞳に赤く光に満ちた額の角。

 見るも明らかな『妖魔』とも呼べる存在がいた。

 だが、その妖魔の容姿はとある人物と酷似していた。

「如月先生……」

「オウ、まだそう言ってくれるのかぁユウキィ」

「先生……その姿は……一体……」

「あ? そんなのこれが私の身体だからだろうがよぉ」

「え……だって……先生は人間で……」

「プッ……ギャハハハハハ! なんだよ。まだ信じてんのかよ! はぁーあ、馬鹿か」

 冷め切ったような目つきが己を凝視して射抜く。

 いつの間にか彼女がそばに接近していたことに気付いた。

 彼女の鋭く伸びた爪の生えた素手が首を掴む。

 喉が縛って息ができない。

「ぐっ……」

「グヒッ! その苦しそうな顔懐かしいねぇ。初めて会った時もそうやって苦しそうにして『父さん、父さん』って泣きわめいてたか?」

「っ!」

 勇気は記憶にちらついた過去と今目の前にいる彼女を見比べた。

 答えにたどり着く。

「お前はあの時の……」

「んだよ、ようやく気付いたかぁ」

「うがぁあああああああああああ!」

 勇気は手にしていた何かを振るっていた。

 だが、それは彼女が片側のほうの手でつかんでそのまま『ボキリ』と勇気の腕は嫌な音を立てて折れた。

「あぁあああああああああああああああ!」

「グヒッ、グヒヒッヒヒッ、ヒッーヒッヒ!」

 気色の悪い笑い声は昔のトラウマを呼び起こさせていく。

 そのまま勇気の身体は宙へ放り出されて地面に身体は落下して叩きつけられる。

「まぁだ死ぬなよー。てめぇはこれからやるべきことがあるんだ。例の放浪の妖魔狩り士と戦うってな」

「なんだよそれ……俺はそんなことしない」

「グヒヒッ、そんなことはねぇさ。てめぇはする。絶対にな」

 どこからくる自負なのか。

 彼女hまるで確信めいたことを残し、その姿を消した。

 そう、その場から忽然といなくなった。

 体育館に駆け込んでくる二つの足音が聞こえた。

「いったいなんだよこれは……」

「ひどいわ……。ゆっくん、いるの! 返事をして!」

「おい、むやみに声を出すな。彼は先ほども話したが魔落ちをしている。敵だ」

「そうだとしても私には大切な弟なの! ゆっくん、いるなら返事をして!」

 入ってきた二人の存在を見て勇気は感動する。

(義姉さん生きていた……。ああ、義姉さん)

 その二人を見た時、勇気の心臓が何か脈打った。

 まただ、またあの感じが蘇ってくる。

 今目の前にいる二人を犯してしまう想像が脳裏をよぎっていく。

 ああ、快楽という波に溺れたい欲求。

 右手に力を込めていた。

 足は彼女たちに向かい、駆け込んでいく。

「あ、ゆっくん!」

「馬鹿、下がれ!」

 雪奈が彩音の手を引いて後ろへ突き飛ばし、刀でこちらの斬撃を受け止めた。

「意識を取り戻せ! 九条勇気! 魔に取り込まれるな!」

 煩わしい声だ。

 その声の元凶を断ち切るために剣を振り上げ続ける。

 左から右からと何度何度も繰り返して切り結ぶ。

 彼女はうまく受け止めて流していく。

 剣同士の攻防一体。

 彼女が死体に足元を掬われて転倒を始めた。

 勇気はそこへすかさず斬りこむ。

「ゆっくん、やめて!」

 だが、その手は一人の女性の声にピタリと止まる。

「そこ!」

 勇気の腹部に衝撃が走る。

 相手の彼女による蹴り足が入った衝撃。

 身体は衝撃に飲まれるように後ろへ吹き飛んで壁に背中を叩きつけた。

 意識は揺らいでいき、徐々にあくどい感覚がなくなっていった。




「あれ……俺は……」

「九条勇気、ここまでだ」

 顔を上げてみれば険しい顔をした綾蔵雪奈が切っ先を向けていた。

「え」

 その顔を見れば敵対視していることくらい誰でもわかる。

 勇気は恐怖に顔を染めてその手を上げようとしたが痛みで上がらなかった。

 腕が折れているからだ。

「待って、俺は何かをしたのかわからないんだ。お願いだ助けてくれ。俺はもうこれ以上誰かを傷つけたくはない」

「元に戻ったのか?」

「元に戻ったって何?」

「あーあー、てめぇらはやっぱり邪魔だねぇ」

 綾蔵雪奈は空を見上げた。

「九条! そこから離れろ!」

「え――きゃぁああああ!」

 彩音の足元に死体たちの腕が絡みついていく。

 まるで死霊の群れのごとく。

 いや、その通り今のこの死体たちは『屍鬼』となり彼女を襲い始めているのだ。

「ちっ、今助けに――」

「おっと、動くな」

 綾蔵雪奈の右に拳銃を構えた如月先生が立っていた。

「なるほど。君が悪魔だったわけか。如月教諭」

「ああ、そうさ。綾蔵さん」

「この私を殺すか」

「グヒッ、ヒヒッ、殺す? 殺すのは私じゃない。そんなことをしたらアタシの長年の計画がおじゃんだ。お前を作った意味もなくなる」

「どういう意味だ?」

「魔剣によって両親を失い、放浪の妖魔狩り士になったお前という存在は大変貴重だということだよ」

「っ! そうか。あの魔剣を見たことがあるのは当たり前だったわけだな。君が君が私の復讐の相手かぁあああああ!」

 手にした刀で遠心力を用いて斬りかかるも子虫を叩き落すような感じでたたき倒される。

 今まさに実力差を見せつけられたかのような一撃。

 今、目標の復讐者はこの綾蔵雪奈という一個人には子虫程度の存在ということだ。

 ようやく見つけた目標を前にしてガクガクと膝が震えだして笑いまで込み上げてきた。

 なんて、ダサイのだろうか。

 私という存在はいったい今まで何を頑張ってきたんだ。

「まずは貴様らを戦わせる前には邪魔な存在がいるからソイツを消さなければ始まらない」

 如月先生の言う邪魔な目標が誰のことは見当はついた。

 今の会話の中で唯一注目されてはなかった存在。

 九条彩音である。

 彼女は『屍鬼』の中へ埋もれていっていたはずだ。

 ならば、もう彼女は――

「なに?」

 そう思っていたが彼女の傍にはいつのまにか彼がいた。

 魔落ちから目覚めて意識を混濁化させていたはずの少年。

「いつ移動を……」

 如月先生の言うとおり彼がいつ移動をしたのか。

 雪奈の目にもその光景は移ってはいない。

 話している間に誰にも気づかれることもなく移動をしたのだとしたら彼の能力値は異常までに高いことになる。

「なに? 魔が浄化されている?」

 勇気は義姉の彩音を救い出して抱きしめているだけだというのに彼の腕の闇が徐々に浄化されていた。

 まるで、彼の表情はさっきと比べるとすごく幸せそうで顔をぐしゃぐしゃにして涙を流している。

「よかった、よかったよぉ姉ちゃん」

「ゆっくん、泣かないで。心配させてごめんね。ゆっくんこそ、大丈夫なの?」

「それはわからない……。でも、もしもまた暴走したら姉ちゃんの手で」

「そんなこと言わないで! どうにか方法があるわ。そうよ、聖剣でどうにかすればいいのよ」

「だけど、聖剣も今は……あれ? 白に戻ってる?」

 当の本人もそのことに今気づいたのか困惑した表情をしていた。

「グガァアアアアアアア!」

 急な遠吠えというよりも怒りの咆哮が聞こえた。

 怒りの咆哮はもちろん、彼女からでしかない。

「どういうことだ! なぜだ! なぜ魔が浄化されている! ありえない! ありえない! こうなれば、また貴様を絶望に叩き落すまで!」

「姉ちゃん、危ない!」

 勇気は義姉をつき飛ばそうとしたがその義姉が勇気の力に逆らって前に進み出た。

 彼女は手に光輝く槍を顕現させて穂先を突き出した。

 だが、そう簡単に開いても突き刺さるわけもなく如月が手を横に振ると風が凪ぎ、突風が襲う。

 彼女は風にめげず突貫する。

 その行動に虚を突かれた彼女の胴体を貫く槍の穂先。

「ぐうっ」

 光の穂先は彼女の胴体を焼き付くように煙を噴出する。

「あぎゃヵあああああああ!」

 そのまま、彼女を突き上げて捻じる様に槍を高速回転させ始める。

「舞え散り、浄化しなさい悪魔アスモデウス!」

 義姉の咆哮と悪魔の如月叫びが共鳴してその姿は塵とかして消滅した。

「終わったの?」

 誰もがそう感じた時、変化は起きた。

 突然に義姉が槍を頭上に構える。

「姉ちゃん?」

 その槍は黒へと変色を始めていく。

 ニタリと笑みを浮かべると槍をくるりと回転させて自らの胸元へ。

 それを見て咄嗟に雪奈が動いた。

「九条勇気! 彼女を止めろぉおお!」

 勇気はその言葉に気付いて彼女の手を掴み食い止めようとするが遅く、彼女の胸元へ吸い込まれるように槍は突き刺さる。

「ねえちゃぁあああああん」

 勇気悲鳴を受けて興奮するかのような下品な笑いが胸に槍を突き刺した彼女から聞こえだす。

「グヒッ、グヒヒヒヒッ。さぁ、絶望し争え我が傀儡ども!」

 勇気の中で目覚める悪感情が再び目を覚ましだして、雪奈はその殺気を感じ取る。

 勇気の姿は闇に包み込まれてその右半身は魔に侵食され、闇色と化した暗黒の刀身と一体化した身体となる。

 その刀を振り上げて地面へと振り下ろした。

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